焼いた食べ物は、なぜ
あんなにいい匂いがするの?
トーストの香り、焼肉の煙、コーヒーの匂い、カレーの飴色玉ねぎ。まったく別の食べ物なのに、どれも「こんがり」という同じ方向のおいしさを持っています。じつはこれらは全部、同じひとつの化学反応が起こしています。そしてその反応は、煮ている限り絶対に起きません。
同じ鶏肉を、2通りに調理します。ひとつはフライパンで焼く。もうひとつはお湯でゆでる。
焼いたほうは、こんがりした茶色になり、部屋じゅうにいい匂いが広がります。ゆでたほうは、白いまま。悪くはありませんが、あの「香ばしさ」はどこにもありません。
使った材料は同じ。温度も、どちらも十分に高い。違うのは、水があるかないかだけです。
この違いが、料理のおいしさを大きく分けています。境目は100℃にあります。
食べ物に含まれるたんぱく質のかけらと、糖が、熱でくっついて反応します。生まれるのは茶色い色と、何百種類もの香り。もとの材料にはなかったものです。
この反応が活発になるのは140℃あたりから。ところが水があると温度は100℃で頭打ちです。水を飛ばすことが、香ばしさの入場条件になります。
つまり「焼く」と「煮る」は、加熱方法の違いではありません。まったく違う化学反応を起こしているか、いないかの違いです。順に見ていきましょう。
何が起きているのか
肉にも、パンにも、野菜にも、たんぱく質と糖が含まれています。ふだんは別々にそこにあるだけです。
ところが十分に高い温度になると、この2つがくっついて、まったく別の物質に変わりはじめます。しかも一度で終わらず、できたものがさらに反応し、次々と枝分かれしていきます。
最終的に生まれるのは、茶色い色素と、何百種類もの香りの成分です。焼いたパンの香り、コーヒーの香り、醤油の香り。これらは加熱される前には、どこにも存在していませんでした。
ここが面白いところです。私たちが「香ばしい」と感じているものは、材料に元から入っていた味ではありません。火にかけている最中に、その場で作られた新しい物質なのです。
トースト、焼肉、コーヒー、醤油、チョコレート、鰹節、ビール。材料もつくり方もばらばらですが、どれもたんぱく質と糖を加熱しているという点だけは共通しています。
だから生まれる香り成分にも重なりがあり、私たちはそこに「こんがり」という共通の系統を感じ取ります。世界中の料理が、火を使う限りこの方向へ向かうのは、偶然ではありません。
水があると、なぜ起きないのか
ここが実用上、いちばん大事な部分です。
この反応が活発になるのは140℃あたりからとされています。ところが食材の表面に水が残っていると、温度は100℃より上がりません。加えた熱が、水を蒸気に変えることに使われてしまうからです。
つまり「水がなくなるまで、焼き色はつかない」ということです。ゆでる・煮る・蒸すという調理法では、いつまでたっても100℃を超えないので、この反応は起きません。煮物が茶色くなるのは、醤油の色であって、焼き色ではありません。
- フライパンに肉を入れすぎる ― 一度に多く入れると、出てきた水分が飛びきらず、鍋の中が蒸し状態になります。茶色くならず、灰色っぽく仕上がります。少しずつ焼くのが正解です
- 表面が濡れたまま焼く ― まずその水を飛ばす時間が要ります。焼く前にキッチンペーパーで水気を拭くだけで、焼き色のつき方が変わります
- 冷たいフライパンに入れる ― 温度が上がるまでのあいだに水分が出てしまいます
- 早くから何度もひっくり返す ― 面が温まりきる前に離してしまうと、水を飛ばす段階で止まります
逆にいえば、焼き色をつけたいなら「水を飛ばす」ことだけ考えればよいということです。
起きている化学反応が、そもそも別物です。
よく言われる「肉汁を閉じ込める」は本当か
ステーキを焼くとき、「まず強火で表面を焼き固めて、肉汁を閉じ込める」と説明されることがあります。これは、現在では否定されています。
実際に、焼いてから重さを量る実験が行われており、強火で表面を焼いた肉のほうが、水分が多く残るということはないと報告されています。焼いた表面は膜にはならず、水分は変わらず出ていきます。
では、表面を強く焼く意味がないのかというと、まったく逆です。焼き色をつけることには、はっきりした意味があります。香ばしさそのものを作っているからです。理由が「閉じ込め」ではなく「風味の生成」だった、というだけの話です。
