🐦 生き物のしくみ 🧭 方位と磁場 予備知識なしでOK 読了 約8分

渡り鳥は、どうやって
道に迷わないの?

数千キロを飛んで、去年と同じ庭先に戻ってくる鳥がいます。地図もなく、教えてくれる親もいない個体が、生まれて初めての旅で目的地にたどり着きます。鳥は複数の手がかりを重ねて使っており、そのひとつは「地球の磁場を目で見ている」可能性があります。

公開:2026.08.16 難易度:★★☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、どれくらいすごいことか

ツバメは春に日本へ来て、秋に東南アジアへ帰ります。翌年、同じ家の同じ軒先に戻ってくることが知られています。

キョクアジサシという鳥は、北極圏と南極圏を行き来します。年間の移動距離は数万キロ。追跡調査では、9万キロを超えた個体も報告されています。

さらに不思議なのは、親と一緒に飛ばない鳥がいることです。若い個体だけが後から、単独で、初めての土地へ向かう種がいます。誰にも教わらずに。

目印のない海の上を、夜通し飛ぶこともあります。何を頼りにしているのでしょうか。

1
手がかりは1つではなく、いくつも重ねている

太陽の位置、星の並び、地球の磁場、においや地形。どれか1つが使えなくても、別の手がかりで補えます。1つに頼らない設計です。

2
「方角がわかる」ことと「現在地がわかる」ことは別

コンパスは方角しか教えません。地図がなければ、迷ったときに戻れません。若い鳥と経験を積んだ鳥では、持っているものが違います。

そして磁場を感じる仕組みには、まだ決着していない謎が残っています。順に見ていきましょう。

① 手がかりを、いくつも重ねて使う 太陽の位置 + 体内時計 時刻がわからないと使えない 星の回り方 回転の中心=北 曇ると使えない 地球の磁場 向きと傾き 昼も夜も、曇りでも使える ② 横へ運んだら、どうなるか(変位実験) 出発地 本来の目的地 本来のコース 横へ運ばれた地点 若い鳥:同じ方角へ飛び続け 別の場所に着いてしまう 経験を積んだ鳥:進路を直して目的地へ → 若い鳥はコンパスだけ、経験を積んだ鳥は「地図」も持っている
図1:上は渡り鳥が使う手がかり。太陽(体内時計が必要)、星の回り方、地球の磁場など複数を重ね、条件に応じて使い分けます。下は横へ運んだときの実験。若い鳥はもとの方角へ飛び続けて別の場所に着き(赤)、経験を積んだ鳥は進路を直して目的地へ向かいます(緑)。

手がかりは、いくつもある

渡り鳥は、1つの方法に頼っていません。使えるものを全部使い、状況で切り替えます。

これは冗長な設計です。1つ壊れても全体は動く。命がかかっている以上、当然の作りとも言えます。

磁場は、方角だけでなく「緯度」も教える

方位磁針は北を指します。しかし地球の磁場には、もう1つ情報があります。磁力線が地面に対してどれだけ傾いているかです。

赤道の近くでは、磁力線はほぼ水平です。極に近づくほど、地面に突き刺さるように急な角度になります。つまり傾きを測れば、いま自分がどのあたりの緯度にいるかがわかります。

実際、鳥の磁気コンパスは「北がどちら」ではなく「極方向がどちら」を読んでいるとされています。磁石のN極とS極を区別しているのではなく、磁力線の傾きから、極側と赤道側を判断しているのです。人間のコンパスとは、原理が違います。

この違いには、確かめ方があります。実験室で磁場の向きを上下反転させると、鳥は南北を逆に判断します。ふつうの方位磁針なら、この操作では向きは変わりません。

鳥のコンパスは、北を指していません。
磁力線の傾きから、極の側を読んでいます。

コンパスと地図は、別のもの

ここで大事な区別があります。「方角がわかる」ことと「現在地がわかる」ことは、まったく違います。

コンパスだけ持って森に入っても、道に迷ったら帰れません。北がわかっても、自分がどこにいるかがわからなければ、どちらへ進むべきか決まらないからです。

古典的な実験があります。渡りの途中の鳥を捕まえ、本来のコースから横へ数百キロ運んで放すのです。すると結果が2つに分かれました(図1の下)。

つまり若い鳥は、「この方角へ、これくらいの期間飛べ」という生まれつきの指示だけを持って旅立ちます。それでもたいていは目的地に着きます。一方、経験を積んだ鳥は「自分がどこにいるか」を知る手段を身につけており、ずれを直せます。

