明るい所から暗い部屋に入ると、
なぜしばらく何も見えないの?
目が暗さに慣れるまでには、じつは30分ほどかかります。瞳が開くのは数秒で終わります。時間がかかるのは、目の奥で「暗い所の担当」の細胞が、光で壊れた色素を作り直している時間です。
昼間の明るい外から、上映が始まったあとの映画館に入ります。足もとも座席も、ほとんど真っ黒で見えません。
ところが席に着いて数分たつと、となりの人の顔や通路の段差が、うっすら見えてきます。10分、20分とたつと、入ったときには見えなかったものまで見えるようになります。
部屋の明るさは変わっていません。変わったのは、あなたの目のほうです。では、目の中で何が起きているのでしょうか。
時間がかかる理由は2つだけ
目の奥の網膜には、明るい所で色を見る細胞と、暗い所で光を拾う細胞の2種類があります。明るい所にいた直後は、暗い所の担当がまだ働けません。
暗い所の担当は、光を受けると分解される色素で光を感じています。明るい所ではこの色素がほとんど分解されています。作り直すのに数十分かかります。
「瞳が開くから見えてくる」と思われがちです。でも瞳が開くのは数秒で終わり、見えやすさを増やす力もごく一部です。主役は網膜のほうにいます。
10分ごろに、目の「担当」が交代している
網膜には、光を感じる細胞が2種類あります。1つは錐体(すいたい)です。明るい所で働き、色を見分けます。もう1つは杆体(かんたい)です。色は分かりませんが、錐体よりはるかに弱い光に反応できます。
暗い所に入ると、まず錐体が数分で慣れきってしまいます。錐体はそれ以上は暗い光を見られません。そのあいだに、杆体がゆっくり準備を進めます。図1を見てください。入ってから7〜10分ほどで、杆体が錐体を追いこします。そこから先の「だんだん見えてくる」は、杆体の仕事です。
杆体が準備に時間がかかるのは、光を感じる色素ロドプシンのせいです。ロドプシンは光を1つ受けるたびに形が変わり、使えなくなります。明るい昼間の光の中では、ほとんどが使えない状態になっています。これを元の形に戻す作業が、暗い所で少しずつ進みます。ほぼ元どおりになるのは、30分ほどたってからとされています。
暗い所では、見つめると消える
杆体には、もう1つ面白い性質があります。網膜のいちばん真ん中、つまり見つめた先が映る場所には、杆体がほとんどありません。そこは色と細かい形を見る錐体で埋まっています(図2)。
だから暗い夜空で、かすかな星をじっと見つめると、ふっと消えます。視線を少し横にずらすと、また見えます。天体観測をする人は、これを「そらし目」と呼んで使っています。暗い部屋で物を探すときも、まっすぐ見るより少し脇を見るほうが見つけやすいのです。
杆体は、赤い光をほとんど感じません。そのため赤い光なら、ロドプシンをあまり分解せずにすみます。星空観察で赤いライトを使うのはこのためです。夕暮れに赤い花が先に黒っぽく沈み、青い花が明るく残って見えるのも、担当が杆体に移っていく途中の姿です。
暗い所から明るい所へ出ると、まぶしいのは数秒から1分ほどで落ち着きます。色素を「壊す」のは光が当たれば一瞬ですが、「作り直す」には手間がかかるからです。トンネルの入口付近の照明が奥より明るくしてあるのも、入ったときの目の遅れを補うためとされています。
知っておくと役に立つ場面
夜、明るいスマホの画面を見たあとで暗い廊下や階段を歩くと、足もとが急に見えにくくなります。杆体の色素が、画面の光でまた分解されてしまうからです。暗い所に入った直後の数分は、見えていないのに見えている気がしがちです。段差のある場所では、足もとを照らす明かりを使いましょう。
暗さに慣れる速さは、年齢とともに遅くなるとされています。ロドプシンの材料はビタミンAで、これが極端に足りないと暗い所で見えにくくなる「夜盲症」になることも知られています。
まとめ
暗い所で見えてくるまでの時間は、目の担当が錐体から杆体へ交代し、杆体が光で壊れた色素を作り直している時間です。瞳が開くのは最初の数秒だけで、残りの30分は網膜の化学の時間です。
目は、暗さに「慣れる」のではなく、
暗さのための部品を、作り直しています。
強い光が弱い光を見えなくするしくみは「夜になると窓ガラスが鏡になるのは、なぜ?」や「夜の道で、横断中の人が急に見えなくなるのは、なぜ?」で、暗い所で体がふらつく理由は「夜、暗い部屋を歩くと、なぜあんなにふらつくの?」で解説しています。暗い所で光る動物の目の話は「夜、動物の目が光って見えるのは、なぜ?」へどうぞ。
- 夜、明るい部屋で片方の目を手のひらでしっかりふさぎ、そのまま20分ほど過ごします(本を読んでいてかまいません)。
- 部屋の電気を消して、ふさいでいた手を外します。左右の目を交互に閉じて、暗い部屋を見比べてみましょう。
- ふさいでいた目のほうだけ、家具の形がはっきり見えるはずです。電気をつけると、今度はその目だけがまぶしく感じます。
暗さに慣れるのは「目ごと」だと分かります。脳ではなく、網膜で起きている変化だという証拠です。暗くした部屋では、ぶつかりそうな物を片づけ、座ったまま試してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(視覚生理学・生化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 暗順応:明るい所から暗い所へ移ったとき、目の感度がだんだん上がっていくこと。
- 明順応:その逆に、暗い所から明るい所へ出たとき、まぶしさが落ち着いていくこと。暗順応よりずっと速く終わります。
- 錐体と杆体:網膜で光を受ける2種類の細胞。錐体は明るい所と色、杆体は暗い所を受けもちます。数は錐体が約600万個、杆体が約1億2000万個とされています。
中学高校式で確かめる:瞳が開くだけで、どれくらい見えるようになる?
