自然のふしぎ 食と農 予備知識なしでOK 読了 約6分

農家はなぜ、霜が降りそうな夜に畑へ水をまくの?
― 凍らせないためではなく、凍らせるためです

春先、霜の予報が出た夜に、果樹園や茶畑ではスプリンクラーが一晩じゅう回り続けることがあります。冷える夜に水をまけば、もっと冷えて凍ってしまいそうなものです。ところが実際には、この水は芽を守ります。しかも、水が凍ってくれるからこそ守れるのです。

公開:2026.09.06 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

よく晴れて風のない、春先の夜です。夕方の天気予報が「明日の朝は冷え込み、遅霜のおそれ」と伝えています。

その夜、果樹園ではスプリンクラーが回りはじめます。翌朝行ってみると、枝もふくらみかけた芽も、まるごと透きとおった氷につつまれています。

見た目には、いちばん凍って傷んでいそうな枝です。ところが氷がとけたあと、その芽は生きています。水をまかなかった隣の畑の芽のほうが、茶色く枯れているのです。

なぜ「凍らせる」と守れるのか、理由は2つ

1
水は凍るとき、熱を出す

水が氷に変わるときには、まわりに熱を放り出します。まかれた水が芽の表面で凍りつづけるかぎり、そこには熱がわき出しつづけます。この熱が、冷えていこうとする芽を暖め返します。

2
氷と水がまざっている場所は0℃で止まる

とけていない氷と、まだ凍っていない水が同居しているあいだ、その温度は0℃から動けません。芽は0℃に固定されます。空気が氷点下4℃まで下がっても、氷の中の芽は0℃のままでいられます。

芽が死ぬかどうかを決めているのは、じつは「凍ったかどうか」ではなく「何℃まで下がったか」です。多くの果樹では、ふくらみはじめた芽は氷点下2℃から3℃あたりで傷むとされています。0℃で止められれば、その一線を越えずにすみます。順に見ていきましょう。

凍るときに熱が出る、とはどういうことか

水を冷やしていくと0℃で凍りますが、このとき温度計はしばらく0℃から動きません。冷やしているのに温度が下がらない時間があるのです。この「行方不明になった冷やす力」の正体が、水が氷になるときに手放す熱です。

量にすると、水1グラムが凍るときに出す熱は約334ジュールとされています。これは同じ1グラムの水を約80℃ぶん温める熱と同じ大きさで、けっして小さな量ではありません。畑ぜんたいに水をまきつづけると、この熱が畑ぜんたいで出つづけます。図1を見てください。左と右で、同じ夜に起きていることの違いを描いています。

左:水をまかない芽 熱が空へ逃げる 芽の温度 −4℃ → 枯れる 右:水をまきつづけた芽 スプリンクラーの水 氷のから 凍るときに出る熱(太い矢印) 芽の温度 0℃で止まる → 生き残る
図1:霜の夜に起きていること。左の水をまかない芽では、熱の光(ピンクの点線矢印)が星空へ出ていく一方なので、芽の温度は氷点下4℃まで下がって枯れます。右の水をまきつづけた芽は、上のスプリンクラーから落ちた水が表面で凍り、そのときに出る熱(黄色の太い矢印)が内向きに芽へ入るため、水色の線で描いた氷のからの中の温度は0℃で止まります。

0℃で止まる、というしくみ

熱が出るだけなら、いずれ出しつくして終わりそうに思えます。ところが氷と水がまじりあった状態には、温度が動かないという性質があります。氷を入れた飲み物が、氷が残っているうちはいつまでも冷たいままなのと同じことです。

芽の表面では、新しい水が落ちてきては凍る、ということがくり返されています。凍っていない水がある以上、温度は0℃より下がれません。空気が氷点下4℃でも氷点下5℃でも、氷のからの内側だけは0℃です。芽にとっては、外の寒さと切り離された小さな部屋の中にいるようなものです。

💡 途中でやめると、かえって危ない

この方法でいちばん大事なのは、朝になって氷がとけきるまで水を止めないことです。散水をやめると新しく凍る水がなくなり、熱がわき出さなくなります。そのうえ、残った氷がとけるときには逆にまわりから熱をうばいます。中途半端に切り上げると、まかなかった場合より冷えることがあるとされています。

💡 風が吹くと成り立たなくなる

この方法が効くのは、よく晴れて風のない夜です。風が強い日は、まいた水が飛ばされて蒸発しやすくなります。水が蒸発するときは逆に熱をうばうので、暖める側の熱よりうばう側が勝ってしまうことがあります。現場で「風の夜はやらない」と言われるのは、この差によるものです。

まとめ

霜の夜の散水は、凍らせないための工夫ではありません。芽のかわりに水を凍らせ、そのとき出る熱と、氷と水が同居する場所は0℃で止まるという性質を、まるごと利用する工夫です。冷やす原因のように見えたものが、じつは守り手だったわけです。

