画家は、なぜ北向きの窓のアトリエを好むの?
― 昼間の太陽は、一年中「南の空」しか通りません
家を建てるとき、日当たりのよい南向きの部屋は人気です。ところが画家の仕事部屋は、昔から北向きの窓が好まれてきました。理由は、北の窓に入ってくるのが太陽の光ではなく、「空の光」だけだからです。その光は、朝から夕方まで表情をほとんど変えません。
南向きの窓辺で、机に置いた果物を絵に描いているとします。午前中に描きはじめたとき、りんごの影は左にくっきり伸びていました。
昼を過ぎるころ、影は短くなって向きも変わります。夕方には光が黄色っぽくなり、りんごの赤まで違って見えてきます。雲が流れるたびに、部屋の明るさもちかちかと変わります。
これでは、描きかけの絵と目の前の果物が、どんどん食い違っていきます。画家たちが北の窓を選んできたのは、この悩みを避けるためでした。
理由は2つだけ
日本のような北半球の中ほどでは、昼の太陽はいつも南の空にいます。北向きの窓には、日中ずっと直射日光が差しこみません。
入ってくるのは、空全体から届く散らばった光です。影がふんわりし、明るさも色も、時間がたってもあまり変わりません。
つまり北の窓は、「動き回る太陽」を締め出して、「広くて落ち着いた空」だけを部屋に入れる窓なのです。順に見ていきましょう。
太陽はどこを通っているの?
太陽は東から昇って西に沈みます。でもよく見ると、真東から真西へまっすぐ頭の上を通るわけではありません。日本では、昼の太陽は南の空に傾いた道を通ります。
図1は、空を真上から見下ろした地図です。まん中が自分の真上で、ふちが地平線です。冬の太陽は、南の低い空に小さな弧を描くだけです。春分や秋分には、ほぼ真東から昇って真西へ沈みます。北の空には一度も入りません。
夏は少し事情が違います。日の出と日の入りの位置が北へずれるので、早朝と夕方だけは北の空を通ります。夏至のころは、朝夕あわせて7時間ほどです。ただし、それは朝8時半ごろまでと、午後3時半ごろから後の話です。昼間の作業時間には、一年のどの日でも、北の窓に直射日光は入りません。
空の光は、なぜ描きやすいの?
北の窓から入るのは、空の青い光や雲の白い光です。これは、太陽の光が空気の粒や雲で散らばって、空全体から届く光です。光の出どころが窓いっぱいに広がっているので、影のふちがぼやけます。
太陽は、空の中ではとても小さな光の点です。だから直射日光の影は、ふちがくっきりします。しかもその影は、太陽が動くにつれて1時間に15度ずつ向きを変えます。窓いっぱいの空の光なら、影の形はやわらかく、ほとんど動きません。
色も落ち着いています。直射日光は、朝夕に黄色や橙色を帯び、昼には白くなります。雲が太陽をさえぎれば、部屋は一気に暗くなります。北の空は太陽から離れた側の空なので、明るさや色の移り変わりが小さいとされています。色を正確に見たい人にとって、これは大きな利点です。
ぎざぎざの「のこぎり屋根」の工場では、垂直の窓の面が北を向くように建てられることが多いとされています。織物の色むらを見分けるのに、一日中安定した光が必要だったためと考えられています。宝石や布の色を確かめる職人も、北の窓の光を好んできたといわれます。
オーストラリアや南アメリカの南のほうでは、昼の太陽は北の空を通ります。そこで画家が選ぶのは、南向きの窓です。大事なのは方角そのものではなく、「太陽が来ない側の空」を向くことなのです。
まとめ
昼間の太陽は、一年中、南の空を通ります。だから北の窓には直射日光が入らず、空全体からのやわらかい光だけが届きます。その光は影がぼやけ、明るさも色も時間で変わりにくいので、何時間もかけて色や形を写しとる仕事に向いていました。
北の窓は、太陽を締め出して、空だけを招き入れる窓。
画家が欲しかったのは明るさではなく、変わらない光でした。
空の光がなぜ青いのかは「空はなぜ青いのに、夕焼けは赤くなるの?」で、方角の違いが山の木にまで表れる話は「北向きの斜面と南向きの斜面で木がちがうのは、なぜ?」で読めます。
- 晴れた日の昼、家の南側の窓と北側の窓の近くに、それぞれ同じ白い紙を置きます。
- 紙の上に鉛筆を立てて、影を見比べます。南の窓ではふちのくっきりした影、北の窓ではぼんやりした影になるはずです。
- 2時間ほどあけてもう一度見ます。影の向きや長さがどちらでより大きく変わったかを、スマートフォンの写真で比べてみましょう。
夏の早朝や夕方は、北の窓にも日が差しこむことがあります。比べるのは正午をはさんだ時間帯にしましょう。窓から太陽を直接見ないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(位置天文学・照明工学・色彩科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 南中高度:太陽が真南に来たとき(南中)の、地平線からの高さの角度。夏は高く、冬は低くなります。
- 天空光:太陽の光が空気や雲で散らばり、空全体から届く光。北の窓に入るのはこの光です。
- 本影と半影:光が完全にさえぎられた濃い影と、一部だけさえぎられたぼやけた縁の部分。光源が大きいほど半影が広くなります。
中学高校式で確かめる:夏至の朝、太陽はどれだけ北から昇るか
北の窓に直射日光が入るのは、太陽が真東と真西を結ぶ線より北にいるときだけです。そこで、いちばん北寄りから昇る夏至の日の出の方角と、正午の太陽の高さを計算します。
| 記号で書くと | cos A = sin δ ÷ cos φ (正午の高さは h = 90° − φ + δ) |
