土砂崩れは、なぜ雨がやんだあとにも起きるの?
― 斜面を支えていたのは、土のつぶどうしの「押し合い」でした
大雨が続いた翌朝、空が明るくなったころに斜面が崩れる。そんな例が何度も報告されています。水は土を重くするだけではありません。土のつぶどうしが押し合う力をゆるめ、斜面をふみとどまらせていた摩擦を弱めます。しかも水が深いところまでしみ込むには時間がかかります。だから、いちばん危ないのは雨の最中とは限らないのです。
砂場で、かわいた砂を手ですくって落としていくと、きれいな円すいの山ができます。ある角度より急にはなりません。それ以上は、勝手に流れ落ちてしまうからです。
その山に、上から水をそっと注いでみます。しばらくは形が残っていますが、水が中まで行きわたったところで、山はふもとに向かってべちゃりと広がります。
注ぐのをやめたあとに崩れることもあります。この「少し遅れて崩れる」ところが、今日の話の中心です。
斜面が崩れる理由は、2つだけ
土は、細かいつぶが互いに押し合ってできています。すき間が水で満たされると、水が内側から押し返し、つぶどうしの押し合いが弱まります。押し合いが弱まると、ずれに逆らう摩擦も弱まります。
地面にしみ込んだ水が、斜面の深いところまで下りていくには何時間もかかります。だから摩擦がいちばん弱くなるのは、雨のピークより後になります。
斜面は、ふだん「ずり落ちようとする力」と「ふみとどまる摩擦」がつり合って立っています。水は前者を少し増やし、後者を大きく減らします。順番に見ていきます。
斜面を支えているのは、つぶどうしの押し合い
かわいた砂の山が、ある角度より急にならないのはなぜでしょうか。つぶとつぶが触れ合って、ざらざらと引っかかっているからです。この引っかかりの強さは、つぶが互いをどれくらい強く押しているかで決まります。強く押しつけられているほど、横にずれにくくなります。
ここに水が入ります。土のすき間が水でいっぱいになると、その水にも圧力がかかり、つぶを内側から押し広げるようにはたらきます。つぶは、ほんのわずかですが「浮いた」状態に近づきます。触れ合う力が弱くなれば、引っかかりも弱くなります。土の重さはほとんど変わらないのに、斜面をふみとどまらせる力だけが減っていくのです。
水が届くまでに、時間がかかる
図1の右のような状態になるには、水が斜面の深いところまで下りていかなければなりません。ところが土の中の水は、川の流れのようには進みません。細かいすき間を、じわじわとしみ通っていきます。
そのため、地表がぬれてから深さ数メートルの層が水で満たされるまでに、数時間から半日ほどかかることがあるとされています。雨がやんで空が明るくなっても、地中では水がまだ下へ向かっている最中なのです。摩擦がもっとも弱くなる瞬間は、雨のピークより遅れてやってきます。「やんだから安心」が通じないのは、このためです。
さらに、山の斜面は雨水の集まり方がばらばらです。谷のかたちをした場所には、まわりの広い範囲から水が集まります。同じ雨でも、そういう場所だけ先に水でいっぱいになることがあります。
木の根は土を網のようにつなぎとめ、浅い崩れを起こりにくくするとされています。ただし根が届くのは、ふつう地表から1〜2メートルほどです。それより深いところがすべる「深い崩れ」には、根の力はほとんど届きません。森があるから安心、とは言えないのです。
気象庁は、降った雨が地中にどれだけたまっているかを推定した「土壌雨量指数」という数値を使っています。降っている雨の強さだけでなく、たまり具合を見るための工夫です。この指数が目安を超えると、都道府県と気象庁から土砂災害警戒情報が発表されます。
じゃあ、どうすればいいの?
