台風はなぜ、
日本の近くで急に東へ曲がるの?
天気予報の進路図を見ると、台風はまず西へ、それから北へ向かい、日本の近くまで来ると向きを変えて北東へ抜けていきます。あの弓なりの形は、毎年ふしぎなくらいよく似ています。じつは台風は、自分で進む方向を決めていません。運んでいるのは、台風のまわりにある、もっと大きな風の流れです。
夏の終わり、テレビの画面に台風の進路図が出ています。予想される道すじは、南の海から日本に向かって、ゆるやかな弓のような形を描いています。
去年の台風も、その前の台風も、だいたい同じような曲がり方をしていました。南の海をゆっくり西へ進み、途中で北を向き、日本のあたりで東へ折れて、足を速めて去っていきます。
台風が日本の位置を知っているわけではありません。それなのに、多くの台風が似た道を通ります。なぜでしょうか。
理由は、大きく二つです
台風は、たしかに強い風のうずです。けれどそのうずは、その場でぐるぐる回っているだけです。うず全体を動かしているのは、台風のまわりに広がる、もっと大きくてゆるやかな風の流れです。夏の日本の南には太平洋高気圧が居すわっていて、その外側をまわる流れが台風を押していきます。
地球のまん中あたりの上空には、西から東へ吹く強い風の帯があります。偏西風です。南の海にいるうちは、台風はこの帯の外側にいます。北へ運ばれてこの帯に届くと、こんどは西からの流れに乗せられ、進む向きが東寄りに変わります。速さも一気に上がります。
つまり台風の進路は、「押してくれる流れが、途中で入れかわる」ことで折れ曲がります。順番に見ていきましょう。
台風を運んでいるのは、台風ではありません
台風は直径が数百キロメートルもある、巨大な空気のうずです。ただし、うずが回る運動と、うずが移動する運動は別のものです。お風呂の水に指で渦をつくり、その湯船ごとゆっくり傾けたと想像してください。渦は回りつづけたまま、湯船の流れに乗って移動します。台風もこれと同じです。
台風を運ぶ流れのことを、気象の世界では指向流と呼びます。夏から秋にかけての日本の南には、太平洋高気圧という背の高い高気圧が広がっています。高気圧のまわりでは、風は時計まわりに吹き出します。ですから、高気圧の南のふちでは東からの風、西のふちでは南からの風になります。
台風は、この高気圧のふちに沿って運ばれます。高気圧の南側にいるあいだは西へ、高気圧の西のはしにさしかかると北へ。図1の左側の曲がった矢印が、この流れです。台風の進路が弓なりになるのは、押している流れがもともと弧を描いているからです。
北へ来ると、こんどは西風の帯につかまります
高気圧のふちに沿って北へ運ばれた台風は、やがて上空の偏西風の帯に届きます。この帯は、暖かい南の空気と冷たい北の空気の境目にできる、西から東への強い流れです。日本の上空は、ちょうどこの帯がかかりやすい場所にあります。
台風は背の高いうずですから、上のほうまで届く流れの影響を強く受けます。偏西風の中に入ると、台風はその流れに乗せられて東へ向かいます。進路が折れ曲がって見えるのは、このためです。この曲がり角のことを転向点と呼びます。
変わるのは向きだけではありません。速さも変わります。転向する前の台風は、自転車ほどの速さでのんびり進むことも珍しくありません。ところが偏西風に乗ったあとは、高速道路を走る車ほどの速さになることもあります。「まだ遠いと思っていたのに、翌朝にはもう通り過ぎていた」という感覚は、この加速から来ています。
太平洋高気圧は、夏に大きくふくらみ、秋になるとしぼみながら東へ引いていきます。高気圧が大きいうちは、台風はそのふちを大きく回りこんで西へ向かい、大陸のほうへ抜けることが多くなります。高気圧が引くと、ふちの位置が日本のそばに来るため、台風は日本列島に沿って北上しやすくなります。夏より秋のほうが本州に来やすいと言われるのは、台風が変わったからではありません。押している高気圧のほうが動いたからです。
指向流がはっきりしているときの進路予報は、比較的よく当たります。逆に、高気圧のふちからも偏西風からも外れて、押してくれる流れが弱くなると、台風は行き先を失って迷うように動きます。ゆっくり進んだり、輪を描いたりする台風が現れるのはこういうときで、進路の予報も難しくなります。動きの遅い台風は、同じ場所に長く雨と風をもたらします。
