山の天気は、なぜあんなに急に変わるの?
― 山そのものが、雲をつくる坂になっています
ふもとは青空なのに、山の上だけ白い雲に包まれて、冷たい雨が降り出す。山ではよくあることです。理由は「山が高いから」だけではありません。山は、風を強制的に上へ押し上げる巨大な坂です。押し上げられた空気は膨らんで冷え、含みきれなくなった水蒸気が水滴に変わります。さらに、日ざしで温まった斜面が谷から空気を吸い上げるため、午後になるほど雲がわきやすくなります。
朝、駅を出たときは雲ひとつない青空でした。予報も「晴れ」でした。半そでで登り始めて、汗をかくくらいの陽気です。
ところが昼を過ぎたころ、尾根に出ると急に白い霧に包まれます。風が強くなり、ぱらぱらと雨が当たり始めます。体はぬれ、汗が冷えて、さっきまでの暑さがうそのように寒くなります。
ふもとを見下ろすと、町のあたりはまだ晴れています。同じ日の、同じ時刻です。なぜ山の上だけが、こんなに違うのでしょうか。
理由は、大きく2つあります
風は山にぶつかると、よけきれずに斜面を上ります。上がった空気は膨らんで温度が下がり、抱えていた水蒸気が水滴に変わります。平地なら何も起きない湿った風でも、山にぶつかるだけで雲になります。
朝の日ざしで斜面が温まると、その上の空気が軽くなって上へ動きます。その分を補うように、谷から風が吹き上がります。午前は晴れていても、午後に雲がわくのはこのためです。
どちらも「空気を上へ動かす」しくみです。ひとつずつ見ていきましょう。
上へ持ち上げられた空気は、それだけで冷えます
空気は、上へ行くほどまわりの圧力が小さくなります。押さえつける力がゆるむので、空気のかたまりは膨らみます。膨らむときに空気は外を押しのける仕事をし、その分だけ自分の熱を使います。だから火にかけなくても、上がるだけで温度が下がります。これを断熱冷却と呼びます。
空気が抱えられる水蒸気の量は、温度が下がるほど少なくなります。冷えていった空気は、あるところで抱えきれなくなります。そこであふれた水蒸気が細かい水滴に変わり、白く見えるようになります。これが雲です。雲ができ始める高さは、その空気の湿り具合でほぼ決まっています。
山は、この持ち上げを一日じゅう休まずに続けます。風が吹いているかぎり、山は空気を上へ押し上げる坂として働きます。だから山の上には、ふもとが晴れていても雲が居座ることがあります。図1を見てください。
午後になるほど、雲がわくのはなぜ?
朝の斜面は、日ざしを正面から受けます。地面が温まると、その上の空気も温められて軽くなり、斜面に沿って上へのぼり始めます。抜けた分を補うように、谷のほうから空気が吸い上げられます。この流れを谷風と呼びます。
谷風は朝から少しずつ強まり、昼過ぎにいちばん強くなるとされています。つまり午後の山は、風による持ち上げと、日ざしによる持ち上げが重なる時間帯です。午前中は青空だったのに、昼を回ったとたんに雲がわいて雨になる、という変化はここから来ています。
登山の世界で「早出、早着」が言われるのは、この時間の性質を避けるためです。日が暮れてからは逆に、冷えた斜面から山風が谷へ吹き下ります。
天気予報が対象にしているのは、多くの場合ふもとの市街地です。標高が1000メートル、2000メートルと上がれば、気温も風も雲も別ものになります。山に入るときは、山の天気を専門に扱う情報や、山域ごとの予報を確かめるのが基本とされています。
登るあいだに雨を降らせた空気は、水蒸気を減らしたまま反対側へ下ります。下るときは押し縮められて温まるので、越えた先には暖かく乾いた風が吹くことがあります。フェーン現象と呼ばれ、山を越えた地域の気温が急に上がる原因になります。
じゃあ、どうすればいいの?
