白い紙は、なぜ薄暗い部屋でも白く見えるの?
― 日なたの炭は、月明かりの紙より何万倍も明るいのに、黒く見えます
白い紙は、昼の窓辺でも、夜の薄暗い部屋でも、白く見えます。ところが目に届く光の量は、場所によって何千倍もちがいます。目と脳が見ているのは、光の「量」ではありません。となりにあるものとの「比」です。
夜、明かりを消した部屋で、机の上のノートを見ます。月明かりだけでも、ページは白っぽく、ペンの字は黒く見えます。
昼になって、同じノートを日なたに出します。紙はまぶしいほど白くなりますが、「別の色の紙になった」とは感じません。
でも、光をはかる機械で比べると、昼の紙は夜の紙の何十万倍も明るいのです。なぜ私たちは、同じ「白」だと感じるのでしょうか。
理由は2つだけ
照らす光が10倍になれば、紙も炭も10倍明るくなります。それでも、紙と炭の明るさの「比」は変わりません。目は、この比をとくに敏感に拾っています。
脳は、影や光の向きから「いまどれくらい照らされているか」を見積もります。そして、その分を割り引いてから、ものの色を決めています。
この2つが合わさって、ものの「白さ」や「黒さ」は、照明が変わってもほとんど変わらずに感じられます。この働きは「明るさの恒常性」と呼ばれます。
日なたの炭は、月明かりの紙より何万倍も明るい
ものが目に届ける光の量は、2つのかけ算で決まります。照らす光の強さと、ものが光をはね返す割合です。白い紙は、当たった光の8割ほどをはね返すとされます。炭は数%しかはね返しません。
一方、照らす光の強さは、はね返す割合よりずっと大きく変わります。晴れた日の直射日光は約10万ルクスとされます。満月の夜は0.2ルクスほどで、およそ50万分の1です。
図1のつまみで、照らす光を変えてみてください。月明かりの白い紙が目に届ける光は、点線で示した「日なたの炭」よりはるかに少なくなります。その差は2万倍を超えます。それでも、紙は白く、炭は黒く見えます。
ところが、紙と炭の柱の「差」はどこでも同じです。縦の目盛りは「何倍か」で刻んであるので、柱の高さの差は「比」を表しています。光が強くても弱くても、紙は炭の20倍明るいままです。目が拾っているのは、この変わらない比のほうです。
脳は、影の中にあるものを「明るく直して」見る
比だけでは説明できないこともあります。たとえば、晴れた日の雪原を思い出してください。木の影に入った雪は、日なたの雪より何倍も暗いはずです。それでも私たちは「影になった白い雪」と感じ、「灰色の雪」とは思いません。
脳は、影のふちのぼやけ方や、光の来る向きを手がかりにします。そして「ここは暗く照らされている場所だ」と判断し、その分だけ明るく直して見ています。
この補正がよく分かる絵があります。影の中に置かれたチェス盤の、白いマス目と黒いマス目を比べる絵です。目に届く光の量をはかると、影の中の白いマス目と、日なたの黒いマス目はまったく同じです。それでも、見ている私たちには白と黒にしか見えません。脳が影の分を割り引いてしまうからです。
カメラの多くは、画面全体の明るさを「ほどほどの灰色」にそろえるように露出を決めます。ほとんど真っ白な雪景色では、その平均を下げようとして、雪を灰色に写してしまいます。私たちの目は照らす光を割り引いて見るので、雪はその場では白く見えています。撮った写真だけが灰色になるのは、このちがいのためです。
まとめ
照らす光の強さは、昼と夜とで数十万倍も変わります。それでも紙が白く見えるのは、目がとなりとの比をとらえ、脳が照らす光の分を割り引いているからです。私たちは、ものに当たっている光ではなく、ものそのものの性質を見ようとしています。
目が見ているのは、光の量ではなく「比」。
だから白い紙は、月の下でも白いのです。
夜空の星の色が目の中で消えてしまう話は星はなぜ白く見えるの?で、氷と雪の見え方のちがいは雪はなぜ白く見えるの?で紹介しています。
- 白い紙と黒い紙を並べ、明るい窓辺と、薄暗い部屋の奥の2か所で見くらべます。どちらでも、白は白、黒は黒に見えるはずです。
- 次に、白い紙に細い筒(トイレットペーパーの芯など)を当て、筒の中から紙の一部だけをのぞきます。まわりが見えないと、窓辺と部屋の奥とで、紙の明るさがかなりちがうことに気づけます。
- 白い紙の半分に、手で影をつくります。影の部分は目に届く光が減っているのに、「灰色の紙」には見えないことを確かめます。
2で「まわりを隠す」と、比べる相手が消えて、脳の補正が効きにくくなります。直射日光や電球を筒でのぞかないよう、明るいほうへは向けないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(視覚科学・知覚心理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 明るさの恒常性:照らす光の強さが変わっても、ものの白さ・黒さが同じに感じられる働き。
- 照度:ものに当たる光の強さ。単位はルクス。
- 反射率:当たった光のうち、はね返す光の割合。白い紙は約8割、炭は数%とされます。
中学高校式で確かめる:月明かりの紙と、日なたの炭
白くつや消しの面が目に届ける光の強さ(輝度)は、照らす光と反射率のかけ算で決まります。この式で、図1の点線と柱の高さを計算します。
| 記号で書くと | L = E × R ÷ π |
| 言葉で書くと | 目に届く光の強さ = 照らす光の強さ × はね返す割合 ÷ 円周率 |