1回目の旅で地図を作り、2回目からはそれを使う。そう考えられています。

いちばんの謎 ― どうやって磁場を感じているのか

磁場を感じる仕組みは、まだ確定していません。有力な説が2つあり、どちらも証拠があります。両方が使われている可能性もあります。

A
体の中の、小さな磁石で感じる説

くちばしなどに、ごく小さな磁石になる粒があり、磁場に引かれて動くと神経がそれを感じ取る、という考え方です。方位磁針に近い直感的なしくみです。

B
目の中で、化学反応が磁場に反応する説

目の中のあるタンパク質に光が当たると反応が起き、その進み方が磁場でわずかに変わるという考え方です。もし正しければ、鳥は磁場を「見て」いることになります。

Bの説を支持する、興味深い観察があります。

この「反応の進み方が磁場で変わる」というのは、電子のふるまいに関わる、量子力学の領域の現象です。生き物の体の中で、そうした効果が実際に使われているのだとすれば、驚くべきことです。ただし、体の中で本当にそれが方角の判断に使われているかは、まだ証明されていません。

外で確かめられること

🧪 季節をかけた観察:渡りを、自分の目で記録する
  1. 身近な渡り鳥を1種決める(ツバメは春から夏、カモやハクチョウは秋から冬に見られます)
  2. 初めて見た日と、見なくなった日を毎年記録する
  3. 可能なら、同じ巣が翌年も使われるかを観察する(ツバメでは珍しくありません)
  4. 気象庁が長年公開してきた「生物季節観測」の記録と、自分の記録を比べてみる

数年続けると、年による早い遅いが見えてきます。渡りの時期は気温や日長に左右されるため、記録は気候の変化を映す手がかりにもなります。巣に近づきすぎない、卵やヒナに触れないでください。野生動物の保護に関する法令があり、繁殖の妨げにもなります。観察は離れた場所から行ってください。

まとめ

渡り鳥が迷わないのは、太陽・星・地球の磁場・においなど、複数の手がかりを重ねて使っているからです。若い鳥は生まれつきの「方角と期間の指示」だけで旅立ち、経験を積むと「現在地を知る手段」を身につけます。そして磁場をどう感じているのかは、いまも解けていません。

鳥は磁場を「感じて」いるのではなく、
「見て」いるのかもしれません。

もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎」「生物基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の「物理」「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(生物物理・量子化学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:渡りと方位の言葉

高校式で確かめる:鳥が読んでいる磁場は、どれくらい弱いのか

渡り鳥が地磁気を手がかりにしている可能性が示されています。その地磁気は、どれくらいの強さなのか。身近な磁石と比べると、驚くことになります。

① 身近な磁石と比べる
地球の磁場の強さ約 50 マイクロテスラ = 0.00005 T
冷蔵庫に貼る磁石約 5 ミリテスラ = 0.005 T
何倍ちがうか0.005 ÷ 0.00005 = 100 倍

地磁気は、冷蔵庫の磁石の100分の1しかありません。方位磁針の針をようやく回せる程度の弱さです。

その中で鳥は、向きだけでなく「どちらが北か」に相当する情報まで読み取っているとされています。この弱さが、しくみの解明を難しくしています。体内に磁石があるのか、化学反応が磁場で変わるのか、いまも議論が続いています。

② 磁場の「傾き」から、緯度がわかる

地磁気は水平ではありません。北へ行くほど、地面に向かって下向きに傾きます。この傾きと緯度には、はっきりした関係があります。

tan(傾き) = 2 × tan(緯度)

傾き磁場が地面へ向かう角度[度]
緯度赤道からの角度[度]
tan角度から比を出す関数
東京(緯度35度)で tan(35) は約 0.70
2倍する2 × 0.70 = 1.40
tan がこの値になる角度約 54 度

東京では、地磁気は約54度も下を向いています。ほとんど斜め下です。方位磁針が水平を指すのは、針を水平に保つよう作られているからで、磁場そのものは水平ではありません。

ここが重要です。傾きを測れば、緯度がわかります。赤道では0度、極では90度。つまり地磁気は、方角だけでなく「いま南北のどこにいるか」も教えてくれることになります。地図もGPSも持たない鳥が、渡りの途中で自分の位置を知る手がかりになりうる、と考えられています。

※ この式は、地球を単純な棒磁石とみなしたときの関係です。実際の地磁気は場所によってずれ、長い時間をかけて変化します。

③ 渡りの距離を、実感に直す

キョクアジサシは、北極圏と南極圏を行き来する渡りで知られ、年間およそ7万 km 移動するとされています。

1年で70000 km
30年生きたとすると70000 × 30 = 2100000 km
地球から月までの距離約 380000 km
月まで何往復ぶんか2100000 ÷ 380000 ≒ 5.5 回

