同じ山なのに、北向きの斜面と南向きの斜面で木がちがうのは、なぜ?
― 尾根を越えると、届く日ざしが数倍変わります
同じ一つの山、標高も同じ、土のもとになる岩も同じ。それでも尾根をひとつ越えると、生えている木がごろりと入れかわります。理由は「届く日ざしの量が、斜面の向きだけで何倍も変わる」こと。そしてその差がいちばん大きくなるのは、夏ではなく冬です。
山道を登っていきます。片側の斜面は明るく、下草が茂り、葉の落ちた雑木が空を透かしています。
尾根を越えて反対側に回りこむと、急に暗くなります。足もとは湿り、常緑の針葉樹やシダが目立ち、春先なら雪がまだ残っています。
歩いた距離はほんの数十歩。標高はほとんど変わっていません。それでも景色は別の山のようです。
理由は2つだけです
斜面が太陽の方をおじぎするように傾いていれば、光は正面から当たります。反対を向いていれば、光はかすめるように当たります。同じ広さの地面が受け取る量は、これだけで数倍ちがいます。
よく当たる斜面は土が乾き、雪も早く消えます。当たらない斜面は湿ったまま、雪も長く残ります。木は水の条件でくらす場所を分けるので、生える種類が入れかわります。
この2つは、林業の現場では「適地適木」という言葉で古くから使われてきました。植える木を決めるとき、斜面の向きを見ればおおよその見当がつく、というわけです。順に見ていきます。
角度で何倍も変わる、というのはどれくらい?
太陽から来る光は、細い矢のたばのようなものだと考えてください。同じ本数の矢が、広い面積に散ってあたるか、狭い面積に集まってあたるかで、地面1平方メートルあたりの受け取る量が変わります。
斜面が光の方を向いていると、矢は狭い範囲にぎゅっと集まります。斜面が反対を向いていると、同じ本数が長く伸びた範囲にばらまかれます。これが図1です。
差がいちばん開くのは冬です。夏の太陽は高く、真上近くから光が降ってくるので、斜面の向きはあまり関係ありません。ところが冬の太陽は低く、横から差してきます。横からの光にとって、斜面の向きは決定的です。
あとで計算しますが、北緯35度あたり、傾き20度の斜面という設定で冬の真昼を比べると、南向きと北向きで受ける量の差は約4倍になります。同じ山の、数十歩しか離れていない2地点の話です。
日ざしの差が、なぜ木の種類まで変えるの?
日ざしが強い斜面では、土の水が蒸発して逃げていきます。雪も早く消えるので、春の水の蓄えも少なくなります。そこは「明るいけれど乾く場所」です。
日ざしが弱い斜面では、水が逃げにくく、雪も長く残ります。そこは「暗いけれど湿っている場所」です。日本の山では、北向きの斜面にスギやヒノキ、ブナなどの湿りを好む木が多く、南向きの斜面にはマツやコナラなど乾きに強い木が多い、という傾向が知られています。
植物にとって、明るさと水は取り替えのきかない別々の条件です。だから片方に有利な木と、もう片方に有利な木が、尾根を境にすみ分けます。しかも土そのものも変わっていきます。落ち葉の分解の速さが湿りけで変わるため、北向きの斜面では腐葉土が厚く積もりやすくなります。
ここまでの話は、太陽が南の空を通る北半球のものです。オーストラリアやニュージーランドでは太陽が北の空を通るので、暖かく乾くのは北向きの斜面、湿って暗いのは南向きの斜面。ちょうど裏返しになります。
雪が消えていく順番、朝霜の残り方、下草の密度、コケが岩のどちら側についているか。どれも斜面の向きを映しています。山菜やきのこを採る人は「あの沢の北側は10日遅い」といった言い方で、この差を日数に翻訳して覚えていることがあります。
まとめ
斜面の向きは、その場所に届く日ざしの量を決めます。日ざしは土の乾き方と雪の残り方を決め、それが木の種類を決めます。山を歩くとき、尾根の左右で景色が変わったら、それは土や岩が変わったのではなく、太陽の当たり方が変わったのだと考えてみてください。
尾根の向こうで木が変わるのは、
光の角度がそこで裏返るからです。
森が街より涼しい理由は「森はなぜ、街より涼しいの?」に、雪が地面を守るしくみは「外がマイナス20度でも、雪の下はなぜ0度のままなの?」に、山の中で天気そのものが変わる理由は「山の天気は、なぜあんなに急に変わるの?」に書きました。
- 近くの丘や土手、道路ののり面など、南を向いた面と北を向いた面が近くにある場所を探します。方角は地図か方位磁針で確かめてください。
- 両側で、下草の高さ・地面の湿りけ・コケの有無を見比べます。手で土をさわると湿りけの差がわかります。
- 雪が降る地域なら、降った翌日と3日後に同じ場所を見ます。どちら側から先に地面が見えてくるかを記録します。
建物の北側と南側でも同じことが起きています。北側の壁ぎわだけコケが生えているなら、それは日ざしの量の記録です。私有地には立ち入らず、道から観察してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学基礎・数学Ⅰ」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(森林生態学・微気象学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 斜面方位:斜面がどの方角を向いているかを表す言い方です。北向き・南向きという区別そのものが、生態学では立派な環境条件として扱われます。
- 入射角:光が面に当たるときの、光の道すじと面のなす角のことです。これが小さいほど、同じ光が広い面積に散らばります。
