へっぴり虫は、なぜお尻から熱いガスを噴き出せるの?
― 傷口でオキシドールが泡立つのと、同じ酵素を使っています
指でつまむと「プッ」と音がして、指先がじんと熱くなる。へっぴり虫が噴き出すのは、ほぼ100℃の液です。虫の体の中に、火も電池もありません。使っているのは、じつは私たちの血液にも入っている「ある酵素」です。
夏から秋の夜、畑のわきの石をひっくり返すと、黄色と黒のまだら模様の虫が走り出しました。体長は1.5センチほど。つまみ上げた瞬間、小さな破裂音とともに、指に何かがかかります。
指先はひりひりと熱く、あとで見ると皮ふが茶色く染まっていました。においもつんと鼻に残ります。これが「へっぴり虫」と呼ばれる、ミイデラゴミムシです。
一方、子どものころ、すり傷にオキシドールを塗ったら白い泡がぶくぶく立った――そんな記憶はありませんか。この2つの場面は、じつは同じ化学反応でつながっています。
熱いガスを出せる理由は、2つだけ
熱を出す原料の液は、お腹の中の袋に静かにためてあります。混ぜなければ何も起きません。熱が生まれるのは、出口の手前の小部屋に送りこんだ瞬間だけです。
小部屋の壁からは、反応をけた違いに速める酵素が出ています。同じ種類の酵素は人の血液や肝臓にもあり、オキシドールの泡はその働きです。
人と虫は、同じ道具を持っています。ちがうのは使い方です。人はその酵素で体の中を静かに掃除し、へっぴり虫は武器として噴き出します。順に見ていきましょう。
理由1:混ぜた瞬間だけ熱くなる「2部屋のしくみ」
へっぴり虫のお腹の先には、大小2つの部屋があります。図1を見てください。左の大きな袋には、過酸化水素という液と、もう1つの原料がためてあります。過酸化水素は、オキシドールの成分と同じものです。
この袋の中では、液は落ち着いたままです。過酸化水素はゆっくりとしか分解しないからです。袋と小部屋のあいだには、筋肉で開け閉めする弁があります。
敵におそわれると、弁が開いて原料が右の小部屋へ流れこみます。小部屋の壁が出す酵素に触れたとたん、過酸化水素が一気に分解します。酸素の気体と大量の熱が生まれ、液は沸騰する温度まで熱くなります。ふくらんだ気体に押されて、液は出口から「プッ」と飛び出します。
噴射は1回の長い吹き出しではありません。高速カメラで撮ると、1秒間に数百回の小さな噴射が連なっていることが分かっています。熱で小部屋が押し広げられると弁が閉じ、噴き出して圧が下がると、また原料が入る。この繰り返しです。小刻みに出すことで、自分の体が熱くなりすぎるのを防いでいると考えられています。
理由2:同じ酵素は、あなたの体の中でも働いている
小部屋で働く主役の1つは、カタラーゼという酵素です。過酸化水素を、水と酸素に分けるのが仕事です。この酵素は、人の血液にも肝臓にもたっぷり入っています。
すり傷にオキシドールを塗ると泡立つのは、傷口の血液のカタラーゼが過酸化水素を分解し、酸素の泡を作るからです。きれいな皮ふに塗っても、あまり泡は立ちません。
では、人の体はなぜこの酵素を持っているのでしょう。じつは、私たちの細胞は、呼吸や代謝のついでに過酸化水素を少しずつ作ってしまいます。放っておくと細胞を傷めるので、カタラーゼがすぐに分解して片づけます。1個の酵素が1秒間に数百万個の過酸化水素を分解するとされ、知られている中でも特に速い酵素です。
人の体では、過酸化水素はとても薄く、できたそばから片づけられます。だから熱くなることはありません。へっぴり虫は逆に、濃い過酸化水素を袋いっぱいにためておき、一度に酵素とぶつけます。同じ反応でも、量と速さを変えるだけで、掃除が武器に変わるのです。
どれくらい濃ければ沸騰まで届くのか。図2のつまみで、過酸化水素の濃さを変えてみてください。オキシドールの濃さ(約3%)では、熱がまったく逃げなくても40℃ほどにしかなりません。へっぴり虫の袋の中は約25%とされ、沸騰してもなお熱が余ります。
神戸大学の研究者が、ヒキガエルにミイデラゴミムシを食べさせる実験をしました。すると、飲みこまれた虫が胃の中で噴射し、カエルが虫を吐き出すことがありました。吐き出されたのは4割ほどで、早いものは12分、遅いものは100分以上たってからだったとされています。吐き出された虫の多くは、そのまま歩いて去りました。
噴射液には、皮ふを刺激して茶色く染める成分がふくまれます。素手でつかまないのがいちばんです。かかってしまったら、こすらずに水とせっけんで洗い流しましょう。目に入ったときは、すぐに水で洗って眼科を受診してください。
まとめ
へっぴり虫は、過酸化水素などの原料を大きな袋にためておき、弁を開けて小部屋へ送ります。小部屋の酵素に触れた瞬間、過酸化水素が一気に分解し、沸騰するほどの熱と気体が生まれます。同じ種類の酵素は人の体にもあり、ふだんは細胞を守る掃除役として静かに働いています。
