自然のふしぎ 生命・生物 予備知識なしでOK 読了 約5分

サケはなぜ、生まれた川に戻ってこられるの?
― においの記憶と、地球という「地図」

サケは、生まれた川を下って海へ出ます。そして何年も外洋をめぐったあと、また同じ川へ帰ってきます。地図も目印もない海の上で、どうやって道が分かるのでしょうか。答えは二段構えです。遠くでは地球の磁場、近くでは水のにおい。役割の違う二つの道しるべを、順番に使っていると考えられています。

公開:2026.08.31 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

秋の川。浅瀬に、背びれを立てた大きな魚が並んでいます。体は傷だらけで、色は赤黒く変わっています。サケが、産卵のために川をさかのぼってきたところです。

この魚たちは、数年前にこの川で生まれました。小さな稚魚のうちに海へ出て、北の海を何千キロメートルもめぐってきました。

その広い海から、よりによって同じ川へ帰ってくる。しかも、すぐ隣の川ではなく、生まれた川へ。これは偶然ではありません。

理由は、大きく分けて二つあります

1
外洋では、地球の磁場が「地図」になる

地球は大きな磁石です。その磁力の強さと傾きは、場所ごとに少しずつ違います。サケはその違いを感じ取り、おおまかな位置と進む方角をつかんでいると考えられています。

2
岸に近づくと、川のにおいで選ぶ

川の水には、その川だけの成分が溶けています。サケは稚魚のころにそのにおいを覚えていて、大人になってから、においの合う川へ入ります。

磁場は「だいたいこのあたり」までしか教えてくれません。においは、すぐ近くでしか分かりません。どちらか一方では足りず、二つを順番に使うことで、はじめて一本の道になります。図1を見てください。

川のにおいは、稚魚のうちに覚えている

川の水は、ただの水ではありません。まわりの土や岩、落ち葉や植物から溶け出した成分が、わずかに混ざっています。その組み合わせは川ごとに違い、いわば川の「顔」になります。

サケの稚魚は、海へ下っていく時期に、この水のにおいを強く記憶するとされています。生まれて間もない一時期の経験が、その後ずっと残る。これを刷り込みと呼びます。

大人になったサケが岸に近づくと、いくつもの川の水が海へ流れ出しています。サケはそれを次々にかぎ分け、記憶と合う川を選んで入っていく、というわけです。合わない川の前は、通り過ぎます。

サケが海から川へ戻る道すじ ① 外洋:地球の磁場が「地図」の役目 点線は、場所ごとに違う磁場のようす サケが泳いでくる向き ② 川の入り口:においで選ぶ 上の川のにおい 中央の川:生まれた川のにおい 下の川のにおい においが一致した川へ入る においが合わず、入らない においが合わず、入らない 左が海、右が陸。二段構えの道しるべです
図1:左の青い部分が外洋の海、右の緑の部分が陸地です。海に引いた横向きの点線は、場所ごとに違う磁場のようすを表します。海の中央を左から右へのびる長い矢印が、サケが泳いでくる向きです。岸に着くと、太い実線の矢印が中央の川へ向かい、上と下の川へ向かう二本の点線の矢印は途中で止まります。中央の川だけが、記憶したにおいと一致した川です。

磁場は「おおまかな地図」として働く

地球のまわりには磁力がはたらいています。方位磁針の針が北を向くのは、そのためです。ただし磁力は、場所ごとに強さが違います。針が水平から下へ傾く角度も、北へ行くほど大きくなります。

つまり「磁力の強さ」と「傾きの角度」を二つ組にすると、海の上でもおおよその居場所が分かることになります。サケはこの手がかりを使っている、と考えられています。

ただし磁場が教えてくれるのは、おおまかな範囲までです。隣り合った川を見分けるには、まったく足りません。そこで最後の仕上げを、においが引き受けます。

💡 川のにおいは、上流と下流で違う

サケは川に入ってからも、においをたよりに進むとされています。上流と下流、支流と本流では、水に溶けている成分が少しずつ変わります。その違いをたどることで、生まれた場所の近くまで戻れると考えられています。

💡 全部が戻れるわけではない

生まれた川に戻る性質は完全ではありません。一部のサケは、別の川へ入っていきます。一見すると失敗ですが、これは群れ全体にとって役に立ちます。もとの川が土砂でふさがれても、別の川に散っていた仲間が残るからです。

