自然のふしぎ 環境・生態 予備知識なしでOK 読了 約6分

釣り人は、なぜ夜明けと夕暮れを狙うの?
― 日が沈むと、海の中では地球最大の「大移動」が始まります

釣りの世界には「朝まづめ・夕まづめは釣れる」という言い伝えがあります。これは迷信ではありません。空が暗くなると、海の小さな生き物たちがいっせいに浅いところへ上がってきます。そして薄暗い時間は、魚を狩る側にとって特別に有利な時間でもあるのです。

公開:2026.10.30 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

まだ暗い朝5時の堤防に、釣り人が何人も並んでいます。昼間はほとんど釣れなかった場所なのに、空が白みはじめたとたん、あちこちで竿が曲がりはじめます。

ところが日が高く昇ると、さっきまでの騒ぎがうそのように静かになります。夕方になると、また同じことが起きます。

ベテランの釣り人は、この時間帯を「まづめ」と呼び、そこに合わせて海へ出かけます。魚は、なぜ時計を持っているかのように、明け方と夕方に騒ぎ出すのでしょうか。

理由は、大きく2つです

1
海の中で、毎日エサが上下に大移動している

小さなプランクトンは、昼は暗い深みに隠れ、夜は浅いところへ上がってきます。その移動の「通り道」が、ちょうど夜明けと夕暮れに浅い層を通ります。

2
薄暗い時間は、狩る側が有利になる

明るさが急に変わる時間は、追われる小魚の目や群れの守りが追いつきにくいと考えられています。大きな魚にとっては、絶好の狩りの時間です。

この2つが重なるので、エサも、それを追う魚も、浅い場所でいちばん活発になります。釣り人の竿が届くのは、まさにその浅い場所です。

海の中では、毎日「大移動」が起きている

海には、目に見えないほど小さなエビやミジンコのなかまが無数に漂っています。これらは動物プランクトンと呼ばれます。彼らは昼のあいだ、数十メートルから数百メートルの深さに沈んでいます。明るい浅瀬にいると、目で獲物を探す魚にすぐ見つかって食べられてしまうからです。

ところが日が沈むと、彼らはいっせいに浮かび上がってきます。浅いところには、エサになる植物プランクトンが多いからです。そして夜明けが近づくと、また深みへ帰っていきます。この毎日の上下移動は、地球上でいちばん規模の大きい動物の移動だといわれています。

ではプランクトンは、何を合図に動いているのでしょうか。いちばんの手がかりは「明るさ」だと考えられています。海の中の光は、深くなるほど弱まります。プランクトンは、自分にとって安全な暗さの深さに、いつもとどまろうとするのです。図1を見てください。空が暗くなると、その「同じ暗さの深さ」が上へ上がってきます。

空 0 m 20 m 40 m 60 m 80 m 深さ 同じ暗さの深さ(プランクトンの群れ) 追う小魚 海の光は、1 m 進むごとに約1割ずつ弱まるとした場合
つまみを右へ動かすと空が暗くなり、同じ暗さの深さは 70 m になります
図1:海の断面。黄色の点線は、プランクトンにとって「同じ暗さ」になる深さで、点の群れ(プランクトン)と、左の小魚がそこに集まります。昼は深さ約70 mにいます。つまみで空を暗くすると、上の空の帯が暗くなり、点線と群れが水面へ上がってくるのが分かります。空の明るさが100分の1になるだけで、群れは40 m以上も浅くなります。

エサが上がってくれば、それを食べる小魚も上がってきます。小魚を狙う大きな魚も、あとを追います。夕暮れの海では、こうして「食べる・食べられる」の行列が、まるごと浅いところへせり上がってくるのです。夜明けには、その行列が深みへ帰っていく途中で、もう一度浅い層を通ります。

💡 「海の底が、夜になると浮き上がる」

1940年代、船の音波探知機に、海の途中で音を跳ね返す「にせの海底」が映ることが知られるようになりました。しかもその層は、夜になると浅く上がり、朝には深く沈みます。正体は、上下に移動するおびただしい数の小さな生き物の群れだったとされています。

薄暗い時間は、なぜ狩る側に有利なの?

