自然のふしぎ 物質・材料 予備知識なしでOK 読了 約7分

水に浮かぶ小さな粒は、なぜずっと震え続けるの?
― 震えの幅を測って、目に見えない原子を数えた科学者がいました

牛乳を薄めて顕微鏡でのぞくと、白い粒がいつまでも小刻みに揺れています。風も流れもないのに、です。この震えは「ブラウン運動」とよばれ、水が目に見えない分子の集まりであることの、動かぬ証拠になりました。100年前まで、原子は「本当にあるのか」を疑われていたのです。

公開:2026.11.05 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

理科の時間に、水で薄めた牛乳を1滴、ガラスにのせて顕微鏡で見たとします。倍率を上げると、小さな丸い粒がたくさん見えてきます。

よく見ると、どの粒もじっとしていません。右へ少し、上へ少し、また左へ。まるで生き物のように、でたらめに震えています。

牛乳の粒は生きていません。では、何が粒を揺らしているのでしょう。この問いに答えが出るまで、およそ80年かかりました。

震え続ける理由は、2つだけ

1
見えない水の分子が、四方八方からぶつかっている

水は、ものすごく小さな分子が無数に飛び回ってできています。粒には絶えず衝突が起きていて、その数が左右でわずかに片寄るたび、粒は押されて動きます。

2
ずれは、時間の「平方根」でしか広がらない

押される向きは毎回でたらめなので、行ったり来たりを繰り返します。時間を4倍待っても、もとの場所からのずれは2倍にしかなりません。この性質が、原子を数える鍵になりました。

ひとつめは「なぜ震えるか」、ふたつめは「どう震えるか」です。順番に、発見の歴史をたどりながら見ていきましょう。

植物学者が見つけた「生きているような」動き

1827年、イギリスの植物学者ロバート・ブラウンは、花粉を水に浸して顕微鏡で観察していました。花粉の中から出てきた、さらに小さな粒が、止まらずに震えていたのです。

ブラウンは最初、これを生命に関わる動きではないかと考えました。そこで、長年乾燥させた植物の標本で試しました。それでも粒は動きます。さらに、ガラスや岩石を細かく砕いた粉でも試しました。それでも動いたと伝えられています。

こうしてブラウンは、震えが生き物とは関係ないことを突き止めました。ただ、なぜ動くのかは分かりませんでした。その後の約80年、水の温度むらや流れ、光の熱など、さまざまな説が出ては消えていきます。

当時の科学者の中には、原子や分子は計算のための「便利な想像」にすぎない、と考える人も少なくありませんでした。誰も、1個の分子を見たことがなかったからです。

アインシュタインの予言と、ペランの根気の測定

1905年、まだ特許局に勤めていた26歳のアインシュタインが、ひとつの論文を出しました。「水が分子でできているなら、浮かんだ粒は震えるはずだ。しかも、その震えの広がり方は計算できる」という内容です。

大事な点は、粒の「速さ」ではなく「ずれの広がり」を測れ、と示したことでした。それまでの研究者は粒の速さを測ろうとして、測るたびに違う値が出て困っていたとされます。

粒は細かく向きを変え続けるので、見る間隔を変えるだけで、速さの答えが変わってしまうのです。図1を見てください。左は粒がたどる道すじの例、右はずれの大きさと時間の関係です。

つまみで待つ時間を変えると、左の点線の輪(ずれの目安)が広がります。ただし、時間を10倍にしても、輪は3倍ほどにしかなりません。

顕微鏡の視野(直径1マイクロメートルの粒) 5マイクロメートル 点線の輪:その時間でのずれの目安 もとの場所からのずれ 0 50 100秒 0 5 10 (マイクロメートル) 点線:同じ勢いで まっすぐ進んだら 実線:実際のずれ (時間の平方根で増える)
つまみを動かすと、点線の輪と右のグラフの点が動きます
図1:左の丸い視野は、1つの粒がでたらめに折れ曲がって動く道すじの例です。右のグラフの実線は、もとの場所からのずれが時間の平方根でゆるやかに増えるようすを、点線の直線は同じ勢いでまっすぐ進んだ場合を表します。つまみで時間を変えると、左の点線の輪と右の点が動きます。

