中秋の名月は、なぜ満月とは限らないの?
― 暦が決めているのは、月の形ではなく日付のほうです
お月見の夜、「今年の名月は満月ではありません」と天気予報が言うことがあります。おかしな話に聞こえますが、これは暦の間違いではありません。名月の日付は太陽と月の位置から先に決まり、満月になる瞬間はそのあとから追いついてくるからです。しかも月は、いつも同じ速さで回っているわけではありません。
秋のはじめ、だんごを用意して縁側から空を見上げます。今夜は中秋の名月です。
ところが、よく見ると月の右側がほんの少し平らに見えます。次の日の夜のほうが、まんまるに見えたりもします。
名月の日をまちがえたのでしょうか。いいえ、暦はまちがっていません。もともと、ぴたりと重なる保証がないのです。
理由は、大きく2つだけです
中秋の名月は、昔の暦の8月15日の夜のことです。新月になった瞬間を含む日を1日目と数え、そこから15日目にあたります。つまり日付の決まりごとであって、「まんまるの日」という意味ではありません。
月の通り道はわずかにつぶれた輪で、地球に近いときは速く、遠いときはゆっくり進みます。そのため新月から満月までにかかる日数が、年によって14日ほどだったり15日半ほどだったりします。
この2つがすれちがうと、15日目の夜に満月の瞬間がまだ来ていなかったり、すでに過ぎていたりします。順に見ていきます。
数えはじめの日が、まるまる1日ぶんずれることがあります
昔の暦では、新月になった瞬間を含む日がその月の1日目でした。ここに落とし穴があります。新月の瞬間は、朝かもしれないし、夜中の直前かもしれません。
新月が午前0時すぎに起きた年は、1日目がほぼまるまる残ります。夜11時に起きた年は、1日目は1時間しかありません。数えはじめの基準が、最大で1日近くずれるわけです。
図1は、その数え方を横一直線に並べたものです。左端の下向きの矢印が新月の瞬間、右側の上向きの矢印が満月の瞬間です。新月が日付のどこで起きたかによって、満月の瞬間が15日目の枠から押し出されることがあります。
月は、近いときほど速く進みます
もうひとつの理由は、月の通り道の形です。月の道はぴったりの円ではなく、わずかにつぶれた輪になっています。地球にいちばん近づくときと、いちばん遠ざかるときで、距離は1割ほど変わります。
このとき、月は近いところでは速く、遠いところではゆっくり進みます。地球と月を結んだ線が同じ時間にはらう面積が、いつも同じになるように動くからです。
図2はその様子です。左のほうが遠くてゆっくり進む場所、右のほうが近くて速く進む場所です。うすく塗った2つの扇形は、同じ日数で進んだ範囲を表していて、形はちがっても面積はほぼ同じです。
満月の瞬間からずれていても、欠け方はほんのわずかです。肉眼で気づくのはむずかしく、写真をくらべてやっとわかる程度です。名月の夜は、そのまま楽しめばよいと思います。
まとめ
中秋の名月は、月の形で決めた日ではありません。新月の瞬間から数えて15日目という、日付の決まりごとです。一方、満月の瞬間は月の進み具合で決まります。新月から14日ほどで来る年もあれば、15日半かかる年もあります。この2つが別々の理由で決まるので、重なる年もあれば1日ずれる年もあります。
名月は、暦が決めた夜。
満月は、月が決めた瞬間。
月の形が毎日変わるしくみは月の形は、なぜ毎日変わるの?で、同じ「暦と天体のずれ」の話は秋分の日は、なぜ年によって9月23日だったり22日だったりするの?でくわしく書いています。
- 名月の夜と、その前後の夜の月を、同じ場所・同じ倍率でスマホで撮ります。
- 3枚の写真を並べ、月の左右のふちがまるいか、少し平らかをくらべます。
- いちばんまるく写った夜が、その年の満月にいちばん近い夜です。
スマホは明るさを自動で調整します。指で月をタップして明るさを下げると、ふちの形が見やすくなります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(天体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 朔(さく):新月のこと。太陽と月が同じ方向に見える瞬間を指します。
- 望(ぼう):満月のこと。地球をはさんで太陽と月が反対側にそろう瞬間です。
- 朔望月(さくぼうげつ):朔から次の朔までの期間。平均すると約29.53日です。
中学高校式で確かめる:朔から望までは、何日かかるのか
主題の量は「朔から望までの日数」です。平均を出したうえで、月の速さの変化でどれだけ前後するかを見ます。
| 記号で書くと | r1² × ω1 = r2² × ω2 |
