🍞 日常のふしぎ 🌾 食と農 予備知識なしでOK 読了 約7分

パンはなぜふくらむの?
― 泡を作るより、逃がさないほうが難しい

こねたときの生地は、ずっしりした固まりです。それが数時間で倍以上になり、焼くとさらにひとまわり大きくなって、切ると細かい穴だらけになっています。空気を入れたわけではありません。中で気体が作られています。ただし、本当に難しいのは気体を出すことではなく、それを逃がさずに閉じこめることでした。

公開:2026.08.17 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、切り口を見てください

食パンでも、フランスパンでも、切ると細かい穴がびっしりあいています。指で押すと縮み、離すと戻ります。

この穴には、何が入っているのでしょうか。空気だと思われがちですが、違います。こねている間に空気を練り込んだわけではありません。

穴の正体は、生地の中で新しく作られた気体です。作っているのは酵母(イースト)という微生物で、生地の中の糖を食べて、二酸化炭素を出しています。

ただ、それだけならビールでも炭酸水でも同じことが起きています。パンが特別なのは、その泡が逃げずに残るところです。

1
酵母が、糖を食べて気体を出す

小麦の中の糖を分解して、二酸化炭素とアルコールを出します。パンのにおいの一部は、このアルコールです。

2
こねてできた網が、気体を閉じこめる

小麦のたんぱく質がゴムのような網を作ります。この網が伸びて、泡を包んだまま持ちこたえます。

気体を作るだけなら、いろいろな方法があります。難しいのは2のほうで、小麦にしかできないことです。順に見ていきます。

① 出す → ② 閉じこめる → ③ 固める ① 酵母が気体を出す 酵母 二酸化炭素 + アルコール 糖を食べて、気体になる ② 網が閉じこめる 網が伸びて、泡を包んだまま持ちこたえる ③ 焼いて固める 蒸気でさらに伸び、そのあと固まる ふくらませているものの内わけ(生地500 gでの目安) 発酵でできる二酸化炭素 2.7 L(作れる量) 焼くときに出る水蒸気 8.5 L ふくらむのに実際に要る量 0.5 L 気体は余るほどある。足りないのは、それを逃がさない仕組みのほう
図1:上は3つの段階。①左は、酵母が糖を食べて二酸化炭素を出すところ。②中央は、小麦のたんぱく質が作る網が、泡を包んだまま伸びて持ちこたえるところ。③右は、焼くと水が蒸気になってさらに伸び、そのあと固まるところです。下は量の内わけで、作れる気体の量(上2本)は、必要な量(いちばん下の短い棒)よりはるかに多いことを示しています。

気体そのものは、余るほど作れます

酵母は、生地の中の糖を分解して二酸化炭素とアルコールを出します。パン屋の前を通ったときの、あのわずかに甘酸っぱいにおいの一部は、このアルコールです(焼くとほとんど飛びます)。

どれくらい出るかというと、小さじ2杯ほどの砂糖から、1.5リットルのペットボトル2本ぶん近くの二酸化炭素が作れます。くわしい計算は最後の折りたたみに置きますが、生地をふくらませるのに必要な量の5倍以上あります。

つまり気体は足りています。余っています。それでも、小麦粉以外の粉ではうまくふくらみません。問題は、出すほうではないのです。

泡を作るのは簡単で、
逃がさないのが難しい。

小麦だけが作れる「網」

小麦粉に水を加えてこねると、粉の中の2種類のたんぱく質が、つながって網目を作ります。この網は、伸ばすと薄く広がり、離すと縮みます。ゴム風船のような性質です。

この網があるおかげで、気体は泡のまま包みこまれ、押し広げながら生地全体をふくらませます。網が無ければ、気体は表面から抜けていくだけで、生地は膨らみません。

米粉やそば粉でパンを作るのが難しいのは、この網を作るたんぱく質が無い、あるいは少ないからです。気体が出ても、閉じこめられません。「ふくらむ粉」ではなく「泡を保てる粉」だったということになります。

