水に浮かぶ小さな粒は、なぜずっと震え続けるの?
― 震えの幅を測って、目に見えない原子を数えた科学者がいました
牛乳を薄めて顕微鏡でのぞくと、白い粒がいつまでも小刻みに揺れています。風も流れもないのに、です。この震えは「ブラウン運動」とよばれ、水が目に見えない分子の集まりであることの、動かぬ証拠になりました。100年前まで、原子は「本当にあるのか」を疑われていたのです。
理科の時間に、水で薄めた牛乳を1滴、ガラスにのせて顕微鏡で見たとします。倍率を上げると、小さな丸い粒がたくさん見えてきます。
よく見ると、どの粒もじっとしていません。右へ少し、上へ少し、また左へ。まるで生き物のように、でたらめに震えています。
牛乳の粒は生きていません。では、何が粒を揺らしているのでしょう。この問いに答えが出るまで、およそ80年かかりました。
震え続ける理由は、2つだけ
水は、ものすごく小さな分子が無数に飛び回ってできています。粒には絶えず衝突が起きていて、その数が左右でわずかに片寄るたび、粒は押されて動きます。
押される向きは毎回でたらめなので、行ったり来たりを繰り返します。時間を4倍待っても、もとの場所からのずれは2倍にしかなりません。この性質が、原子を数える鍵になりました。
ひとつめは「なぜ震えるか」、ふたつめは「どう震えるか」です。順番に、発見の歴史をたどりながら見ていきましょう。
植物学者が見つけた「生きているような」動き
1827年、イギリスの植物学者ロバート・ブラウンは、花粉を水に浸して顕微鏡で観察していました。花粉の中から出てきた、さらに小さな粒が、止まらずに震えていたのです。
ブラウンは最初、これを生命に関わる動きではないかと考えました。そこで、長年乾燥させた植物の標本で試しました。それでも粒は動きます。さらに、ガラスや岩石を細かく砕いた粉でも試しました。それでも動いたと伝えられています。
こうしてブラウンは、震えが生き物とは関係ないことを突き止めました。ただ、なぜ動くのかは分かりませんでした。その後の約80年、水の温度むらや流れ、光の熱など、さまざまな説が出ては消えていきます。
当時の科学者の中には、原子や分子は計算のための「便利な想像」にすぎない、と考える人も少なくありませんでした。誰も、1個の分子を見たことがなかったからです。
アインシュタインの予言と、ペランの根気の測定
1905年、まだ特許局に勤めていた26歳のアインシュタインが、ひとつの論文を出しました。「水が分子でできているなら、浮かんだ粒は震えるはずだ。しかも、その震えの広がり方は計算できる」という内容です。
大事な点は、粒の「速さ」ではなく「ずれの広がり」を測れ、と示したことでした。それまでの研究者は粒の速さを測ろうとして、測るたびに違う値が出て困っていたとされます。
粒は細かく向きを変え続けるので、見る間隔を変えるだけで、速さの答えが変わってしまうのです。図1を見てください。左は粒がたどる道すじの例、右はずれの大きさと時間の関係です。
つまみで待つ時間を変えると、左の点線の輪(ずれの目安)が広がります。ただし、時間を10倍にしても、輪は3倍ほどにしかなりません。
この予言を実験で確かめたのが、フランスの物理学者ジャン・ペランです。ペランは、ガンボージという樹脂から、大きさのそろった小さな球を作りました。遠心分離を何度も繰り返して、ようやく揃えたといいます。
そして顕微鏡の下で、一定の時間ごとに粒の位置を記録し続けました。ずれの広がりは、アインシュタインの式どおり時間の平方根で増えていました。さらにその幅から、決まった量の水の中にある分子の数まで逆算できたのです。
ペランが出した値は、まったく別の方法で見積もられていた値とよく一致しました。これで、原子を疑っていた有力な化学者たちも、その実在を認めたとされています。ペランは1926年にノーベル物理学賞を受けました。
なぜ、大きな物は震えないの?