掃除の道具も、濃さと速さを変えれば武器になる。
へっぴり虫は、オキシドールの泡を「100℃の一撃」に変えた虫です。
傷口で起きていることは切り傷は、どうやってふさがるの?、虫が化学反応で光を作るしくみはホタルの記事でも紹介しています。
- 小さなコップを2つ用意し、片方に生のじゃがいもの薄切り、もう片方に加熱したじゃがいもを入れます。
- それぞれにオキシドールを小さじ1杯ほど注ぎ、泡の出方を比べます。
- 生のほうだけ盛んに泡立てば、それが酵素の働きです。加熱すると酵素が壊れ、泡はほとんど出ません。
オキシドールは目に入らないように気をつけ、終わったら水で流して捨ててください。温度計があれば温度も測ってみましょう。濃さが約3%なので、熱が逃げることもあり、ほとんど温かくなりません。へっぴり虫の液がいかに濃いかが実感できます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・化学熱力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 過酸化水素の分解:過酸化水素が水と酸素に分かれる反応。中学では、二酸化マンガンを加えて酸素を集める実験で習います。
- 触媒と酵素:自分は変わらずに反応を速める物質が触媒です。生き物が作るたんぱく質の触媒を酵素と呼び、カタラーゼはその1つです。
- 発熱反応:反応が進むと熱が出て、まわりの温度が上がる反応。過酸化水素の分解はその代表です。
- ミイデラゴミムシ:日本の代表的な「へっぴり虫」。ホソクビゴミムシのなかまで、世界には同じ噴射のしくみを持つ虫が何百種もいるとされます。
中学高校式で確かめる:液1 gは、本当に沸騰まで届くのか
袋の中の液を1 g取り出して、一度に分解させたとします。熱が外へ逃げないとして、温度がどこまで上がるかを計算します。ここではもう1つの原料が出す熱は数えず、過酸化水素の分だけで見積もります。
| 記号で書くと | Q = m × w × h / ΔT = Q ÷ ( m × c ) |
| 言葉で書くと | 出る熱 = 液の量 × 過酸化水素の割合 × 1 gあたりの分解熱。上がる温度 = 出る熱 ÷ (液の量 × 比熱) |
| どこから来る式か | エネルギーの保存。反応で出た熱が、すべて液を温めるのに使われるとしたつり合いの式です。100℃をこえる分は、水を湯気に変える熱(蒸発熱)に回ります。 |
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| Q | 出る熱(J、ジュール) |
| m | 液の量(g) |
| w | 液の中の過酸化水素の割合(重さの割合) |
| h | 過酸化水素1 gが分解したときに出る熱(J/g) |
| c | 液の比熱。水と同じとして 4.2 J/(g・℃) |
| ΔT | 上がる温度(℃) |
| 過酸化水素1 molが分解して出る熱 | 約 98000 J とされる |
| 過酸化水素1 molの重さ | 34 g |
| 袋の中の過酸化水素の割合 | 約25%とされる(1969年の分析) |
| はじめの温度 | 20℃ |
| 水1 gを湯気にする熱 | 約 2260 J |
| 1 gあたりの分解熱 h | 98000 ÷ 34 ≒ 2882 J/g |
| 液1 g中の過酸化水素 | 1 × 0.25 = 0.25 g |
| 出る熱 Q | 0.25 × 2882 ≒ 721 J |
| 液1 gの熱の入れもの(m × c) | 1 × 4.2 = 4.2 J/℃ |
| 上がるはずの温度 ΔT | 721 ÷ 4.2 ≒ 172 ℃ |
| 20℃から100℃まで上げる熱 | 4.2 × 80 = 336 J |
| 沸騰したあとに余る熱 | 721 - 336 = 385 J |
| その熱で湯気になる水 | 385 ÷ 2260 ≒ 0.17 g |
20℃から172℃も上がる計算です。実際には100℃で沸騰が始まり、余った熱で液の約6分の1が湯気になります。噴射液がほぼ100℃なのは、この「沸騰で頭打ち」のためです。
| オキシドールの過酸化水素の割合 | 約3% |
| 液1 gで出る熱 | 0.03 × 2882 ≒ 86 J |
| 上がる温度 | 86 ÷ 4.2 ≒ 20 ℃ |
| 沸騰に必要な割合 | 336 ÷ 2882 ≒ 0.117 |
オキシドールは熱が逃げなくても20℃ほどしか上がらず、約41℃止まりです。沸騰に届くには約12%以上の濃さが必要で、へっぴり虫はその2倍ほどの濃さをためていることになります。
高校高校+反応熱と、酵素が速める意味