- 雨がやんでも、がけの近くには近づかない地面の中では、まだ水が下りている最中です。安全になるまで時間がかかります。
- 音・におい・水の変化に気づいたら、すぐ人に知らせて避難する山鳴りがする、小石がぱらぱら落ちる、わき水がにごる。こうした変化は前ぶれとされています。
- 逃げるときは、がけから離れる向きへ、横に逃げる斜面をまっすぐ下る向きより、斜面の横方向へ離れるほうが早く安全な場所に届くとされています。
土砂災害警戒情報や避難の呼びかけが出ているときは、雨が弱まっていても危険が続いていると考えてください。がけや谷から離れた、丈夫な建物の高いところへ移動します。外へ出るほうが危ないと感じるときは、家の中でもがけから遠い側の部屋へ移ります。人が巻き込まれた場合やけが人が出た場合は119番へ通報し、救助は消防や警察にまかせてください。自分で掘り起こそうとすると、二次的な崩れに巻き込まれるおそれがあります。避難の判断は、市町村の指示や気象情報に従ってください。
まとめ
斜面は、土のつぶどうしの押し合いが生む摩擦で立っています。しみ込んだ水はその押し合いをゆるめ、摩擦を弱めます。そして水が深くまで届くには時間がかかるため、いちばん弱くなる瞬間は雨がやんだあとにずれ込むことがあります。空の明るさと、地面の中の状態は別ものなのです。
崩れるかどうかを決めているのは、降っている雨ではありません。
地面の中に、いまどれだけ水がたまっているかです。
雨がやんだあとに川が増水するのも、同じ「遅れて効く」しくみです。くわしくは「晴れているのに、川が急に増水するのはなぜ?」をどうぞ。土のすき間の水が地面を支えられなくなる話は「液状化は、なぜ地面が「水」のようになるの?」でも扱っています。木の根が水を運ぶしくみは「木はなぜ、100メートルの高さまで水を吸い上げられるの?」で説明しています。
- トレーの上に、かわいた砂で小さな山を作ります。手を離しても形が残る、いちばん急な角度を覚えておきます。
- 霧吹きで、山の上のほうだけを少しずつぬらします。表面がぬれた直後は、かえって形が保たれることに気づくはずです。
- さらに水を足し、山の底まで水が届くのを待ちます。水を足すのをやめてしばらくしてから、ふもとが広がるように崩れることがあります。
屋外の本物の斜面で試さないでください。これはあくまで小さな模型で、実際の斜面は土の層の重なりや地下水の道すじによって、まったく違うふるまいをします。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(地盤工学・水文学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- すべり面:斜面の土が、そこを境にしてすべり出す面。図1の黄色い点線がこれにあたります。
- 間隙水圧(かんげきすいあつ):土のつぶのすき間を満たす水がもつ圧力。つぶどうしの押し合いを、内側から弱めます。
- 有効応力(ゆうこうおうりょく):つぶどうしが実際に押し合っている力。土の全体にかかる力から、間隙水圧のぶんを差し引いたものにあたります。
- 土壌雨量指数:降った雨が地中にどれだけたまっているかを推定した数値。土砂災害警戒情報の判断に使われます。
中学高校式で確かめる:水が入ると、摩擦はどれだけ減るのか
傾き30度の斜面に乗った、重さ1000ニュートンの土のかたまりを考えます。使うのは、力を斜面に沿う向きと垂直な向きに分ける計算と、摩擦の考え方だけです。
| 土のかたまりの重さ | 1000 ニュートン(約100キログラム分) |
| 斜面の傾き | 30 度 |
| 斜面に沿う向きの割合(30度) | 0.50 とされる値 |
| 斜面に垂直な向きの割合(30度) | 0.87 とされる値 |
| 土のすべりにくさを表す係数 | 0.7(かわいた土のおよその値) |
| すき間の水が押し返す力 | 400 ニュートン(雨がしみ込んだあとの想定) |
| 記号 | 意味と単位 |
| 重さ | 土のかたまりにはたらく重力の大きさ[ニュートン] |
| 割合 | 重さを斜面の向きに分けるときの倍率[単位なし] |
| 係数 | 押しつける力に対して、摩擦がどれだけ出るかの倍率[単位なし] |
| 押し返す力 | すき間の水が、つぶを押し広げる力の大きさ[ニュートン] |
