地質学者は、なぜ石をなめるの?
― 濡らすと、石の表面の「白いもや」が消えます
野外で岩を調べる人は、割った石をぺろりとなめたり、水筒の水をかけたりします。行儀が悪いからではありません。乾いた石の表面には、細かなでこぼこが返す白い光が「もや」のようにかかっています。濡らすとそのもやが消え、鉱物の本当の色と粒の形が浮かび上がるのです。
川原で、赤や緑のしま模様が入ったきれいな石を見つけました。水の中で光っていたものです。
ポケットに入れて持ち帰り、翌日机の上で見てみると、白っぽくくすんだ、ただの地味な石になっています。
石の色が抜けたわけではありません。もう一度水につけると、模様はちゃんと戻ってきます。地質学者が石をなめるのは、この「水につけた状態」をその場で作るためです。
濡らすと見えるようになる理由は、2つだけ
乾いた石の表面は、細かな傷や粉でざらざらです。その一つ一つが光を少しずつ、あちこちの向きへはね返します。これが色の上にかかる白いもやになります。水はでこぼこを埋めて、表面を平らにします。
光は、空気から石に入るときより、水から石に入るときのほうが、表面ではね返りにくくなります。はね返らずに中へ入った光は、鉱物の色をまとって戻ってきます。だから色が濃く、くっきり見えます。
どちらも「石の表面で、光がどれだけはね返るか」の話です。まず1つ目から見ていきます。
乾いた石には、白いもやがかかっている
割ったばかりの石や、風雨にさらされた石の表面は、拡大すると細かな凹凸だらけです。粉のような小さなかけらも付いています。光がこうした面に当たると、ごく一部がはね返ります。一つ一つの面は向きがばらばらなので、はね返った光はあらゆる方向へ散ります。
はね返る光は、鉱物の中を通っていないので、色がついていません。つまり、どの方向から見ても、石の色の上に白い光が薄く重なって見えます。これが「くすみ」の正体です。曇りガラスが白っぽく見えるのと同じしくみです。
図1の左を見てください。乾いた面では、白い矢印があちこちを向いています。右のように水の膜が凹凸を埋めると、表面は鏡のように平らになります。はね返る光は一つの向きにそろい、その向きから見たときだけ「てかり」になります。それ以外の向きからは、もやのない石の中が見えます。
水につけると、表面ではね返る光が8分の1になる
2つ目の理由は、光が「性質の違う物質の境目」ではね返るしくみにあります。光の進みにくさを表す数を屈折率といいます。境目の両側で屈折率の差が大きいほど、光はよくはね返ります。
空気の屈折率は1.00、石に多い石英という鉱物は約1.54です。差が大きいので、境目に当たった光のうち約4.5%がはね返ります。ところが水の屈折率は1.33で、石英との差はぐっと小さくなります。水と石英の境目では、はね返るのは約0.5%にすぎません。8分の1ほどです。
はね返らなかった光は、粒の奥まで入り込みます。そして鉱物に一部の色を吸われ、残りの色をまとって外へ戻ってきます。だから濡れた石は、色が濃く、暗く、鮮やかに見えます。粒と粒の境目も、光が素通りしやすくなるので、くっきり分かれて見えます。
図2のつまみで、石の表面を覆う液体の屈折率を変えてみてください。空気から水、油へと石英に近づくほど、はね返る光が減って、もやが晴れていきます。
墓石や石の床は、表面をつるつるに磨き上げてあります。磨くことは、水でぬらすことと同じく「でこぼこをなくす」作業です。宝石の鑑定では、石に近い屈折率の液体に沈めて、内部の傷や模様を見ることがあります。屈折率がそろうと境目の反射がほぼ消え、外形が見えなくなるほどです。
化石を探す人のあいだでは、骨の化石は細かな穴が多いので、舌が吸いつくように感じると言われます。ただし鉱物の中には、体に害のある成分を含むものもあります。知らない石は、なめずに水をかけて見るのが安心です。
まとめ
乾いた石がくすんで見えるのは、色が抜けたからではなく、表面のでこぼこが返す白い光が上に重なるからです。濡らすと水がでこぼこを埋め、しかも石との境目で光がはね返りにくくなります。光は粒の奥まで入り、鉱物の色を連れて戻ってきます。地質学者の「ひとなめ」は、その場でできるいちばん手軽な観察道具なのです。
石の色は、乾くと消えるのではなく、白い光に隠されるだけ。
水は、そのもやを晴らすレンズの役をしています。
川原の石がなぜ丸いのかは「川の石は、なぜ丸いの?」で、白い紙が暗い部屋でも白く見えるしくみは「白い紙は、なぜ薄暗い部屋でも白く見えるの?」で解説しています。
- 庭や公園の、白っぽくくすんだ小石を2つ拾います。1つはそのまま、もう1つを水の入ったコップに沈めます。
- 2つを並べて見比べます。水の中の石は、色が濃く、粒や模様がはっきり見えるはずです。
- 水から出してしばらく置き、乾いていくようすを見ます。ふちの細かいところから、白っぽさが戻ってくるのが分かります。
余裕があれば、サラダ油を1滴たらした石とも比べてみてください。油は水より石英に近い屈折率なので、さらに色がくっきり見えることがあります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(光学・岩石学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 乱反射:でこぼこした面で、光がいろいろな向きにはね返ること。乾いた石の白いもやの正体です。
- 屈折率:物質の中で光がどれだけ遅く進むかを表す数。真空が1で、水は1.33、石英は約1.54です。
- 造岩鉱物:岩石をつくっている鉱物のこと。花こう岩なら、石英・長石・黒雲母などです。
中学高校式で確かめる:石英の表面ではね返る光は、乾いたときと濡れたときで何倍ちがう?