| 言葉で書くと | 日の出の方角の余弦 = 太陽の赤緯の正弦 ÷ 緯度の余弦 |
| どこから来る式か | 天球の上で、天の北極・真上の点・地平線上の太陽の3点が作る球面三角形に、球面三角法の余弦定理を当てはめたもの。太陽の高さが0になる瞬間の関係です |
| A | 日の出の方角(北から東まわりに測った角度、度) |
| δ | 太陽の赤緯(季節で決まる太陽の傾き。夏至で+23.4°、冬至で−23.4°) |
| φ | 観測地の緯度(度) |
| h | 正午(南中時)の太陽の高さ(度) |
| 東京の緯度 φ | およそ 35.7° |
| 夏至の太陽の赤緯 δ | およそ 23.4° |
| 23.4° の正弦 | およそ 0.397 とされます |
| 35.7° の余弦 | およそ 0.812 とされます |
| 太陽の見かけの大きさ | およそ 0.0093 ラジアン(約0.5°) |
| 日の出の方角の余弦 | 0.397 ÷ 0.812 ≒ 0.489 |
| 余弦が 0.489 になる角度 | およそ 60.7°(北から測った方角) |
| 真東(90°)からのずれ | 90 − 60.7 = 29.3 |
| 春分・秋分の正午の高さ | 90 − 35.7 = 54.3 |
| 夏至の正午の高さ | 54.3 + 23.4 = 77.7 |
| 冬至の正午の高さ | 54.3 − 23.4 = 30.9 |
| 直射日光の影のぼけ幅(物から1000 mm 離れた床で) | 1000 × 0.0093 = 9.3 |
| 見かけの幅 0.5 ラジアンの窓の空の光なら | 1000 × 0.5 = 500 |
夏至の太陽は、真東から北へ約29°寄った方角から昇ります。だから夏の朝夕だけは北の窓にも日が差します。それでも正午には南の空の高さ約78°にいて、北の窓からは見えません。影のふちのぼやけ方は、太陽なら約9 mm、窓いっぱいの空なら約50 cmと、50倍以上違います。図1の数値も、同じ式で計算しています。
高校高校+季節で太陽の道が変わるわけと、空の光の色
高校地球の自転軸は、公転面に対して約23.4°傾いています。このため太陽の赤緯が一年で+23.4°から−23.4°まで変わり、日の出の方角と南中高度が季節で変わります。北半球の中緯度では、赤緯がプラスの春分から秋分のあいだだけ、太陽は北寄りから昇って北寄りに沈みます。
高校+晴れた空の光が青いのは、波長の短い光ほど空気の分子で強く散らばるレイリー散乱のためです。そのため北の窓の光は、直射日光より青みがかっています。照明の分野では、光の色合いを「色温度」という数値で表し、青みが強いほど色温度が高いとされます。画家は青みを含んだこの光に慣れたうえで、色の変わりにくさを優先してきたと考えられています。
大学太陽位置の計算と、光の質の評価
正確な太陽の位置は、位置天文学の太陽高度・方位角の式に、均時差や大気差(地平線近くで光が曲がる効果)を加えて求めます。本記事の計算は大気差を無視しているので、実際の日の出はわずかに早く、方角もわずかに北寄りになります。照明工学では、窓から入る光の量を昼光率で評価し、空の明るさの分布を「天空輝度分布」のモデルで扱います。色の再現性は演色評価数で表されます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:太陽高度(ウィキペディア) / 色温度(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 脳は光の色の違いをどこまで補正しているのか。 照明の色が変わっても物の色が同じに見える「色の恒常性」のしくみは、まだ完全には解明されていません。北の窓の光が描きやすいと感じられる理由にも、この働きが関わっている可能性があります。
- 画家はどこまで北の窓にこだわったのか。 北の窓を好む習慣が、いつ・どこで広まったのかは、美術史の中でも資料によって説明が分かれます。印象派の画家たちは逆に、移ろう光そのものを描くために屋外へ出ました。
- 室内の自然光は、人の心身にどう働くのか。 窓からの光が作業のしやすさや気分に与える影響は、建築や医学の分野で研究が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。太陽の通り道は計算で正確に出せますが、人がその光をどう感じるかには、まだ多くの謎が残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・太陽の日周運動と季節の変化 | 図1、南中高度の計算 |
| 高校 | 地学基礎・地球の自転と公転 | 赤緯と日の出の方角 |
| 高校+ | 物理・光の散乱 | 空の光が青いこと、色温度 |
| 大学 | 位置天文学・照明工学 | 太陽位置の補正、昼光率 |
| 研究 | 色覚の研究・建築環境学 | 色の恒常性、自然光と心身 |
| ― | 生活とのつながり | 部屋選び、写真撮影、手元の作業の明かり |
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(太陽の赤緯・日の出入りの方位)
- 日本色彩学会 編『新編 色彩科学ハンドブック』東京大学出版会
- ウィキペディア「太陽高度」
- ウィキペディア「色温度」
- ウィキペディア「レイリー散乱」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。太陽の位置は東京付近を例にした計算で、大気による屈折は考慮していません。太陽を直接見ないでください。