調理のコツは正しく、その説明だけが間違っていた。よくあることです。
色をもっと濃くしたいとき、抑えたいとき
- アルカリ性にすると、反応が速くなります。玉ねぎを飴色にするとき、重曹をひとつまみ加えると格段に早く色づくのはこのためです(入れすぎると食感が崩れ、風味も変わります)。プレッツェルの独特の褐色も、焼く前にアルカリ性の液にくぐらせることで出しています。
- 糖を足すと色づきやすくなります。照り焼きや、パンに牛乳・卵を塗る「艶出し」は、色と香りの材料を足す行為でもあります。
- 逆に、酸を加えると進みにくくなります。レモンや酢を早い段階で入れると、色づきは抑えられます。
- 焦げは、この反応の続きではありません。温度を上げすぎると、食材そのものが分解して炭になります。こうなると香りは失われ、苦味だけが残ります。「こんがり」と「焦げ」のあいだには、はっきりした境目があります。
この反応が高温で進むとき、アクリルアミドという物質が副産物としてできることが知られています。とくにじゃがいもなどのでんぷんの多い食品を、120℃を超える高温で調理したときにできやすいとされています。
動物実験の結果から健康への影響が懸念されており、各国の食品安全機関が「必要以上に高温・長時間で加熱しない」「濃い茶色になるまで揚げたり焼いたりしない」ことを勧めています。日本の機関も、家庭での調理について同様の注意を示しています。
難しく考える必要はありません。おいしそうなきつね色で止める。黒く焦げた部分は取り除く。それだけで十分です。焦げは、おいしさの面でも失敗なのですから。
台所で確かめられること
- 食パンを3枚用意する
- 1枚目はそのままトースターへ
- 2枚目は表面を水で軽く濡らしてからトースターへ
- 3枚目は牛乳を薄く塗ってからトースターへ(糖とたんぱく質を足します)
- 同じ時間で焼いて、3枚の色と匂いを比べる
濡らしたパンは色づきが遅れ、牛乳を塗ったパンは濃く色づいて香りも強くなるはずです。水は反応を止め、糖とたんぱく質は反応を進める。この記事の内容が、3枚のパンの上に並びます。焼きすぎに注意してください(トースターから離れないこと。焦げは火災のもとにもなります)。
まとめ
焼いた食べ物がいい匂いなのは、たんぱく質と糖が熱で結びつき、もとの材料になかった色と香りをその場で作り出しているからです。そして水があるうちは温度が100℃で頭打ちになるため、この反応は始まりません。
香ばしさは、材料に入っていた味ではありません。
焼いている最中に、生まれた味です。
もっと知りたい人へ ― 用語・化学式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎」「生物基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「化学」「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(食品化学・生化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この反応には名前があります
- メイラード反応:本文で説明してきた反応の名前。日本語ではアミノカルボニル反応とも呼ばれます。1912年にフランスの医師・化学者ルイ=カミーユ・マイヤールが報告したことにちなみます。
- カラメル化:糖だけを強く加熱したときに起きる、別の褐色反応。プリンのカラメルソースがこれです。一般に160℃以上と、メイラード反応より高い温度が必要とされています。実際の料理では、両方が同時に進んでいることが多くあります。
- メラノイジン:メイラード反応でできる茶色い色素の総称。単一の物質ではなく、構造の異なる多数の高分子の集まりです。
- 還元糖:この反応に参加できるタイプの糖。ぶどう糖や果糖、乳糖などが該当します。砂糖(ショ糖)はそのままでは参加できませんが、加熱で分解すると参加できるようになります。
- アクリルアミド:高温調理で生じる副産物のひとつ。とくにアスパラギンというアミノ酸が多い食材(じゃがいもなど)でできやすいとされています。
高校式で確かめる:煮ても焼き色がつかないのは、なぜか
