一酸化炭素は、なぜ
「気づけない」のがいちばん怖いの?
色がない。においがない。味もない。煙も出ない。だから警報器がなければ、人間の感覚では存在をまったく検知できません。そのうえ、この気体は最初に「逃げようと考える力」を奪います。気づけないのではなく、気づけなくさせられるのです。
寒い夜。石油ストーブをつけた部屋で、テレビを見ています。外は風が強いので、窓は閉め切っています。換気扇は回していません。数時間が経ちました。
なんとなく頭が痛くなってきます。少しだるい。「疲れているのかな」「風邪をひきかけたかな」と思います。実際、症状は風邪とよく似ています。誰も異常だとは思いません。
そのまま、うとうとしはじめます。眠気も症状のひとつなのですが、それを判断する力も、もう落ちています。
この間ずっと、部屋には一酸化炭素が満ちています。目にも鼻にも、何も感じられないまま。
無色・無臭・無味。都市ガスやプロパンにはわざと臭いがつけてありますが、一酸化炭素にはありません。人間には検知する手段がなく、警報器だけが頼りです。
最初に出るのは頭痛・だるさ・眠気。つまり「変だ、逃げよう」と考える力が、いちばん先に鈍ります。倒れる前に、判断できなくなります。
この2つが重なるので、一酸化炭素中毒は「気づいたときには動けない」という形で起きます。順に見ていきましょう。
理由1:体の「酸素の運び屋」を乗っ取る
私たちが呼吸できるのは、血液の中の赤血球が酸素を全身へ運んでくれるからです。運ぶ役目をしているのは、赤血球の中のヘモグロビンというタンパク質です。
ヘモグロビンには、酸素が乗るための席があります。肺で酸素を乗せ、必要な場所でそっと降ろす。この「ゆるく結びついて、簡単に手放せる」という性質が、運び屋として決定的に重要です。
ところが一酸化炭素は、その同じ席に、酸素よりはるかに強くしがみつきます。その強さは、よく引用される値で酸素の200倍以上とされています。
結果、こうなります。空気中にほんの少し一酸化炭素があるだけで、席は次々と占領されます。しかも一度ついたら、なかなか離れません。肺はふつうに動き、息も苦しくないのに、酸素だけが体に届かないという状態になります。
私たちが「息が苦しい」と感じるのは、おもに血液中の二酸化炭素が増えたときです。一酸化炭素中毒では、二酸化炭素はふつうに排出され続けます。
つまり体は酸素不足なのに、苦しいという警報が鳴りません。水に潜っているときのような「息継ぎしたい」という強烈な感覚は起きません。だから、そのまま眠ってしまいます。
理由2:部屋のどこにいても、同じように吸う
前回の記事で扱った塩素ガスは、空気より重いので床にたまりました。一酸化炭素はその逆で、空気とほとんど同じ重さです。
ということは、上にも下にもかたよりません。部屋全体に、まんべんなく混ざります。「立っていれば大丈夫」「上のほうへ逃げれば」といった避け方が通用しません。ドアの隙間から隣の部屋へも、そのまま流れていきます。
手がかりが、ひとつもありません。
どこで発生するのか
一酸化炭素は、ものが燃えるときに酸素が足りないと生まれます。これを不完全燃焼といいます。逆に言えば、閉め切った部屋で火を使えば、どんな燃料でも起こりえます。
- 閉め切った部屋の石油・ガスストーブ。とくに就寝中は逃げられません
- テントや車中泊での炭火・カセットコンロ・ガスバーナー。狭い空間はもっとも危険です。「少し開けているから平気」は通用しません
- 雪でマフラーが埋まった車。排気が車内に逆流します。立ち往生のときは、まずマフラーの周囲を掘ってください
- 発電機を屋内・車庫・軒下で使う。停電時の事故が繰り返し起きています。発電機は必ず屋外の開けた場所で
- 湯沸かし器・給湯器の不完全燃焼。排気口がふさがれていたり、給気が足りなかったりすると起きます
- 換気扇を回さない炭火の調理、七輪
気づける数少ない手がかり:炎の色です。ガスの炎が青ではなくオレンジや赤っぽくゆらいでいるとき、すすが出るとき、ガラスや壁が黒ずむときは、不完全燃焼を疑ってください。
どうすればいいのか
- 頭痛・吐き気・だるさを感じたら、まず外へ出る「風邪かな」と思ったときこそです。同じ部屋にいる人が同時に具合が悪い、ペットも元気がないなら、強く疑ってください。原因を調べるより先に、外の空気を吸うことです。