まとめ
台風は、自分の力で行き先を選んでいるわけではありません。まわりの大きな流れに運ばれる、いわば「川に浮かんだうず」です。夏から秋の日本のまわりでは、太平洋高気圧のふちを回る流れと、上空の偏西風という二つの流れが用意されています。台風が前者から後者へ乗りかえる場所が転向点で、その乗りかえこそが、あの見なれた弓なりの進路の正体です。
台風は、進んでいるのではありません。
大きな風に、運ばれています。
台風そのもののしくみについては台風の目は、なぜ晴れているの?で、近づいたときに海面が盛り上がる理由は台風が来ると、なぜ海面が盛り上がるの?で説明しています。うずの回る向きが南北で変わる話はお風呂の渦は、南半球では逆回りになるって本当?、風の強さの実感については風速40mの風って、どれくらい強いの?もどうぞ。
- 台風が近づいている時期に、気象庁の進路予想図を毎日同じ時刻に見て、紙に写し取ってみましょう。曲がり角がどこに置かれているかを、日ごとに比べます。
- 同じ日の天気図で、太平洋高気圧の位置を確かめます。予想された曲がり角は、高気圧の西のはしの近くに来ていないでしょうか。
- 洗面器に水をため、片側から静かに水を流しこみます。水面に浮かべた小さな紙片が回りながら流されていく様子は、うず自体の回転と、うずの移動が別ものであることを見せてくれます。
進路予想の図には、幅のある円がついています。あれは「どこを通るか、まだこれだけの幅がある」という意味です。円のふちが自分の町にかかっていたら、中心から外れていても備えの対象だと考えてください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学基礎・物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(気象学・地球流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 指向流:台風を運んでいる、まわりの大きな風の流れのことです。台風の進む向きと速さは、おおむねこの流れで決まります。
- 転向点:台風が北向きから東寄りへ、進む向きを変える場所のことです。多くの場合、上空の西風の帯に入ったあたりに来ます。
- 偏西風:中緯度の上空を、西から東へ吹き続けている風の帯です。とくに流れの速いすじは、ジェット気流と呼ばれます。
- 太平洋高気圧:夏から秋にかけて日本の南東に広がる、背の高い高気圧です。ふちに沿って時計まわりの流れをつくります。
中学高校式で確かめる:転向のあと、どれだけ早く着くのか
台風の速さは、転向の前後で大きく変わります。九州の南から関東の沖まで、道のりをおよそ1000キロメートルとして、到着までの時間を比べてみます。ここでの「速さ」は、うずの中心が移動する速さのことで、台風の中を吹く風の速さではありません。
| 転向する前の進む速さ | 毎時 20 キロメートル(南の海でののんびりした移動の目安) |
| 転向したあとの進む速さ | 毎時 50 キロメートル(偏西風に乗ったときの目安) |
| 九州の南から関東の沖までの道のり | およそ 1000 キロメートル |
| 転向前の速さのままなら、かかる時間は | 1000 ÷ 20 = 50 |
| 転向後の速さなら、かかる時間は | 1000 ÷ 50 = 20 |
| 縮まる時間は | 50 - 20 = 30 |
単位はどれも時間です。同じ道のりが、50時間から20時間へ、30時間も縮まります。まる1日以上の差です。「まだ二日はあると思っていたのに、明日の朝には来る」という事態は、この差から生まれます。備えを始めるころあいを、転向より前の感覚で決めてはいけない理由が、ここにあります。
高校高校+なぜ台風は、放っておいても少し北西へ進むのか
高校地球は丸く、自転しています。そのため、動く空気には見かけの力がはたらきます。これがコリオリの力で、北半球では進む向きの右へ、南半球では左へ曲げるようにはたらきます。台風のうずが北半球で反時計まわりに回るのも、この力の結果です。