| ずり落ちようとする力 | 1000 × 0.50 = 500 |
| 斜面に押しつける力(かわいた土) | 1000 × 0.87 = 870 |
| ふみとどまる摩擦(かわいた土) | 870 × 0.7 = 609 |
| 押しつける力(水が入ったあと) | 870 - 400 = 470 |
| ふみとどまる摩擦(水が入ったあと) | 470 × 0.7 = 329 |
かわいているときは、ずり落ちようとする500に対して摩擦が609あり、斜面は止まっています。水が入ると摩擦は329まで下がり、500を下回ります。つり合いが破れた瞬間に、斜面は動き出します。重さそのものは1000のまま変えていないのに、です。土を重くしたから崩れるのではなく、支える力をうばうから崩れる。ここがこの現象のかんじんな点です。
高校高校+なぜ「遅れて」効いてくるのか
高校土の中を水が進む速さは、すき間の細さで決まります。細かい土ほど、水はゆっくりとしか進めません。地表から深さ数メートルまで水が行きわたるのに、数時間から半日ほどかかることがあるとされています。この遅れが、雨のピークと危険のピークをずらします。
高校+また、土のすき間の水は、押されるとその圧力が周囲へ伝わります。伝わり方は土の細かさによって大きく変わり、水を通しにくい層があると、その上に水がたまって圧力が高くなります。斜面の中に水を通しにくい層があるとき、その境目がすべり面になりやすいのは、このためだと考えられています。
大学地盤工学から見た斜面の安定
地盤工学では、すべり面に沿って「すべらせようとする力」と「こらえる力」の比を安全率と呼び、これが1を下回ると崩壊すると考えます。こらえる力は、有効応力に摩擦の係数をかけたものと、土のねばりの和で表されます。有効応力は、全体にかかる力から間隙水圧を引いたものです。この考え方は20世紀前半に整理され、いまも斜面や堤防の設計の土台になっています。降雨と地下水位の関係をしみ込みの計算で求め、時間とともに変わる安全率を追う手法も広く使われています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- いつ崩れるかの予測。 どの斜面が危険かはある程度わかっても、何時何分に崩れるかを事前に言い当てることは、いまも難しいとされています。
- 深い崩れの引き金。 地表から数十メートルの深さがまとめて動く崩壊は、雨との対応がはっきりしないことがあり、地下水の道すじとの関係が調べられています。
- 木の根の効き方。 根が土を留める力が、樹種や樹齢、伐採からの年数でどう変わるかは、測り方も含めて研究が続いています。
- 気候の変化との関係。 短時間に強く降る雨が増えたとき、崩れの起こり方がどう変わるのかは、地域ごとに検討されている最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。だからこそ、危ないと感じたら早めに離れるという判断が意味を持ちます。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・力のはたらき/大地の変化 | 斜面にはたらく力、水のしみ込み |
| 高校 | 物理基礎(力の分解、摩擦) | ずり落ちる力と摩擦の計算 |
| 高校+ | 発展・コラム(水の通しやすさ、圧力の伝わり方) | 遅れて効いてくる理由、水を通しにくい層 |
| 大学 | 地盤工学・水文学(有効応力、安全率) | すべり面の安定の計算 |
| 研究 | 砂防学・防災科学(進行中) | 崩れる時刻の予測、深い崩れ、根の効果 |
| ― | 生活とのつながり | 土砂災害警戒情報の読み方、がけの近くから早めに離れる判断 |
- 国土交通省「土砂災害防止に関する基礎知識」および土砂災害の前ぶれに関する解説資料。
- 気象庁「土壌雨量指数」「土砂災害警戒情報」の解説ページ。
- 高校「物理基礎」教科書の、力の分解と摩擦力の項。
- Terzaghi, K., "Theoretical Soil Mechanics", 1943.(有効応力の考え方を示した古典的な教科書)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の避難の判断は、市町村の指示、気象庁および都道府県の発表する情報に従ってください。