理由の2つ目は、生き物の「目」にあります。魚の目には、明るいところ用と暗いところ用の、2種類の見るしくみがあります。明るさが急に変わる夕暮れや夜明けは、このしくみの切りかえが追いつきにくい時間だと考えられています。

昼のあいだ、小魚は大きな群れを作り、仲間の動きを目で見て身を守っています。ところが薄暗くなると、群れの動きがそろいにくくなります。一方、大きな捕食魚の多くは、薄暗い光の中でも獲物を見つけやすい目を持っているとされています。しかも下から見上げると、小魚の姿はまだ明るい水面を背にして、黒い影として浮かび上がります。

サンゴ礁の魚を夕方から夜まで観察した研究では、捕食魚による襲撃がとくに夕暮れと明け方に集中していたと報告されています。昼の魚が隠れ家へ戻り、夜の魚が出てくる「交代の時間」に、守りのすき間ができるようです。釣り人が経験で知っていた「まづめは釣れる」は、この狩りの時間に、ちょうどエサを投げ込んでいることになります。

💡 曇りの日や濁った日は、話が変わる

ベテランの釣り人は「曇りの日は、まづめが長く続く」とも言います。空が暗いと、昼でも「同じ暗さの深さ」がそれほど深くならないためと考えられます。満月の明るい夜には、プランクトンが上がりきらないという観察も知られています。

まとめ

夜明けと夕暮れに魚がよく釣れるのは、空の明るさが変わるのに合わせて、海の中のエサの群れが上下に大移動するからです。さらに薄暗い時間は、追われる小魚の守りがゆるみ、狩る側に有利になると考えられています。釣り人の経験則は、毎日2回起きる海の大移動と、狩りの時間を言い当てていました。

海の生き物は、時計ではなく「暗さ」を見て動いている。
まづめとは、その暗さの境目が、竿の届く深さまで上がってくる時間です。

海鳥の群れから魚の居場所を読む漁師の知恵は「漁師は、なぜ海鳥の群れを見ただけで魚の居場所が分かるの?」で、大きな波がまとまって来るしくみは「磯釣りの名人は、なぜ釣る前にしばらく海をながめるの?」で解説しています。海の光がなぜ青く残るのかは「海の水はなぜ青いの?」もどうぞ。

🧪 自分で確かめてみよう:水の中の光は、どれくらい弱まる?
  1. 透明なコップと、白い紙に黒い文字を書いたものを用意します。コップの底の下に紙を敷きます。
  2. 水に牛乳を1滴ずつ落としてかき混ぜ、真上から文字をのぞきます。水の深さを2倍にすると、文字の見えにくさがどう変わるかを比べます。
  3. 夕方に海や池へ行ける人は、日の入りの前後30分ほど水面を見てください。小さな魚が水面をはねる回数が、時間とともにどう変わるかを数えてみましょう。

深さを2倍にすると、届く光は半分になるのではありません。たとえば半分が届く深さの2倍では、半分の半分(4分の1)しか届きません。これが、光が深さとともに「割合で」弱まる、ということです。水辺での観察は、足元の安全な場所から行い、暗くなる前に切り上げてください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物」「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(海洋生態学・水中光学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:空が暗くなると、群れは何メートル上がる?

