津波は、ふつうの波と何が違うの?
― 歩いて逃げられる速さでは、ありません
海岸で見る、ザブンザブンと寄せては返す波。津波も、あの延長線上のものだと思われがちです。ところが2つはまったく別の現象で、速さも、水の動き方も、まるで違います。「引き波を見てから走って逃げれば間に合う」という考え方は、速さの計算をすると、成り立たないことがわかります。
風でできる、ふだんの波は、水面近くだけが上下に動いています。波の下、数メートルも潜れば、水はほとんど揺れていません。だから船は、少し沖に出れば波の影響をあまり受けません。
津波は、これとまったく違います。海面から海底まで、水の柱すべてが、ひとかたまりになって動きます。深さ4000mの海でも、津波が来れば海底近くの水まで一緒に動きます。
この違いが、速さの違いを生みます。そして津波の速さは、想像よりもはるかに速いのです。
「引き波が見えたら逃げる」「走って逃げれば間に合う」という考え方は危険です。その理由を、計算で確かめます。
ふつうの波は波長で速さが決まりますが、津波は深さで決まります。深いほど、速く進みます。
太平洋のような深い海では時速700km級。岸に近い浅瀬でも人が走るより速くなります。
「見てから逃げる」という選択肢は、この速さの前では成り立ちません。順に見ていきます。
ふつうの波は「表面のゆれ」、津波は「水そのものの移動」
風が海面をなでると、水は円を描くように上下・前後に動きます。ただしこの動きは、深くなるほど急激に弱まります。波長(波の山から山までの距離)とだいたい同じくらいの深さまでしか届きません。ふつうの波の波長は数十〜数百mなので、水深がそれより深ければ、海底はほとんど影響を受けません。
津波は違います。波長が数十〜数百kmという、けた違いの長さになります。太平洋の平均的な深さ(4000m前後)と比べても、津波の波長のほうが、はるかに大きいのです。
波長が水深よりずっと大きいとき、波は「表面のゆれ」ではなく「水の柱ぜんぶの移動」として振る舞います。これを浅水波(せんすいは)と呼びます。太平洋のどまん中でさえ、津波にとっては「浅い水」ということになります。
津波は、海そのものが押し寄せてくる現象です。
速さを決めているのは、波長ではなく「深さ」
ここが、ふつうの波との決定的な違いです。ふつうの深い海の波は、波長が長いほど速く進みます。ところが浅水波としてふるまう津波では、速さは波長に関係なく、水深だけで決まります。
深いほど速く、浅いほど遅い。海の深さがそのまま速度計になっている、というイメージです。太平洋を渡る津波が、場所によって速さを変えながら進んでいくのは、通り道の深さが場所ごとに違うためです。
そして、この式に人が実際の数字を入れてみると、その速さの現実離れした大きさに気づきます。くわしい計算は最後の折りたたみに置きましたが、沖合の深い海ではジェット旅客機なみ、岸近くの浅瀬でも、人の全力疾走より速いという結果になります。
津波の前に、海の水がいったん沖へ引いていく「引き波」が起こることがあります。ただし、これは必ず起こるわけではなく、前触れなく最初の波が押し寄せることもあります。
仮に引き波が見えたとしても、そこから走って高台へ逃げようとするのでは、間に合わない可能性が高いという計算になります。「見てから逃げる」のではなく、揺れを感じたり警報が出たりした時点で、すぐに避難を始めることが重要とされています。
なぜ、岸に近づくと高くなるのか
沖では、津波の高さは数十cm〜1m程度のことも多く、船の上にいても気づかないことがあるとされています。ところが陸に近づくにつれて、波の高さがどんどん増していきます。
理由のひとつは、速さが落ちることと関係しています。津波が運んでいるエネルギーの量は、大きく変わりません。ところが浅くなって速さが落ちると、そのエネルギーを保つために、波の高さが増えるという関係があります(くわしい計算は折りたたみに置きました)。
さらに、入り江や湾のような地形では、両側から集まってくる波が一点に集中し、単純な計算以上に高くなることが知られています。過去の大きな津波の被害が、湾の奥で局所的に大きくなった記録が残っているのは、このためです。
今すぐ、覚えておく3つのこと
- 強い揺れ・長く続く揺れを感じたら、警報を待たずに高台へ海岸や川の近くにいて、強い揺れ、あるいは弱くても長く続く揺れを感じたら、それ自体が避難の合図です。津波警報・大津波警報が出たら、ただちに高い場所へ移動してください。
- 徒歩で、より高く、より遠くへ車での避難は渋滞を招き、かえって危険になることがあるとされています。徒歩を基本とし、近くの高台・避難ビルなど、ためらわず、より高い場所を目指してください。
- 警報が解除されるまで、絶対に戻らない津波は1回で終わるとは限らず、繰り返し襲ってきます。しかも、最初の波がいちばん大きいとは限りません。「収まったように見えても」自己判断で戻らず、公式な解除の情報が出るまで、高い場所にとどまってください。
津波は、河口から川をさかのぼって、内陸まで届くことがあります。「海岸から離れているから安心」とは言えない場所があります。