瞳(瞳孔)は、明るい所では直径2ミリほど、暗い所では最大8ミリほどに開くとされています。入ってくる光の量は、瞳の面積に比例します。暗順応全体で感度が上がる倍率と比べてみましょう。
| 明るい所の瞳の直径(目安) | 2 ミリ |
| 暗い所の瞳の直径(目安) | 8 ミリ |
| 暗順応全体での感度の上がり方(目安) | 10万倍ほど(条件で大きく変わるとされる) |
| 直径の比 | 8 ÷ 2 = 4 |
| 面積の比(直径の比の2乗) | 4 × 4 = 16 |
| 瞳以外(網膜)が受けもつ倍率 | 100000 ÷ 16 = 6250 |
瞳が開いて増える光は16倍ほどです。残りの数千倍は、網膜の中で杆体が働きだし、色素がそろうことで生まれます。「瞳が開くから見えてくる」は、全体のほんの入口にすぎません。記号で書くなら、入る光の量は直径 d の2乗に比例します(単位はそろっていれば何でもかまいません)。
高校高校+ロドプシンの「分解」と「再生」
高校杆体の色素ロドプシンは、たんぱく質のオプシンと、ビタミンAからできるレチナールが結びついたものです。光を受けるとレチナールの形が変わり、オプシンから外れます。これが電気信号のきっかけになり、光を感じます。
高校+外れたレチナールは、そのままでは再利用できません。網膜の奥にある色素上皮という細胞層へ運ばれ、元の形に戻されてから杆体へ戻ります。この往復に時間がかかることが、暗順応の遅さの大きな理由と考えられています。錐体は網膜の別の細胞の助けも借りて早く再生できるとされ、それが錐体の慣れの速さにつながります。
大学感度曲線の折れ目と、プルキンエ移行
暗順応の間に「見えるぎりぎりの明るさ」を測り続けると、図1のように途中で折れ曲がる曲線が得られます。この折れ目は「錐体と杆体の切りかわり」で、中心だけに光を当てて測ると折れ目は現れず、錐体の曲線だけが残ります。また、錐体は黄緑(波長555ナノメートル付近)に、杆体は青緑(500ナノメートル付近)に最もよく反応するとされます。担当が交代すると、明るく感じる色が青寄りにずれます。これをプルキンエ移行と呼び、夕暮れに赤い花が暗く沈む理由です。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 光の粒いくつで「見えた」になるのか。 1942年の実験では、数個ほどの光子で「見えた」と答えられるとされ、杆体1個は光子1個に反応できると考えられています。脳が雑音と区別する境目は、今も調べられています。
- 年を取ると、なぜ遅くなるのか。 色素上皮での再生の遅れが疑われています。目の病気の早期の手がかりとして暗順応を測る研究も進んでいます。
- 海賊の眼帯は、暗さに慣らすためだった? 甲板の上と暗い船内を行き来するため、という説が広まっています。理屈としては成り立ちますが、そう使っていたという確かな記録は見つかっていないとされます。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに時間や倍率の数字は、光の強さや年齢、測り方によって大きく変わる目安です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「刺激と反応(目のつくり)」 | 網膜・瞳の働き、瞳が開く面積の計算 |
| 高校 | 生物「動物の反応と行動(視細胞)」 | 錐体と杆体、ロドプシン |
| 高校+ | 生物の発展・資料集のコラム | レチナールの再生と色素上皮 |
| 大学 | 視覚生理学・生化学 | 暗順応曲線の折れ目、プルキンエ移行 |
| 研究 | 視覚科学・眼科学 | 光子数の閾値、加齢による遅れ |
| ― | 生活とのつながり | 映画館、夜の階段、星空観察の赤いライト、トンネル照明 |
- Hecht, S., Shlaer, S., & Pirenne, M. H. (1942). Energy, quanta, and vision. Journal of General Physiology, 25(6), 819–840.
- Lamb, T. D., & Pugh, E. N. (2004). Dark adaptation and the retinoid cycle of vision. Progress in Retinal and Eye Research, 23(3), 307–380.
- Webvision: The Organization of the Retina and Visual System(ユタ大学)
- 高校生物の教科書・図説資料集(視細胞とロドプシンの単元)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。暗い場所での見え方には個人差があり、急に夜に見えにくくなった場合などは眼科で相談してください。