自然のふしぎ 地球科学 予備知識なしでOK 読了 約7分

氷河は、なぜ固い氷なのに川のように流れるの?
― 押しつぶされた氷は、ゆっくり形を変えます

氷は、たたけば割れる固いものです。それなのに氷河は、何千年もかけて谷を下っていきます。じつは氷は、強い力で長い時間押され続けると、割れるかわりに「ゆっくり形を変える」性質を持っています。氷河が流れる理由は、そこにあります。

公開:2026.08.30 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

冷凍庫から出したばかりの氷を、手のひらでぎゅっと握ってみます。当然ですが、形は変わりません。落とせば、パキッと割れます。氷とは、そういうものです。

ところが山の写真を見ると、谷にそって白い氷の帯が、まるで川のようにうねりながら下っています。表面には深い割れ目がいくつも走っています。

固いはずの氷が、なぜ「流れて」いるように見えるのでしょうか。しかもその割れ目は、流れているものの表面にできています。

理由は、大きく2つあります

1
深いところの氷は、自分の重さで押しつぶされて形を変える

氷河は厚いところで百メートル以上あります。その重さで下の氷はずっと押され続け、割れるかわりに、少しずつ形を変えていきます。この「ゆっくりつぶれる」動きが積み重なって、全体が下へずれていきます。

2
底に水があると、氷河ごとすべっていく

氷河の底は、地面から伝わる熱や、こすれる熱で少しだけ溶けていることがあります。その薄い水の膜がすべりを助け、氷河が丸ごと岩の上をずり動きます。

ひとつめは氷そのものが形を変える話、ふたつめは氷河と地面のあいだの話です。順に見ていきます。

固い氷が「ゆっくり形を変える」とは、どういうこと?

氷の中では、水の分子がきれいな板を重ねたように並んでいます。板と板のあいだは、板の中よりも結びつきがゆるくなっています。ですから強い力がかかると、この面にそって、ほんの少しだけずれることができます。

トランプの束を上から斜めに押すところを思い浮かべてください。1枚1枚はほとんどずれませんが、束全体は斜めにくずれます。氷の中でも、似たことが起きています。

ただし、そのずれはとてもゆっくりです。1年に数十メートルという氷河が多いとされています。だから見ていても、動いているようには見えません。速いものでは1日に数十メートル進む氷河もあると報告されていますが、それでも「じっと見て分かる速さ」ではありません。

大事なのは、この「形を変える」動きが、強く押されているところでしか起きないことです。氷河の表面近くは、上に乗るものが少ないので押される力が足りません。そこは、私たちのよく知る「割れる氷」のままです。そのため氷河の上のほうは、下がゆっくり動くのについていけずに裂けます。これがクレバスと呼ばれる深い割れ目です。図1を見てください。

氷河を横から見た断面図 上のほう:もろくて、割れてクレバスになる 岩ばん(山の地面) もとの たての線 氷河の氷 表面がいちばん速い 深いほど おそくなる 底も、少しすべって動く 右向きの矢印の長さが、その深さでの1年ぶんの進み方を表しています
図1:氷河を横から見た断面です。下の茶色い帯が岩ばん、その上の四角い部分が氷河の氷です。左寄りのたての点線が「もとの位置」で、そこから右へ伸びる4本の矢印の長さが、その深さでどれだけ進むかを表します。矢印は上ほど長く、下ほど短くなりますが、いちばん下でもゼロにはなりません。上端のとがった切れこみがクレバス、横向きの点線が、もろい上の層とゆっくり形を変える下の層とのおおまかな境目です。

底の水は、どこから来るの?

氷河の底では、3つのことが同時に起きています。ひとつは、地球の内部から上がってくる熱です。地面はどこでも、少しずつ熱を外へ逃がしています。ふたつめは、氷が岩の上をこすれるときに生まれる熱です。手をこすると温かくなるのと同じです。

3つめが、少し不思議な話です。氷は強い力で押されると、溶ける温度がわずかに下がります。つまり、押されているぶんだけ「0度より低くても溶けられる」ようになります。ただしこの効果はとても小さく、厚い氷河の底でも下がり方は1度に満たないとされています。それでも、もともと底の温度が0度に近ければ、溶けるかどうかの分かれ目になります。

こうしてできた薄い水が、氷河と岩のあいだをすべりやすくします。同じ厚さの氷河でも、底が凍りついているものと、水がはさまっているものとでは、動く速さがまるで違ってきます。

💡 氷河の氷は、降った雪が「押し固められた」もの

氷河の氷は、水を凍らせたものではありません。積もった雪が、その上に積もる雪の重さで押しつぶされ、空気を追い出しながら少しずつ氷になったものです。そのため深いところの氷ほど古く、中に閉じこめられた小さな泡は、昔の空気そのものだと考えられています。

💡 器のような形の谷は、氷河が通った跡

水が削った谷は、底がとがった形になりがちです。いっぽう氷河は、幅いっぱいで底と横を同時に削ります。そのため底の広い、器のような形の谷ができるとされています。日本でも北アルプスなどに、その形が残っていると考えられています。

