蔵王の樹氷は、なぜ風上に向かって育つの?
― 氷点下の雲の粒は、ぶつかった瞬間に凍ります
真冬の山に立ち並ぶ「スノーモンスター」。あれは雪が積もっただけのものではありません。氷点下でも凍らずに漂っていた雲の粒が、木にぶつかった瞬間に凍りつき、風の来る方向へ少しずつ伸びていったものです。
冬の蔵王や八甲田で、ロープウェイの窓の外に白い怪物の群れが現れます。写真やテレビで見たことがある人も多いでしょう。
近づいて見ると、枝の片側にだけ、エビのしっぽのようなギザギザの氷が並んでいます。反対側は、ほとんど何もついていません。
雪なら上から降るので、上に積もるはずです。なのに氷は横向きに、しかも決まった方角へだけ伸びています。いったい何が起きているのでしょうか。
理由は2つだけ
山を包む雲や霧の粒は、マイナス10℃を下回っても凍らずに漂っていることがあります。こうした粒は、何かにぶつかった瞬間に凍りつきます。
粒は風に運ばれて飛んでくるので、ぶつかるのは風の来る側だけです。しかも細くとがった所ほど粒をよく捕まえるので、氷は風上へ伸び続けます。
つまり樹氷は「積もった」のではなく、風が運んでくる水の粒を、木が正面から受け止めて「貼りつけた」ものです。順に見ていきましょう。
氷点下なのに、なぜ雲の粒は凍らないの?
水は0℃で凍ると習います。けれども、それは水の中に「氷になるきっかけ」があるときの話です。雲の粒はとても小さく、直径は0.01〜0.02ミリほどとされています。
粒が小さいと、中に氷のきっかけとなるちりが入っている確率が低くなります。そのため、マイナス10℃やマイナス20℃でも液体のまま浮いていられる粒が多いのです。これを過冷却(かれいきゃく)といいます。
過冷却の粒は、ちょっとした刺激で一気に凍ります。木の葉や枝に勢いよくぶつかるのは、まさにその刺激です。ぶつかった粒はその場で凍り、次の粒がその上にまた凍りつきます。
このとき、粒と粒のあいだに小さなすき間が残ります。だから樹氷は透明ではなく、空気を抱いた白い氷になります。冬の日本海から吹く北西の季節風は、海から水蒸気をたっぷり運んでくるので、山の上ではこうした粒が絶えず吹きつけます。
図1を見てください。氷は枝の風上側にだけ付き、風に向かって伸びています。風が強いほど、1時間に運ばれてくる粒の数が増えるので、氷の伸びも速くなります。
なぜ氷は、風上へ「伸び続ける」の?
風に乗った粒は、ものの手前で空気といっしょに向きを変え、横をすり抜けようとします。ところが粒には重さがあるので、急に曲がりきれません。曲がりきれなかった粒だけが、ものの表面にぶつかります。
ここで大事なのが、ものの太さです。太い幹の前では、空気はずっと手前からゆるやかに曲がり始めます。小さな粒はその流れについていけるので、多くが幹をよけて通り過ぎます。
細い葉や小枝の前では、空気はすぐ目の前で急に曲がります。粒はついていけず、まっすぐ突っ込んでぶつかります。つまり、細いものほど粒をよく捕まえるのです(図2)。
ここから、樹氷が風上へ伸び続けるしくみが見えてきます。ついた氷の先端は、それ自体が「細くとがった出っぱり」です。だから次の粒もまず先端に当たり、氷はますます風上へ突き出していきます。
こうして枝ごとにできたエビのしっぽの上に、今度は降ってきた雪がひっかかります。氷と雪がかわるがわる重なり、木は数メートルもある白いかたまりに変わっていきます。これが「スノーモンスター」の正体です。
大きな樹氷ができるには、過冷却の粒を運ぶ強い季節風、ほどよい雪の量、そして葉が細かく雪をよく受け止める針葉樹(オオシラビソなど)がそろう必要があります。日本でも蔵王や八甲田、八幡平など、東北の一部の山に限られるとされています。
エビのしっぽが向いている方向が、その冬いちばんよく吹いた風の来る方角です。冬山を歩く人のあいだでは、霧で見通しが悪いときに方角の手がかりにする、という話も知られています。
まとめ
樹氷は、氷点下でも凍らずに漂う雲の粒が、木にぶつかった瞬間に凍ってできます。粒は風に乗って飛んでくるので、当たるのは風上の面だけです。しかも細くとがった所ほど粒をよく捕まえるため、ついた氷の先端がさらに粒を集め、氷は風に向かって伸び続けます。
樹氷は、雪が積もったものではない。
風が運ぶ「凍りたがっている水」を、木が正面で受け止めた跡です。
0℃以下でも凍らない水のしくみは「水は0℃で凍ると習ったのに、なぜマイナス20℃でも凍らない水があるの?」で、冬の地面から氷が育つ別の現象は「霜柱は、なぜ土の中から生えてくるの?」で詳しく紹介しています。
- 霧が出た寒い朝に、フェンスの金網や細い枝、電線の近くの草を観察します。白い氷の粒がついていないか探してみましょう。
- 氷がついていたら、どちら側に多いかを確かめます。スマートフォンの方位アプリで、その向きの方角も記録しておきます。
- 同じ場所で、細い針金と太い柱の両方を見くらべます。細いものほど氷が多くついているかどうかを見てみましょう。
平地でも、冷えこんだ霧の朝には小さな霧氷が見られることがあります。凍った道で転ばないよう、足もとに気をつけて観察してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(雲物理学・流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 過冷却:0℃より冷えても、凍るきっかけがないために液体のままでいる状態。
- 霧氷(むひょう):氷点下で、霧や雲の粒が木などにぶつかって凍りついたもの。樹氷はその代表です。
- 着氷(ちゃくひょう):過冷却の粒が、木・電線・建物などの表面に凍りつく現象の総称。
中学高校式で確かめる:樹氷は1時間にどれくらい伸びるの?
