パンは、なぜ冷蔵庫に入れると早くかたくなるの?
― かたくなるのは乾いたからではなく、デンプンが並び直すからです
冷やせば長持ちするはずなのに、冷蔵庫のパンは翌日にはパサパサです。じつはパンがかたくなるのは、水分が抜けたからではありません。中のデンプンが、ゆっくりと「整列」し直しているのです。そしてこの整列は、冷蔵庫の温度でいちばん速く進みます。
週末に買った食パンを、カビないようにと冷蔵庫へしまいました。
翌朝そのまま食べると、ふんわりしていたはずのパンが、ぼそぼそとかたくなっています。袋はしっかり閉じてあったのに、です。
ところが同じパンをトースターで温めると、中はまたやわらかく戻ります。乾いてしまったのなら、温めても戻らないはずです。いったい何が起きていたのでしょうか。
理由は2つだけ
焼いたパンの中では、デンプンの長いひもが水を抱えてばらばらにほどけています。冷めると、ひもどうしが少しずつ寄り集まり、きちんと並んだかたい束になります。
整列には「並ぶきっかけ」と「動ける自由」の両方が要ります。冷蔵庫の温度はちょうどその両方がそろう帯にあり、室温より数倍速く進むとされています。
順番に見ていきましょう。かぎになるのは「かたさの正体は水の量ではなく、デンプンの並び方」という点です。
パンの中で、デンプンは何をしているのか
小麦粉の主な成分はデンプンです。デンプンは、ブドウ糖が何千個もつながった長いひものような分子です。生の粉の中では、このひもがぎっしり並んで、かたい粒になっています。
生地を焼くと、熱と水で粒がふくらみ、並んでいたひもがほどけます。ほどけたひものすき間に水が入り込み、ふわふわでしっとりした中身ができます。これを「糊化(こか)」といいます。図1の左を見てください。
ところが、ほどけた状態は長続きしません。冷めると、ひもは元のように寄り集まろうとします。何日もかけて、ひもどうしが平行に並んだ小さな束ができていきます。束の中から水は押し出され、まわりの部分へ移ります。図1のまん中の状態です。この並び直しを、デンプンの「老化」と呼びます。
並んだ束は、パンの中の骨組みをかたく固めます。だから、水がほとんど逃げていなくても、さわるとかたく、口の中ではぼそぼそに感じるのです。
なぜ、冷蔵庫の温度でいちばん速いのか
ひもが並ぶには、2つの条件が要ります。1つは「並び始めるきっかけ」です。温度が低いほど、ひもは寄り集まりやすくなり、きっかけはたくさん生まれます。
もう1つは「動ける自由」です。ひもが並ぶには、少しずつ位置をずらして動かなければなりません。温度が下がりすぎると、ひもも水もほとんど動けなくなります。
つまり、温かすぎるときっかけが足りず、冷たすぎると動けません。その間にある、ちょうどよい温度帯で並び直しはいちばん速くなります。それが、ほぼ冷蔵庫の温度なのです。図2のつまみで温度を動かして確かめてください。
冷凍庫の温度では、ひもも水もほとんど凍りついて動けません。並び直しはほぼ止まります。だからパンを長く保存したいときは、冷蔵庫ではなく冷凍庫が向いているとされています。
温めると、なぜやわらかく戻るのか
並んだ束は、氷のように熱でとけます。デンプンの束は、およそ60℃前後でほどけるとされています。トースターや電子レンジで中まで温めると、束がとけて、ひもは再び水を抱えます。だからやわらかく戻るのです。
ただし、これは一時的です。冷めればまた並び始めます。しかも温め直すたびに、表面から少しずつ水分も逃げていきます。何度も温め直したパンが本当にパサパサになるのは、そのためです。
1850年代、フランスの化学者ブサンゴーは、パンを密閉した容器に入れて放置しました。水分は逃げないのに、パンはちゃんとかたくなりました。さらに温め直すと、やわらかさが戻ったとされています。「かたさは乾燥のせいではない」と示した、古典的な実験として知られています。
冷蔵庫に入れたごはんやおにぎりが、ぼそぼそにかたくなるのも、お米のデンプンの老化です。ごはんを残すときも、すぐ食べないなら冷凍し、食べる直前に温めると、炊きたてに近い食感に戻りやすくなります。
まとめ
パンがかたくなるのは、水が抜けたからではありません。焼いてほどけたデンプンのひもが、冷めて少しずつ並び直すからです。この並び直しは、冷えすぎず温かすぎない冷蔵庫の温度でいちばん速く進みます。すぐ食べるなら室温、長く置くなら冷凍、食べる前に温め直す。これがデンプンの性質に合った保存の仕方です。
パンをかたくするのは乾燥ではなく、整列。
冷蔵庫は、その整列をいちばん急がせる場所でした。
そもそもパンがどうやってふくらむのかは「パンはなぜふくらむの?」で、トーストのこんがりした色と香りは「焼くとおいしくなるしくみ」の記事で解説しています。
- 同じ袋の食パンを3枚用意し、それぞれ別の袋に入れて口をしっかり閉じます。1枚は室温、1枚は冷蔵庫、1枚は冷凍庫に置きます。
- 翌日、冷凍した1枚は室温で30分ほど戻します。3枚を指で軽く押し、へこみ方と戻り方をくらべます。冷蔵庫の1枚が、いちばんかたいはずです。
- 冷蔵庫の1枚を電子レンジで10秒ほど温めて、もう一度押してみます。やわらかさが戻れば、かたさの正体が乾燥ではなかった証拠です。
袋を閉じておくのは、乾燥の影響を減らして「並び直し」だけを比べるためです。電子レンジで温めすぎると、冷めたあとに逆にかたくなることがあるので、短い時間にしましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(食品化学・高分子物理)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- デンプン:ブドウ糖がたくさんつながった分子。植物が栄養をたくわえる形で、小麦粉やお米の主成分です。
- 糊化(こか):水と熱で、デンプンの並んだ粒がほどけ、水を抱えてやわらかくなること。パンを焼く、ごはんを炊くときに起きます。
- 老化(デンプンの老化):糊化したデンプンが、冷めて再び並び直し、かたくなること。パンやごはんがかたくなる原因です。
中学高校式で確かめる:冷蔵庫のパンは、何時間で半分かたくなる?