お住まいの地域のハザードマップで、川沿いも含めた浸水想定区域と、避難場所をあらかじめ確認しておくことをおすすめします。
自分で確かめられること(水と模型を使う、火は使いません)
- 大きめのバット(または洗面器)に水を深さ3〜4cmほど張る
- 片側の底に、本や板を沈めて、水深を半分ほどに浅くした場所をつくる
- 反対側の端を手のひらで軽く一度だけ押し、波を1回だけ起こす
- 波が深い場所と浅い場所を通るときの速さの違いを目で追う
- 浅いところで波が遅くなる(そして盛り上がる)様子が見えるはずです
4と5がこの観察の要です。「深さが変わると、波の速さが変わる」ことを、自分の目で確かめられます。これは家庭用のバットでもわかる浅水波の性質で、実際の津波もこの延長線上にあります。水がこぼれないよう、屋外か水回りで行ってください。
まとめ
津波がふつうの波と違うのは、水面だけでなく、海底までの水の柱すべてが、まとまって動くからです。この性質のために、津波の速さは波長ではなく水の深さで決まり、沖合ではジェット機なみ、岸近くでも人の全力疾走より速くなります。「見てから逃げる」時間は、ほとんど残されていません。
津波は、大きな波ではありません。
海そのものが動く現象です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」「地学」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(海洋物理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:津波をめぐる言葉
- 波長:波の山から、次の山までの距離。
- 浅水波(せんすいは):波長が水深よりずっと大きく、水の柱全体が動く波。本文の津波はこれです。
- 遡上(そじょう):津波が陸や川を、さかのぼって進むこと。
- 津波警報・大津波警報:予想される津波の高さに応じて、気象庁が発表する警報。
- ハザードマップ:浸水が予想される範囲や、避難場所を示した地図。自治体が作成・公開しています。
高校式で確かめる:津波は、本当に走って逃げられない速さなのか
本文で「速さは深さで決まる」と書きました。その式を使って、実際にどれくらいの速さになるのかを計算します。
速さ = √(重力加速度 × 水深)
| 速さ | 単位は m/s |
| 重力加速度 | 9.8 m/s² |
| 水深 | 単位は m |
| √ | 平方根(2乗するとその数になる値) |
これは浅水波の速さを表す式で、波長や、波の高さには関係しません。入っているのは水深だけです。だから「深いほど速い」という、ふつうの波の感覚とは違う結論になります。
| 太平洋の平均的な深さ | 約 4000 m とする |
| かっこの中を計算する | 9.8 × 4000 = 39200 |
| その平方根を探す | 198 × 198 = 39204 なので、約 198 |
| 速さ | 約 198 m/s |
| 時速に直す | 198 × 3.6 ≒ 713 km/h |
時速およそ713 km。ジェット旅客機の巡航速度(時速800〜900 km程度)に近い速さです。太平洋を横断する津波が、わずか半日程度で対岸まで届くことがあるのは、この速さのためです。
| 岸近くの浅い海 | 水深 10 m とする |
| かっこの中を計算する | 9.8 × 10 = 98 |
| その平方根を探す | 9.9 × 9.9 ≒ 98 なので、約 9.9 |
| 速さ | 約 9.9 m/s |
| 時速に直す | 9.9 × 3.6 ≒ 35.6 km/h |
深さ10mというのは、もう浜のすぐ近くです。それでも時速35.6 km。
人が全力で走れる速さは、短距離ならおよそ時速20〜25 km、長く走り続けるならもっと遅くなります。浅瀬まで来た津波でさえ、人の全力疾走を上回っています。
「引き波を見てから走って逃げる」が間に合わない、というのは、この計算から来ています。見えた時点で、もう逃げ切れる速さではないのです。
※ 実際の水深は場所ごとに大きく異なり、海底の地形によっても速さは変わります。桁の大きさをつかむための計算です。
波が運ぶエネルギーの量は、深さが変わってもほぼ保たれる、という近似がよく使われます。速さが落ちるぶんを、高さで補うような関係になります。
高さの比 ≈ (もとの深さ ÷ あとの深さ) の4分の1乗
| 沖の深さ | 4000 m |
| 岸近くの深さ | 10 m |
| 深さの比 | 4000 ÷ 10 = 400 |
| 400 の平方根 | 20 × 20 = 400 なので、20 |
| 20 の平方根(=400の4乗根) | 4.47 × 4.47 ≒ 20 なので、約 4.47 |
| 高さは、およそ何倍になるか | 約 4.5 倍 |
沖で50cmの高さだった津波が、単純な計算だけでも2m以上に育つことになります。しかも、これは平らな海岸を仮定した目安です。実際には、入り江や湾の形によって、さらに大きく増幅されることが知られています。
