高山病は、なぜ
標高を上げただけで起きるの?
高い山に登ると、頭が痛くなったり、気持ち悪くなったりすることがあります。これが高山病です。空気を吸っているのに、まるで息苦しいトンネルにいるかのような不調。その正体は、空気の「量」ではなく、空気の「濃さ」にあるとされています。
休日を使って、高い山に登ろうとしている、ある登山者。バスや車で一気に標高の高い登山口まで行き、そこから元気よく登り始めます。天気もよく、体調も万全のはずでした。
ところが、標高が3000メートルを超えたあたりから、なんとなく頭が重くなり、少し歩くだけで息が切れます。休憩しても回復せず、やがて吐き気まで感じるようになりました。
これが高山病です。体力があるかどうかとは、あまり関係がないとされています。
高山病が起きる理由は、2つだけ
空気そのものの成分は変わりませんが、気圧が下がることで、吸い込める酸素の量が減ります。これは避けようのない物理現象です。
体は薄い酸素の環境に少しずつ適応できますが、この「順応」には数日単位の時間が必要です。急いで登るほど、体が追いつきません。
ひとつずつ、順番に見ていきましょう。
理由1:空気は「薄まったジュース」のようになる
空気の中で酸素が占める割合は、地上でも山頂でも、およそ21%で変わりません。変わるのは、気圧、つまり「空気そのものの濃さ」です。
これは、同じ濃さのジュースを、水で薄めていく様子に似ています。ジュースに含まれる砂糖の「割合」は一定でも、水で薄めれば薄めるほど、コップ1杯あたりの砂糖の量は減っていきます。標高を上げるということは、空気というジュースを、どんどん水で薄めていくようなものです。一呼吸で肺に入る酸素の量そのものが、標高とともに減っていきます。
「高山病はエベレスト級の山だけの話」と思われがちですが、多くの人でおよそ2500〜3000m前後から症状が出はじめるとされています。日本の富士山(3776m)は、まさにこの範囲に入る標高です。バスで一気に五合目まで登れてしまうぶん、体が慣れる時間を取らずに登り始めてしまいやすい、という指摘もあります。
理由2:体が慣れるには、時間が必要
体は、薄い酸素の環境に少しずつ対応する力を持っています。呼吸を速くしたり、酸素を運ぶ赤血球を増やしたりして、薄い空気の中でも酸素を確保しようとします。これを「高所順応」と呼びます。
問題は、この順応が、数時間や1日では終わらないということです。標高を上げる速さが、体の順応の速さを上回ってしまうと、体がついていけないまま酸素不足の状態が続き、頭痛や吐き気といった症状として現れます。「若くて健康だから大丈夫」という考えが通用しにくいのは、これが体力の問題ではなく、順応の時間の問題だからです。
高山病の症状は、最初は頭痛・吐き気・だるさといった、風邪や疲れとも区別しにくいものから始まります。ここで無理をせず休むか、それ以上標高を上げないことが重要だとされています。ふらつき、立ち続けられないほどのめまい、吐き気が治まらない嘔吐などが出てきたら、悪化のサインです。
じゃあ、どうすればいいの?
- 標高を上げるときは、ゆっくり登る特に2500m以上では、1日に登る標高差を抑えることが勧められています。体が慣れる時間をつくるためです。
- 症状が出たら、それ以上登らない頭痛や吐き気を感じたら、その場にとどまって休みます。「せっかく来たから」と登り続けるのがいちばん危険です。
- 悪化したら、迷わず下山する標高を下げることが、いちばん確実な対処だとされています。標高を下げれば、多くの場合は症状が軽くなっていきます。
ふらついて歩けない、意識がもうろうとする、じっとしていても息が切れる、といった症状は、命に関わる重い状態に進んでいる可能性があるとされています。これ以上登らず、できるだけ早く標高の低い場所へ移動してください。
「もう少しで山頂だから」「みんなに迷惑をかけたくないから」という理由で下山をためらうことが、被害を大きくする一因になっているとされています。下山の判断を遅らせないことが、何よりも重要です。
薬による予防・治療の方法もありますが、体質や持病によって使えるかどうかが異なるため、事前に医師に相談することが勧められています。自己判断での使用は避けてください。
まとめ
高山病が標高を上げただけで起きるのは、①気圧の低下で空気の濃さそのものが薄くなるという物理的な理由と、②体が薄い酸素に慣れるには時間がかかるという生理的な理由が、同時に働くからです。急いで登るほど、この2つのずれが大きくなります。
酸素が足りないのではありません。
体が慣れる前に、標高を上げすぎているのです。
- 密封されたポテトチップスなどの袋を、そのまま山や高い建物の展望台に持っていく
- 標高が上がるにつれて、袋がだんだんパンパンに膨らんでいくのを観察する
袋の中の空気は変わらなくても、まわりの気圧が下がることで、相対的に袋の中の圧力が高くなり、膨らんで見えます。本文で説明した「標高とともに気圧が下がる」という現象を、身近な形で体感できます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の数学III・理科の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生理学・登山医学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:高山病をめぐる言葉