一生のうちに、月まで往復5回半ぶんを飛ぶことになります。しかも道を教わることなく、多くは初めての旅で。

①で見たとおり、手がかりは冷蔵庫の磁石の100分の1の弱さです。その中でこの距離を渡る。数字を2つ並べただけで、この現象がどれほど並外れているかがわかります。

高校数字で見る、地磁気と渡り

代表的な目安
地磁気の強さおよそ 25〜65 マイクロテスラ(場所による)
冷蔵庫に貼るマグネット数ミリテスラ = 地磁気の100倍以上
伏角(赤道付近)約 0 度(ほぼ水平)
伏角(日本付近)およそ 45〜60 度
キョクアジサシの年間移動数万 km(9万 km を超えた個体の報告あり)

※ 地磁気は場所と時代で変わります。代表的な値です。

地磁気がいかに弱いかがわかります。身のまわりの磁石より100倍以上弱い信号を、鳥は読み取っていることになります。しかも飛びながら、体を動かしながらです。

高校高校+太陽コンパスに時計が必要な理由

太陽は1日で空を約360度動きます。1時間あたり15度です。つまり「太陽の方角=東」と覚えても、時刻がわからなければ役に立ちません。

だから太陽を使う動物は、必ず体内時計と組み合わせています。この仕組みを確かめる実験が「時計をずらす」方法です。人工的な明暗の周期で体内時計を6時間進めると、飛ぶ方向が約90度ずれます(6時間 × 15度)。予測どおりのずれが観測されることが、この説の強い証拠になっています。

星のコンパスには時計が要りません。回転の中心は時刻によらず北だからです。手がかりごとに、必要な前提が違います。

大学磁場が化学反応を変えるとは、どういうことか

本文Bの説はラジカルペア機構と呼ばれます。骨組みは次のとおりです。

  1. 目にあるクリプトクロムというタンパク質が光を吸収する
  2. 電子が移動し、対になった2つのラジカル(不対電子を持つ分子)ができる
  3. 2つの電子のスピンの向きの関係(一重項と三重項)が、時間とともに行き来する
  4. この行き来の速さが、外部の磁場の向きと強さでわずかに変わる
  5. 結果として、最終的にできる生成物の割合が変わり、それが信号になる

ここで重要なのは、この効果がエネルギーの大きさで説明できないことです。地磁気が電子スピンに与えるエネルギーは、室温の熱エネルギーよりはるかに小さく、ふつうに考えれば熱の雑音に埋もれます。それでも効くのは、反応の速度がスピンの状態そのものに依存するからです。エネルギーの大小ではなく、量子的な状態の変化が読み出されています。

2021年には、渡りをするコマドリのクリプトクロムを試験管内で調べ、磁場に応じた反応の変化が確認されたと報告されました。渡りをしない鳥のものより感度が高いという結果も示されています。ただしこれは試験管の中の話であり、生きた鳥の目の中で同じことが起き、それが方角の判断に使われていることは、まだ示されていません。

研究解けていない問いが、いくつも残っています

毎年見上げている鳥の群れが、物理学の最前線と地続きの問いを抱えています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・磁界と磁力線/地球のつくり/生物の行動地磁気、伏角、渡りの手がかり
高校物理基礎・磁場/生物基礎・刺激の受容と行動磁場の強さの比較、時計をずらす実験
高校+生物・動物の行動(定位)/物理・電子と磁場生得的なプログラムと学習、変位実験
大学生物物理学・量子化学・スピン化学ラジカルペア機構、クリプトクロム、一重項と三重項
研究量子生物学・動物行動学(未解決)受容器の特定、生体内での証明、地図の正体
参考・出典
  1. Wiltschko, W. & Wiltschko, R., Magnetic compass of European robins, Science 176, 62–64, 1972(傾角コンパスの発見)。
  2. Perdeck, A. C., Two types of orientation in migrating starlings, Ardea 46, 1–37, 1958(変位実験)。
  3. Emlen, S. T., Migratory orientation in the indigo bunting, The Auk 84, 1967(プラネタリウムを使った星のコンパスの研究)。
  4. Xu, J. et al., Magnetic sensitivity of cryptochrome 4 from a migratory songbird, Nature 594, 535–540, 2021(クリプトクロムの磁場感受性)。
  5. Hore, P. J. & Mouritsen, H., The radical-pair mechanism of magnetoreception, Annual Review of Biophysics 45, 299–344, 2016(総説)。
  6. 気象庁による生物季節観測の記録。

※ 移動距離や地磁気の値は、個体や場所によって幅があります。本記事では一般に引用される目安を示しました。

※本記事は一般向けの科学解説です。野鳥の観察にあたっては、巣や個体に近づきすぎないでください。鳥獣の保護および管理に関する法令があり、繁殖を妨げるおそれもあります。観察は離れた場所から行い、自治体や日本野鳥の会などの案内に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安です。