※ この関係は、なめらかに変化する海底を仮定した簡略化されたものです。実際の海岸線や海底地形はもっと複雑で、単純な計算を超えて高くなる場所も、逆に抑えられる場所もあります。
高校+ふつうの波の速さは、津波とは決まり方が逆です
深い海でのふつうの風の波(水深が波長より十分深い場合)は、速さが波長で決まり、水深にはほとんど関係しません。波長が長い波ほど速く進みます。
一方、津波(浅水波)は、速さが水深だけで決まり、波長には関係しません。2つの式は形も、何に依存するかもまったく違います。「波」とひとくくりにされていても、中身は別の物理現象だということです。
この違いが生まれるのは、水の動きが届く深さの違いによります。ふつうの波では、水の動きは波長のおよそ半分程度の深さまでしか届かず、それより深い水は関与しません。津波では、波長が水深よりずっと大きいため、海底までのすべての水が動きに参加します。この「動く水の量の違い」が、速さの決まり方の違いのおおもとになっています。
大学沖合の観測が、警報の精度を左右します
津波の高さは、震源の位置・規模・海底の地形など、多くの要因で決まります。発生直後の限られた情報から、正確な高さを予測するのは簡単ではありません。
そこで、海底に設置された水圧計や、GPSを使った海面の観測が、実際に伝わってきた津波を直接とらえるために使われています。これらの観測データは、最初の予測を更新し、より正確な情報を発表するために活用されています。
ただし、沖合の観測点から陸地までにも時間差があるため、観測してから発表するまでのタイムラグは避けられません。②③の計算が示すとおり、津波そのものの速さが非常に速いため、この時間差がそのまま避難できる時間の短さに直結します。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 入り江や湾での増幅の大きさを、事前に精密に予測することは、いまも難しい課題です。複雑な海岸線・海底地形が絡み合うため、シミュレーションの精度向上が続けられていますが、実際の地形すべてを完全に再現するのは容易ではありません。
- 地震の規模から、津波の高さを即座に、高い精度で予測する手法は、発展の途上です。とくに発生直後の限られたデータでは、不確かさが残ります。
- 海底地すべりや火山活動によって起こる津波は、地震によるものと比べて、予測や警報のしくみがまだ十分に整っていないとされています。震源からの経路や規模の推定方法が、地震とは異なる難しさを持っています。
- 「早期避難」を人々の行動に結びつけるための、心理学・社会科学の面からの研究も続いています。正確な物理の予測ができても、それが実際の避難行動に結びつくかどうかは、また別の課題だとされています。
津波の基本的な速さの式は、100年以上前から知られています。それでも、実際にどこがどれだけ高くなるかを事前に正確に言い当てることは、いまも簡単ではありません。式が単純であることと、予測が簡単であることは、別です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・波の性質/地震と津波 | 波長、津波の基本的な性質 |
| 高校 | 物理基礎・波の性質 | 速さ = √(gh) による計算 |
| 高校 | 地学基礎・海洋と津波 | 津波警報のしくみ、避難の原則 |
| 高校+ | 物理・波動 | 深水波と浅水波で速さの決まり方が違うこと |
| 大学 | 海洋物理学・地球物理学 | 沖合観測と警報の更新、増幅のしくみ |
| 研究 | 津波科学(未解決) | 湾での増幅予測、地すべり性津波、避難行動 |
| ― | 防災 | 避難の原則、ハザードマップ、川づたいの危険 |
- 気象庁による、津波警報・注意報および津波の発生メカニズムに関する解説資料。
- 内閣府(防災担当)による、津波避難に関するガイドラインおよび報告書。
- Satake, K., Tsunamis(津波の物理に関する研究解説、Encyclopedia of Solid Earth Geophysics 所収)。
- 国土交通省・気象庁による、津波に関するハザードマップ整備の解説資料。
- Synolakis, C. E. & Bernard, E. N., Tsunami science before and beyond Boxing Day 2004, Philosophical Transactions of the Royal Society A 364, 2006。
※ 速さ・高さの数値は、平均的な水深を用いた代表的な目安です。実際の海域・地形によって大きく変わります。
※本記事は一般向けの科学解説です。津波発生時の行動は、気象庁が発表する警報・注意報、自治体・地域の避難計画の指示に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安であり、実際の津波の速さ・高さは地形や条件によって大きく異なります。