光が境目にまっすぐ当たるときに、はね返る割合を計算します。
| 記号で書くと | R = ( (n₂ − n₁) ÷ (n₂ + n₁) )² |
| 言葉で書くと | はね返る割合 =(屈折率の差 ÷ 屈折率の和)の2乗 |
| どこから来る式か | 光を電磁波として扱い、境目の両側で電場と磁場がつながる条件から導かれる「フレネルの式」の、まっすぐ当たる場合です。 |
記号の意味:R は反射率(はね返る光の割合、単位なし)、n₁ は光が来る側(空気や水)の屈折率、n₂ は石英の屈折率です。
| 空気の屈折率 | 1.00 |
| 水の屈折率 | 1.33 |
| 石英の屈折率(およそ) | 1.54 |
| 乾いた石:屈折率の差 | 1.54 − 1.00 = 0.54 |
| 乾いた石:屈折率の和 | 1.54 + 1.00 = 2.54 |
| 差 ÷ 和 | 0.54 ÷ 2.54 ≒ 0.213 |
| 2乗して反射率 | 0.213 × 0.213 ≒ 0.045 |
| 濡れた石:屈折率の差 | 1.54 − 1.33 = 0.21 |
| 濡れた石:屈折率の和 | 1.54 + 1.33 = 2.87 |
| 差 ÷ 和 | 0.21 ÷ 2.87 ≒ 0.073 |
| 2乗して反射率 | 0.073 × 0.073 ≒ 0.0053 |
| 乾いた石は濡れた石の何倍か | 0.045 ÷ 0.0053 ≒ 8.5 |
乾いた石英の表面は約4.5%、濡れた表面は約0.5%の光を返します。一つの面では小さな差ですが、乾いた石では無数の傷や粉の面がこの4.5%をそれぞれ返すので、合わさって白いもやになります。濡らすとそれが一つの平らな水面にまとまり、しかも石との境目の反射は8分の1ほどに減るのです。
高校高校+反射と屈折のつながり
高校高校物理では、光が境目で曲がる向きを屈折の法則(スネルの法則)で学びます。曲がり方を決める屈折率の比が、そのまま「どれだけはね返るか」も決めています。差がなければ、光は曲がりもはね返りもせず素通りします。
高校+水そのものの表面(空気と水の境目)でも約2%の光がはね返ります。ただし濡れた石では水面が平らなので、この反射は一つの向きにしか行きません。その向きを避けて見れば、もやのない石の中が見えます。偏光サングラスをかけると、この水面のてかりもかなり消せます。
大学粒の集まりで光が迷う「多重散乱」
砂や岩石のように粒が集まった物質では、光は粒の境目で何度もはね返りながら進みます。これを多重散乱といいます。粒のすき間が空気だと、境目ごとの反射が大きく、光はすぐ外へ追い返されて白っぽく見えます。すき間が水で満たされると、境目の反射が弱まって光は奥まで進みます。そのぶん鉱物に吸収される機会が増え、全体が暗く鮮やかになります。この説明は、レクナーとドーフの1988年の論文「濡れると暗くなるものがあるのはなぜか」で定量的に示されました。屈折率と反射の関係は、偏光ごとに分けたフレネルの式で表されます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:フレネルの式(ウィキペディア) / Lekner & Dorf (1988) Why some things are darker when wet
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 濡れ具合と見え方の関係 少しだけ湿った土や砂が、どのくらいの水の量でどれだけ暗くなるかは、粒の大きさや形で大きく変わり、統一的な式はまだ整っていないとされます。
- 人工衛星から見る土の湿り気 地面の明るさから土の水分を推定する方法が研究されていますが、土の種類や植物の影響を分けるのは難しいとされています。
- 火星の岩の色 探査車は岩の表面を削ったりブラシで払ったりして中の色を見ます。乾いた砂ぼこりの影響をどう補正するかは、今も工夫が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。表面で返る光の割合は確かな式で決まりますが、粒の集まり全体の見え方は、まだ研究が続いています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「光の反射・屈折」「火成岩のつくり」 | 乱反射の白いもや、花こう岩の粒 |
| 高校 | 物理「光の屈折」、地学「岩石と鉱物」 | 屈折率の差と反射の関係 |
| 高校+ | 物理(発展)「偏光」 | 水面のてかりと偏光サングラス |
| 大学 | 光学(フレネルの式)、岩石学 | 多重散乱と濡れた物質の暗さ |
| 研究 | リモートセンシング、惑星地質学 | 土の水分推定、火星の岩の観察 |
| ― | 生活とのつながり | 川原の石、墓石の磨き、雨の日に濃く見える道路 |
- Lekner, J. & Dorf, M. C. (1988) Why some things are darker when wet. Applied Optics 27, 1278.
- フレネルの式 - ウィキペディア
- 屈折率 - ウィキペディア
- Hecht, E.『Optics』(光の反射と屈折、フレネルの式)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。屈折率は鉱物の種類や光の色で少しずつ変わります。野外で石を調べるときは、立入りの許可や足もとの安全に気をつけてください。