| どこから来る式か | 当たった光のうち反射率の分だけが、つや消しの面からあらゆる向きへ均等に広がる、という光の保存から来ます。÷ π は、その広がりを1つの向きあたりに直す係数です。 |
| L(記号) | 輝度。単位は カンデラ毎平方メートル |
| E(記号) | 照度。晴れた日の直射日光で約 100000 ルクス、満月の夜で約 0.2 ルクスとされる |
| R(記号) | 反射率。白い紙で 0.8、炭で 0.04 程度とされる |
| 日なたの炭(E × R) | 100000 × 0.04 = 4000 |
| 日なたの炭の輝度(÷ π) | 4000 ÷ 3.14 ≒ 1274 |
| 月明かりの紙(E × R) | 0.2 × 0.8 = 0.16 |
| 月明かりの紙の輝度(÷ π) | 0.16 ÷ 3.14 ≒ 0.051 |
| 日なたの炭 ÷ 月明かりの紙 | 1274 ÷ 0.051 ≒ 24980 |
| 同じ光の下での紙 ÷ 炭(E と π は消える) | 0.8 ÷ 0.04 = 20 |
日なたの炭は、月明かりの白い紙の約2万5千倍の光を目に届けています。光の量だけで白黒を決めていたら、炭のほうが「白」になってしまいます。一方、同じ光の下での紙と炭の比は、照らす光に関係なくいつも20倍です。目と脳は、この変わらない比を手がかりにしています。
高校高校+網膜は「ふち」を強調して送る
高校網膜には光を受ける細胞が並び、その信号は神経節細胞に集められて脳へ送られます。目は暗さにも慣れるため、まわり全体の明るさが変わっても、感度を上げ下げして追いつきます。
高校+神経節細胞の多くは、受け持つ範囲の「中心」と「まわり」の差に強く反応します。となりの細胞の信号を打ち消し合うこのしくみは、側抑制と呼ばれます。明るさがそろって上下しても差の情報は残るので、ふちの明暗の比が脳に届きやすくなります。
大学レティネックス理論と、照明の推定
写真家でもあったエドウィン・ランドは1971年、ふちの明暗の比を画面全体でつなぎ合わせれば、照明に左右されない反射率が求まると提案しました。これはレティネックス理論と呼ばれます。その後、エドワード・アデルソンの「チェッカーシャドウ錯視」などから、脳は比だけでなく、影や奥行きから照明を推定していることが示されました。色についても同じ働きがあり、色の恒常性と呼ばれます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ランドとマッカンの原論文(レティネックス理論) / 色の恒常性 - ウィキペディア
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- いちばん明るいものを「白」とするのか。 視野の中で最も明るい面を白の基準にする、という考え方があります。ただ、明るい面の広さによって基準が変わることも知られ、決まった規則はまだ整理しきれていません。
- どの段階で補正しているのか。 網膜で済む部分と、脳の高い段階で照明を推定する部分が、どう分担しているのかは議論が続いています。
- 人によって補正のしかたがちがう。 2015年に話題になった1枚のドレスの写真は、青と黒にも、白と金にも見えました。照明をどう見積もるかの個人差が原因と考えられていますが、その差がどこから来るのかは研究が進められています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。比をとらえるしくみはよく分かってきましたが、脳が照明をどう推定しているかの全体像は、まだ解き明かされていません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「光の反射」「刺激と反応(目のつくり)」 | はね返す割合、目に届く光 |
| 高校 | 生物「受容器と神経」 | 網膜の細胞、暗さへの慣れ |
| 高校+ | 生物の発展「側抑制」 | ふちの明暗の比が脳へ届くしくみ |
| 大学 | 視覚科学・知覚心理学、測光 | レティネックス理論、輝度と照度の式 |
| 研究 | 視覚神経科学 | 白の基準、照明推定の個人差 |
| ― | 生活とのつながり | 雪景色の写真、薄暗い場所での読み書き |
- Land, E. H. & McCann, J. J. (1971) Lightness and Retinex Theory. Journal of the Optical Society of America 61, 1–11.
- Gilchrist, A. (2006) Seeing Black and White. Oxford University Press.
- Adelson, E. H. (2000) Lightness perception and lightness illusions. In: The New Cognitive Neurosciences, 2nd ed., MIT Press.
- Lafer-Sousa, R., Hermann, K. L. & Conway, B. R. (2015) Striking individual differences in color perception uncovered by 'the dress' photograph. Current Biology 25, R545–R546.
- ウィキペディア「色の恒常性」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。照度や反射率は、天気・時刻・素材によって大きく変わります。