漁師は、なぜ海鳥の群れを見ただけで魚の居場所が分かるの?
― 海の食べもののつながりが、空に看板を出しています
海の上には目印がありません。それでも漁の経験が長い人は、水平線のむこうに鳥がわいたのを見ただけで舵を切ります。鳥は魚を探しているのではなく、すでに見つけた魚の上に集まっているからです。海の食べもののつながりが、そのまま空に看板を出しているのです。
朝の海。見わたすかぎり同じ色の水面が広がっていて、どこに魚がいるのか、まったく手がかりがないように見えます。
ところが遠くの一点だけ、白い点がぐるぐると渦を巻いています。カモメやミズナギドリが数十羽、同じ場所の上でくるくると回り、ときどき海面に落ちていきます。
漁の経験が長い人は、この「鳥山(とりやま)」を見つけると、まっすぐそこへ向かいます。行ってみると、たしかに魚がいます。鳥は、いったい何を教えてくれているのでしょうか。
理由は2つだけです
イワシやカタクチイワシのような小魚は、大きな魚に追われると密集した玉になります。そして逃げ場を求めて上へ上へと移動します。深いところにいた群れが、鳥の届く深さに持ち上げられるのです。
最初に見つけた1羽が降下すると、それを見た数キロ先の鳥が向かい、さらにそれを見た鳥が続きます。鳥が鳥を呼ぶので、点が短時間でふくらみ、船からでも見える大きさの渦になります。
この2つが重なると、「魚がいる場所」が「海面の上の、目で見える印」に変換されます。漁の現場で読まれているのは鳥そのものではなく、その下で起きている出来事のほうです。順に見ていきましょう。
なぜ小魚は、わざわざ海面に上がってくるの?
小魚の群れにとって、いちばん怖いのは下からの攻撃です。深い海は暗く、大きな魚が下から見上げると、明るい海面を背景にした小魚の影を見つけやすいからです。
追われた小魚は、ばらばらに散るのではなく、逆に密集します。かたまりの中央にいれば食べられにくいので、どの個体も内側へ入ろうとします。その結果としてぎゅっとした玉ができあがります。この玉は「ベイトボール(餌の玉)」と呼ばれます。
そして、下から押し上げられた玉は、最後には海面という「天井」に行き当たります。逃げ場が上に無くなったこの状態が、空を飛ぶ鳥にとっては絶好の機会です。ふだん深いところにいる魚は鳥には届きません。しかしこのときだけは、水面から数メートルのところに集まっています。図1の左を見てください。下から追う大型魚と、上から降りる鳥が、小魚の玉を上下からはさんでいます。
鳥の目は、船の何倍の海を見ているの?
鳥山ができる速さの秘密は、鳥の「高さ」にあります。海面すれすれの船からは、水平線までせいぜい数キロしか見えません。ところが高度100メートルを飛ぶ鳥からは、30キロ以上先まで見わたせます。
見える距離が5倍になると、見える面積はその2乗、つまり25倍ほどになります。同じ海の上にいても、鳥は船の何十倍もの広さを一度に見張っているわけです。しかも鳥は1羽ではありません。何百羽もが別々の場所を見ていて、そのうちの1羽が当たりを引けば、その情報が飛ぶという形で共有されます。
つまり漁の現場では、海鳥という「広い範囲に散らばった目」を借りていることになります。魚群探知機は船の真下しか見えませんが、鳥山は水平線のむこうの出来事を教えてくれます。実際の計算は、最後の折りたたみに置きました。
鳥が浮かんでのんびり休んでいるだけの群れは、魚とは関係がないことが多いとされています。目安になるのは、しきりに旋回して海面に突っ込む動きのほうです。また鳥山は数分から数十分で消えてしまうことも多く、着いたときには何もない、ということも珍しくありません。
ミズナギドリやアホウドリの仲間は、プランクトンが食べられたときに海水中へ出る硫黄を含む物質の匂いをたどって、餌場に近づくことが実験で示されています。目に見えない匂いの筋が、海の上に道をつくっているという見方です。
まとめ
鳥山は、偶然できた鳥の集まりではありません。プランクトンを食べる小魚、小魚を追う大型魚、その混乱に集まる海鳥という、海の食べもののつながりが、一点に凝縮して海面に浮かび上がったものです。漁の現場で読まれているのは、この生態系の断面図そのものです。
鳥は魚を探しているのではありません。
すでに見つけた魚の上で、看板になっているのです。
小魚がなぜ玉になれるのかは魚の群れは、なぜぶつからずに一斉に向きを変えられるの?で、海鳥が一日中水に浮かんでいられる理由は水鳥は、なぜ一日中水に浮かんでいても羽がぬれないの?で扱っています。
- 公園や川辺で、カモメやハトが1羽だけ地面に降りたときの、まわりの鳥の反応を10分ほど観察してみてください。1羽が降りた直後に、離れていた個体が次々と同じ場所へ向かうことがあります。これが鳥山と同じ「仲間を見て集まる」動きです。
- 高い建物の展望フロアと、地上の道路とで、それぞれ「いちばん遠くに見える建物」を決めて比べてみてください。高さが増えるほど、見える範囲が急に広がることが体感できます。
- 海や港に行ける人は、鳥が「浮いて休んでいる」群れと「旋回して突っ込んでいる」群れを見分けてみてください。後者の下では、たいてい何かが起きています。
海辺で観察するときは、堤防のふちや消波ブロックの上に立たないでください。足場のよい場所から見ましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・数学I」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(海洋生態学・行動生態学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 鳥山(とりやま):小魚の群れの上に海鳥が集まり、渦を巻くように旋回している状態。漁業の現場で古くから使われてきた言葉です。
- ベイトボール:追われた小魚が密集してつくる球状のかたまり。ベイトは「餌」という意味です。
