🌀 うわさの検証 🌍 地球の自転 予備知識なしでOK 読了 約7分

お風呂の渦は、南半球では
逆回りになるって本当?

「北半球と南半球では、排水口の渦が逆向きになる」。よく聞く話です。結論から言うと、これは本当ではありません。ただし「まったくのデタラメ」でもありません。その力は確かに存在していて、ただし桁違いに小さすぎるのです。どれくらい小さいのか、数えてみましょう。

公開:2026.08.16 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、家でやってみてください

洗面台に水をためて、栓を抜きます。渦ができます。向きを覚えておいてください。

もう一度、同じことをします。今度は逆向きに回ることがあります。同じ家、同じ洗面台、同じ半球なのに、です。

お風呂でも試してみてください。栓を抜く前に手でかき混ぜてから抜くと、かき混ぜた向きにそのまま回ります。北半球だからといって、勝手に向きが変わったりはしません。

もし地球の自転が渦の向きを決めているなら、こんなことは起きないはずです。では、あの話は何だったのでしょうか。

1
その力は、確かに実在する

地球が回っているせいで、動くものは進む向きから少しずれます。台風の渦の向きは、まさにこの力が決めています。作り話ではありません。

2
ただし、風呂では桁が違いすぎる

洗面台での大きさは、重力のおよそ100万分の1。栓の形のわずかな傾きや、水を入れたときの残り回転に、完全に埋もれます。

つまりこの話は、「存在するかどうか」ではなく「効くかどうか」を取り違えたものです。順に見ていきましょう。

① そもそも、どういう力なのか(回転する台の上で投げる) 台は回転中 投げる人 外から見ると、ボールは まっすぐ飛んでいる 投げる人 台に乗っている人から見ると 横に曲がったように見える これが 「見かけの力」 ② どれだけ効くか(他の要因と比べた割合) 台風(直径 数百 km) 支配的 洗面台(直径 30 cm) ← 線1本ぶんもない 同じ力でも、大きさと時間の長さで、効くかどうかが決まります
図1:上は、この力の正体。回転する台の上でまっすぐ投げても、台に乗っている人から見ると横に曲がって見えます(右)。地球という回転する台の上にいる私たちにも、同じことが起きます。下は効き方の比較。台風では支配的ですが、洗面台では棒グラフに描けないほど小さくなります。

その力は、たしかにある

地球は1日で1回転しています。赤道では時速1,600キロ以上の速さで動いていることになります。私たちはその上に乗っています。

回転しているものの上では、まっすぐ動いたつもりでも、まわりの景色のほうがずれていきます。回転する遊具の上でボールを投げると、外から見ればまっすぐなのに、乗っている人には曲がって見える。これと同じです(図1)。

この「曲がって見える効果」は、北半球では進む向きに対して右へ、南半球では左へ働きます。だから台風の渦の向きは、北半球と南半球で本当に逆です。衛星写真を見れば一目でわかります。

ここまでは、うわさ話ではありません。天気予報が成り立っているのは、この効果を計算に入れているからです。

では、なぜ風呂では効かないのか

問題は大きさです。この効果の強さは、「どれだけ広い範囲を、どれだけ長い時間かけて動くか」で決まります。

台風は直径数百キロ、何日もかけて回ります。地球の自転による小さなずれが、その間にたっぷり積み重なります。

洗面台は直径30センチ、水が抜けるのは数十秒です。積み重なる時間がありません。

数えてみると、洗面台の水にはたらくこの力は、重力のおよそ100万分の1にしかなりません。一方、実際に渦の向きを決めているのは次のようなものです。

どれも、地球の自転による効果よりけた違いに大きいのです。だから渦の向きは、そのときの偶然で決まります。

問題は「あるかないか」ではありません。
「他のものに比べて、大きいかどうか」です。

では、条件を極端に整えたら?

