日常のふしぎ 予備知識なしでOK 読了 約6分

お湯のほうが水より早く凍るって本当?
― 起きたり起きなかったりする、60年越しの謎です

答えは「いつもではない。起きたという報告はあるが、ていねいに測ると起きないことも多い」です。そして、もし本当に起きるなら、それはお湯が冷める途中で「別の水」に変わっているからだと考えられています。

公開:2026.09.14 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

氷をたくさん作りたくて、製氷皿に水を入れようとしています。そのとき誰かが言います。「お湯を入れたほうが早く凍るらしいよ」。

ちょっと待ってください。お湯は、冷めていく途中で必ず「ただの水」と同じ温度を通ります。つまり、最初から水だったほうは、もうその先を走っているはずです。

それなのに、どうして追い越せるという話が、何百年も語り継がれてきたのでしょうか。

「本当?」への答えは、2つに分かれます

1
ふつうに考えると、追い越せない

同じ量・同じ入れ物・同じ中身なら、お湯は冷める途中で水と同じ状態を通ります。そこから先は、あとを追うしかありません。

2
冷める途中で「別の水」になれば、話は変わる

お湯は冷めるあいだに湯気で量が減り、溶けていた空気も抜けます。追い越しが起きるとしたら、この「違い」が効いたときだけです。

順番に見ていきましょう。

追い越すには「20℃から先」で勝つしかない

図1を見てください。はじめ20℃の水と、はじめ80℃のお湯を、同じ冷凍庫に入れたときの温度の下がり方をイメージで描いたものです。

お湯は温度差が大きいぶん、はじめは勢いよく冷めます。それでも20℃になったときには、水はもうずっと先を進んでいます。この出遅れを取り戻すには、20℃から0℃までを、水より速く下りきるしかありません。

もし中身がまったく同じなら、下がり方も同じになるはずです。右の点線がそれで、お湯はずっと遅れたままになります。

冷凍庫の中での温度の下がり方(イメージ) 80℃ 20℃ 0℃ 時間 → 0℃:ここから凍りはじめる お湯が20℃になった時刻 ① はじめ20℃の水 ② お湯(途中で中身が変わった場合) ②′ お湯(ただ冷めるだけの場合) 逆転するには、20℃から先を ①より速く下りきるしかない
図1:縦が温度、横が時間。左上から急に下がる実線がお湯、左の20℃から始まる実線が水です。縦の点線の時刻には、水はもう先を進んでいます。右へ長く伸びる点線(②′)は中身が水と同じ場合で、遅れたまま0℃に届きます。

お湯は、冷めるあいだに何が変わるの?

では、お湯と水の「中身」は、冷める途中でどう変わるのでしょう。候補として挙げられてきたのは、主に次のようなものです。

量が減る。お湯からは湯気がどんどん出ます。水が蒸発するときは、たくさんの熱を持ち去ります。しかも凍らせる水そのものが少なくなります。

溶けていた空気が抜ける。水には空気が少し溶けています。温めると抜けていくので、お湯は冷めても空気の少ない水になります。空気の量は、氷ができはじめる温度のばらつきにも関わるとされています。これが凍り方に影響するという説があります。

入れ物の底が変わる。冷凍庫の床に霜がついていると、熱い入れ物がそれを溶かして密着します。すると床へ熱が逃げやすくなります。

ただし、2016年にイギリスの研究者がていねいに測り直したところ、お湯が先に凍るという証拠は見つからなかったと報告されています。温度計を入れる位置を少し変えるだけで、結果が変わってしまうことも示されました。「起きた」という多くの報告は、測り方の違いを見ていた可能性があるのです。

💡 きっかけは、アイスクリームを作っていた中学生

1963年ごろ、タンザニアの中学生エラスト・ムペンバさんは、調理実習で温かいままのアイスの材料を冷凍庫に入れました。すると、冷ましてから入れた友達のものより先に固まったといいます。先生には笑われましたが、のちに大学の先生と一緒に実験して1969年に報告しました。実は同じような話は、2000年以上前のアリストテレスの本にも出てきます。

💡 「凍った」の決め方で、答えが変わる

0℃になった時刻なのか、最初の氷ができた時刻なのか、全部固まった時刻なのか。水は0℃より冷えても凍らないことがあり、どれで比べるかで勝ち負けが入れかわります。この決め方のあいまいさも、話がまとまらない理由の一つです。

まとめ

お湯と水が同じ量・同じ中身なら、お湯は冷める途中で水と同じ状態を通るので、追い越せません。追い越しが起きるとしたら、湯気で量が減る、空気が抜ける、入れ物の底が変わるといった違いが生まれたときです。そして、ていねいな実験ではそれすら確かめられないことが多く、いまも決着していない話です。

お湯は、お湯のままでは水を追い越せない。
追い越せるとしたら、冷める途中で「別の水」になったときだけ。

水が0℃より冷えても凍らないしくみは0℃で凍らない水の記事で、凍るときに出入りする熱の大きさは氷がよく冷やせる理由の記事で詳しく扱っています。広く信じられている話を確かめる例として、「熱の半分は頭から逃げる」の記事もどうぞ。

