氷は、なぜ0℃の水よりずっとよく冷やせるの?
― 溶けるあいだだけ、けた違いの熱を吸い込んでいます
飲み物を冷やすとき、氷を入れるのと、同じくらい冷たい水を足すのとでは、冷え方がまるで違います。どちらも0℃に近いのに、なぜでしょう。理由は、氷が溶けるという出来事そのものに、大きな熱を隠しているからです。数字にすると、その差はおよそ4倍でした。
麦茶のコップが2つあります。片方には氷を3個。もう片方には、冷蔵庫でよく冷やした水を同じ量だけ足しました。どちらも冷たいはずです。
ところが10分後、はっきり冷たいままなのは氷を入れたほうだけです。冷水を足したコップは、もうぬるくなりかけています。
保冷用の箱でも同じことが起きます。中の氷が残っているあいだは、飲み物はよく冷えています。氷が消えたとたん、温度は上がりはじめます。
理由は、大きく2つです
0℃の氷に熱を加えても、溶けきるまで温度は0℃のままです。加えた熱は温度計にあらわれず、氷の並びをほどく仕事に使われます。
氷1グラムを溶かす熱は、同じ1グラムの水を約80℃も温められる量です。冷たさではなく、溶けること自体が冷やす力の正体でした。
この2つは、どちらも同じひとつの性質から来ています。順番に見ていきます。
同じ0℃でも、氷と水はまったく別物です
0℃の氷と、0℃の水。温度計はどちらも0℃を指します。それでも、含んでいる熱の量はまるで違います。水の分子どうしは、たがいに手をつないだような形で引き合っています。氷では、この手のつなぎ方がすきまなく整っています。
氷を溶かすということは、この手を1本ずつほどいていくことです。ほどくには力が要ります。だから熱を加えても、その熱はまず「ほどく」ほうに使われます。温度を上げるぶんは残りません。
図1を見てください。氷に少しずつ熱を加えていったときの、温度の変わり方です。左端では氷の温度が上がります。ところが0℃に着くと、線は横に長く寝てしまいます。この平らな区間が、溶けているあいだです。ここでは熱を加え続けても、温度計の数字はまったく動きません。
どれくらい違うのか、数で確かめます
ここからが、この記事のいちばん伝えたいところです。感覚では「氷のほうが少し強い」くらいに思えます。実際に計算すると、差はもっと極端でした。
水1グラムの温度を1℃上げるのに必要な熱は、約4.2ジュールとされています。いっぽう氷1グラムを溶かすのに必要な熱は、約334ジュールです。この2つを比べると、およそ80倍。つまり氷1グラムが溶ける熱で、同じ量の水を80℃も温められることになります。
飲み物の場面に置きかえます。氷100グラムが溶けきるまでに吸う熱と、0℃の水100グラムが20℃になるまでに吸う熱。後者は前者のおよそ4分の1しかありません。冷たい水を足すやり方は、氷の4分の1しか熱を引き受けられないのです。冷え方が違って当然でした。
しかも、この差は氷が消えるまで続きます。溶けきったあとの水は、ふつうの冷たい水と同じ働きしかできません。保冷箱の中の氷が消えたとたんにぬるくなるのは、そのためです。
氷と水が混ざった容器は、氷が残っているかぎり0℃付近に保たれます。まわりから熱が入っても、その熱はまず氷を溶かすほうに使われるからです。打ち身を氷水で冷やすと温度が安定するのは、この性質のおかげです。氷が全部消えたら、水を捨てて氷を足すほうが効きます。
水が水蒸気に変わるときにも、大きな熱が必要です。その熱は肌から奪われます。だから汗が乾くと涼しく感じます。氷が溶けるときと、汗が乾くときは、どちらも「状態が変わるときだけ動く熱」の話です。量でいえば、蒸発のほうがさらに大きいとされています。
まとめ
氷がよく冷やすのは、冷たいからではありません。溶けるという出来事が、温度計にあらわれないまま大量の熱を吸い込むからです。同じ0℃でも、氷と水では引き受けられる熱の量がまるで違います。
冷たさを配っているのは、氷の温度ではありません。
氷が「氷でなくなる」その瞬間です。
0℃より下げたいときの話は氷に塩をかけると、なぜ0℃より冷たくなるの?へ続きます。同じ温度でも感じ方が違う理由はなぜ金属は木より冷たく感じるの?を、水と氷のかさの不思議はなぜ氷は水に浮くの?をどうぞ。
- 同じコップを2つ用意し、常温の水を同じ量だけ入れます。片方には氷を2〜3個、もう片方には冷蔵庫で冷やした水を、氷と同じくらいの量だけ足します。
- 10分後と30分後に、それぞれの温度をはかります。温度計がなければ、指を入れた感じでもはっきり分かります。
- 氷入りのコップを、氷が消える瞬間まで見守ります。消えた直後から、温度が上がるペースが急に速くなることを確かめてください。
氷が残っているあいだ、温度がほとんど動かないのが見どころです。図1の平らな区間を、自分の目で見ていることになります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱力学・物性物理)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 融解熱(ゆうかいねつ):固体を同じ温度のまま液体に変えるのに必要な熱。氷では1グラムあたり約334ジュールとされています。