そしてこねる作業は、この網を育てるためのものです。混ぜただけでは、たんぱく質はつながりません。力を加えて何度も引き伸ばすことで、少しずつ網が組み上がります。

🔎 泡は「新しく生まれる」わけではありません

意外に思われるかもしれませんが、気体は、何もないところに泡を作ることがほとんどできません。きっかけとなる、ごく小さなすきまが必要です。

パンの場合、そのきっかけはこねるときに巻きこまれた、目に見えないほど小さな気泡です。酵母が出した二酸化炭素は、まず生地に溶け、それからこの小さな泡に集まって、少しずつ大きくなっていきます。

つまりパンの穴の数は、こねる段階でほぼ決まっています。あとから泡が増えるのではなく、すでにある泡が育つのです。生地の扱い方でパンのきめが変わるのは、このためです。

同じことは、火山のマグマや炭酸飲料でも起きています。「溶けていた気体が、きっかけを得て泡になる」というのは、まったく同じしくみです。

いちばん伸びるのは、焼いている最初の数分です

発酵が終わった生地をオーブンに入れると、そこからもうひとまわり大きくなります。むしろ、この最後の伸びがパンの形を決めます。

理由は3つ重なっています。

A
酵母が最後にがんばり、そして死ぬ

温まると活動が一気に速くなり、二酸化炭素を大量に出します。ただし50℃を超えるあたりで力尽きます。

B
水が蒸気になり、泡を押し広げる

こちらが最大の力です。水はわずかな量でも、蒸気になると体積が約1700倍になります。

そして3つめが、もともと入っていた気体そのものが、温まって膨らむことです。30℃から100℃になるだけで、2割ほど大きくなります。

計算してみると、水蒸気の寄与は、発酵で作った二酸化炭素より大きくなります。「パンをふくらませているのは酵母だ」と言われますが、最後のひと押しは、水がしています。

そしてちょうどよいところで、骨組みが固まります。デンプンが水を吸って固まり、たんぱく質の網が熱で固まる。ふくらみきったところで、形が凍結されるわけです。焼き上がったパンが冷めても縮まないのは、このためです。

🔎 生の生地を味見しないでください

こねている途中の生地やクッキー生地を、少しつまみたくなることがあります。おすすめできません。

理由は卵だけではありません。加熱していない小麦粉そのものにも注意が必要とされています。粉は畑から袋詰めまで加熱されないため、まれに食中毒の原因となる菌が残っていることがあります。加熱してはじめて安全になる食材だと考えてください。

小さな子どもが台所を手伝うときは、生地を口に入れないこと、さわった手で口を触らないことを先に伝えておくとよいと思います。

台所で確かめられること

🧪 30分でできる観察:気体が出ていることを、目で見る
  1. ペットボトル(500 mL)にぬるま湯200 mL砂糖小さじ2ドライイースト小さじ1を入れて軽く振る
  2. 口にしぼませた風船をかぶせる
  3. 暖かい場所(30℃前後)に置いて、15〜30分待つ
  4. 風船がふくらんできます。これが酵母の出した二酸化炭素です
  5. 比べる用に、イーストを入れないボトルも同時に用意すると、はっきりします

5がこの観察の要です。「温めたから膨らんだのでは」という疑いを、自分で消せます。ふたはせず、必ず風船で逃げ道を作ってください。密閉すると圧力がかかって危険です。湯は熱すぎないように(60℃を超えると酵母が死んでふくらみません)。終わったら流しに捨ててよく洗ってください。

まとめ

パンがふくらむのは、酵母が糖を食べて二酸化炭素を出し、小麦のたんぱく質が作る網が、それを逃がさずに包みこむからです。気体は余るほど作れます。難しいのは閉じこめるほうで、そこは小麦にしかできません。そして焼くときに水が蒸気になって最後に押し広げ、ちょうどそこで骨組みが固まります。