まとめ

氷河が流れるのは、氷が「割れる固さ」と「ゆっくり形を変えるやわらかさ」の両方を持っているからです。表面は割れ、深いところは形を変え、底はすべる。この3つが重なって、氷のかたまりは川のように谷を下っていきます。

氷は、強く押されて長い時間がたつと、
割れるのをやめて、流れはじめます。

氷そのものの変わった性質についてはなぜ氷は水に浮くの?、長い時間をかけて山が作りかえられる話は山の上にある貝の化石は、どうやってそこへ行ったの?もあわせてどうぞ。雪の結晶ができるしくみは雪はなぜ六角形なの?で説明しています。

🧪 台所で「固いものが流れる」を確かめる
  1. 古くなったチョコレートの板を1枚、部屋に立てかけて数日置きます。暖かい季節なら、下のほうが少しずつふくらんで形が変わります。たたけばパキッと割れるのに、時間をかけると形が変わります。
  2. はちみつを皿に落とし、そのまま10分置きます。落とした直後は山になっていますが、だんだん平らに広がります。同じものでも「速い力」と「遅い力」で見え方が変わることが分かります。
  3. 紙を50枚ほど重ねて束にし、上を手で押しながら横へずらします。1枚ずつのずれはわずかでも、束の上と下では大きくずれます。氷の中で起きていることに近い動きです。

氷そのもので試すには何年もかかります。まずは代わりのもので、時間をかけると固いものも形を変えることを感じてみてください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎・地学基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(雪氷学・地球物理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:氷河の底は、どれくらいの力で押されているの?

厚さ100メートルの氷河を考えます。その底の1平方メートルには、上に乗った氷の重さがそのままかかります。どれくらいの力なのかを、身近な気圧に直してみます。

① もとになる数値
氷の密度(1立方メートルあたりの重さ)およそ900キログラムとされる
考える氷河の厚さ100メートル
1キログラムにかかる重力のめやすおよそ9.8ニュートン
② 計算してみる
底の1平方メートルに乗る氷の重さ(キログラム)900 × 100 = 90000
それが底を押す力(ニュートン)90000 × 9.8 = 882000
大気圧のおよそ何倍か(大気圧は約100000)882000 ÷ 100000 ≒ 8.8

つまり厚さ100メートルの氷河の底は、およそ9気圧で押されています。水にたとえれば、水深90メートルほどの力です。ここで使った記号のうち、密度の単位は「1立方メートルあたりのキログラム」、力の単位は「ニュートン」、圧力の単位は「1平方メートルあたりのニュートン」です。この押す力が長い時間続くことで、氷はゆっくり形を変えはじめます。

高校高校+なぜ「深いほど速い」ではなく「上ほど速い」のか

高校押される力は深いほど大きいので、形を変える動きも深いところほど活発です。ところが私たちが見ている「進む距離」は、その深さより下にあるすべての層のずれが積み重なった結果です。だから積み重ねの合計がいちばん大きくなる表面が、いちばん速く進みます。図1の矢印が上ほど長いのは、このためです。

高校+氷は水あめのような液体とは違い、押す力を2倍にしても変形の速さは2倍にはなりません。実際には、押す力の3乗に近い勢いで変形が速くなるとされています。厚さがほんの少し増えるだけで氷河が急に速くなるのは、この効きかたの強さによります。

大学氷を「とてもゆっくりした流れ」として扱う

大学の雪氷学では、氷河を、押す力と変形の速さが比例しない流れとして扱います。氷の内部での結晶の向きのそろい方、含まれる水の量、含まれる細かい砂の量が、変形のしやすさを左右します。さらに底では、岩のでこぼこを氷が乗りこえるときに、押される側で溶けて反対側で凍り直す動きも起きるとされ、これも氷河が進むしくみのひとつと考えられています。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに底で何が起きているかは、これから書きかえられるかもしれません。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科:力と圧力、状態の変化氷の重さが底を押す話、氷がとける話
高校地学基礎:地形の成り立ち/物理基礎:力と圧力器のような形の谷、底が押される力の計算
高校+物理:物質の変形/地学:氷期と間氷期押す力と変形の速さが比例しない話
大学雪氷学・地球物理学氷を流れとして扱う考え方、底での溶け直し
研究氷河・氷床の観測とモデル底の水の道すじ、速さが急に変わるしくみ
生活とのつながり山の谷の形、氷にとじこめられた昔の空気
参考・出典
  1. 日本雪氷学会 編『雪と氷の事典』朝倉書店
  2. 国立極地研究所「南極・北極の科学」解説ページ
  3. W. S. B. Paterson『The Physics of Glaciers』Elsevier
  4. 気象庁「気候変動監視レポート」海面水位および雪氷に関する記述

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。雪や氷におおわれた場所へ出かけるときは、現地の管理者や自治体などの案内・指示に従ってください。