この予言を実験で確かめたのが、フランスの物理学者ジャン・ペランです。ペランは、ガンボージという樹脂から、大きさのそろった小さな球を作りました。遠心分離を何度も繰り返して、ようやく揃えたといいます。

そして顕微鏡の下で、一定の時間ごとに粒の位置を記録し続けました。ずれの広がりは、アインシュタインの式どおり時間の平方根で増えていました。さらにその幅から、決まった量の水の中にある分子の数まで逆算できたのです。

ペランが出した値は、まったく別の方法で見積もられていた値とよく一致しました。これで、原子を疑っていた有力な化学者たちも、その実在を認めたとされています。ペランは1926年にノーベル物理学賞を受けました。

なぜ、大きな物は震えないの?

水の分子は、1億分の3センチほどの大きさとされます。牛乳の粒は直径1マイクロメートル(1000分の1ミリ)ほどで、分子の数千倍もあります。それでも、まだ「小さい」のです。

ぶつかる回数が多いほど、左右からの押しは平均されて打ち消し合います。大きな物ほど一度にたくさんぶつかられるので、片寄りが目立たず、動きは消えてしまいます。だから、あなたの指やビー玉は震えません。

逆に言えば、粒が小さいほど、水の温度が高いほど、そして水がさらさらしているほど、震えは激しくなります。下の「式で確かめる」では、この3つが1本の式にまとまっていることを確かめます。

💡 日差しの中で舞うほこりは、ブラウン運動?

窓から差しこむ光の中で、ほこりがゆらゆら舞うのが見えます。よくブラウン運動の例として挙げられますが、目に見えるほこりは大きすぎます。あの動きの主役は、部屋の空気のゆるやかな流れだと考えられています。

💡 体の中も、いつも震えている

細胞の中の小さな分子も、同じしくみで絶えず揺すられています。酸素や栄養が細胞の中をすみずみまで行き渡るのは、この「でたらめな揺れ」が休まず続いているおかげです。

まとめ

水に浮かぶ小さな粒の震えは、目に見えない分子が四方八方からぶつかる証拠です。ずれは時間の平方根でしか広がらず、その広がり方から、アインシュタインとペランは原子の数を数えてみせました。

原子は、見えなくても数えられた。
小さな粒の震えが、その「影」を見せていました。

牛乳の粒のように、水と脂がどう分かれるかは水と油は、なぜ混ざらないの?で、原子の並びがどれほど薄くなれるかは金は、どこまで薄くのばせるの?で紹介しています。

🧪 自分の目で、震える粒を見てみよう
  1. 牛乳を水で10倍ほどに薄め、1滴をスライドガラスにのせて、カバーガラスをかぶせます。
  2. 倍率400倍ほどの顕微鏡で見ると、小さな粒が細かく震えているのが分かります。子ども用の顕微鏡でも見えることがあります。
  3. 粒が全部同じ向きに流れていたら、それは水の流れです。少し待って流れがおさまってから、粒ごとに向きがばらばらな震えを探してください。

小さめの粒ほど激しく、大きめの粒ほどおとなしく震えるのも見比べてみてください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「化学」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(統計力学・物理化学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:牛乳の粒は、1分でどれだけずれる?