高校高校化学では、過酸化水素の分解を反応熱(エンタルピー変化)の例として学びます。生物では、カタラーゼを「最適温度を持つ酵素」の例として扱います。生のレバーや野菜で泡が出て、ゆでると出ないのは、熱でたんぱく質の形が崩れる「変性」のためです。
高校+酵素は反応で出る熱の量を変えません。変えるのは「進む速さ」だけです。触媒がないと、過酸化水素は何か月もかけてゆっくり分解し、熱はそのつど逃げてしまいます。酵素でごく短い時間に分解させるから、熱が逃げる前にたまり、沸騰に届きます。速さそのものが、熱さを生んでいるのです。もう1つの原料(ヒドロキノン類)は、ペルオキシダーゼという別の酵素で酸化されてベンゾキノン類になり、これが刺激と茶色い色のもとです。この反応も熱を出し、噴射を熱くするのに加わります。
大学酵素の速さと、脈動する噴射
カタラーゼは、1分子が1秒間に分解できる基質の数(ターンオーバー数)が数百万に達するとされ、反応速度がほぼ基質の拡散で決まる「拡散律速」に近い酵素の代表です。酵素反応の速さは、ミカエリス・メンテンの式で整理されます。噴射の脈動は、工学でいうパルス燃焼(パルスジェット)とよく似たしくみだとして、1990年に高速撮影で報告されました。2015年には放射光のエックス線で生きた虫の体内を撮影し、弁が圧力で受け身に閉じることで脈動が自然に続くと示されました。
📖 式の導出や、さらに先の内容:カタラーゼ(ウィキペディア) / 比熱容量(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- この2部屋のしくみは、どう進化したのか。 原料をためる袋だけを持つ近いなかまの虫もいて、段階を追って複雑になったと考えられています。ただ、どの順番で何が加わったのかは、まだ議論が続いています。
- 小部屋の壁は、なぜ自分の熱に耐えられるのか。 小部屋は硬い膜で内張りされていることが知られていますが、繰り返しの噴射に耐える仕組みの細部は調べられている最中です。
- 噴射の速さや向きの調節。 お腹の先を回して、ほぼどの方向にも狙えるとされます。種によって噴射の形がちがう理由は、まだ十分には分かっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上の計算も、もう1つの原料が出す熱や、体へ逃げる熱を省いた見積もりです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科:酸素の発生、化学変化と熱 | 過酸化水素が分解して酸素と熱を出すこと |
| 高校 | 化学:反応熱/生物:酵素 | 分解熱の計算、カタラーゼと変性 |
| 高校+ | 化学:反応速度と触媒 | 速く進むから熱がたまる、という見方 |
| 大学 | 生化学:酵素反応速度論 | ターンオーバー数、拡散律速、脈動噴射 |
| 研究 | 進化生物学・生体力学 | 2部屋のしくみの進化、耐熱のしくみ |
| ― | 生活とのつながり | 傷口のオキシドールの泡、へっぴり虫に触れたときの手当て |
- Aneshansley, D. J., Eisner, T., Widom, J. M., Widom, B. (1969) Biochemistry at 100°C: Explosive secretory discharge of bombardier beetles (Brachinus). Science 165: 61–63.
- Dean, J., Aneshansley, D. J., Edgerton, H. E., Eisner, T. (1990) Defensive spray of the bombardier beetle: a biological pulse jet. Science 248: 1219–1221.
- Arndt, E. M., Moore, W., Lee, W.-K., Ortiz, C. (2015) Mechanistic origins of bombardier beetle (Brachinini) explosion-induced defensive spray pulsation. Science 348: 563–567.
- Sugiura, S., Sato, T. (2018) Successful escape of bombardier beetles from predator digestive systems. Biology Letters 14: 20170647.
- ミイデラゴミムシ(ウィキペディア)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。オキシドールを使う観察は大人と一緒に行い、目や口に入れないでください。虫の噴射液が目に入ったり、皮ふの異常が続いたりする場合は医療機関に相談してください。