- 適地適木:その土地の条件に合った樹種を植えるという林業の考え方です。斜面の向き・傾き・土の深さなどから判断します。
中学高校式で確かめる:冬の真昼、南向きと北向きで何倍ちがうのか
斜面が受け取る日ざしの量は、光の道すじと斜面のなす角(入射角)の「傾きの割合」に比例します。この割合は、数学で正弦とよばれる量です。北緯35度の場所で、傾き20度の斜面を考えます。
| 冬至の真昼の太陽の高さ(北緯35度) | 31.6度 |
| 考える斜面の傾き | 20度 |
| 比べるのは、同じ広さの斜面が受け取る量 | 1平方メートルあたり |
| H | 太陽の高さ(単位は度) |
| S | 斜面の傾き(単位は度) |
| E | 斜面が受け取る量(単位はワット毎平方メートル) |
| 南向き斜面での入射角(太陽の高さに傾きを足す) | 31.6 + 20 = 51.6 |
| 北向き斜面での入射角(太陽の高さから傾きを引く) | 31.6 - 20 = 11.6 |
| 51.6度の傾きの割合は0.78、11.6度では0.20とされる | 0.78 と 0.20 |
| 受け取る量の比 | 0.78 ÷ 0.20 ≒ 3.9 |
約4倍です。同じ標高、同じ岩、数十歩の距離で、冬の真昼に届く日ざしが4倍ちがう。木のすみ分けが起きるのも当然という数字です。なお夏至の真昼なら太陽の高さは78度ほどになり、同じ計算での比は1.2倍程度に縮みます。
| 4倍の差は、明るさでいうと | 冬の南向き斜面が、北向き斜面の4倍 |
| 同じ差を南北の移動で埋めるなら | 緯度で10度以上、1000キロ以上動く感覚 |
つまり尾根をひとつ越えることは、冬の日ざしにとっては九州から東北へ移動するのに近い出来事です。
高校高校+日ざしの差は、どうやって水の差に変わるのか
高校地面に届いたエネルギーは、地面を温めるぶん、水を蒸発させるぶん、空気を温めるぶんに分かれます。日ざしが多い南向き斜面では蒸発に回るぶんが増え、土の水が減ります。
高校+水が蒸発するときは、まわりから熱を奪います(気化熱)。そのため湿った北向き斜面では、届いたエネルギーの多くが蒸発に使われ、地面の温度は上がりにくくなります。逆に乾いた南向き斜面は、蒸発に使うべき水がないので温度が上がりやすい。乾燥と高温がたがいを強めあう関係になっています。
大学斜面方位を、生態学ではどう扱うか
森林生態学では、斜面方位を単独の変数としてではなく、日射量に換算した「放射指数」の形で扱うことが多いとされます。方位と傾きと緯度から、その斜面が年間で受ける放射量を計算し、それを説明変数にして樹種の分布を統計的に予測するという方法です。北向き・南向きという言葉のままでは、傾きの急さや緯度のちがいを取りこめないためです。微気象学では、さらに周囲の地形による日陰や、斜面を流れ下る冷たい空気の効果も加えて計算します。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 温暖化のとき、どちらの斜面が避難場所になるのか。 北向き斜面は涼しく湿っているため、暖かさに弱い植物の逃げ場になると期待されています。ただし積雪の減り方や乾燥の進み方まで含めると、どの程度もちこたえるのかは場所ごとに大きく違うと考えられています。
- 土の中の生き物の役割。 斜面の向きで菌類や微生物の構成が変わることは観測されていますが、それが樹種のすみ分けの原因なのか結果なのか、切り分けは容易ではないとされています。
- どこまで細かい地形が効くのか。 数メートル規模の小さな凹凸も日ざしを変えます。航空レーザー測量で細かな地形が測れるようになり、どの大きさの地形が植物の分布をいちばんよく説明するのかが議論されています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。斜面の向きが効くことは確かでも、その効き方の細部は今も調べられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・地球と宇宙(太陽の動き) | 冬の太陽が低いこと、季節で高さが変わること |
| 高校 | 地学基礎(太陽放射)/数学Ⅰ(三角比) | 入射角と受け取る量の関係、4倍の計算 |
| 高校+ | 生物基礎(植生と環境) | 乾湿による樹種のすみ分け、気化熱の効果 |
| 大学 | 森林生態学・微気象学 | 放射指数、地形による日陰、冷たい空気の流れの扱い |
| 研究 | 気候変動生態学・地形生態学 | 北向き斜面は逃げ場になるのかという問い |
| ― | 生活とのつながり | 家の北側にコケが生える理由、畑や庭の日当たり計画 |
- 国立天文台 暦計算室(各地の太陽の南中高度・日の出入り)
- 森林研究・整備機構 森林総合研究所
- 林野庁『森林・林業白書』(適地適木と造林樹種の考え方)
- 只木良也『森林環境学』朝倉書店(斜面方位と森林環境の関係)
- Rudolf Geiger, Robert H. Aron, Paul Todhunter "The Climate Near the Ground", Rowman & Littlefield(斜面方位ごとの放射量の古典的な記述)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。山や斜面での観察では、足もとの崩れや落石に注意し、私有地・林道の通行規制や自治体の指示に従ってください。