水は、凍るときに熱を置いていく。
その熱が、芽を0℃で足止めしてくれます。

同じ「凍る」を別の角度から見た話として、霜柱は、なぜ土の中から生えてくるの?や、つららは、なぜ一番寒い日ではなく「少しゆるんだ日」にできるの?もあわせてどうぞ。よく晴れた夜に地面が冷える理由は、雨も降っていないのに、朝の草はなぜ濡れているの?で詳しく扱っています。

🧪 台所で「0℃で止まる」を確かめる
  1. コップに氷をたっぷり入れ、水を氷が半分ひたるくらいまで注ぎます。ときどきかき混ぜながら、温度計を差しておきます。
  2. 温かい部屋に置いたまま、10分おきに温度を読み、紙に書き出します。氷が残っているあいだ、数字がほとんど動かないことを確かめてください。
  3. 氷が最後の一片までとけた瞬間から、温度が上がりはじめます。ここが「氷と水の同居」が終わった点です。畑の芽は、朝までこの動かない時間の中にいます。

温度計がなければ、氷水に指をひたして感じ方を比べるだけでも、氷がある間とない間の違いは分かります。長くひたしすぎないようにしてください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎・化学基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱力学・植物生理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:散水は何ワットぶんの暖房になるか

畑1平方メートルあたり、1時間に3ミリの厚さぶんの水をまいたとします。この水がすべて凍るとして、そこから出る熱を1秒あたりの大きさに直してみます。単位はワットで、これは1秒あたりに出る熱の量を表す記号です。

① もとになる数値
記号:水1グラムが凍るときに出す熱334 ジュール とされています
1平方メートルに1時間でまく水3 リットル
水1リットルの重さ1000 グラム
1時間は何秒か3600 秒
② 計算してみる
1時間にまく水の重さ3 × 1000 = 3000
そのぶん出る熱(ジュール)3000 × 334 = 1002000
1秒あたりに直す(ワット)1002000 ÷ 3600 ≒ 278

1平方メートルあたり約278ワット。晴れた夜に地面が空へ手放していく熱は、1平方メートルあたり数十ワットから100ワット程度とされていますから、散水はそれを上回る暖房になっている計算です。小さな電気ストーブを畑いちめんに置いたようなものだと思ってください。

高校高校+暖める熱と、うばう熱の綱引き

高校物理基礎では、状態変化のあいだ加えた熱が温度上昇に使われないことを学びます。散水氷結法は、この「使われない熱」を出す側から利用したものです。逆向きに見れば、氷がとけるときには同じだけの熱をうばうことも同時に学びます。

高校+実際の畑では、凝固熱が入ってくる一方で、蒸発の潜熱が出ていきます。水1グラムが蒸発するときにうばう熱は、凍るときに出す熱の7倍ほどにもなるとされています。まいた水のごく一部でも蒸発に回れば、収支は簡単にひっくり返ります。乾いた風の夜に散水が危険とされるのは、この比の大きさのためです。

大学過冷却と、氷の核ができるかどうか

純粋な水は0℃を下回っても凍らずにいられます。これを過冷却といい、凍りはじめるには氷の核になるものが必要です。植物の体液も過冷却しますが、細胞の外で氷ができはじめると、細胞内の水が外へ引き出されて細胞が脱水し、これが凍害の主な原因になると考えられています。散水氷結法が守っているのは、正確には「凍らせないこと」ではなく「細胞外で氷ができるほどの低温まで下げないこと」です。植物によっては、氷の核をつくりやすい細菌が葉の表面にいるかどうかで、凍害の起こりやすさが変わることも知られています。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。畑で実際にどうするかは、地域の指導機関の助言に従ってください。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・状態変化と温度氷と水がまざると0℃で止まる話
高校物理基礎・熱と温度/化学基礎・状態変化凝固熱の計算と、278ワットの見積もり
高校+物理・熱の収支蒸発でうばう熱との綱引き
大学熱力学・植物生理学過冷却と、細胞外に氷ができる話
研究農業気象学散水量の最適値と凍害のしくみ
生活とのつながり氷水が冷たいままの理由、春の遅霜のニュースの読み方
参考・出典
  1. 気象庁「過去の気象データ検索」(最低気温・霜の記録)
  2. 農林水産省「農業生産と環境・技術」(気象災害への対策に関する資料)
  3. 日本農業気象学会編『農業気象の科学』(防霜法と熱収支の章)
  4. Levitt, J. "Responses of Plants to Environmental Stresses"(低温ストレスと凍害の章)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の防霜作業は設備や地域の条件によって適否が変わります。行うときは自治体・普及指導機関などの助言に従ってください。