海の中の光は、1 m 進むごとに「同じ割合」で弱まっていきます。この性質を式にすると、空が暗くなったときに「同じ暗さの深さ」がどれだけ上がるかを計算できます。

⓪ もとになる式
記号で書くとI = I₀ × e−K z 、 これより Δz = ln( I₀ ÷ I₀′ ) ÷ K
言葉で書くと群れが上がる距離 = 「空の明るさが何分の1になったか」の自然対数 ÷ 光の弱まりやすさ
どこから来る式か水は1 m ごとに光を同じ割合だけ吸収・散乱する、という法則(ランベルト・ベールの法則)。プランクトンが「いつも同じ暗さの深さにとどまる」と仮定すると、上の式になります。
I深さ z での明るさ
I₀水面のすぐ下の明るさ(空の明るさに比例)
K光の弱まりやすさ(消散係数)。単位は 1/m
z, Δz深さと、その変化。単位は m
① もとになる数値
光の弱まりやすさ(沿岸の比較的澄んだ海の目安)K = 0.1 /m 程度とされます
日の入りから、空が十分暗くなるまでの明るさの変化およそ100分の1以下になるとされます
100 の自然対数およそ 4.6
昼に群れがいる深さ(この計算での仮定)70 m
② 計算してみる
群れが上がる距離4.6 ÷ 0.1 = 46 m
夕暮れ後の群れの深さ70 − 46 = 24 m
1 m 進んだあとに残る光(0.1 の指数)およそ 0.9(約1割ずつ弱まる)
空がさらに10分の1(合わせて1000分の1)になると、追加で上がる距離2.3 ÷ 0.1 = 23 m

空の明るさが100分の1になるだけで、「同じ暗さの深さ」は約46 m も上がります。明るさは何十倍も変わるのに、深さは「足し算」でしか変わらないのが、この式の特徴です。だから日の入り前後の数十分のあいだに、群れは一気に浅瀬近くまでせり上がってきます。図1のつまみも、この式で動いています。

高校高校+なぜ、わざわざ毎日移動するのか

高校植物プランクトンは光合成をするため、光の届く浅い層に集まります。動物プランクトンにとって浅い層はエサが多い場所ですが、昼は目で狩る魚に見つかりやすい危険な場所でもあります。「夜だけ浅い層で食べる」のは、エサと安全の両方を取るための行動だと説明されます。

高校+魚の網膜には、明るいところで働く錐体(すいたい)と、暗いところで働く桿体(かんたい)があります。多くの魚では、明るさに合わせて網膜の細胞の位置そのものが動いて切りかわり、それに数十分かかるとされています。夕暮れの急な明るさの変化は、この切りかえと競争になります。

大学水中光学と「同じ明るさの面」

海洋学では、光の減衰を拡散減衰係数で表し、ランベルト・ベールの法則の形で扱います。同じ明るさになる深さを結んだ面は等照度面と呼ばれ、動物プランクトンの移動がこの面をどの程度たどるかが調べられてきました。移動の意味(捕食回避仮説)や、海の炭素を深みへ運ぶ「生物ポンプ」への寄与は、日周鉛直移動の総説にまとめられています。音波探知で見える移動する層は、深海散乱層と呼ばれます。

📖 式の導出や、さらに先の内容:ランベルト・ベールの法則(ウィキペディア) / 動物プランクトンの日周鉛直移動の総説(Hays 2003)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。釣り人の経験則は、科学より先に答えの一部を知っていたのかもしれません。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科:生物どうしのつながり(食物連鎖)エサを追って行列ごと上がってくる話
高校生物:生態系と光合成、動物の行動浅い層に植物プランクトンが多い理由
高校+生物:視細胞(錐体と桿体)薄暗い時間に狩る側が有利になる話
大学海洋生態学・水中光学ランベルト・ベールの法則と等照度面
研究動物プランクトンの行動研究移動の合図と、極夜の移動
―生活とのつながり釣りの時間選び、曇りの日の釣果
参考・出典
  1. Hays, G. C. (2003) A review of the adaptive significance and ecosystem consequences of zooplankton diel vertical migrations. Hydrobiologia 503
  2. Hobson, E. S. (1972) Activity of Hawaiian reef fishes during the evening and morning transitions between daylight and darkness. Fishery Bulletin 70
  3. Kirk, J. T. O. Light and Photosynthesis in Aquatic Ecosystems. Cambridge University Press
  4. ウィキペディア「ランベルト・ベールの法則」

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。光の弱まりやすさや群れの深さは、海域・季節・生き物の種類によって大きく変わります。釣りや水辺での観察は、天候や足元に注意し、立入禁止の場所には入らないでください。