- 気圧:空気の重さによって生じる圧力。標高が上がるほど、上にある空気の量が減るため下がります。
- 酸素分圧:空気全体の気圧のうち、酸素が受け持つ分の圧力。体が実際に取り込める酸素の量の目安になります。
- 高所順応:体が、薄い酸素の環境に少しずつ適応していく過程。
高校式で確かめる:標高が上がると、気圧はどれだけ下がるのか
気圧の高度による変化は、次のような近似式で見積もれるとされています。
気圧 ≒ 地上の気圧 × exp(−標高 ÷ 8000)
| 気圧 | その標高での気圧の目安[hPa] |
| 地上の気圧 | 標高0mでの気圧の目安、およそ1013 hPa |
| 標高 | 地上からの高さ[m] |
| exp( )、8000 | 自然対数の底(e)のべき乗を表す記号と、気圧がおおまかにe分の1になる高さの目安[m] |
標高が高くなるほど、exp の中の数がマイナスに大きくなり、気圧の値は小さくなっていくとされています。
| 富士山山頂(3776m)での倍率 | およそ 0.62 |
| 標高5000mでの倍率 | およそ 0.535 |
| エベレスト山頂(8848m)での倍率 | およそ 0.331 |
※ 8000mという数値は近似のための目安で、実際の気圧は気温や天候によっても変わります。
| 富士山山頂の気圧 | 1013 × 0.62 ≒ 628 hPa |
| 標高5000mの気圧 | 1013 × 0.535 ≒ 542 hPa |
| エベレスト山頂の気圧 | 1013 × 0.331 ≒ 335 hPa |
| 富士山山頂の気圧は地上の何%か | (628 ÷ 1013) × 100 ≒ 62% |
| エベレスト山頂の気圧は地上の何%か | (335 ÷ 1013) × 100 ≒ 33% |
富士山の山頂では、地上のおよそ62%の濃さの空気を吸っていることになります。エベレストの山頂では、地上のおよそ3分の1です。エベレストなどの高峰で酸素ボンベが必須とされているのは、この数字が理由です。
高校+なぜ「ゆっくり登る」ことが効くのか
体は、酸素が薄い環境に置かれると、まず呼吸の回数を増やして対応しようとします。数日かけて、酸素を運ぶ赤血球の数を増やしたり、血液の性質を変化させたりして、少しずつ薄い酸素でも活動できる体に近づいていきます。この一連の変化には、数日から1〜2週間程度の時間がかかるとされています。標高を上げる速さがこの順応の速さより速いと、体の対応が追いつかず、酸素不足の状態が続いてしまいます。「ゆっくり登る」ことが有効なのは、体に順応のための時間を与えているからです。
大学体は、酸素不足にどう反応しているのか
酸素分圧が下がると、まず呼吸中枢が刺激されて呼吸数・換気量が増える「低酸素性換気応答」が起こります。過換気は血液を一時的にアルカリ性に傾けるため、腎臓がこれを補正する調整も同時に進みます。さらに数日単位では、腎臓からのホルモン分泌が促され、酸素を運ぶ赤血球の産生が増加します。重症化すると、肺や脳に水分がたまる状態に進むことがあり、これは大学の生理学・登山医学で扱われる、より専門的な内容です。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 誰が高山病になりやすいかを、事前に正確に予測することは、まだ難しいとされています。 年齢や体力とはあまり関係がないとされる一方、個人差がなぜこれほど大きいのかは、遺伝的な要因を含めて研究が続けられています。
- 予防薬の効果や、最適な使い方については、いまも研究が進められています。 体質や持病によって使える薬が異なり、より安全で効果的な予防法の確立が目指されています。
- 短期間での高所トレーニングが、実際の順応をどこまで促進できるかは、研究者の間でも見解が分かれています。 スポーツ科学の分野でも、高所トレーニングの効果を精密に測る研究が続けられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・気圧、空気の性質 | 標高と気圧・酸素の関係の基本 |
| 高校 | 地学基礎・大気の構造 | 気圧が高度とともに下がるという現象 |
| 高校+ | 数学III・指数関数 | 式で確かめる①〜④の計算全体 |
| 大学 | 生理学・登山医学 | 低酸素性換気応答、赤血球産生の増加 |
| 研究 | 登山医学・スポーツ科学(研究中) | 個人差の予測、予防薬の研究、高所トレーニングの効果 |
| ― | 防災・アウトドア安全教育 | ゆっくり登る、症状が出たら登らない、下山の判断 |
- 登山医学関連の学会・専門団体による、高山病の症状・予防・対処に関する解説資料。
- 地学・気象学の教科書における、気圧の高度分布に関する一般的な記述(国際標準大気の近似値を含む)。
- 生理学の教科書における、低酸素環境での換気応答・赤血球産生に関する一般的な記述。
- 富士山における高山病に関する、登山関連団体・自治体の注意喚起資料。
※ 気圧・標高などの数値は、しくみを理解するための概算です。実際の値は気温・天候・地域差によって変動します。
※本記事は一般向けの科学解説です。体調や健康に関する判断、実際の登山の安全判断は、医師など専門家の指示や登山関連団体の情報に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための概算です。