直径1マイクロメートルの粒が、20℃の水の中で、ある1つの向きに平均どれだけずれるかを計算します。

⓪ もとになる式
記号で書くとx = √( 2 × D × t ) , D = kT ÷ ( 6π × η × r )
言葉で書くとずれ = 「2 × 広がりやすさ × 時間」の平方根。広がりやすさ = 熱のゆすりの強さ ÷ 水の抵抗
どこから来る式か分子が粒を揺らす強さ(温度で決まる)と、動く粒を水が引き止める抵抗(ストークスの式)の関係から導かれる、アインシュタインの関係式
記号意味と単位
x1つの向きへの、平均的なずれ(マイクロメートル)
D拡散係数=広がりやすさ(平方マイクロメートル毎秒)
t待つ時間(秒)
kTボルツマン定数と絶対温度の積。分子1個あたりの熱のゆすりの大きさ
η水の粘り気(粘度、パスカル秒)
r粒の半径(マイクロメートル)
① もとになる数値
20℃での kT(パスカルと立方マイクロメートルの単位で表した値)0.00404
20℃の水の粘度 η(パスカル秒)0.0010
粒の半径 r(マイクロメートル)0.5
円周率 π3.14
② 計算してみる
6π を出す6 × 3.14 = 18.84
粘度をかける18.84 × 0.0010 = 0.01884
半径をかけて、水の抵抗の大きさ0.01884 × 0.5 = 0.00942
広がりやすさ D(平方マイクロメートル毎秒)0.00404 ÷ 0.00942 ≒ 0.429
1秒あたりの「2 × D」2 × 0.429 = 0.858
1秒でのずれ0.858 の平方根は およそ 0.93 マイクロメートル
60秒(1分)ぶんの「2 × D × t」0.858 × 60 = 51.48
1分でのずれ51.48 の平方根は およそ 7.2 マイクロメートル
1秒の勢いのまま、まっすぐ1分進んだら0.93 × 60 = 55.8

1分待っても、粒はたった7マイクロメートルほどしかずれません。髪の毛の太さ(約70マイクロメートル)の10分の1ほどです。最初の1秒の勢いのまま進めば56マイクロメートルに届くのに、行ったり来たりで、その8分の1ほどにとどまります。ペランはこの計算を逆向きに使い、測ったずれから kT を求め、そこからアボガドロ定数を出しました。

高校高校+温度と、分子の運動の関係

高校高校物理の「気体分子の運動」では、温度が分子1個あたりの運動エネルギーの平均を表すことを学びます。ブラウン運動をする粒も、まわりの分子と同じ温度の仲間として、平均すると同じだけの運動エネルギーを持っています。粒は重いぶん、ゆっくり動くのです。

高校+ずれが時間の平方根で増えるのは、「酔歩(ランダムウォーク)」とよばれる、でたらめな歩みに共通する性質です。前後に1歩ずつでたらめに歩くと、100歩後のずれは平均で約10歩ぶんにしかなりません。

大学揺らぎと抵抗は、同じ根から生まれる

上の式 D = kT ÷ ( 6π × η × r ) は、ストークス・アインシュタインの式とよばれます。分母は、ゆっくり動く球が液体から受ける抵抗を表すストークスの式から来ています。粒の運動は、でたらめな力と抵抗力を両方含むランジュバン方程式で書けます。粒を揺らす力と止める抵抗が同じ衝突から生まれるという考えは、揺動散逸定理として一般化されました。

📖 式の導出や、さらに先の内容:ブラウン運動(ウィキペディア) / アインシュタインの1905年の原論文(ドイツ語)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。でたらめな震えは、発見から200年近くたった今も、新しい問いを生み続けています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科1年「物質のすがた」・粒子のモデル水が小さな粒でできていること、拡散
高校物理「気体分子の運動」・化学「物質量」温度と運動エネルギー、アボガドロ定数
高校+数学「確率」の発展でたらめな歩みと平方根の法則
大学統計力学・物理化学・流体力学ストークス・アインシュタインの式、ランジュバン方程式
研究生物物理・ソフトマター物理細胞の中の揺れ、分子の機械
―生活とのつながり牛乳や絵の具が沈みにくいこと、においが部屋に広がること
参考・出典
  1. アインシュタイン「熱の分子運動論が要求する、静止した液体中に浮かぶ小さな粒子の運動について」(ドイツの物理学誌、1905年)
  2. ジャン・ペラン『原子』玉蟲文一 訳(岩波文庫)
  3. ロバート・ブラウン「植物の花粉に含まれる粒子についての顕微鏡観察の簡単な報告」(1828年)
  4. ウィキペディア「ブラウン運動」
  5. ウィキペディア「アボガドロ定数」

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の出来事の細部には諸説があります。