水の分子は、1億分の3センチほどの大きさとされます。牛乳の粒は直径1マイクロメートル(1000分の1ミリ)ほどで、分子の数千倍もあります。それでも、まだ「小さい」のです。
ぶつかる回数が多いほど、左右からの押しは平均されて打ち消し合います。大きな物ほど一度にたくさんぶつかられるので、片寄りが目立たず、動きは消えてしまいます。だから、あなたの指やビー玉は震えません。
逆に言えば、粒が小さいほど、水の温度が高いほど、そして水がさらさらしているほど、震えは激しくなります。下の「式で確かめる」では、この3つが1本の式にまとまっていることを確かめます。
窓から差しこむ光の中で、ほこりがゆらゆら舞うのが見えます。よくブラウン運動の例として挙げられますが、目に見えるほこりは大きすぎます。あの動きの主役は、部屋の空気のゆるやかな流れだと考えられています。
細胞の中の小さな分子も、同じしくみで絶えず揺すられています。酸素や栄養が細胞の中をすみずみまで行き渡るのは、この「でたらめな揺れ」が休まず続いているおかげです。
まとめ
水に浮かぶ小さな粒の震えは、目に見えない分子が四方八方からぶつかる証拠です。ずれは時間の平方根でしか広がらず、その広がり方から、アインシュタインとペランは原子の数を数えてみせました。
原子は、見えなくても数えられた。
小さな粒の震えが、その「影」を見せていました。
牛乳の粒のように、水と脂がどう分かれるかは水と油は、なぜ混ざらないの?で、原子の並びがどれほど薄くなれるかは金は、どこまで薄くのばせるの?で紹介しています。
- 牛乳を水で10倍ほどに薄め、1滴をスライドガラスにのせて、カバーガラスをかぶせます。
- 倍率400倍ほどの顕微鏡で見ると、小さな粒が細かく震えているのが分かります。子ども用の顕微鏡でも見えることがあります。
- 粒が全部同じ向きに流れていたら、それは水の流れです。少し待って流れがおさまってから、粒ごとに向きがばらばらな震えを探してください。
小さめの粒ほど激しく、大きめの粒ほどおとなしく震えるのも見比べてみてください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(統計力学・物理化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- ブラウン運動:液体や気体に浮かぶ小さな粒が、まわりの分子の衝突でたえず不規則に動く現象。発見者ロバート・ブラウンの名にちなみます。
- 拡散:分子や粒がでたらめに動いた結果、濃い所から薄い所へ広がっていくこと。ブラウン運動は、拡散を1粒ずつ見たものです。
- アボガドロ定数:物質1モルに含まれる粒の数で、約6.02×1023個。ペランはブラウン運動の測定からこの数を見積もりました。
中学高校式で確かめる:牛乳の粒は、1分でどれだけずれる?
直径1マイクロメートルの粒が、20℃の水の中で、ある1つの向きに平均どれだけずれるかを計算します。
| 記号で書くと | x = √( 2 × D × t ) , D = kT ÷ ( 6π × η × r ) |
| 言葉で書くと | ずれ = 「2 × 広がりやすさ × 時間」の平方根。広がりやすさ = 熱のゆすりの強さ ÷ 水の抵抗 |
| どこから来る式か | 分子が粒を揺らす強さ(温度で決まる)と、動く粒を水が引き止める抵抗(ストークスの式)の関係から導かれる、アインシュタインの関係式 |
| 記号 | 意味と単位 |
| x | 1つの向きへの、平均的なずれ(マイクロメートル) |
| D | 拡散係数=広がりやすさ(平方マイクロメートル毎秒) |
| t | 待つ時間(秒) |
| kT | ボルツマン定数と絶対温度の積。分子1個あたりの熱のゆすりの大きさ |
| η | 水の粘り気(粘度、パスカル秒) |
| r | 粒の半径(マイクロメートル) |
| 20℃での kT(パスカルと立方マイクロメートルの単位で表した値) | 0.00404 |
| 20℃の水の粘度 η(パスカル秒) | 0.0010 |
| 粒の半径 r(マイクロメートル) | 0.5 |
| 円周率 π | 3.14 |
| 6π を出す | 6 × 3.14 = 18.84 |
| 粘度をかける | 18.84 × 0.0010 = 0.01884 |
| 半径をかけて、水の抵抗の大きさ | 0.01884 × 0.5 = 0.00942 |