🧪 家の冷凍庫で、自分で確かめてみよう
  1. 同じ形の小さな容器を2つ用意し、片方に水道の水を、もう片方に40℃くらいのぬるま湯を、同じ100gずつ入れます。熱湯は容器が割れたりこぼれたりしやすいので使いません。
  2. 冷凍庫の中の同じ高さに、ふたをせずに並べます。15分ごとに、表面に氷の膜が張ったか・全部固まったかを記録します。
  3. 最後に重さを量り、どれだけ減ったかも書きとめます。左右の位置を入れかえて、3回くり返しましょう。

家庭の冷凍庫は、扉の開け閉めや置き場所で冷え方がばらつきます。毎回違う結果になっても失敗ではありません。それこそが、この謎が60年たっても決着しない理由を体験していることになります。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「化学」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱力学・統計力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:湯気だけで、差は埋まるの?

100gのお湯(80℃)と100gの水(20℃)を凍らせるのに、冷凍庫がそれぞれどれだけの熱を奪う必要があるかを比べます。単位は J(ジュール)です。

① もとになる数値
水1gを1℃下げるときに奪う熱約4.2 J
0℃の水1gを凍らせるときに奪う熱約334 J
水1gが蒸発するときに持ち去る熱約2400 J(温度で少し変わる)
② 計算してみる
お湯:量×下げる温度(g・℃)100 × 80 = 8000
お湯:0℃まで下げる熱8000 × 4.2 = 33600 J
凍らせる熱(100g)100 × 334 = 33400 J
お湯の合計33600 + 33400 = 67000 J
水:量×下げる温度(g・℃)100 × 20 = 2000
水:0℃まで下げる熱2000 × 4.2 = 8400 J
水の合計8400 + 33400 = 41800 J
お湯は水の何倍の熱を奪われる必要があるか67000 ÷ 41800 ≒ 1.6 倍
67000 − 41800 = 25200 J
仮に湯気で5g減ったときに持ち去られる熱5 × 2400 = 12000 J
それが差のどれくらいか12000 ÷ 25200 ≒ 0.48

湯気はかなりの熱を持ち去りますが、5g減ったくらいでは差の半分ほどしか埋まりません。蒸発だけで逆転するには、もっと多くの水が減る必要があります。だから研究者は、空気が抜けることや入れ物の底、過冷却の違いなど、ほかの要因も合わせて考えてきました。

高校高校+冷め方の速さと「凍りはじめ」のあいまいさ

高校物が得たり失ったりする熱 Q は、質量 m、比熱 c、温度変化 ΔT を使って Q = mcΔT と書けます。お湯は ΔT が大きいので、失う熱もそのぶん大きくなります。

記号意味と単位
Q出入りする熱(J)
m質量(g)
c比熱。水は約4.2(J/g・℃)
ΔT温度の変化(℃)

高校+冷める速さはまわりとの温度差にほぼ比例するので、お湯は最初こそ速く冷めます。けれども20℃に下がった時点の速さは、20℃から始めた水と同じはずです。追い越しが起きるには、中身か環境のどこかが違っている必要があります。さらに水は過冷却を起こし、氷ができはじめる温度が毎回ばらつきます。これが実験結果を大きく揺らします。

大学「平衡から遠い」と、近道が生まれることがある

熱力学では、冷め方を「温度」ひとつで表せるのは、中身が一様にそろっている場合に限られます。お湯の中に温度のむらや流れがあると、温度計が同じ値を示しても、状態としては別物です。2020年には、水ではなく小さな粒を使った実験で、熱い状態のほうが速く冷えきる近道が実際にありうることが報告されたとされています。水で起きるかどうかとは別に、「遠くから出発したほうが早く着く」ことは原理的には禁じられていない、という理解が広がりつつあります。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。「本当か」を確かめる難しさそのものが、この話のいちばん面白いところかもしれません。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・状態変化水が氷になるときの熱、蒸発
高校物理・熱量と比熱「式で確かめる」の熱の計算
高校+物理・熱の伝わり方、化学・状態変化冷め方の速さ、過冷却のばらつき
大学熱力学・統計力学平衡から遠い状態の冷え方
研究非平衡物理、水の物性効果が本当にあるのか、どこで起きるのか
生活とのつながり氷づくり、広く信じられた話の確かめ方
参考・出典
  1. Mpemba, E. B. & Osborne, D. G. (1969) Cool? Physics Education, 4, 172.
  2. Burridge, H. C. & Linden, P. F. (2016) Questioning the Mpemba effect: hot water does not cool more quickly than cold. Scientific Reports, 6, 37665.
  3. Kumar, A. & Bechhoefer, J. (2020) Exponentially faster cooling in a colloidal system. Nature, 584, 64–68.
  4. アリストテレス『気象論』第1巻
  5. 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(水の比熱・融解熱・蒸発熱)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実験では熱湯を使わず、冷凍庫に熱い物を入れるとほかの食品の保存に影響することがある点にも注意してください。