- 山は、朝のうちに歩く雲は午後にわきやすくなります。お昼を回るころには、下り始めているのが安心です。
- 晴れていても、上着と雨具を持つ山の上は10℃以上寒いことがあります。ぬれて風に当たると、体温はどんどん奪われます。
- 雲が急に増えたら、引き返す「もう少しだけ」が危険です。判断を早めるほど、選べる道が多く残ります。
山では、ぬれと風で体温が下がる低体温症が、夏でも起こるとされています。震えが止まらない、受け答えがはっきりしない、といった変化が出たら、風をさけられる場所へ移り、ぬれた衣服を替えて体を温めてください。空が暗くなり雷の音が近づいたときは、尾根や高い木のそばには近づかないでください。開けた場所を離れ、山小屋など丈夫な建物へ避難するのが基本とされています。人が動けなくなった場合や、意識がはっきりしない場合は、ためらわず119番へ通報してください。山の中では110番の対応になる場合もあります。ここに書いた対処は目安であり、状況によって最善の行動は変わります。消防・警察・自治体の指示に従ってください。
まとめ
山の天気が変わりやすいのは、山が空気を上へ動かす装置そのものだからです。風が当たれば斜面が持ち上げ、日が当たれば谷から吸い上げます。上がった空気は膨らんで冷え、水蒸気が水滴に変わって雲になります。ふもととは違う空気が、山の上には常につくられ続けています。だから同じ日の同じ時刻でも、町は晴れ、山は雨、ということが起こります。
山の天気は、気まぐれではありません。
山という坂が、空気を持ち上げ続けた結果です。
雲がどうやって浮かんでいるかは「雲は水のかたまりなのに、なぜ落ちてこないの?」で、午後にわいた雲が背を伸ばすしくみは「入道雲(積乱雲)は、なぜあんなに高く成長するの?」で、ぬれと風で体が冷えていく過程は「低体温症は、なぜ「そこまで寒くない日」でも起きるの?」で、標高そのものが体に効く話は「高山病は、なぜ標高を上げただけで起きるの?」でくわしく扱っています。
- 晴れた日に、遠くの山並みを午前と午後の2回ながめてみましょう。午前は稜線がくっきり見えたのに、午後は山頂だけ雲がかかっていることがよくあります。
- ロープウェイなどで標高が上がる場所へ行き、ふもとと上とで気温計の値を比べてみましょう。標高差100メートルにつき0.6℃ほど下がるという目安が、実感できます。
- 空気入れで自転車のタイヤに空気を入れたあと、空気入れの筒をさわってみましょう。押し縮めた空気は温まります。山を下る空気が温まるのと同じことが、手のひらで確かめられます。
山での観察は、必ず整備された道と装備の範囲で行ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学基礎・物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(気象学・大気力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 断熱冷却:空気のかたまりが上がって膨らむとき、外と熱をやりとりしないまま温度が下がること。山で雲ができる出発点です。
- 地形性上昇:風が山や丘にぶつかり、斜面に沿って強制的に持ち上げられること。山の雲の多くはこれで生まれます。
- 持ち上げ凝結高度:持ち上げられた空気が水蒸気を抱えきれなくなり、雲ができ始める高さ。図1の点線がこれにあたります。
- 谷風と山風:日中に谷から山へ吹き上がる風が谷風、夜間に山から谷へ吹き下る風が山風です。
中学高校式で確かめる:標高2000メートルの山頂は、どれくらい寒いのか
持ち上げられた空気の温度は、標高からおおよそ見積もれます。ここでは目安の値を使い、体で感じる寒さまで直してみます。出てくる記号の意味と単位は、次の表のとおりです。
| 記号 h | 意味:ふもとから山頂までの標高差/単位はメートル |
| 記号 t | 意味:標高差によって下がる気温/単位は℃ |
| 記号 w | 意味:風によってさらに下がる体感の温度/単位は℃ |
| ふもとの気温 | 25℃とする |
| ふもとから山頂までの標高差 | 2000メートルとする |
| 標高が100メートル上がるごとに下がる気温 | 約0.6℃とされる |