並び直しがどこまで進んだかを、0(焼きたて)から1(完全にかたい)までの割合で表します。この割合が時間とともにどう増えるかを表す式を使って、室温と冷蔵庫での「半分かたくなるまでの時間」をくらべます。
| 記号で書くと | θ = 1 − e^(−k × t) 、半分になる時間 t½ = ln2 ÷ k |
| 言葉で書くと | 並び直した割合 = 1 − (まだ並んでいない割合)。まだ並んでいない部分は、一定の割合ずつ減っていく |
| どこから来る式か | 結晶ができていく速さを表すアブラミの式で、パンでは指数を1とおくと実測によく合うとされる。並ぶ速さ k は温度で決まり、冷蔵庫の温度で最大になる |
| θ | 並び直した割合(0〜1、単位なし) |
| k | 並び直しの速さを表す数(単位は 1/日) |
| t | 焼いてからの時間(単位は日) |
| ln2 | 2の自然対数。半分になるまでの時間を出すときに出てくる数 |
| ln2 の値 | およそ 0.69 |
| 室温での速さ k(例として置いた値) | 0.35 /日 |
| 冷蔵庫では室温の何倍速いか(目安) | およそ 3 倍とされる |
| 室温で半分かたくなるまで | 0.69 ÷ 0.35 ≒ 1.97 日 |
| 冷蔵庫での速さ k | 0.35 × 3 = 1.05 /日 |
| 冷蔵庫で半分かたくなるまで | 0.69 ÷ 1.05 ≒ 0.66 日 |
| 時間に直すと | 0.66 × 24 ≒ 15.8 時間 |
室温なら2日ほどかかる変化が、冷蔵庫では一晩(16時間ほど)で進んでしまう計算です。夜に冷蔵庫へ入れたパンが、翌朝もうかたいのはこのためです。k の値はパンの種類や水分で大きく変わるので、ここでの数字は比べ方を示す例です。
高校高校+アミロースとアミロペクチン
高校デンプンには、まっすぐなひものアミロースと、枝分かれの多いアミロペクチンの2種類があります。どちらもブドウ糖がつながった多糖で、高校の化学や生物で習います。
高校+アミロースは冷めて数時間のうちにすばやく並び、焼きたてのパンの形を支える骨組みになります。日をおってパンがかたくなっていくのは、主に枝の多いアミロペクチンがゆっくり並び直すためと考えられています。60℃前後の温め直しでとけるのも、このアミロペクチンの束だとされています。
大学結晶化の速さはなぜ山形になるのか
デンプンの老化は、高分子の結晶化の一種です。結晶化の速さは「核ができる速さ」と「核が育つ速さ」のかけ算で決まります。核はとける温度(融点)から下がるほどできやすく、育つ速さはガラス転移点に近づくほど遅くなります。この2つの間で、結晶化の速さは山形になります。全体の進み方は、アブラミの式(ジョンソン・メール・アブラミ・コルモゴロフの式)で表すのが一般的です。冷凍庫の温度は、水分を含んだパンのガラス転移点より下にあたり、分子がほぼ動けなくなると説明されます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:アブラミの式(英語版ウィキペディア) / ガラス転移点(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- かたさのどこまでがデンプンのせいか。水分がデンプンからタンパク質(グルテン)の側へ移ることも、かたさに関わると考えられています。それぞれがどれだけ効いているかの割合は、まだ議論があります。
- 老化を遅らせる材料のはたらき方。油脂や乳化剤、酵素を加えると、パンがかたくなりにくいことが知られています。ただ、分子のどこにどう作用しているのかは、材料ごとに説明が分かれています。
- 老化したデンプンと体の関係。並び直したデンプンの一部は消化されにくくなり、食物繊維に近いはたらきをするとされます。冷やごはんが体によいかどうかは、量や食べ方も含めて研究が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。食べ物の食感という身近な問題の中に、高分子の物理が隠れています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科(消化と吸収、デンプンの性質) | デンプンが長いひもの分子であること |
| 高校 | 化学(糖類・高分子化合物)、生物 | アミロースとアミロペクチン |
| 高校+ | 化学(発展:高分子の結晶性) | 束がとける温度と温め直し |
| 大学 | 食品化学・高分子物理 | アブラミの式、ガラス転移点、結晶化の山形 |
| 研究 | 食品科学(パンの老化) | グルテンの役割、老化を遅らせる材料 |
| ― | 生活とのつながり | パンやごはんは冷蔵せず、室温か冷凍で保存する |
- デンプン(ウィキペディア日本語版)― 糊化と老化
- 糊化(ウィキペディア日本語版)
- Gray, J. A. & BeMiller, J. N. "Bread Staling: Molecular Basis and Control." Comprehensive Reviews in Food Science and Food Safety, 2003.
- Cauvain, S. P. & Young, L. S. (eds.) "Bakery Food Manufacture and Quality: Water Control and Effects." Wiley-Blackwell.
- McGee, H. "On Food and Cooking: The Science and Lore of the Kitchen." Scribner, 2004.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。食品の保存期間やカビの防止については、各製品の表示に従ってください。