台風が来ると、
なぜ海面が盛り上がるの?
台風のニュースでは、強い風と大雨への備えがまず語られます。でも、それとは別に、海面そのものが盛り上がる現象があります。特別な前触れがないまま、沿岸の道路が波にのまれることがある。これは「高潮(たかしお)」と呼ばれる現象です。
大型の台風が接近している、夜の沿岸の町。風はまだそれほど強くなく、雨も本降りにはなっていません。ところが、堤防の向こうの海面が、いつもより明らかに高い位置にあります。
やがて波が堤防の上を越えはじめ、海水が道路に流れ込んできます。突然のことのように見えますが、ここまでにはずっと、静かに進んでいた変化がありました。
この現象の正体は、台風そのものが海面を持ち上げ、押し寄せているということです。
海面が盛り上がる理由は、2つだけ
台風の中心は気圧が低い場所です。上から押さえつける空気の力が弱まる分だけ、海面が持ち上がります(吸い上げ効果)。
台風のまわりを吹く強い風が、海水を沿岸に向かって押し寄せ続けます(吹き寄せ効果)。湾の奥では特に効果が大きくなります。
ひとつずつ、順番に見ていきましょう。
理由1:気圧が下がると、海面が持ち上がる
ペットボトルの水を、ストローで少しだけ吸い上げるところを想像してください。ストローの中の空気を薄くする(気圧を下げる)と、外の大気圧に押された水が、ストローの中を上がってきます。
台風の中心も、これと似たことを海の上で起こしています。まわりより気圧が低いため、まわりの海面を押さえつけている空気の力が弱まり、その分だけ台風の中心付近の海面がドーム状に持ち上がります。これを吸い上げ効果と呼びます。
気圧が1ヘクトパスカル(hPa)下がるごとに、海面はおよそ1cm持ち上がるとされています。台風の中心気圧は、強いものでは950hPaを下回ることも珍しくなく、平常時(約1013hPa)との差は50〜90cm以上になることがあります。詳しい計算は、最後の折りたたみで確かめます。
理由2:風が海水を、陸へ押し寄せる
プールの端に立って、水面を手で一定方向にあおぎ続けると、水が少しずつその方向に集まって盛り上がってくるのを見たことがあるかもしれません。台風の強い風は、これと同じことを海全体の規模で起こします。
風が長時間、同じ方向に吹き続けると、海水はその風に押されて少しずつ移動し、行き止まりになる沿岸や、奥に向かって狭くなる湾の中で逃げ場を失って積み上がります。これを吹き寄せ効果と呼びます。湾の奥ほど、また風が湾の奥に向かって吹くときほど、この効果は大きくなるとされています。
日本では過去に、湾の奥に位置する都市が、この吹き寄せ効果を含む記録的な高潮によって甚大な被害を受けたことがあります。伊勢湾台風(1959年)では、名古屋港付近で3mを超える高潮が観測されたと記録されています。
高潮は、もともとの潮の満ち引き(満潮・干潮)の上に、追加で発生します。台風による海面上昇のピークが、たまたま満潮の時刻と重なると、両方が足し合わさって、さらに高い水位になります。台風情報だけでなく、満潮の時刻もあわせて確認することが勧められています。
じゃあ、どうすればいいの?
- 台風が近づいたら、自分の家が「高潮浸水想定区域」に入っていないか確認する市区町村のハザードマップで確認できます。海に近い場所、低い土地は特に注意します。
- 危険が予想されるなら、水が来る前に、明るいうちに避難する暗くなってからの避難や、水が来始めてからの移動は、道路が見えず危険です。
- 車での避難は、冠水した道路に入らない水位はわずか数十cmでも車は浮いたり動かなくなったりすることがあります。無理に進まず、別の経路や高い場所を選びます。
すでに水が迫っている、あるいは道路が冠水し始めている場合は、無理に遠くまで移動しようとせず、近くの丈夫な建物の上の階へ移動してください(垂直避難)。水の中を歩いての移動は、水位が低く見えても足を取られる危険があります。
高潮は、台風が最も接近する時間帯だけでなく、通過後もしばらく高い水位が続くことがあります。「風が弱まったから」を、水位が下がったことの合図にはしないでください。119番や自治体の避難情報を確認し、指示が解除されるまでは油断しないことが大切です。
まとめ
台風による海面の盛り上がりは、①気圧が下がって海面が持ち上がる(吸い上げ効果)、②強い風が海水を陸へ押し寄せる(吹き寄せ効果)という、2つの別々のしくみが同時に起きた結果です。台風そのものが、海そのものを動かしているという点が、この現象の本質です。
風だけでなく、海面そのものが持ち上がっている。
それが「高潮」という、もうひとつの水害です。
台風の中心付近で気圧が低くなるしくみそのものは、台風の目の記事でも取り上げています。
- コップに水を入れ、細めのストローを差し込む
- ストローの上端を指でふさぎ、少し吸ってから指を離さずに持ち上げてみる
ストロー内の空気を薄くする(気圧を下げる)と、外の大気圧に押された水面がストローの中で上がります。台風の中心で起きているのも、規模はまったく違いますが、「気圧が下がった分だけ水面が持ち上がる」という同じ向きの変化です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「地学」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(気象学・海洋物理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:高潮をめぐる言葉
