水鳥は、なぜ一日中水に浮かんでいても羽がぬれないの?
― 油だけではなく、羽の「すき間」が水を持ち上げています
水面から上がってきたカモの背中は、さっきまで水につかっていたとは思えないほど乾いています。よく「羽に油がぬってあるから」と言われますが、油だけでは説明がつきません。ぬれない本当の主役は、羽の表面にある無数の細かいすき間と、そこに閉じこめられた空気です。
冬の公園の池。冷たい水の上に、カモが何羽も浮かんでいます。首を水の中につっこんで、逆立ちのような姿で水草をつついているものもいます。
やがて一羽が岸に上がってきます。足元にはぽたぽたと水が落ちますが、背中の羽はふわりと乾いたまま。体をぶるっと震わせると、丸い水のつぶが玉になって転がり落ちていきます。
同じ池で、こちらは同じくらいの時間泳いだ犬。上がってきた体はぐっしょり重く、毛が肌にはりついています。同じ水に入っていたのに、なぜこんなに違うのでしょうか。
理由は、大きく2つです
羽は1枚の板ではありません。中央の軸から細い枝が出て、その枝からさらに細い枝が出て、無数のすき間のあるあみ目になっています。水はこのすき間に落ちこめず、あみ目の上に乗ったままになります。すき間には空気が残り、羽と水の間にうすい空気のじゅうたんができます。
鳥は尾のつけねにある腺から出る脂を、くちばしで羽にぬり広げます。この脂は水をはじくのを助けますが、それ以上に大事なのが、くちばしでとかしてあみ目の乱れを整えることです。あみ目が整っていれば水は乗るだけ。乱れると、水はすき間に入りこみます。
順番に見ていきます。まず、水がすき間に落ちこめない理由からです。
水は、細かいすき間に入りたがらない
水には、表面をできるだけ小さくまとめようとする性質があります。だから水は、空中で丸いつぶになります。この「まとまろうとする力」が、水を細かいすき間から締め出します。
すき間に水が入るには、水の面が下向きにふくらんで、面積を増やさなければなりません。まとまろうとする水にとって、これは損な話です。すき間が細いほど、入るために必要な余分な面積は大きくなります。だから、細かいあみ目ほど水は乗ったままになります。
図1を見てください。左は、羽の細い枝がきちんと並んでいる状態です。水のつぶは枝の上にだけ触れ、すき間には空気が残っています。触れている面積が小さいので、水はころんと丸いまま、少し傾けただけで転がり落ちます。右は、枝の並びが乱れたり、油分がとれてすき間が広がったりした状態です。水は下向きに入りこみ、羽の内側まで届いて、鳥の体温を奪っていきます。
では、油は何をしているの?
多くの鳥は、尾のつけねに脂を出す小さな腺を持っています。鳥はここにくちばしを当てて脂をとり、羽の1枚1枚にぬり広げます。これが羽づくろいです。
この脂は、水となじみにくい性質を持っています。ぬってあれば、水はいっそう乗るだけの状態になります。ただし、脂をぬっただけの平らな面なら、水はゆっくり広がってしまいます。あみ目という形があって初めて、水は玉のまま転がるのです。
そしてもうひとつ、羽づくろいには大きな役目があります。細い枝どうしは、小さなかぎのような突起でつながっています。泳いだり羽ばたいたりするとこのつながりは外れ、あみ目にすきまむらができます。鳥はくちばしで羽をしごき、外れたかぎをはめ直しています。乾いた状態を保つ作業の半分は、この「かけ直し」だと考えられています。
カワウやウミウのように水中で魚を追う鳥は、羽をわざと水がしみこみやすくしていると考えられています。空気を抱えたままでは体が浮きすぎて、深くもぐるのに大きな力がいるからです。岸に上がった彼らが羽を広げて立っているのは、そのぬれた羽を乾かしているためだとされています。ぬれないことは、いつでも得とはかぎりません。
海に流れ出た油が羽につくと、あみ目がべたついて空気の層がつぶれます。すると水が肌まで届き、体温がどんどん逃げていきます。油まみれの海鳥が命を落とすのは、多くの場合は毒よりも先に、体が冷えてしまうためだとされています。台所の洗剤が羽についても、同じように空気の層は失われます。
まとめ
水鳥の羽がぬれないのは、油をぬった板ではじいているからではありません。細い枝が作る無数のすき間が空気を抱えこみ、水を羽の表面から少しだけ持ち上げているからです。油と羽づくろいは、そのあみ目を整え、保つための手入れにあたります。羽が乾いていることは、鳥にとって寒さから身を守る命綱でもあります。
