魚の群れは、なぜぶつからずに一斉に向きを変えられるの?
― 見ているのは、となりの数匹だけです
水族館の大きな水そうで、何千匹もの魚が渦を巻き、次のしゅんかんに全体がさっと向きを変えます。ぶつかる魚も、はぐれる魚もいません。まるで一つの大きな生き物のようです。でも、指揮をとっている魚はいません。一匹一匹は、すぐそばの数匹だけを気にして泳いでいます。それだけで、あの動きが生まれます。
水族館の、いちばん大きな水そうの前。銀色のイワシの群れが、ゆっくりと輪を描いて泳いでいます。数えきれないほどの数です。
そこへ大きな魚が近づきます。群れの一部がふくらみ、へこみ、次のしゅんかんには全体がまとめて向きを変えました。目で追いきれないほどの速さです。それでも、ぶつかり合う魚は見あたりません。
誰かが号令をかけたようにも見えます。けれど、群れの先頭にいる魚は入れかわり続けていて、決まった「かしら」はいません。
理由は、大きく2つです
「近すぎたら離れる」「同じくらいの距離なら向きをそろえる」「離れすぎたら近づく」。この3つだけで、群れの形は自然にまとまります。全体を見ている魚は、一匹もいません。
魚の体の横には、水のゆれを感じ取る細かい器官が一列に並んでいます。仲間が動けば水が動く。その水の動きが、暗い場所や濁った水でも合図になります。
この2つは、それぞれ「何をするか」と「どうやって気づくか」にあたります。順番に見ていきましょう。
3つのルールだけで、群れの形はできあがる
群れをつくる魚は、まわりの全部を見ているわけではありません。気にしているのは、自分のすぐそばにいる数匹だけだと考えられています。そして、その数匹との距離によって、することを変えています。
いちばん近い相手には近づきません。ぶつかってしまうからです。少し離れた相手とは、進む向きをそろえます。もっと離れた相手には、はぐれないように近づきます。この3段構えを、群れの全員がそれぞれ勝手に守っている。ただそれだけです。
おどろくのはここからです。全体を見ている魚が一匹もいなくても、この3つのルールを守るだけで、群れは自然に一つのかたまりになります。そして全体としてなめらかに向きを変えます。誰かが決めたのではなく、下から自然にできあがった形なのです。図1の左の図を見てください。一匹の魚のまわりに、3つの「きょりの帯」があるようすを描いています。
水のゆれを「聞く」ための、体の横の線
ルールを守るには、まずまわりの仲間に気づかなければなりません。ここで働くのが、目と、もう一つの感覚です。
魚の体の横には、頭からしっぽへ向かって細い線が走っています。これは模様ではなく、側線と呼ばれる感覚器官です。皮ふのすぐ下に小さな管が通っていて、その中に、水の流れでたおれる細かい毛のようなものが並んでいます。水が動くと毛がたおれ、その傾きが合図として脳へ送られます。
すぐ横の仲間がひれを動かせば、その分の水が押されて動きます。側線は、その押しを感じ取ります。つまり魚は、仲間の動きを「見る」だけでなく、水ごしに体で感じているのです。だから、光の届かない濁った水でも、群れは間隔を保っていられると考えられています。
群れの向きが変わると、それまで後ろにいた魚が先頭になります。つまり「先頭の魚がえらい」わけではありません。たまたま曲がる側にいた魚が、結果として先頭になるだけです。かしらのいない集まりが、かしらのいる集まりのようにふるまう。ここが、この現象のいちばん面白いところです。
大きな魚に追われたとき、一匹でいるより群れでいるほうが、自分がねらわれる割合は小さくなります。また、たくさんの目があるぶん、危険に早く気づけます。ぶつかる心配を引き受けてでも集まる価値がある、と考えられています。
まとめ
魚の群れに、指揮官はいません。全員が「近すぎたら離れる、同じくらいなら向きをそろえる、離れすぎたら近づく」という単純なルールを、自分のまわりの数匹に対してだけ守っています。そして、その数匹の動きは、目と、体の横を走る側線で感じ取っています。一匹の中には群れ全体の設計図はありません。それでも、全体はまとまった形になります。
群れをまとめているのは、上からの命令ではありません。
となりの数匹だけを見た、単純な3つのルールです。
同じように「一匹一匹の単純なふるまいが、全体の秩序をつくる」話として、アリの行列は、なぜ迷わず一列にまとまるの?や、渡り鳥はなぜ、V字に並んで飛ぶの?もあわせて読むと、見え方が変わります。水の動きや音を体で感じるしくみに興味がわいたら、コウモリは、暗闇でどうやって障害物を避けるの?もどうぞ。
- 水族館の大きな水そうの前に立ち、群れ全体ではなく1匹だけを目で追いかけてみる。全体の動きとは関係なく、その1匹はとなりの魚との距離をずっと調整し続けています。
- 群れが向きを変える瞬間を見て、先頭がどの魚に入れかわったかを確かめる。何度か見ると、先頭が毎回ちがうことに気づきます。
- 川や池で小さな魚の群れを見つけたら、岸から静かに手を近づけて、水面をそっと押してみる。触れなくても、水の動きだけで群れが散ることがあります。生きものを追いかけ回さず、遠くから見るだけにしてください。
1匹に注目すると「まとまった一つの生き物」という印象は消え、ばらばらに泳ぐ魚の集まりに見えてきます。その両方が、同時に本当です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(行動生態学・非線形科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 群泳:魚が向きと速さをそろえて泳ぐこと。ただ集まっているだけの状態とは区別されます。