- 高潮(たかしお):台風や発達した低気圧によって、海面が異常に高くなる現象。
- 吸い上げ効果:気圧が下がることで、海面が持ち上がる効果。
- 吹き寄せ効果:強い風が海水を吹き寄せることで、海面が高くなる効果。
- 高潮浸水想定区域:高潮によって浸水するおそれがあるとして、自治体が指定している区域。
高校式で確かめる:気圧が下がると、海面はどれくらい上がるのか
吸い上げ効果は、簡単な比例の式で見積もることができるとされています。
海面上昇量(cm)≒ 1 × (1013 − 台風中心の気圧[hPa])
| 海面上昇量 | 吸い上げ効果による、海面が持ち上がる高さの目安[cm] |
| 1013 | 平常時の平均的な海面気圧の目安[hPa] |
| 台風中心の気圧 | 台風の中心で観測される気圧の値[hPa] |
気圧が1hPa下がるごとに、海面がおよそ1cm持ち上がる、という比例の関係だとされています。
| やや強い台風(中心気圧975hPa) | 1013 − 975 = 38 → 上昇 ≒ 38 cm |
| 強い台風(中心気圧955hPa) | 1013 − 955 = 58 → 上昇 ≒ 58 cm |
| 非常に強い台風(中心気圧920hPa) | 1013 − 920 = 93 → 上昇 ≒ 93 cm |
※ 中心気圧の数値は、台風の強さの目安として仮に置いたものです。実際の値は台風ごとに異なります。
| 堤防の高さを仮に80cmとした場合 | 93 − 80 = 13 → 13 cm分、堤防を超える |
非常に強い台風では、吸い上げ効果だけで、大人のひざ程度の高さ(約1m)まで海面が持ち上がる計算になります。ここに吹き寄せ効果と満潮が重なると、さらに水位は上がります。伊勢湾台風で記録された3mを超える高潮は、吸い上げ効果だけでは説明しきれず、湾の形状による吹き寄せ効果の増幅が大きく関わっていたとされています。
「気圧の計算だけでは、実際の高潮の高さは説明しきれない」という点が重要です。風と地形の影響は、簡単な比例の式では表せないほど大きくなることがあります。
高校+なぜ「湾の奥」ほど危険なのか
吹き寄せ効果は、風が水を押し続けた距離(吹送距離)と、水深が浅いほど大きくなるとされています。湾の奥のように、奥に向かって狭く浅くなっていく地形では、押し寄せられた海水の逃げ場がさらに少なくなり、水位の上昇が増幅されます。伊勢湾や東京湾、有明海など、奥行きのある湾を持つ地域で高潮への警戒が特に呼びかけられているのは、この地形の効果によるものだとされています。
大学高潮を予測するということ
実際の防災情報で使われる高潮の予測は、単純な比例の式ではなく、海面の運動方程式(浅水方程式)に、気圧分布・風の場・海底地形を組み込んだ数値シミュレーションによって計算されています。これは大学の気象学・海洋物理学で扱う内容で、台風の進路・強さの予報誤差がそのまま高潮の予測誤差につながるという難しさがあります。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 台風の「急速な発達」を、直前に正確に予測することは、まだ難しいとされています。 台風が上陸の直前に急激に勢力を強める現象は、進路予測に比べて予測精度が低く、これが高潮の予測誤差にもつながっています。
- 湾ごとの増幅効果を、精密にモデル化する研究はいまも続いています。 海底の地形や堤防の形状は場所ごとに複雑で、どの地域がどれだけ増幅されるかの精密な予測は、地域ごとの研究の積み重ねが必要とされています。
- 気候変動が将来の高潮リスクにどう影響するかは、研究者の間でも予測の幅があります。 台風の強さの傾向や、平均海面水位の上昇と組み合わさったときの将来的な高潮リスクについては、研究が続けられている段階です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・気圧、大気の圧力 | 吸い上げ効果の基本的な考え方 |
| 高校 | 地学基礎・気圧と天気 | 式で確かめる①②③の計算全体 |
| 高校+ | 地学・海洋と大気の運動 | 吹き寄せ効果、湾の地形による増幅 |
| 大学 | 気象学・海洋物理学 | 浅水方程式にもとづく高潮の数値予測 |
| 研究 | 台風研究・気候変動科学(研究中) | 急速強化の予測、湾ごとの増幅モデル、将来リスク評価 |
| ― | 防災・安全教育 | ハザードマップ、満潮との重なり、垂直避難、避難のタイミング |
- 気象庁による、高潮の発生のしくみ・過去の高潮災害に関する解説資料。
- 国土交通省・自治体による、高潮浸水想定区域・ハザードマップに関する公開資料。
- 気象学・海洋物理学の教科書における、吸い上げ効果・吹き寄せ効果・浅水方程式に関する一般的な記述。
- 伊勢湾台風(1959年)に関する、気象庁および自治体の災害記録資料。
※ 気圧・水位などの数値は、しくみを理解するための概算・仮定です。実際の高潮の高さは、台風の強さ・進路・地形・潮位のタイミングによって大きく異なります。
※本記事は一般向けの科学解説です。実際の避難判断は、気象庁・自治体が発表する情報および指示に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための概算・仮定です。