金は、どこまで薄くのばせるの?
― 1グラムが新聞の見開きほどに広がり、光が緑色に透けて見えます
金箔の厚さは、およそ1万分の1ミリです。髪の毛の太さの数百分の1で、原子を数えると数百個ぶんしかありません。それでも破れずに1枚の膜としてつながっているのは、金属の原子のつながり方と、金という元素の「さびない」性質のおかげです。
お正月のお酒やお菓子に、金箔がひらひらと浮かんでいます。箸でつまもうとすると、息だけで舞い上がってしまうほど軽いものです。
お寺の仏像や屏風の金色も、たいていはこの金箔を貼ったものです。かたまりの金でできているわけではありません。
では、あの金箔はどれほど薄いのでしょう。そして、石やガラスはたたけば割れるのに、金はなぜ割れずに広がっていくのでしょう。
ここまで薄くなれる理由は2つだけ
金属の原子は、みんなで共有する電子に包まれてくっついています。たたいて原子の並びがずれても、つながりは保たれたままです。
多くの金属は、薄くすると空気と反応して、もろい「さび」に変わります。金はほとんど反応しないので、極端に薄くしても金のままでいられます。
ひとつめは「金属ならどれでも」持っている性質です。ふたつめが、金を特別にしています。順に見ていきましょう。
たたいて割れるものと、のびるものは何が違うの?
食塩のつぶを金づちでたたくと、粉々に割れます。食塩は、プラスの電気を持つ粒とマイナスの電気を持つ粒が、交互に並んでできています。図1の右側のように、たたいて並びが1つぶんずれると、プラスとプラスが向かい合います。同じ電気どうしは押し返し合うので、その面でぱっくり割れてしまいます。
金属は事情が違います。図1の左側のように、金属の原子は、自由に動き回る電子の「海」にひたっています。原子どうしを結びつけているのは、この電子の海全体です。並びがずれても、ずれた先にも同じ原子と同じ電子の海があります。だから、つながりは切れません。
金を金づちでたたくと、この「ずれ」が原子の面のあちこちで起きます。厚みが減ったぶんだけ、金は横へ広がっていきます。体積は変わらないので、厚さが半分になれば面積は2倍です。
金だけが「1万分の1ミリ」まで行けるのは、なぜ?
アルミニウムや銅も、たたけば薄くのびます。台所のアルミホイルは、厚さがおよそ100分の1ミリです。ところが、それより100倍も薄くすると、ほかの金属は困ったことになります。
金属の表面は、空気中の酸素とふれて、ごく薄い「さび」の層を作ります。厚い板なら、表面の数ナノメートルが変わっても気になりません。しかし、膜そのものが数百原子ぶんしかないと、さびの層が占める割合が大きくなります。さびは金属のようにはのびないので、膜はもろく崩れてしまいます。
金は、空気や水とほとんど反応しません。何百年たっても仏像の金色がくすまないのは、このためです。原子数百個ぶんまで薄くしても、最後まで金属のままでいられるのです。
図2のつまみで、箔の厚さを変えてみてください。1グラムの金が、厚さに応じてどこまで広がるかが分かります。
金箔をつくる職人は、金にわずかな銀や銅を混ぜ、特別な紙にはさんで何度もたたきます。途中で切り分けては、またたたく作業を繰り返して、最後に1万分の1ミリほどの箔に仕上げるとされています。
金が金色に見えるのは、赤や黄色の光をよく跳ね返し、青い光の一部を吸いこむからです。金箔ほど薄いと、跳ね返されなかった光の一部が向こう側へ抜けてきます。抜けてくるのは、金があまり跳ね返さない青緑のあたりの光です。19世紀にファラデーは、この現象を手がかりに、金と光の関係をくわしく調べました。
まとめ
金属は、電子の海に包まれているので、たたいて原子がずれても割れずに広がります。そのうえ金は空気と反応しないので、原子数百個ぶんの薄さになっても金のままでいられます。こうして1グラムの金は、新聞の見開きほどの広さの膜になります。
金箔の薄さは、職人の腕と、
「ずれても離れず、さびもしない」原子が組んだ記録です。
金属が光る理由そのものは「金属は、なぜピカピカ光るの?」で、金属にふれた手のにおいの正体は「鉄の手すりをさわった手は、なぜ「鉄くさい」の?」で解説しています。
- 食用の金箔(製菓材料として売られています)を1枚用意し、ピンセットか竹串の先でそっと持ち上げます。
- 明るい窓や電灯の方へかざし、金箔ごしに光を見ます。金色ではなく、青緑っぽい色に透けて見えるはずです。
- くらべとして、アルミホイルを同じようにかざします。こちらは光をまったく通しません。厚さが100倍ほど違うためです。
金箔はとても軽く、息で飛んでいきます。かざすときは口を閉じて、風のない部屋で行いましょう。塩のつぶをスプーンの背で押しつぶして、割れ方をくらべるのもおすすめです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎」「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(材料科学・固体物理)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 展性(てんせい):たたいたり押したりすると、割れずに薄く広がる性質。金属に共通する性質のひとつです。
- 延性(えんせい):引っぱると、切れずに細くのびる性質。金は展性・延性とも、金属の中で最も大きい部類とされます。
- 金属結合:原子が電子を共有し、その電子が原子全体を包んで結びつける結びつき方。図1の「電子の海」のことです。
中学高校式で確かめる:1グラムの金は、何平方メートルに広がる?