- 側線:魚の体の横を走る感覚器官。水の流れや、水のゆれの向きと強さを感じ取ります。
- 自己組織化:全体をまとめる指令がないのに、部分どうしのやりとりだけで秩序ができること。
中学高校式で確かめる:「向きを変えろ」は、群れの端まで何秒で届くのか
群れの一方の端で1匹が向きを変え、その動きがとなりへ、そのまたとなりへと伝わっていくと考えます。とても単純な見積もりですが、実際の群れとくらべると面白いことが分かります。
| 魚1匹の体長(イワシくらい) | 0.1メートル |
| となりの動きに気づいて動き出すまでの時間 | 0.05秒 とされています |
| 群れの端から端までの長さ(仮に置きます) | 10メートル |
| 1匹ぶんの間隔が伝わる速さ(メートル毎秒) | 0.1 ÷ 0.05 = 2 |
| 端から端まで伝わるのにかかる時間(秒) | 10 ÷ 2 = 5 |
| 人が歩く速さ(秒速1.4メートル)の何倍か | 2 ÷ 1.4 ≒ 1.4 |
単位は、長さがメートル、速さがメートル毎秒、時間が秒です。記号は使わず、ことばのまま計算しました。この見積もりだと、合図が群れの端まで届くのに5秒かかることになります。人が少し早足で歩くのと同じくらいの速さです。
ところが実際の群れは、これよりずっと速くまとまって向きを変えるように見えます。1匹ずつ順番に伝えていく足し算では、説明しきれないのです。魚が1匹だけでなく複数の仲間を同時に見ていること、そして向きを変える前ぶれの動きを先に感じ取っていることが、その差を生んでいると考えられています。
高校高校+単純なルールから、複雑な形が生まれる
高校生物では、動物のふるまいを「刺激と、それに対する決まった反応」の組み合わせとして学びます。魚の群れも同じです。刺激は「となりの魚の位置と向き」、反応は「離れる・そろえる・近づく」の3通りです。1匹の中では、それ以上のことは起きていません。
高校+この3つのルールを計算機の中で何百匹ぶんも同時に動かすと、渦を巻く群れ、細長く伸びる群れ、球のように丸まる群れなど、実際の海で見られる形がそのまま現れます。ルールの強さの割合を少し変えるだけで、群れの形ががらりと切りかわることが知られています。設計図なしに形が決まる、という点が重要です。
大学秩序は、どこから来るのか
大学の非線形科学では、この現象を「多数の要素が近くどうしだけでやりとりした結果、全体に秩序が現れる」問題として扱います。個体の密度や、向きをそろえる強さがある値をこえると、ばらばらだった集団が急に一つの向きへそろいます。水が氷になるときのような、急な切りかわりが起きることが理論から示されています。生きものだけでなく、細菌の集団や、人の群衆の流れにも共通する枠組みだと考えられています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 何匹を見ているのか。 「一定の距離の中にいる全員」なのか、「距離に関係なく近い順に数匹」なのか。後者を支持する観測もありますが、魚の種類や状況でどう変わるかは、まだ決着していません。
- 目と側線の役割の分け方。 明るい場所では目が、暗い場所では側線が主役になると考えられていますが、その切りかわりが具体的にどう起きるのかは分かっていません。
- 合図が速く伝わって見える理由。 群れの端から端まで、1匹ずつの反応時間の足し算より速く伝わるように見える現象が報告されています。なぜそうなるのかは、いまも議論が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。水そうの前で1匹を目で追う行為は、研究者がしていることと、そう遠くありません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・動物のからだのつくりと働き/刺激と反応 | 側線という感覚器官、3つのルール |
| 高校 | 生物・動物の行動/受容器と効果器 | 刺激と反応の組み合わせとしての群れ |
| 高校+ | 生物の発展/模型を使った実験 | 3つのルールから群れの形が生まれる話 |
| 大学 | 行動生態学/非線形科学・集団運動 | 密度をこえると急に向きがそろう話 |
| 研究 | 集団行動の計測、感覚生理学 | 何匹を見ているか、合図の伝わる速さ |
| ― | 生活とのつながり | 水族館での観察、川や池の小魚の群れ |
- 魚類の集団行動に関する行動生態学の総説(近くの仲間との反発・整列・引き寄せという三つの相互作用でまとまりが生じるという枠組みの解説)。
- 魚類生理学の教科書における、側線器官の構造と働きに関する章(管の中に並ぶ感覚細胞が、水の動きの向きと強さを受け取るしくみ)。
- 集団運動を扱う非線形科学の解説書(個体の密度や整列の強さがある値をこえると、集団全体の向きが急にそろうという理論の紹介)。
- 水族館・博物館による、群れをつくる魚の生態に関する展示解説資料。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。川や海のそばで生きものを観察するときは、足もとと天候に十分注意し、現地の掲示や自治体の指示に従ってください。