- 窓とドアを開けて換気し、火を止めるただし自分の避難が先です。倒れている人がいる部屋へ、そのまま飛び込まないでください。息を止めて窓を開け、すぐ外へ出る。救助に入った人が続けて倒れる事故が起きています。
- 119番。症状が軽くても受診する「外に出たら楽になった」でも受診してください。いったん回復したあと、数日から数週間してから記憶障害や運動障害が現れることがあるとされています。搬送時には、何をどれくらい燃やしていたかを伝えてください。
人間の感覚では検知できない以上、機械に頼るしかありません。一酸化炭素警報器(CO警報器)は数千円で買えます。
- 日本では住宅用火災警報器の設置が義務ですが、CO警報器は義務ではありません。煙感知器は一酸化炭素を検知しないので、別に用意する必要があります
- 設置場所は、燃焼器具のある部屋と寝室。一酸化炭素は空気とほぼ同じ重さなので、高さはあまり気にしなくてかまいません(製品の説明に従ってください)
- 電池と寿命(多くは5〜10年)を確認してください。期限切れの警報器は、ないのと同じです
- キャンプや車中泊、停電時の発電機使用でも、持ち運べる小型のものが役立ちます
台所で確かめられること(危険なことはしません)
- ガスコンロに火をつけ、炎の色を見る。正常なら、澄んだ青色です
- 鍋底にすすが付いていないか確認する。黒くなっていたら不完全燃焼のサインです
- バーナーの目づまりや、給気口のほこりも確認する
青い炎は、燃料が酸素と十分に混ざって完全に燃えているしるしです。オレンジ色の炎は、酸素が足りていない合図で、一酸化炭素が出やすい状態を意味します。ろうそくや焚き火のオレンジ色も同じ理由(燃えきらない炭素の粒が光っている)で、屋内では換気が要る、ということでもあります。
まとめ
一酸化炭素が怖いのは、毒性が特別に強いからだけではありません。①感覚で検知できず、②息苦しさも起きず、③部屋のどこにいても同じように吸い、④逃げる判断力から先に奪われるという、警報が一切鳴らない構造にあります。
人間の感覚では気づけません。
だから、警報器を1台置いてください。
もっと知りたい人へ ― 用語・化学式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎」「生物基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「化学」「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(毒性学・生化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語と、なぜ生まれるのか
- 完全燃焼:酸素が十分にあるとき。炭素は二酸化炭素(CO2)になります。C + O₂ → CO₂
- 不完全燃焼:酸素が足りないとき。炭素は途中までしか酸化されず、一酸化炭素(CO)が生まれます。2C + O₂ → 2CO
- 一酸化炭素(CO):無色・無臭・無味の気体。分子量28で、空気の平均(約29)とほぼ同じため、部屋に均一に広がります。
- ヘモグロビン:赤血球の中にあり、酸素を運ぶタンパク質。中心に鉄を含んでいて、そこに酸素が結びつきます。
- 一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb):一酸化炭素が結びついたヘモグロビン。血液中に占める割合(%)が、中毒の重さの目安として使われます。
なお、都市ガスやプロパンガスには、漏れに気づけるようわざと臭いがつけてあります(付臭剤)。一酸化炭素は燃焼の結果としてその場で生まれる気体なので、臭いをつけることができません。この違いが、そのまま危険性の違いになっています。
高校式で確かめる:たった0.02%が、なぜ命にかかわるのか
一酸化炭素の怖さは、濃度がとても低くても効いてしまうところにあります。どれくらい低くていいのか、計算で出せます。
席の取り合い = 量の比 ÷ くっつきやすさの比
| 量の比 | 空気中に、どちらがどれだけ多いか |
| くっつきやすさの比 | 一酸化炭素は酸素の約 200〜250 倍とされています |
| 席 | 血液中のヘモグロビンの、結びつく場所 |
酸素と一酸化炭素は、ヘモグロビンの同じ場所を取り合います。量が多いほうが有利ですが、くっつきやすいほうも有利です。その2つの綱引きなので、割り算になります。