たたいても金の量は変わらないので、体積は一定です。体積は「面積 × 厚さ」なので、厚さが決まれば面積が決まります。
| 記号で書くと | A = m ÷ ( ρ × t ) |
| 言葉で書くと | 広がる面積 = 金の質量 ÷ (密度 × 箔の厚さ) |
| どこから来る式か | 体積の保存。体積は「質量 ÷ 密度」で決まり、たたいても変わらない。それを「面積 × 厚さ」と置いて面積について解いたもの |
| A | 広がる面積(単位は平方センチメートル) |
| m | 金の質量(グラム) |
| ρ | 金の密度(1立方センチメートルあたりのグラム数) |
| t | 箔の厚さ(センチメートル) |
| 金の質量 | 1 グラム |
| 金の密度 | 1立方センチメートルあたり 19.3 グラム |
| 金箔の厚さ(0.1マイクロメートル) | 0.00001 センチメートル |
| 金の原子1個の大きさ | およそ 0.29 ナノメートル |
| アルミホイルの厚さ | およそ 0.01 ミリメートル |
| 1グラムの金の体積(立方センチメートル) | 1 ÷ 19.3 ≒ 0.0518 |
| その体積を厚さでわると面積(平方センチメートル) | 0.0518 ÷ 0.00001 = 5180 |
| 平方メートルに直す | 5180 ÷ 10000 = 0.518 |
| 厚さ100ナノメートルを原子の大きさでわる | 100 ÷ 0.29 ≒ 345 |
| アルミホイルは金箔の何倍の厚さか | 0.01 ÷ 0.0001 = 100 |
1グラムの金は、およそ0.52平方メートルに広がります。新聞の見開き(約0.44平方メートル)より少し広いくらいです。厚さは原子にしておよそ340個ぶんで、アルミホイルの100分の1ほどしかありません。
高校高校+結晶の種類と、割れ方の違い
高校化学基礎では、固体を「イオン結晶」「金属結晶」「共有結合の結晶」「分子結晶」に分けて習います。イオン結晶は、力を加えると特定の面に沿って割れます。この割れ方を「へき開」といいます。金属結晶は自由電子が結びつきを担うため、展性・延性を示します。
高校+金・銀・銅・アルミニウムは「面心立方格子」という並び方をしています。この並びは、原子がすべりやすい面と向きの組み合わせが多いため、とくにのびやすいとされます。金がさびないことは、イオン化傾向の表で金がいちばん端にあることと対応しています。
大学原子は「1列ずつ」ずれていく ― 転位
原子の面が丸ごといっぺんにずれるとすると、計算上は実際より何千倍も大きな力が必要になるとされます。現実の金属が小さな力で変形できるのは、結晶の中に「転位」と呼ばれる並びの乱れがあり、それが少しずつ移動するからです。じゅうたんのしわを送って、少しずつ動かすのに似ています。たたき続けると転位がからみ合って金属は硬くなります(加工硬化)。そのため、加熱して並びを整える「焼きなまし」をはさむことがあります。
📖 式の導出や、さらに先の内容:転位(ウィキペディア) / 展延性(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 金属がどう硬くなるかを、原子から予言しきれない。 無数の転位がからみ合うようすを、原子の並びから正確に計算するのは、いまも難しい課題とされています。
- 原子数個ぶんまで薄くした金は、別の物質のようにふるまう。 数ナノメートルの金の粒が、かたまりの金にはない化学反応の助け役(触媒)になることが知られています。その理由の細部は、いまも研究が続いています。
- どこまで薄くできるのか。 原子数個ぶんの厚さの金の膜を作る研究も報告されています。ただ、どの厚さから性質が切り替わるのかは、作り方や条件によって変わるとされます。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。金箔は何百年も前からある技術ですが、その中で原子が何をしているかは、いまも調べられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「身のまわりの物質」(金属の性質)、密度 | 展性、1グラムの面積の計算 |
| 高校 | 化学基礎「化学結合」(金属結合・イオン結晶) | 図1の、のびる・割れるの違い |
| 高校+ | 化学「結晶格子」、イオン化傾向 | 面心立方格子、金がさびない理由 |
| 大学 | 材料科学・固体物理(転位論、塑性変形) | 転位、加工硬化、焼きなまし |
| 研究 | ナノ材料、金ナノ粒子の触媒作用 | 原子数個ぶんの金の性質 |
| ― | 生活とのつながり | 食用金箔、仏像や屏風の金色、アルミホイル |
- M. Faraday (1857) "Experimental relations of gold (and other metals) to light", Philosophical Transactions of the Royal Society of London 147
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(金の密度)
- C. キッテル『固体物理学入門』丸善出版(金属結合・転位)
- ウィキペディア「転位」
- 高等学校「化学基礎」教科書の、化学結合・結晶の単元
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。金箔の厚さや面積は、製法や品種によって異なります。