| 山頂で吹いている風の速さ | 毎秒10メートルとする |
| 風の速さが毎秒1メートル増すごとに下がる体感 | 約1℃とされる |
| 標高差は100メートル何個分か | 2000 ÷ 100 = 20 |
| 標高で下がる気温 | 20 × 0.6 = 12 |
| 山頂の気温 | 25 − 12 = 13 |
| 風で下がる体感 | 10 × 1 = 10 |
| 風も入れた体感の温度 | 13 − 10 = 3 |
ふもとが25℃の夏日でも、山頂の気温は13℃ほどになります。そこへ強い風が加わると、体の感じ方は3℃前後まで下がります。冬の朝と同じくらいの寒さです。半そでで登ってきた体が、汗と雨でぬれていれば、体温はさらに速く奪われます。夏でも低体温症が起こるといわれるのは、この積み重ねによります。
高校高校+乾いた空気と、湿った空気では冷え方が違います
高校雲ができていない空気は、100メートル上がるごとに約1.0℃という決まった割合で冷えていきます。空気が膨らむのに使ったエネルギーが、そのまま温度の低下として現れるためです。
高校+ところが雲ができ始めると、冷え方はゆるやかになります。水蒸気が水滴に変わるときに熱を出し、その熱が空気を温め返すからです。この場合の冷え方は、100メートルあたり0.4℃から0.5℃ほどとされています。雲の中の空気が、まわりより温かいまま上へ伸びていけるのは、この温め返しがあるからです。
大学山を越えるか、迂回するかを分けるもの
山にぶつかった空気が、いつも斜面を上るとは限りません。大気が安定していて山が高いと、空気は上がるより横へ回りこむほうが楽になり、山を迂回する流れになります。この分かれ目は、大気の安定度と風速、山の高さを組み合わせた指標で整理されます。値が小さければ迂回、大きければ越流というのが、おおまかな見方です。山を越えた空気が波打つように上下し、風下に規則正しい雲の列や強い下降風をつくることもあります。山岳波と呼ばれ、大気力学の教科書で扱われます。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 細かい地形を、予報にどう入れるか。 数値予報は地表を格子で表しますが、格子より小さな尾根や谷は平らにならされます。山の風や雲を再現しきれない一因とされています。
- いつ、どこで雲がわくのかの予測。 谷風で生まれる雲は、わずかな地面の乾き具合や植生の違いにも左右されます。発生の時刻と場所を絞りこむのは、いまも難しい課題です。
- 山の上の観測点が少ない。 高い場所の観測は維持が難しく、実際の気温や風のデータが不足しています。検証に使える材料そのものが限られています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。観測と計算が細かくなるにつれて、書き換わる部分が出てくるかもしれません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・天気とその変化 | 空気が上がると雲ができること、標高と気温の関係 |
| 高校 | 地学基礎・大気と海洋/物理基礎・熱と仕事 | 断熱冷却と、山頂の気温を出す計算 |
| 高校+ | 地学の発展・潜熱と湿潤断熱 | 乾いた空気と湿った空気で冷え方が違う話 |
| 大学 | 気象学・大気力学(地形と流れ) | 山を越える流れと迂回する流れの分かれ目 |
| 研究 | 局地気象学・数値予報の高解像度化 | 「まだわかっていないこと」の節 |
| ― | 生活とのつながり | 午前のうちに行動し、雲が増えたら引き返す判断 |
- 小倉義光『一般気象学(第2版補訂版)』東京大学出版会
- 日本気象学会 編『気象科学事典』東京書籍
- 気象庁「予報用語 ― 風、雲、局地的な風」気象庁ホームページ
- 猪熊隆之『山岳気象大全』山と溪谷社
- 警察庁「山岳遭難の概況」警察庁ホームページ
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。山に入るときの判断や荒天時の行動については、気象庁の発表と、消防・警察・自治体等の指示に従ってください。