ここで効くのが「250倍」です。量で250分の1しかなくても、互角になってしまうということを、この数字は意味しています。
| 空気中の酸素 | 約21% = 210000 ppm |
| 一酸化炭素 | 200 ppm(0.02%)とする |
| 量の比(酸素が何倍多いか) | 210000 ÷ 200 = 1050 倍 |
| くっつきやすさで割る | 1050 ÷ 250 = 4.2 |
| 席の比(酸素 対 一酸化炭素) | 4.2 対 1 |
| 全体は | 4.2 + 1 = 5.2 |
| 一酸化炭素に取られる席の割合 | 1 ÷ 5.2 ≒ 0.19(約19%) |
空気の0.02%しかないものに、血液の運搬能力の約2割を持っていかれます。1万分の2の濃度で、です。
※ 十分に時間がたって落ち着いたときの目安です。実際は吸った時間・呼吸の深さ・個人差で大きく変わり、くっつきやすさの比にも幅があります。
運搬能力が2割減るというのは、血液を2割抜かれたのと似た状態だと考えるとわかりやすいと思います。じっとしていれば何とかなっても、動けば足りなくなります。
ここに、この事故の最も危険な性質が重なります。
- 色も、においも、味もありません。気づくきっかけが、体調の変化しかありません
- 最初の症状が、頭痛・だるさ・眠気です。「疲れたから少し休もう」と考えてしまいます
- 休むために横になると、動かないので、そのまま吸い続けます
- 判断力そのものが先に落ちます。逃げようと思いつく力が失われます
計算が示しているのは「2割減る」ですが、実際に起きるのは「気づけないまま2割減る」です。警報器が必要とされているのは、人間の感覚がこの相手をまったく検知できないからです。
一酸化炭素は酸素が足りないまま燃えたときに出ます。どれだけ酸素が要るのかも、計算できます。
| 都市ガスの主成分を燃やすとき | 燃料 1 に対して酸素 2 が要る |
| 空気中の酸素の割合 | 約 21% = 0.21 |
| 必要な空気の量 | 2 ÷ 0.21 ≒ 9.5 倍 |
燃料の約10倍の空気が要ります。燃やすとは、それだけの空気を消費することです。
閉め切った部屋、雪でふさがった排気口、テント、車庫。空気の入れ替わりが足りなくなると、燃焼は途中で止まらず、不完全なまま続きます。そこで一酸化炭素が生まれます。
炎が消えれば止まりますが、消えずに「不完全に燃え続ける」のがいちばん危険です。暖かく、明かりもあり、何も異常に見えないまま、②の計算が進みます。
| 数十 ppm | 長時間で頭痛などが出ることがある |
| 200 ppm 程度 | 数時間で頭痛・吐き気 |
| 数百〜1,000 ppm | 短時間で意識障害のおそれ |
| 数千 ppm 以上 | 短時間で生命に危険 |
※ 影響は濃度と時間の組み合わせで決まり、個人差も大きいとされています。妊娠中の人、心臓や肺に病気のある人、乳幼児はより低い濃度で影響を受けるとされています。
高校高校+もうひとつの、あまり知られていない害
一酸化炭素の害は「席を奪う」だけではありません。ヘモグロビンは4つの席を持っていて、酸素を手放すときには互いに協力し合う性質があります(そのため酸素解離曲線はS字を描きます)。
一酸化炭素が一部の席を占めると、残った席にくっついた酸素が、必要な場所で離れにくくなります。生物の言葉でいえば、酸素解離曲線が左に寄ります。つまり、運べる量が減るうえに、届けた先で渡せなくなる。二重の妨害です。
だから「血液中の酸素の量」だけを測っても危険を見落とすことがあります。指先で測るパルスオキシメーターが、一酸化炭素中毒では正常に近い値を示してしまうことがあるのは、これに関係しています。
大学細胞のレベルでも邪魔をしている
一酸化炭素は、ヘモグロビンだけでなく、細胞のミトコンドリアにある呼吸鎖の酵素(チトクロム c 酸化酵素)にも結合することが知られています。つまり、酸素が届いたとしても、それを使う側の働きまで妨げられます。
また、筋肉に酸素を蓄えるミオグロビンにも結合します。心筋への影響が問題になるのは、このためだと考えられています。
治療としては、高濃度の酸素を吸わせることで一酸化炭素を追い出します。より積極的な方法として高圧酸素治療があり、加圧した環境で純酸素を吸わせることで、追い出しにかかる時間を大きく短縮できるとされています。
研究まだ決着していないこと