| 広がりやすさ D(平方マイクロメートル毎秒) | 0.00404 ÷ 0.00942 ≒ 0.429 |
| 1秒あたりの「2 × D」 | 2 × 0.429 = 0.858 |
| 1秒でのずれ | 0.858 の平方根は およそ 0.93 マイクロメートル |
| 60秒(1分)ぶんの「2 × D × t」 | 0.858 × 60 = 51.48 |
| 1分でのずれ | 51.48 の平方根は およそ 7.2 マイクロメートル |
| 1秒の勢いのまま、まっすぐ1分進んだら | 0.93 × 60 = 55.8 |
1分待っても、粒はたった7マイクロメートルほどしかずれません。髪の毛の太さ(約70マイクロメートル)の10分の1ほどです。最初の1秒の勢いのまま進めば56マイクロメートルに届くのに、行ったり来たりで、その8分の1ほどにとどまります。ペランはこの計算を逆向きに使い、測ったずれから kT を求め、そこからアボガドロ定数を出しました。
高校高校+温度と、分子の運動の関係
高校高校物理の「気体分子の運動」では、温度が分子1個あたりの運動エネルギーの平均を表すことを学びます。ブラウン運動をする粒も、まわりの分子と同じ温度の仲間として、平均すると同じだけの運動エネルギーを持っています。粒は重いぶん、ゆっくり動くのです。
高校+ずれが時間の平方根で増えるのは、「酔歩(ランダムウォーク)」とよばれる、でたらめな歩みに共通する性質です。前後に1歩ずつでたらめに歩くと、100歩後のずれは平均で約10歩ぶんにしかなりません。
大学揺らぎと抵抗は、同じ根から生まれる
上の式 D = kT ÷ ( 6π × η × r ) は、ストークス・アインシュタインの式とよばれます。分母は、ゆっくり動く球が液体から受ける抵抗を表すストークスの式から来ています。粒の運動は、でたらめな力と抵抗力を両方含むランジュバン方程式で書けます。粒を揺らす力と止める抵抗が同じ衝突から生まれるという考えは、揺動散逸定理として一般化されました。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ブラウン運動(ウィキペディア) / アインシュタインの1905年の原論文(ドイツ語)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- ごく短い時間の動き。 衝突と衝突の間の、粒の「瞬間の速さ」は長く測れないとされてきました。2010年ごろから、光で捕まえた粒でこれを測る実験が進んでいます。
- 混み合った細胞の中の揺れ。 細胞の中は分子でぎっしりなうえ、生き物が自分でエネルギーを使って揺らしています。単純な平方根の法則からずれる動きが見つかっており、その理解は研究の途中です。
- 揺れを利用する分子の機械。 筋肉などで働くたんぱく質が、でたらめな揺れをどこまで利用して一方向に動いているのかは、今も議論が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。でたらめな震えは、発見から200年近くたった今も、新しい問いを生み続けています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「物質のすがた」・粒子のモデル | 水が小さな粒でできていること、拡散 |
| 高校 | 物理「気体分子の運動」・化学「物質量」 | 温度と運動エネルギー、アボガドロ定数 |
| 高校+ | 数学「確率」の発展 | でたらめな歩みと平方根の法則 |
| 大学 | 統計力学・物理化学・流体力学 | ストークス・アインシュタインの式、ランジュバン方程式 |
| 研究 | 生物物理・ソフトマター物理 | 細胞の中の揺れ、分子の機械 |
| ― | 生活とのつながり | 牛乳や絵の具が沈みにくいこと、においが部屋に広がること |
- アインシュタイン「熱の分子運動論が要求する、静止した液体中に浮かぶ小さな粒子の運動について」(ドイツの物理学誌、1905年)
- ジャン・ペラン『原子』玉蟲文一 訳(岩波文庫)
- ロバート・ブラウン「植物の花粉に含まれる粒子についての顕微鏡観察の簡単な報告」(1828年)
- ウィキペディア「ブラウン運動」
- ウィキペディア「アボガドロ定数」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の出来事の細部には諸説があります。