- 局所的強化:先に餌を見つけた個体の行動を見て、ほかの個体が同じ場所に引き寄せられること。鳥山が急にふくらむ理由です。
- 食物連鎖:プランクトン、小魚、大型魚、海鳥のように「食べる・食べられる」がつながった関係のこと。
中学高校式で確かめる:鳥は船の何倍の海を見張っているか
高いところから見わたせる距離は、地球が丸いために限りがあります。目の高さから水平線までの距離は、目安として「3.6 に、高さ(メートル)の平方根をかけた値」がキロメートル単位で得られるとされています。この目安を使って、鳥と船を比べてみます。
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| h | 目の高さ。単位はメートル |
| d | 水平線までの距離。単位はキロメートル |
| S | 見わたせる海の広さ。単位は平方キロメートル |
| 海鳥が探すときの高さ h | 100 メートル |
| 100 の平方根 | 10 |
| 船の見張り台の高さ h | 4 メートル |
| 4 の平方根 | 2 |
| 円周率 | 3.14 |
| 鳥から水平線までの距離 d | 3.6 × 10 = 36 |
| その距離を2乗する | 36 × 36 = 1296 |
| 鳥が見わたせる広さ S | 1296 × 3.14 ≒ 4069 |
| 船から水平線までの距離 d | 3.6 × 2 = 7.2 |
| その距離を2乗する | 7.2 × 7.2 = 51.84 |
| 船が見わたせる広さ S | 51.84 × 3.14 ≒ 163 |
| 広さの比 | 4069 ÷ 163 ≒ 25 |
鳥が一度に見張っている海はおよそ4000平方キロメートル、船からはおよそ160平方キロメートルで、その差は約25倍です。4000平方キロメートルは、およそ琵琶湖6個分の広さにあたります。鳥を見るということは、自分の目の25倍の範囲を借りることに等しい、というわけです。
高校高校+なぜ小魚は「玉」という形に落ち着くのか
高校群れの中で食べられる確率は、外側にいる個体ほど高くなります。どの個体も「自分より外側に他の個体を置きたい」と動くと、群れ全体は自然と体積あたりの表面積が最も小さい形、つまり球に近づきます。誰も全体を設計していないのに形が決まる点が、生物の群れの面白いところです。
高校+この考え方は「利己的な群れ」という仮説として知られています。ただし玉になることには弱点もあります。密集すると酸素の消費が一か所に集中し、捕食者からは一度に多数を狙える的にもなります。実際の海では、追われた群れがちぎれたり、板のように広がったりと、状況に応じて形が変わることが観察されています。
大学海の餌は「均一」ではなく「まだら」に分布している
海洋生態学では、餌となる生物が空間的に強く偏って分布することを餌のパッチ性と呼びます。海全体の平均密度を計算しても、実際に採餌が成り立つのは、密度が平均の数百倍にもなるごく狭い場所だけです。海鳥の行動は、この当たり外れの大きい世界で、探索にかけるエネルギーと得られる餌のつり合いをとる問題として扱われます。仲間の動きを手がかりに使う戦略は、自力で探すコストを大きく下げるため、この枠組みの中では合理的だと説明されます。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 情報はどこまで伝わるのか。 1羽の降下が何キロ先の個体まで届き、群れ全体として何羽が集まるのか、数量としての把握はまだ十分ではありません。近年は小型の記録装置を鳥に付けた追跡が進んでいます。
- 匂いと視覚の使い分け。 海鳥が遠い距離では匂い、近い距離では視覚に切り替えているという見方がありますが、種によってどの距離で切り替わるのかは、はっきりしていません。
- 海が変わると鳥山はどうなるか。 水温の変化で小魚の分布がずれると、海鳥の繁殖の成功率が下がる例が報告されています。ただし、どの程度のずれから影響が出るのかは種や海域によって異なり、予測は難しいままです。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。海の中は直接見にくく、鳥山という現象も数分で消えてしまうため、観測そのものが難しい対象です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物と環境(食物連鎖) | プランクトンから海鳥までのつながり |
| 高校 | 生物基礎の生態系/数学Iの平方根 | 群れの形の説明と、水平線までの距離の計算 |
| 高校+ | 生物・個体群と行動 | 「利己的な群れ」の考え方 |
| 大学 | 海洋生態学・行動生態学 | 餌のパッチ性と採餌の戦略 |
| 研究 | バイオロギング・水産資源学 | 情報が伝わる範囲と、分布のずれの影響 |
| ― | 生活とのつながり | 海辺で鳥の動きから海の様子を読む |
- NOAA Fisheries(アメリカ海洋大気庁 漁業局)― 小型浮魚類と海洋生態系に関する解説
- 綿貫豊『海鳥の行動と生態 ― その海洋生活への適応』生物研究社
- Nevitt, G. A., Veit, R. R., Kareiva, P.「Dimethyl sulphide as a foraging cue for Antarctic procellariiform seabirds」Nature, 1995
- Hamilton, W. D.「Geometry for the selfish herd」Journal of Theoretical Biology, 1971
- 水産庁『水産白書』― 我が国周辺の水産資源と漁業の現状に関する各年版
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。海辺や船上での行動については、天候や現地の状況によって危険度が変わります。海上保安庁・気象庁・自治体等の情報や指示に従ってください。