- 高圧酸素治療が本当に後遺症を減らすのか、結論が出ていません。複数のランダム化比較試験が行われましたが、結果が一致していません。効果ありとする試験と、差がないとする試験の両方があり、対象者の選び方や治療のタイミングが違うため単純に比較できません。現在も、どの患者にいつ行うべきかについて議論が続いています。
- 遅発性の神経障害は、誰に起きるか予測できません。いったん回復したように見えたあと、数日から数週間して記憶障害・無気力・パーキンソン症状などが現れることがあります。しかし発症する人としない人を、事前に見分ける確立した方法はありません。血液中の一酸化炭素ヘモグロビンの値と、後遺症の重さがうまく対応しないことも知られています。
- じつは、体の中でも一酸化炭素が作られています。ヘムを分解する酵素(ヘムオキシゲナーゼ)の働きで、ごく微量の一酸化炭素が絶えず生じており、血管をゆるめたり炎症を抑えたりする情報伝達物質として働いていることがわかってきました。毒として知られる気体が、体内では役に立っているのです。これを利用した治療薬(一酸化炭素を狙った場所で少しだけ放出する化合物)の研究も進められていますが、実用化には至っていません。
- 低い濃度に長くさらされたときの影響も、はっきりしていません。不完全燃焼が続く住環境や、交通量の多い地域での慢性的な曝露が、心血管や神経にどの程度影響するかは、研究が続いている段階です。
「単純な毒物」に見えて、実際にはまだわからないことが多く残っています。だからこそ、治療に期待するより発生させないこと・早く気づくことが決定的に重要です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・燃焼と酸素/気体の性質/ヒトの呼吸 | 不完全燃焼、炎の色、赤血球のはたらき |
| 高校 | 化学基礎・化学反応式/物質量 | 完全燃焼と不完全燃焼の式、分子量28と空気の比較 |
| 高校 | 生物基礎・血液とヘモグロビン | 酸素の運搬、結合しやすさの比較 |
| 高校+ | 生物・酸素解離曲線/化学・化学平衡 | 曲線が左に寄る話、結合の強さと平衡 |
| 大学 | 生化学・毒性学・救急医学 | ミトコンドリア呼吸鎖への作用、高圧酸素治療 |
| 研究 | 救急医学・分子生物学(未解決) | 高圧酸素治療の効果、遅発性神経障害の予測、体内で作られる一酸化炭素 |
| ― | 防災・安全教育 | 外へ出る→換気→119番、CO警報器、救助者の二次被害防止 |
- 総務省消防庁および各消防本部による、一酸化炭素中毒の注意喚起(暖房器具、発電機、車の立ち往生時の対応を含む)。
- 公益財団法人 日本中毒情報センターによる一酸化炭素に関する中毒情報。
- U.S. Centers for Disease Control and Prevention (CDC), Carbon Monoxide Poisoning(症状、濃度の目安、警報器の推奨)。
- Weaver, L. K. et al., Hyperbaric oxygen for acute carbon monoxide poisoning, New England Journal of Medicine 347, 2002 ほか、高圧酸素治療に関する複数の臨床試験(結果は一致していません)。
- Motterlini, R. & Otterbein, L. E., The therapeutic potential of carbon monoxide, Nature Reviews Drug Discovery 9, 728–743, 2010(体内で作られる一酸化炭素と、その生理的な役割)。
- 独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE)による、燃焼器具の事故事例と注意喚起。
※ 結合しやすさの比率や、濃度と症状の対応には測定条件による幅があります。本記事では一般に引用される目安を示しました。
※本記事は事故を防ぐための一般向け解説です。体調に異変があるときは自己判断せず、その場を離れたうえで119番または医療機関に連絡し、消防および医療機関の指示に従ってください。燃焼器具の点検・設置は、必ず取扱説明書と販売店・施工業者の案内に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安です。