同じ肉なのに、焼けば茶色くなり、煮ればいつまでも茶色くなりません。何時間煮ても、です。この差は計算で説明がつきます。
温度が10℃上がると、反応の速さは約2倍
| 上がった温度 | 単位は ℃ |
| 速さの倍率 | 10℃ごとに 2 を掛ける(足すのではない) |
身のまわりの温度帯でよく当てはまる目安として使われるものです(圧力鍋の記事でも同じ目安を使いました)。
そしてもうひとつ、こちらが決定的です。
水がある限り、そこは100℃を超えない
水が沸いているあいだ、加えた熱は温度を上げるのではなく、水を蒸気に変えるほうに使われます。だから煮物の中は、火を強めても100℃で止まったままです。
| 煮物の表面 | 100℃ |
| 焼いている肉の表面 | 150℃ とする |
| 温度の差 | 150 − 100 = 50 ℃ |
| 10℃が何回分か | 50 ÷ 10 = 5 回分 |
| 速さの倍率 | 2 × 2 × 2 × 2 × 2 = 32 倍 |
32倍です。焼けば1分でつく色が、煮ると32分かかる計算になります。しかも実際にはもっと開きます。この反応は、温度が上がるほど倍率の効きも強くなるためです。
「弱火でじっくり煮れば、いつかは焼き色がつくのでは」と思うかもしれません。つきません。煮ているかぎり100℃で頭打ちで、そこから先へは行けないからです。足りないのは時間ではなく、温度です。
焼くときも、表面が濡れているうちは100℃を超えられません。色がつき始めるのは、表面の水が飛んでからです。その時間も出せます。
| 水1 g を蒸気に変えるのに要る熱 | 約 2260 J |
| 肉の表面についている水 | 5 g とする |
| 必要な熱 | 2260 × 5 = 11300 J |
| フライパンから伝わる熱 | 1000 W = 1秒あたり 1000 J とする |
| 水が飛ぶまでの時間 | 11300 ÷ 1000 ≒ 11 秒 |
10秒ほど、色がつかない時間があることになります。この間、熱は温度を上げるのではなく、水を飛ばすほうに使われています。
料理で「焼く前に肉の表面を拭く」と言われるのは、この11秒を短くするためです。また、肉を入れすぎると水が飛びきらず、いつまでも色がつきません。「焼く」つもりが「蒸す」になってしまうからです。どちらも、この計算がそのまま台所の作法になったものだと言えます。
| メイラード反応 | アミノ酸+還元糖/140℃前後から活発/色と香りが生まれる |
| カラメル化 | 糖のみ/160℃以上が目安/甘い香りと苦味 |
| 炭化(焦げ) | 過熱による分解/香りは失われ、苦味と炭が残る |
温度が上がるほどよい、というわけではありません。①の倍率は、香りをこわす反応にも同じように効きます。2倍になるのは、望む反応だけではないのです。
おいしく焼けるかどうかは、色と香りが十分につく温度まで上げて、こげ始める前に止めるという、幅のあるところを狙う作業になります。強火にすれば早いが、その幅も同じだけ狭くなる。式は、そこまで教えてくれます。
高校+なぜ「何百種類も」できるのか
この反応は一本道ではありません。最初の結合のあと、アマドリ転位と呼ばれる組み替えが起き、そこから多数の経路に枝分かれします。
途中ではストレッカー分解という反応も起き、アミノ酸が分解してアルデヒド類が生まれます。これらが香りの主役の一部です。さらに、生まれた物質どうしが反応して、より大きな分子(色素)へと育っていきます。
枝分かれのしかたは、どのアミノ酸か、どの糖か、温度、時間、水分、pH によって変わります。だから同じ「こんがり」でも、パンとコーヒーと醤油では香りが違うのです。組み合わせの数だけ、香りの種類があります。
アルカリ性で速くなるのは、アミノ基が反応しやすい形(プロトン化していない形)で存在する割合が増えるためだと説明されています。
大学じつは、体の中でも同じ反応が起きています
この反応には温度の下限があるわけではなく、低い温度でもゆっくりと進みます。ということは、体温でも進むということです。