| 言葉で書くと | 近いときの距離の2乗 × 近いときの角速度 = 遠いときの距離の2乗 × 遠いときの角速度 |
| どこから来る式か | 地球と月を結ぶ線が同じ時間にはらう面積が等しい、という面積速度一定の性質。もとは角運動量が保存することから出ます(ケプラーの第二法則) |
| r(地球からの距離)が最も小さいとき | およそ 36.3 万km とされています |
| r が最も大きいとき | およそ 40.6 万km とされています |
| 朔望月の平均 | 29.53 日 |
| 実際の朔から望までの幅 | およそ 13.9 日から 15.6 日の間とされています |
記号の意味です。r1・r2 は地球から月までの距離で、単位は万km。ω1・ω2 はそれぞれのときに月が1秒で進む角度で、単位は度毎秒です。
| 遠いときと近いときの距離の比 | 40.6 ÷ 36.3 ≒ 1.12 |
| ω の比は、距離の比の2乗 | 1.12 × 1.12 ≒ 1.25 |
| 朔から望までの平均日数(朔望月の半分) | 29.53 ÷ 2 ≒ 14.77 |
| いちばん長い年とのずれ | 15.6 - 14.77 ≒ 0.83 |
| いちばん短い年とのずれ | 14.77 - 13.9 ≒ 0.87 |
近いところを通るときの月は、遠いところを通るときより1.25倍ほど速く角度を進みます。その結果、朔から望までの日数は平均の14.77日から前後に0.8日ほど動きます。暦の15日目という固定された枠に対して、満月の瞬間が丸1日近く前後するわけです。
高校高校+朔望月と公転周期は、別のものです
高校月が地球を1周して星空の同じ場所へ戻るまでは約27.32日で、これを恒星月といいます。しかしその間に地球も太陽のまわりを進みます。太陽との位置関係がそろい直すには約29.53日かかり、これが朔望月です。
高校+月が地球に最も近づく点そのものも、およそ8.85年かけて一周する向きに動きます。これを近点移動といいます。そのため朔の時期と、月が近づく時期との組み合わせは毎年ずれ、朔から望までの日数の長短も年ごとに変わります。
大学二体問題と、月の運動の摂動
地球と月だけを考えた二体問題では、軌道は楕円に定まり、面積速度一定と軌道長半径から周期が決まります。しかし実際の月には太陽の引力が強く効くため、軌道要素が刻々と変化します。これを摂動といい、出差や二均差といった古くから知られた周期的なずれが現れます。月の位置を高い精度で予報するには、こうした項を多数含む月理論や数値積分が必要です。国立天文台が発表する朔望の時刻も、この計算にもとづいています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 月が遠ざかる速さの過去 いまの月は年に約3.8cmずつ遠ざかっていますが、この速さは海の形で変わります。過去にどう変化したかは、地層の縞から推定する研究が続いています。
- 月の内部の構造 中心に溶けた層があるかどうかで、潮の力に対する変形のしかたが変わります。観測データの解釈には、まだ幅があるとされています。
- 暦の歴史そのもの 昔の日本で朔の日をどう決めていたかは時代によって異なります。古い記録の日付を、いまの計算と突き合わせる作業が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は代表的な値を示しています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・地球と宇宙(月の満ち欠け) | 朔と望、名月の日付の決まり |
| 高校 | 地学基礎・物理基礎(円運動と天体) | 面積速度一定、恒星月と朔望月の差 |
| 高校+ | 物理・力学(角運動量の保存) | 近点移動と、日数が年ごとに変わる理由 |
| 大学 | 天体力学・位置天文学 | 二体問題と摂動、月理論 |
| 研究 | 地球惑星科学 | 月が遠ざかる速さと内部構造 |
| ― | 生活とのつながり | お月見の日取り、カレンダーの月齢表示 |
- 国立天文台 暦計算室「暦象年表」朔弦望および月の距離に関する解説
- 朔望月(ウィキペディア日本語版)
- ケプラーの法則(ウィキペディア日本語版)
- 長沢工『日の出・日の入りの計算 ― 天体の出没時刻の求め方』(地人書館)
- 渡邊敏夫『日本の暦』(雄山閣)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の朔望の時刻や名月の日付は、国立天文台が公表する値をご確認ください。