ここが面白いところです。実際に確かめた人たちがいます。

1960年代、アメリカと、その数年後にオーストラリアで、それぞれ実験が行われました。やり方は徹底していました。

結果、北半球の実験では反時計回り、南半球の実験では時計回りの渦が、再現よく観測されました。理論どおりです。

つまりこういうことです。効果は本物。ただし、それが顔を出すには、他のすべてを消し去る必要がある。日常の洗面台では、その条件は絶対に整いません。

🔎 赤道の「実演」について

赤道が通る国の観光地で、赤道の線をまたいで数メートル移動するだけで、桶の水の渦の向きが変わってみせるという実演が行われていることがあります。

これは科学的には成り立ちません。数メートルの移動でこの効果が切り替わることはありませんし、そもそも赤道上ではこの効果はゼロになります(もっとも効きにくい場所です)。

実演では、桶を置くときのわずかな動きや、水を注ぐ向き、葉を落とす位置などで、回転が仕込まれています。タネがわかったうえで見ると、それはそれで楽しめる芸です。見破れるかどうか、試してみてください。

この力が、本当に効いている場所

共通しているのは、広い範囲か、長い時間か、その両方だということです。

家で確かめられること

🧪 5分でできる観察:渦の向きは自分で決められる
  1. 洗面台に水をためる。そのまま2〜3分置いて、水面が静かになるのを待つ
  2. 栓を抜き、渦の向きを記録する
  3. もう一度水をためる。今度は手で時計回りに軽くかき混ぜてから抜く
  4. さらにもう一度、今度は反時計回りにかき混ぜてから抜く
  5. 3回の結果を比べる

かき混ぜた向きに、そのまま回るはずです。あなたの手が、地球の自転より圧倒的に強いということです。1回目(静かに待った場合)は、日によって向きが変わることがあります。それも、部屋の空気や水温のわずかな差が決めています。何回か記録をとって、法則性がないことを確かめてみてください。

まとめ

お風呂の渦が半球で逆向きになるという話は、本当ではありません。ただし、その力自体は実在し、台風の渦の向きを決めているのは事実です。存在することと、効いていることは、別のことでした。

科学で大事なのは「あるか」ではなく、
「どれくらいか」です。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎」「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(地球流体力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:回転にまつわる言葉

高校高校+式で確かめる:風呂の渦とコリオリは、何桁ちがうのか

「北半球では風呂の渦は右回り」という話があります。本当かどうかは、議論しなくても計算で決着します。大きさを出して、他の力と比べればいいだけです。

① まず、式そのもの

a = 2 × Ω × v × sinφ

a 横へ曲げようとする強さ単位は m/s²(重力の 9.8 と同じ単位)
Ω 地球が回る速さ1日に1回転[rad/s]
v 動いているものの速さ単位は m/s
sinφ 緯度で決まる係数赤道で0、極で1

大事なのは、この a が重力と同じ単位で出てくることです。だから9.8 と直接比べられます。「効くか効かないか」を言い争う必要はありません。割り算すれば済みます。

まず Ω を出しておきます。1日は86400秒、1回転は 2π なので、

Ω を計算する(2 × 3.14) ÷ 86400 ≒ 0.0000727
② 数値を入れて解いてみる(東京の風呂)
緯度35度なのでsinφ ≒ 0.57
風呂の水の流れv = 0.1 m/s とする
代入する2 × 0.0000727 × 0.1 × 0.57 ≒ 0.0000083
重力は9.8 m/s²
重力の何分の1か0.0000083 ÷ 9.8 ≒ 0.00000085

およそ100万分の1です。これが答えです。

100万分の1というのは、浴槽が 0.001 mm 傾いていれば、それだけで負けるような大きさです。栓の形、抜く前の水のわずかな回り、お湯を入れたときの流れ、床のゆがみ――どれもコリオリより桁違いに大きいことになります。

「北半球だから右回り」は、成り立ちません。ただし、条件を極端に整えた実験室(何日も静置した水、対称な容器)では、確かめられたとされています。効かないのではなく、他に埋もれるのです。

③ では、台風ではなぜ効くのか

同じ式で台風を見ると、事情が変わります。比べるための数がひとつあります。「勢い」と「コリオリ」の比です。

比 = v ÷ (f × L) (f = 2 × Ω × sinφ ≒ 0.000083L は大きさ)

風呂 v = 0.1 m/s、L = 0.5 m0.000083 × 0.5 = 0.0000415
比を出す0.1 ÷ 0.0000415 ≒ 2410
台風 v = 30 m/s、L = 500000 m0.000083 × 500000 = 41.5
比を出す30 ÷ 41.5 ≒ 0.72