はじいているのは油ではなく、形。
羽と水のあいだには、うすい空気が敷かれています。
細い糸やすき間が生む力は、水鳥だけの話ではありません。同じ表面張力が木の中で水を持ち上げるしくみは木はなぜ、100メートルの高さまで水を吸い上げられるの?で、うすい膜そのものが主役になる話はシャボン玉は、なぜ虹色に見えるの?で紹介しています。細い糸が雨や風に負けない理由はクモの巣は、なぜ雨や風で壊れないの?もあわせてどうぞ。
- 公園の池でカモを見かけたら、体をふるわせた直後の背中を見てください。水が薄く広がらず、丸いつぶのまま転がり落ちるはずです。これがあみ目の上に乗っている水の形です。
- キッチンの水きりネットや、目の細かいザルを用意します。裏返して平らな面を上にし、水を一滴だけそっと落とします。網目の上に丸くとどまるようすが見られます。羽と同じ状況を、大きなサイズで再現したものです。
- 同じ網目に、指で少しだけ洗剤をつけてから、もう一度水を落としてみます。今度は水が網目をすり抜けて落ちやすくなります。洗剤が水のまとまろうとする力を弱めるためで、海鳥にとって洗剤が危ないのと同じ理由です。
野生の鳥に触ったり、えさを与えたりはしないでください。弱った鳥や油のついた鳥を見つけたときは、自分で洗おうとせず、自治体の窓口や地域の野鳥の会に連絡してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(界面化学・生物物理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 表面張力:液体が表面をできるだけ小さくしようとする性質。水のつぶが丸くなるのも、細いすき間に入りたがらないのも、もとはこれです。
- 羽枝・小羽枝:羽の中央の軸から出る細い枝と、その枝からさらに出る細い枝。この二段構えが、水を乗せるあみ目を作ります。
- 尾脂腺:多くの鳥が尾のつけねに持つ、脂を出す腺。ここから出た脂をくちばしでぬり広げるのが羽づくろいです。
- ぬれ:液体が固体の表面に広がること。広がりやすい状態を「ぬれやすい」、玉のままとどまる状態を「ぬれにくい」と言います。
中学高校式で確かめる:すき間はどれくらいの水圧まで耐えられるか
あみ目の上に乗った水は、押されればすき間に入りこみます。では、どれくらい押されるまで持ちこたえるのでしょうか。水面が細いすき間をふさぐとき、その水面が支えられる圧力の目安は、表面張力の値をすき間の半分の幅で割った大きさの2倍になるとされています。ここでは羽のすき間を、片側5マイクロメートル(0.000005メートル)として見積もります。
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| 表面張力 | 水面が縮もうとする強さ。単位はニュートン毎メートル |
| すき間の半分の幅 | 枝と枝のあいだの半分の長さ。単位はメートル |
| 圧力 | 面を押す強さ。単位はパスカル |
| 水の表面張力(20℃) | 約 0.072 ニュートン毎メートル とされる |
| すき間の半分の幅の見積もり | 0.000005 メートル |
| 水深1メートルぶんの水圧 | 約 9800 パスカル とされる |
| 表面張力を2倍する | 0.072 × 2 = 0.144 |
| すき間の半分の幅で割る(パスカル) | 0.144 ÷ 0.000005 = 28800 |
| 水深に直す(メートル) | 28800 ÷ 9800 ≒ 2.9 |
あみ目が整っていれば、水深3メートル近くまで沈められても、すき間は水に負けない計算になります。池に浮かんで首をつっこむくらいの深さでは、まったく問題がないわけです。逆に言えば、すき間が10倍広がれば耐えられる深さは10分の1になります。あみ目の細かさが、そのまま乾いた羽を守っています。
高校高校+なぜ「形」でここまで変わるのか
高校水の分子どうしは引き合っています。表面にある分子は内側からだけ引かれるので、表面を減らそうとする力が生まれます。これが表面張力です。固体の上に置かれた水のつぶが玉になるか広がるかは、水どうしの引き合いと、水と固体の引き合いのつり合いで決まります。