実際、血液中のぶどう糖はヘモグロビンなどのたんぱく質と少しずつ結合しています。糖尿病の検査で使われるHbA1c(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)は、まさにこの糖化されたヘモグロビンの割合を測ったものです。過去1〜2か月の血糖の状態を反映する指標として使われています。台所で起きている反応と、健康診断の数値が、同じ化学でつながっています。なお、ヘモグロビンが別のものに奪われる話は一酸化炭素の記事で扱っています。
さらに反応が進んでできる物質群は終末糖化産物(AGEs)と総称され、加齢に伴う組織の変化や、糖尿病の合併症との関連が研究されています。
研究まだわかっていないこと
- 反応の全体像は、100年以上たった今も描ききれていません。中間体が多く、経路が網の目のように枝分かれするうえ、生成物の多くが構造の定まらない高分子です。「メラノイジンとは何か」という問いにさえ、単一の答えがありません。毎日焼いているパンの茶色の正体が、完全にはわかっていないのです。
- おいしさとの対応づけも途上です。香気成分は数百種類が同定されていますが、そのうちどれが、どの割合で、「香ばしい」という感覚を作っているのかは完全には解明されていません。再現しようとしても、本物と同じ印象にならないことがよくあります。
- アクリルアミドの実際のリスク評価は、議論が続いています。動物実験では影響が示されている一方、人間の食生活レベルでの疫学研究は結果が一致していません。各国の機関は「摂取を減らすことが望ましい」という立場を取りつつ、明確な基準値の設定には慎重です。
- 体内の糖化と老化の関係も、因果がはっきりしていません。終末糖化産物が蓄積することと、加齢による組織の変化が同時に見られることは知られていますが、「原因なのか結果なのか」の切り分けは難しく、食品から摂取した分がどこまで体内に影響するのかも議論の対象です。「AGEsを減らす」とうたう情報には、科学的な裏づけの弱いものが混じっているので注意が必要です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・物質の変化/状態変化と温度 | 加熱で別の物質ができること、水があると100℃で頭打ち |
| 高校 | 化学基礎・有機化合物/生物基礎・タンパク質と糖 | アミノ基とカルボニル基、還元糖 |
| 高校+ | 化学・有機化学/反応速度と pH | アマドリ転位、ストレッカー分解、アルカリで加速する理由 |
| 大学 | 食品化学・生化学・臨床検査 | メラノイジン、HbA1c、終末糖化産物 |
| 研究 | 食品化学・栄養疫学(未解決) | 反応経路の全容、香りとおいしさ、アクリルアミド、糖化と老化 |
| ― | 家庭科 | 焼き色をつけるコツ、焦がしすぎない理由 |
- Maillard, L. C., Action des acides aminés sur les sucres, Comptes Rendus de l'Académie des Sciences, 1912(最初の報告)。
- McGee, H., On Food and Cooking: The Science and Lore of the Kitchen(調理科学の標準的な解説書。「肉汁を閉じ込める」説の検証を含む)。
- Hodge, J. E., Chemistry of browning reactions in model systems, Journal of Agricultural and Food Chemistry 1(15), 928–943, 1953(反応経路の整理)。
- 内閣府 食品安全委員会および農林水産省による、アクリルアミドに関する情報提供と家庭調理に関する注意喚起。
- 欧州食品安全機関(EFSA)によるアクリルアミドの評価、および各国機関の低減指針。
- 日本糖尿病学会による HbA1c の位置づけに関する資料。
※ 反応が活発になる温度などの数値は、食材や条件によって幅があります。本記事では一般に用いられる目安を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。健康や食事に関する判断は、医師・管理栄養士などの専門家および公的機関の情報に従ってください。調理の際は加熱しすぎに注意し、器具の取扱説明書に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安です。