頭を使うとお腹がすくって本当?
― 脳は、何も考えていないときもエネルギーの2割を使い続けています
テスト勉強のあとや、長い会議のあと、なんだか甘いものが欲しくなる。「頭を使ったからエネルギーを使った」と考えるのは自然です。たしかに脳は、体の中でも飛びぬけてエネルギーを食う器官です。ところが測ってみると、難しいことを考えても、脳の消費はほとんど増えないことがわかっています。脳は、ぼんやりしているあいだも、すでに全力に近い量を使っているのです。
夕方まで机に向かって、ずっと計算問題を解いていました。体はほとんど動かしていないのに、終わるころにはぐったりして、お腹もすいています。
一方、休みの日にソファでぼんやりテレビを見ていた日も、夕方にはやっぱりお腹がすきます。
あれほど頭を使った日と、何も考えなかった日。脳が使ったエネルギーは、実はそれほど変わりません。
理由は、大きく2つです
脳の神経細胞は、いつでも信号を出せるように、細胞の内と外で電気の差を保っています。この差は放っておくと崩れるので、休まず元に戻し続けなければなりません。これが脳の消費の大部分を占めています。
難しい問題を解いているとき、脳の一部はたしかに活発になります。けれども脳全体で見ると、ふだんの消費に数%を足す程度とされています。土台が大きすぎて、上乗せが目立たないのです。
つまり、脳は「使ったぶんだけ食う」器官ではなく、「いつでも使えるように食い続ける」器官です。順番に見ていきましょう。
体重の2%で、エネルギーの2割を使う
大人の脳の重さは、およそ1.4キログラムです。体重60キログラムの人なら、体重の2%あまりにすぎません。
ところが、じっと横になっているときに体が使うエネルギーのうち、約2割を脳が使っているとされています。重さあたりで比べると、脳は体のほかの部分の10倍ほどもエネルギーを使う計算になります。図1の左側が、この差を表しています。
電力に直すと、脳はおよそ15〜20ワットを使い続けているとされます。暗めの電球1個が、生まれてから一度も消えずについているようなものです。
その多くは、神経細胞の「充電」に使われます。神経細胞が信号を出すと、細胞の内と外の電気の差が一瞬くずれます。それを元に戻すのが、細胞の膜にある小さなポンプです。ポンプは信号がないときも、少しずつ漏れる電気の差を戻し続けています。
難しいことを考えても、ほとんど増えない
脳の働きを画像で調べる研究が進むと、意外なことがわかってきました。計算や読み書きをしているとき、活発になる場所はたしかに光ります。けれども、そこで増える消費は、脳全体の土台に比べるとごくわずかでした。図1の右側がこれを表しています。
むしろ、ぼんやりしているときにだけ活発になる場所まで見つかりました。脳は休んでいるように見えるときも、記憶を整理したり、次に起きることに備えたりしていると考えられています。
あとの計算で確かめますが、1日じゅう全力で考え続けたとしても、増えるのは角砂糖1個ぶんほどです。「頭を使ったから太りにくい」ということは、残念ながら期待できません。
では、頭を使ったあとにお腹がすく気がするのはなぜでしょうか。はっきりした答えはまだありません。気を張る作業で出るホルモンの変化や、長く座っていることによる疲れ、ご褒美を求める気持ちが関わるのではないかと考えられています。考える作業のあとに食べる量が増えた、という実験の報告もあります。
成長中の子どもの脳は、体全体の消費に占める割合が大人よりずっと大きく、4〜5歳ごろに最大になるという研究があります。この時期は、体の背の伸びがゆるやかになることも知られていて、脳の成長にエネルギーを回しているためではないかと考えられています。
筋肉は脂肪も燃料にできますが、ふだんの脳はほとんどブドウ糖に頼っています。しかも脳は燃料をためておけないので、血液から休まず受け取り続けます。長く食べないと、体は肝臓で別の燃料を作り、脳へ回すしくみに切り替わります。
まとめ
脳は体重の2%ほどなのに、安静時のエネルギーの約2割を使います。その多くは、神経細胞がいつでも信号を出せるように電気の差を保つことに使われています。だから、難しいことを考えても、上乗せは数%にとどまります。頭を使ったあとの空腹感は、使ったエネルギーの量とは別の理由によるものかもしれません。
脳は、考えるたびに食べるのではなく、
いつでも考えられるように食べ続けている。
食べ物のエネルギーの量そのものについては「食べ物の「カロリー」って、そもそも何を測った数字なの?」、脳が眠っているあいだにしていることは「なぜ寝ないといけないの?」で解説しています。
- 同じ時刻に同じ量の昼ごはんを食べる日を、2日つくります。
- 1日目は午後の1時間、計算ドリルやパズルに集中します。2日目は同じ1時間、座ったまま好きな音楽を聞きます。
- その前後で、お腹のすき具合を1〜10の点数でメモします。夕ごはんで食べた量も書いておき、2日を比べます。
1回だけでは偶然の差が出やすいので、何度か入れかえて試すと、自分の傾向が見えてきます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(神経科学・生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 基礎代謝:目が覚めた状態で、じっと横になっているときに体が使うエネルギーの量。呼吸や心臓の拍動、体温の維持、脳の働きなどに使われます。
- 静止膜電位:信号を出していない神経細胞で、細胞の内側が外側より電気的に低く保たれている状態。この差があるから、すばやく信号を出せます。
- ナトリウム・カリウムポンプ:細胞の膜にあるたんぱく質で、エネルギーを使ってナトリウムを外へ、カリウムを内へ運び、電気の差を元に戻します。
中学高校式で確かめる:脳はどれくらいエネルギーを使っている?