高校+ここに「でこぼこ」が加わると、話が変わります。水が谷まで入りこまず、山の頂上だけに触れる状態になると、水が触れている相手の大半は固体ではなく空気になります。水は空気とはほとんどなじまないので、全体としてはひじょうにぬれにくくなります。羽の枝が作るあみ目は、この「山の上だけに乗せる」構造そのものです。同じ考えは、水をはじく葉の表面にも当てはまります。
大学ぬれの状態は、二つに分かれる
界面化学では、でこぼこした面の上の液体を、大きく二つの状態に分けて考えます。ひとつは、液体が谷の底まで入りこみ、固体と完全に接している状態。もうひとつは、谷に空気を残したまま山の上に乗っている状態で、後者は1944年にカシーとバクスターがまとめた式で扱われます。水鳥の羽は後者にあたり、接している面積の割合が小さいほど、水はよく転がります。
やっかいなのは、後者が「押されると前者に移ってしまう」点です。圧力がかかったり、面が振動したり、脂が界面活性剤で置きかわったりすると、空気は押し出され、いちど入りこんだ水はなかなか出ていきません。羽づくろいは、この移り変わりを起こさせないための日々の整備だと見ることができます。生きものの表面を手本にした水をはじく材料づくりでも、この状態をどう保つかが中心の課題になっています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 脂と構造の役割の比率。 羽をぬらさない力のうち、脂と枝の並びがそれぞれどれくらいを担っているのか、種によってどう違うのかは、まだ議論が続いています。脂を取り除いた羽でも、しばらくは水をはじくという報告があります。
- もぐる鳥の羽のしくみ。 ウの仲間の羽が水を通しやすい理由については、枝の間隔の違いによるという説明が有力とされていますが、羽の部位ごとの役割分担については、まだ十分に整理されていません。
- 油汚染からの回復。 洗浄された海鳥の羽が、元のあみ目と脂の状態をどこまで取りもどせるのかは、放鳥後の追跡が難しく、はっきりした答えが出ていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。羽という身近なものにも、まだ測りきれていない部分が残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・身のまわりの物質/動物のからだのつくり | 水が玉になること、羽の枝の構造 |
| 高校 | 物理基礎・化学基礎(分子間の力、圧力) | 表面張力が生まれる理由、耐えられる水圧の計算 |
| 高校+ | 物理の発展(毛管現象)、生物の発展 | でこぼこがぬれにくさを強める話 |
| 大学 | 界面化学・生物物理学 | ぬれの二つの状態と、その移り変わり |
| 研究 | 動物生理学・材料科学 | 脂と構造の役割の比率、油汚染からの回復 |
| ― | 生活とのつながり | 洗剤がつくと水をはじかなくなること、傘やレインウェアの表面の手入れ |
- A. B. D. Cassie, S. Baxter「Wettability of porous surfaces」Transactions of the Faraday Society, 1944(でこぼこした面の上で液体が空気を抱えたままになる状態の扱い)
- A. M. Rijke「The water repellency and feather structure of cormorants」Journal of Experimental Biology, 1968(ウの仲間の羽が水を通しやすい理由の測定)
- P.-G. de Gennes, F. Brochard-Wyart, D. Quéré『表面張力の物理学 ― しずく、あわ、みずたま、さざなみの世界』吉岡書店(ぬれと毛管現象の教科書)
- 山階鳥類研究所(鳥の体のつくりと生態に関する一般向けの解説)
- 環境省『油汚染事故に関する野生生物への影響と対応』(油が付着した海鳥の低体温と救護の考え方)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。羽のすき間の大きさは種や羽の部位によって大きく変わり、計算はあくまで一例です。弱った鳥や油のついた鳥を見つけたときは、自分で対処せず自治体や専門機関の指示に従ってください。