この比が1より十分大きければコリオリは無視でき、1くらいかそれ以下なら効いてきます。風呂は2410、台風は0.72。3000倍以上ちがいます。

分母を見ればわかります。効くかどうかを決めているのは「大きさ」と「時間」です。台風は500 kmの広がりを持ち、何日もかけて回ります。風呂は50 cmで数十秒。コリオリは弱いけれど、大きくゆっくりしたものには、時間をかけて効いてきます。

「地球の自転は風呂に効かないが台風には効く」というのは、感覚では納得しにくい話です。けれど数を2回入れて比べれば、3000倍という形ではっきり出てきます。式のありがたみは、こういうところにあると思います。

高校高校+大きさを実際に計算する

コリオリの力の大きさは、次の式で表されます。

F = 2 m Ω v sin φ

m は質量、Ω は地球の自転の角速度(約 7.29 × 10⁻⁵ /秒)、v は速さ、φ は緯度です。

洗面台の水(1 kg、流速 0.1 m/s、緯度35度)の場合
コリオリの力2 × 1 × 7.29×10⁻⁵ × 0.1 × sin35° ≒ 8.4 × 10⁻⁶ N
同じ水にはたらく重力1 × 9.8 = 9.8 N
およそ 117万分の1

※ 本文の「100万分の1」はこの計算によります。緯度や流速で多少変わります。

sin φ が入っているのがポイントです。赤道(緯度0度)では sin 0° = 0 なので、コリオリの力はゼロになります。赤道の実演が成り立たない理由は、ここにあります。極に近いほど強くなります。

大学「効くかどうか」を決める数

大きさを比べるのに便利な量があります。ロスビー数です。

Ro = U / (f L)U は速さ、L は現象の大きさ、f = 2Ω sin φ はコリオリ因子)

この数が1よりずっと小さければ、コリオリの力が支配的1よりずっと大きければ、無視できます

ロスビー数で見る、効くか効かないか(緯度35度、f ≒ 8.4×10⁻⁵)
台風(L ≒ 500 km、U ≒ 30 m/s)Ro ≒ 0.7 → 効く
低気圧(L ≒ 1,000 km、U ≒ 10 m/s)Ro ≒ 0.1 → 強く効く
洗面台(L ≒ 0.3 m、U ≒ 0.1 m/s)Ro ≒ 4,000 → 完全に無視できる

洗面台のロスビー数は、台風のおよそ1万倍です。同じ現象を語っているのに、支配している力がまったく違うことが、この1つの数でわかります。地球流体力学では、この数によって「どの式を使ってよいか」が変わります。

ちなみに、実験室でコリオリの効果を見るには、この Ro を小さくする必要があります。U を極端に小さくする(=流れを遅くする)か、L を大きくする(=大きな水槽を使う)しかありません。1960年代の実験が「直径2メートル」「18時間静置」という条件になったのは、この2つを同時に狙ったからです。

研究まだよくわかっていないこと

「うわさは間違い」で終わらせず、どこまでが正しくてどこからが違うのかを分けることが、この題材のいちばん面白いところです。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・地球の自転/力のはたらき/気象回転する台の話、台風の渦の向き
高校物理・円運動と慣性力見かけの力としての位置づけ
高校+物理・非慣性系(多くの教科書で発展扱い)F = 2mΩv sinφ、赤道でゼロになる理由
大学地球流体力学・気象学・海洋物理学ロスビー数、地衡風、実験条件の設計
研究流体力学(未解決)排水渦の理論、向きの予測不能性、追試の難しさ
参考・出典
  1. Shapiro, A. H., Bath-Tub Vortex, Nature 196, 1080–1081, 1962(北半球での実験)。
  2. Trefethen, L. M. et al., The Bath-Tub Vortex in the Southern Hemisphere, Nature 207, 1084–1085, 1965(南半球での実験)。
  3. Vallis, G. K., Atmospheric and Oceanic Fluid Dynamics(ロスビー数、地衡流の標準的な教科書)。
  4. 気象庁による、台風および低気圧の構造に関する解説。
  5. Baer, K. E. von による19世紀の主張と、その後の検証をめぐる議論(結論は定まっていません)。

※ 計算に用いた数値は代表的な目安です。緯度・流速・容器の大きさによって変わります。

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安であり、条件によって幅があります。観察の際は、水を出したままその場を離れないようご注意ください。