まとめ

サケの帰り道は、遠くと近くで道具が入れかわります。外洋では地球の磁場をたよりに、おおまかな方角と位置をつかみます。岸に近づくと、稚魚のころに覚えた水のにおいで、自分の川を選びます。粗い地図と細かい目印の組み合わせが、長い旅を一本の川へ結びつけています。

遠くは、地球の磁力で。
近くは、水のにおいで。

同じように遠くまで旅する生きものの話は渡り鳥は、どうやって道に迷わないの?で、地球が磁石であることについてはコンパスの針は、なぜ北を向くの?で、水とにおいの関係は雨が降りはじめると、なぜ独特のにおいがするの?でくわしく書いています。

🧪 「水のにおい」を自分で確かめてみる
  1. 近所の川や池、水道水、雨あがりの水たまりの水を、それぞれ別のコップに少しだけ取ります。
  2. 目を閉じて家族に順番を入れかえてもらい、においだけで当てられるか試します。
  3. 同じ場所の水を、晴れた日と雨のあとで比べます。においが変わることに気づけるはずです。

飲まずに、においをかぐだけにしてください。人の鼻でも違いが分かるのですから、水の中でにおいを感じる魚には、もっとはっきり違って感じられていることになります。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(動物行動学・地球物理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:海の旅は、どれくらいの長さになるのか

泳ぐ速さと日数から、旅の長さを見積もってみます。ここで使う記号のうち、速さの単位は「秒速メートル」、時間の単位は「秒」と「日」、距離の単位は「メートル」と「キロメートル」です。

① もとになる数値
サケが1秒に進む距離のめやすおよそ1メートルとする
1日の秒数86400秒
1キロメートルのメートル数1000メートル
泳ぎ続ける日数として考える値90日
② 計算してみる
1日に進む距離をメートルで出す1 × 86400 = 86400
それをキロメートルに直す86400 ÷ 1000 = 86.4
90日ぶんにする86.4 × 90 = 7776

休みなく泳ぎ続けたとすると、3か月でおよそ7776キロメートルになります。実際には潮の流れに乗ったり止まったりするので、この通りにはなりません。それでも、サケが北の海をひとめぐりできる長さだということは分かります。方角がほんの少しずれるだけで、着く場所は大きく変わります。だからこそ、道しるべが要るのです。

高校高校+においの記憶は、いつ固定されるのか

高校においは、鼻の奥にある細胞が水に溶けた分子を受け取ることで感じられます。魚の場合、空気ではなく水がそのまま鼻の穴を通り抜けます。受け取った情報は神経を通り、脳のにおいを扱う部分へ届きます。

高校+記憶が固定されるのは、稚魚が海へ下る準備をする時期にあたるとされています。この時期には体の内分泌のはたらきが大きく変わり、海水で生きられる体へつくり変えられます。においの記憶も、その変化と同じ時期に強まると考えられています。

大学磁場の「地図」には、ずれが生じる

地球の磁場は、内部の流れによって生まれています。その流れは時間とともに変わるため、磁力の強さや傾きの分布も、年単位でゆっくり動いていきます。もしサケが磁場を目印として覚えているなら、数年たつと目印そのものがずれていることになります。太平洋のサケでは、この磁場のずれ方と、戻ってくる経路の年ごとの変化に、対応が見られたと報告されています。磁場は正確な住所ではなく、動く目安として使われているようです。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。サケの帰り道は、いまも観測と実験が続いているテーマです。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・電流と磁界/生物の生活地球が磁石であること、生きものの行動
高校生物・動物の反応と行動においを受け取るしくみ、刷り込み
高校+生物・体内環境の維持海へ下る時期に体が変わること
大学動物行動学・地球物理学磁場の分布と、その年ごとの変化
研究魚類生理学・感覚生物学においの成分、磁力を感じる器官
生活とのつながり川の環境が変わると、帰ってくる魚も変わる
参考・出典
  1. 水産研究・教育機構 水産資源研究所(さけます関連研究)「サケの生態と回遊」に関する解説
  2. Arthur D. Hasler, Allan T. Scholz『Olfactory Imprinting and Homing in Salmon』Springer-Verlag, 1983年
  3. Nathan F. Putman ほか「Evidence for Geomagnetic Imprinting as a Homing Mechanism in Pacific Salmon」Current Biology 誌, 2013年
  4. 水産庁『水産白書』さけ・ますの資源とふ化放流に関する記述

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。川べりで観察するときは、地域の案内や河川管理者の指示に従ってください。