- 潜熱(せんねつ):温度を変えずに出入りする熱をまとめた呼び名。融解熱も蒸発熱も潜熱の仲間です。「隠れた熱」という意味です。
- 顕熱(けんねつ):温度の変化としてあらわれる熱。図1で線が斜めに上がっている区間が、これにあたります。
- 比熱:物質1グラムの温度を1℃上げるのに必要な熱。水は約4.2ジュールで、身のまわりの物質の中では大きいほうです。
中学高校式で確かめる:氷と冷水は、何倍ちがうのか
記号のかわりに、言葉で条件をそろえます。単位はジュール(熱の量)とグラム(重さ)と℃(温度)です。氷の重さは100グラム、比べる冷水も100グラムとし、冷水が受け取れる温度差は20℃とします。
| 水1グラムを1℃上げる熱(比熱) | 約4.2 ジュール |
| 氷1グラムを溶かす熱(融解熱) | 約334 ジュール |
| 氷の重さ、冷水の重さ | どちらも100 グラム |
| 冷水が受け取れる温度差 | 20 ℃(0℃から20℃まで) |
| 氷100グラムが溶けきるまでに吸う熱 | 334 × 100 = 33400 |
| 水100グラムを1℃上げる熱 | 4.2 × 100 = 420 |
| その熱は、水を何℃ぶん温められるか | 33400 ÷ 420 ≒ 80 |
| 冷水100グラムが20℃までに吸う熱 | 420 × 20 = 8400 |
| 氷は冷水の何倍を引き受けるか | 33400 ÷ 8400 ≒ 4 |
氷100グラムは33400ジュールを吸います。同じ量の冷水は8400ジュールです。差はおよそ4倍でした。3行目の80という数字は、氷1グラムぶんの熱で水を80℃も温められるという意味で、これが差の正体です。
高校高校+なぜ、ほどくのに熱が要るのか
高校水の分子は、酸素と水素のあいだにできる弱い結合でたがいに引き合っています。水素結合と呼ばれます。氷では、この結合がすきまの多い規則正しい形に固定されています。溶けるとは、この規則正しい並びをくずすことです。くずすには結合を切る必要があり、そのぶんの熱が要ります。
高校+水の融解熱は、同じくらいの重さの他の物質と比べても大きい部類です。1個の分子が複数の水素結合を持つことが効いています。同じ理由で、水は蒸発熱も比熱も大きくなります。海が地球の温度をならしているのも、この性質の延長にあります。
大学相転移としての見方
熱力学では、固体から液体への変化を一次相転移として扱います。この場合、温度と圧力を保ったままエンタルピーだけが不連続に増えます。増加分が融解のエンタルピーであり、日常語でいう融解熱です。圧力を変えると融点も動き、その関係はクラウジウス・クラペイロンの式で表されます。水は圧力を上げると融点が下がる珍しい物質で、これは液体のほうが密度が高いことに対応しています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 氷の表面はどこまで液体か 氷の表面には、氷点下でも薄い水の層があると考えられています。厚さが温度でどう変わるかは、測り方によって結果が割れています。
- 過冷却水のふるまい 水はマイナス数十℃まで凍らずにいられます。この状態の水がどんな構造をとっているのかは、今も議論が続いています。
- 凍り始めの引き金 実際の水がどの粒を足がかりに凍り始めるかは、まだ完全には予測できません。雲の中の氷の量を見積もるうえでも課題になっています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は目安であり、圧力や不純物によって変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・状態変化と熱 | 溶けているあいだ温度が変わらないこと(図1) |
| 高校 | 物理基礎・熱量、化学基礎・化学結合 | 比熱と融解熱の計算、水素結合の話 |
| 高校+ | 化学・水の特異性 | 水の融解熱がなぜ大きいのか |
| 大学 | 熱力学・物性物理 | 一次相転移とエンタルピー、融点と圧力の関係 |
| 研究 | 氷の物理・雲物理 | 表面の薄い水の層、過冷却水、凍り始めの引き金 |
| ― | 生活とのつながり | 保冷箱の使い方、氷水での冷やし方、氷を足す判断 |
- アメリカ国立標準技術研究所 化学データベース(水の熱物性)
- 国立天文台編「理科年表」丸善出版(水と氷の比熱・融解熱の数値)
- 日本化学会編「化学便覧 基礎編」丸善出版(相変化にともなうエンタルピー)
- 岩波書店「理化学辞典」(潜熱・顕熱・一次相転移の項)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。体を冷やす場合は、皮膚に氷を直接長く当てないでください。手当てに迷うときは、医療機関や自治体の案内に従ってください。