風が1秒間に枝へ運んでくる水の量を考え、それが氷になったら何センチの厚さになるかを見積もります。値はどれも目安で、実際の伸び方は天気によって大きく変わります。
| 記号で書くと | (伸びる速さ)= E × w × v ÷ ρ |
| 言葉で書くと | 1秒に伸びる厚さ = 捕まる割合 × 空気1立方メートル中の水の量 × 風速 ÷ 樹氷の密度 |
| どこから来る式か | 風が面へ運んでくる水の重さ(水の量 × 風速)のうち、捕まった分がすべて氷になる、という重さの保存から。重さを密度で割ると体積、つまり厚さになります |
| 記号 | 意味と単位 |
| w(雲の水の量) | 空気1立方メートルあたり 0.3 g(山の霧ではおよそ0.1〜0.5 gとされる) |
| v(風速) | 秒速 10 m |
| E(捕まる割合) | 0.5(細い葉や小枝での目安。太い幹ではずっと小さい) |
| ρ(樹氷の密度) | 1立方メートルあたり 400000 g(空気を含むため、ふつうの氷の半分以下とされる) |
| 1秒に1平方メートルへ運ばれる水(g) | 0.3 × 10 = 3 |
| そのうち捕まる量(g) | 3 × 0.5 = 1.5 |
| 1時間(3600秒)でたまる量(g) | 1.5 × 3600 = 5400 |
| 氷の厚さに直す(m) | 5400 ÷ 400000 = 0.0135 |
| センチメートルに直す(cm) | 0.0135 × 100 = 1.35 |
| 1日(24時間)で伸びる長さ(cm) | 1.35 × 24 = 32.4 |
1時間に約1.4センチ、1日で30センチを超える計算です。ひと晩で、手のひらの幅を超える氷が風上へ伸びることになります。式から分かるとおり、伸びる速さは風速に比例します。図1のつまみは、この式をそのまま使っています。
高校高校+なぜ粒は凍らないのか、なぜ白くなるのか
高校水が凍るには、氷の小さな芽ができる必要があります。小さな粒ほど、その芽のもとになるちり(氷晶核)を含みにくく、過冷却のまま残りやすくなります。また、凍るときに出る熱(凝固熱)が周りの冷たい空気へすぐ逃げるので、ぶつかった粒は一瞬で凍ります。
高校+粒が一つずつ瞬時に凍ると、粒の形を残したまま積み重なり、すき間に空気が閉じこめられます。これが白く軽い樹氷(霧氷)です。気温が0℃に近く粒が大きいと、凍るのが間に合わずに広がってから凍るため、透明で重い氷になります。この氷は電線などに付くと重さで被害を生むことがあります。
大学粒を捕まえる効率とストークス数
粒が流れに沿って曲がれるかどうかは、流体力学のストークス数で表されます。これは「粒が向きを変えるのにかかる時間」と「流れが障害物の前で曲がる時間」の比です。ストークス数が1より十分大きいと粒はまっすぐ進んでぶつかり、小さいと流れに乗ってよけていきます。
障害物の太さは分母に入るので、太さが小さいほどストークス数は大きくなります。直径0.02ミリの粒と秒速10メートルの風で見積もると、太さ1ミリの針葉では1を大きく超え、太さ30センチの幹では0.05程度とされます。雲物理学ではこの捕まる割合を捕捉効率(衝突効率)と呼び、航空機や送電線の着氷予測にも同じ考え方が使われています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ウィキペディア「ストークス数」 / ウィキペディア「過冷却」
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 樹氷はどこまで減っていくのか。 蔵王では、樹氷が見られる範囲が数十年前より狭まり、見られる高さも上がってきたという報告があります。温暖化との関係を調べる観測が続いています。
- 木そのものが減る問題。 近年、蔵王では虫の食害で土台となるオオシラビソが多く枯れたとされます。樹氷を支える森をどう再生するかが課題になっています。
- 雪と霧氷の組み合わせ方。 降る雪と、吹きつける過冷却の粒が、どんな割合でどう重なると「モンスター」の形になるのか。形の決まり方は、細かくはまだ説明しきれていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。粒が凍るしくみは確かでも、樹氷という景色がこの先どうなるかは、まだ見守っている最中です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「状態変化」「気象(季節風)」 | 水が氷になること、冬の北西の季節風 |
| 高校 | 地学「大気の構造・雲のでき方」 | 過冷却の雲の粒、氷晶核 |
| 高校+ | 物理「熱(凝固熱)」 | 白い霧氷と透明な氷のちがい |
| 大学 | 流体力学・雲物理学 | ストークス数、捕捉効率、着氷 |
| 研究 | 気候変動と山岳の生態系 | 樹氷の分布の変化、森の再生 |
| ― | 生活とのつながり | 冬山の景色、風向きの手がかり、電線の着氷 |
- ウィキペディア「霧氷」(樹氷を含む)
- 小倉義光『一般気象学』東京大学出版会
- H. R. Pruppacher, J. D. Klett, Microphysics of Clouds and Precipitation, Springer
- 気象庁「予報用語」(霧氷・着氷の項)
- ウィキペディア「ストークス数」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。冬山へ出かけるときは、現地の気象情報や施設の案内に従ってください。