大人1人を想定し、目安の数値で計算します。単位は、エネルギーがキロカロリー(kcal)とキロジュール(kJ)、電力がワット(W)です。
| 脳の重さ | 約1.4 kg |
| 体重 | 60 kg |
| 1日の基礎代謝 | 約1500 kcal |
| そのうち脳の割合 | 約20% |
| 1 kcal のエネルギー | 約4.2 kJ |
| 1日の秒数 | 86400 秒 |
| 考えごとによる上乗せ | 数%(ここでは5%とする) |
| 角砂糖1個(約4 g)のエネルギー | 約16 kcal |
| 体重に占める脳の割合 | 1.4 ÷ 60 ≒ 0.023(約2%) |
| 脳が1日に使うエネルギー | 1500 × 0.2 = 300 kcal |
| 脳以外が使うエネルギー | 1500 − 300 = 1200 kcal |
| 脳以外の重さ | 60 − 1.4 = 58.6 kg |
| 脳1 kg あたり | 300 ÷ 1.4 ≒ 214 kcal |
| 脳以外1 kg あたり | 1200 ÷ 58.6 ≒ 20.5 kcal |
| 重さあたりの差 | 214 ÷ 20.5 ≒ 10 倍 |
| キロジュールに直す | 300 × 4.2 = 1260 kJ |
| ジュールに直す | 1260 × 1000 = 1260000 J |
| 1秒あたり(ワット) | 1260000 ÷ 86400 ≒ 14.6 W |
| 1日じゅう全力で考えたときの上乗せ | 300 × 0.05 = 15 kcal |
| 角砂糖に直す | 15 ÷ 16 ≒ 0.94 個 |
脳は重さあたりで体のほかの部分の約10倍のエネルギーを使い、電力にすると約15ワットです(体の大きい人や基礎代謝の高い人では20ワット近くになります)。一方、1日じゅう考え続けた上乗せは角砂糖1個に届きません。
高校高校+なぜ「待っているだけ」でエネルギーがいるのか
高校神経細胞の内側はカリウムが多く、外側はナトリウムが多い状態に保たれています。信号(活動電位)が伝わるとき、ナトリウムが一気に流れこみ、続いてカリウムが流れ出します。ポンプはこれを、ATP(細胞のエネルギーの通貨)を使って元に戻します。
高校+信号を出していないときも、膜からはイオンが少しずつ漏れています。そのため、電気の差を保つだけでもポンプは止まれません。脳のエネルギーのうち、信号の伝達と後始末に使われるぶんと、ただ状態を保つぶんの両方が大きいと見積もられています。
大学脳のエネルギー収支と「休んでいるときの活動」
脳の血流やブドウ糖の消費を測る方法(陽電子放出断層撮影など)により、課題に取り組んだときの局所的な増加は、脳全体の消費に比べて小さいことが示されてきました。一方で、課題をしていないときにむしろ活動が高まる領域のまとまり(デフォルト・モード・ネットワーク)が見つかっています。神経科学では、脳の消費の大部分は外からの刺激に応えるためではなく、脳の内側で続く活動に使われていると考えられています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 頭を使ったあとの空腹感の正体。考える作業のあとに食べる量が増えたという報告はありますが、ストレスホルモン、血糖値の感じ方、習慣のどれがどれほど効いているのかは、まだ整理されていません。
- 休んでいる脳は何をしているのか。ぼんやりしているときの活動が、記憶の整理や将来の予測にどう役立っているのかは、研究が続いています。
- 人の脳だけが、なぜこれほど高くつくのか。人の脳はほかの霊長類に比べても体の消費に占める割合が大きいとされ、それをまかなうために食べ物の調理や腸の短縮が関わったという説がありますが、議論が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに脳の消費の割合や上乗せの大きさは、測り方や年齢によって幅があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・動物の体のつくりとはたらき、エネルギー | 脳と神経の役割、食べ物のエネルギー |
| 高校 | 生物・神経系、呼吸とATP | 神経細胞の電気の差とポンプ |
| 高校+ | 生物・活動電位のしくみ(発展) | 待っているだけでもエネルギーがいる理由 |
| 大学 | 神経科学・生理学 | 脳のエネルギー収支、休んでいるときの活動 |
| 研究 | 認知神経科学・人類の進化 | 空腹感の正体、人の脳が高くつく理由 |
| ― | 生活とのつながり | 勉強や仕事のあとの間食、子どもの食事 |
- Raichle, M. E. & Gusnard, D. A. (2002) Appraising the brain's energy budget. PNAS 99, 10237–10239
- Attwell, D. & Laughlin, S. B. (2001) An energy budget for signaling in the grey matter of the brain. Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism
- Kuzawa, C. W. ほか (2014) Metabolic costs and evolutionary implications of human brain development. PNAS
- Chaput, J.-P. ほか (2008) Glucose homeostasis and food intake after knowledge-based work. Psychosomatic Medicine
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。体調や食事に関わる判断は、医師など専門家の指示に従ってください。