高校+コリオリの力の強さは、緯度が高いほど大きくなります。つまり台風のうずの北側と南側では、はたらく強さが少し違います。この差のせいで、うずのまわりの空気の流れがわずかに非対称になり、台風は指向流がまったくなくても、ゆっくり北西へ動こうとします。この動きはベータドリフトと呼ばれ、速さは毎時数キロメートル程度とされています。実際の進路は、この自前の動きと、はるかに大きい指向流とを足し合わせたものです。
大学「うずを、大きな流れが運ぶ」を式で見る
大学の気象学では、大気の回転の度合いを渦度という量で表します。台風は、渦度がまわりよりずっと大きい塊です。この塊が時間とともにどう動くかは、渦度が流れに運ばれる過程(移流)と、地球の回転による渦度が緯度で変わる効果(ベータ効果)とを合わせた保存則で記述されます。台風の中心の移動は、この式のうち移流の項が支配的だという見方に対応します。つまり「台風はまわりの風に運ばれる」という説明は、たとえ話ではなく、方程式の主要な項をそのまま日常の言葉に置きかえたものです。実際の数値予報では、この考え方を土台に、海面の水温や、台風自身がまわりの大気を変える効果まで含めて計算されています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 予報の限界がどこにあるか。 進路の予報の誤差は、この数十年で着実に小さくなってきました。しかし、大気そのものが持つ「わずかな初めのちがいが大きな差に育つ」性質のせいで、どこまで縮められるのかには限りがあると考えられています。その限界の値は、まだ確定していません。
- 転向する場所が、少しずつ北へ移っているのか。 台風が最も強くなる緯度や転向の位置が、長い目で見て北寄りに変わりつつあるという報告があります。ただし観測の方法が時代とともに変わっているため、変化の大きさをどう見積もるかで議論が続いています。
- 迷うように動く台風を、どう予報するか。 指向流が弱いとき、台風は自分自身がまわりの大気を変えることで進路を決めてしまいます。この相互作用のあつかいは難しく、予報が大きく外れる場面が残っています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。台風が近づくときは、必ず気象庁や自治体が出す最新の情報を確かめてください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科 第2分野「気象とその変化」 | 高気圧のまわりの風の吹き方、台風の道すじの季節による違い |
| 高校 | 地学基礎「大気の運動」/物理基礎「速さと時間」 | 偏西風の帯、転向後にかかる時間の計算 |
| 高校+ | 地学「大気の大循環」の発展 | コリオリの力が緯度で変わることと、ベータドリフト |
| 大学 | 気象学・地球流体力学(渦度と移流) | 「うずを大きな流れが運ぶ」という見方の、式での意味 |
| 研究 | 台風の進路予報、気候の変化と台風 | 予報の限界、転向する位置の長期的な変化 |
| ― | 生活とのつながり | 備えを始めるころあいの決め方、進路予想図の円の読み方 |
- 気象庁「台風の一生」「台風の進路」に関する解説資料(発生・発達・転向の説明を含む)。
- 気象庁「台風進路予報の精度検証」に関する報告(予報円の意味と、誤差の推移)。
- 小倉義光『一般気象学』東京大学出版会(大気の大循環、渦度と移流の基礎)。
- Holland, G. J., Tropical Cyclone Motion: Environmental Interaction Plus a Beta Effect, Journal of the Atmospheric Sciences, 1983(指向流とベータ効果による台風の移動の研究)。
- Kossin, J. P. ほか, The poleward migration of the location of tropical cyclone maximum intensity, Nature, 2014(最盛期の位置が高緯度へ移る傾向についての研究)。
※ 移動の速さや道のりの数値は、しくみをつかむための代表的な目安であり、台風ごとに大きな幅があります。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。台風の進路や強さ、接近時にとるべき行動については、気象庁や自治体など公的機関が発表する最新の情報と指示に必ず従ってください。