ふくらませているのは酵母ですが、
形を決めているのは、網と、水です。

もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「化学基礎」「生物基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の「化学」「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(食品科学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:パンをめぐる言葉

高校式で確かめる:砂糖からどれだけの気体ができるか

本文で「気体は余るほど作れる」と書きました。どれくらい余るのかは、計算で出せます。

① まず、反応式

C₆H₁₂O₆ → 2C₂H₅OH + 2CO₂

C₆H₁₂O₆ ぶどう糖1 mol あたり 180 g
C₂H₅OH エタノール1 mol あたり 46 g
CO₂ 二酸化炭素1 mol あたり 44 g

読み方は「糖が1に対して、アルコールが2と二酸化炭素が2できる」です。念のため、重さが合っているか確かめておきます。

できるアルコールの重さ2 × 46 = 92 g
できる二酸化炭素の重さ2 × 44 = 88 g
合計(もとの糖と同じはず)92 + 88 = 180 g

合いました。糖が消えたのではなく、気体と液体に分かれただけです。

② 砂糖10 g から、何リットルできるか
使う砂糖10 g(小さじ2杯ほど)
何 mol か10 ÷ 180 ≒ 0.056 mol
二酸化炭素はその2倍できる0.056 × 2 = 0.112 mol
気体 1 mol の体積約 24 L
できる二酸化炭素0.112 × 24 ≒ 2.7 L

2.7リットル。1.5 Lのペットボトル2本近くです。小さじ2杯の砂糖から、これだけ出ます。

では、必要な量はどれくらいでしょうか。生地500 gが倍にふくらむには、0.5 L ほど増えれば足ります。

作れる量2.7 L
必要な量0.5 L
余裕2.7 ÷ 0.5 ≒ 5.4 倍

5倍以上あまります。だから「気体が足りなくてふくらまない」ということは、まず起こりません。ふくらまないときの原因は、たいてい閉じこめる側にあります。

※ 実際には、糖のすべてが分解されるわけではなく、一部は酵母自身の増殖にも使われます。また砂糖(ショ糖)は分解されてから使われます。上限の見当をつけるための計算です。

③ 焼くとき、いちばん効いているのは何か

オーブンでの最後の伸びを、3つに分けて見積もります。

ア)水が蒸気になる分生地の水100 g のうち 5% が蒸気になるとすると
蒸気になる水の重さ100 × 0.05 = 5 g
体積は約1700倍になるので5 × 1700 = 8500 mL
リットルに直すと8500 ÷ 1000 = 8.5 L
イ)もとの気体が温まって膨らむ分30℃(303 K)から100℃(373 K)へ
膨らむ割合373 ÷ 303 ≒ 1.23 倍

②で出した二酸化炭素は2.7 L、アで出た水蒸気は8.5 L水蒸気のほうが3倍以上多いことになります。

「パンをふくらませているのは酵母」と言われますが、量でいえば最後のひと押しは水がしています。酵母の仕事は、焼く前にきめ細かい泡の下地を作ることのほうにあります。

なお、この「水が蒸気になると約1700倍」という数字は、天ぷら油に水を入れたときの記事で出てきたものと同じです。台所でパンをふくらませている力と、火柱を上げる力は、同じ現象です。閉じこめられているか、一気に噴き出すかの違いだけです。

※ 蒸発する割合、生地の水分量、焼成温度は条件で大きく変わります。どちらが効いているかの見当をつけるための概算です。

高校+なぜ「ちょうどよく」固まるのか

焼いている途中で、生地の中では順番に別々のことが起きています。この順番が、パンの形を決めています。

膨らませる力が最大になるのと、骨組みが固まるのが、ほぼ同じタイミングで起きます。もし固まるのが早すぎれば、ふくらみきる前に止まってしまいます。遅すぎれば、支えを失って潰れます。

焼き上がったパンを途中でオーブンから出すと、しぼんでしまうことがあります。骨組みがまだ固まりきっていないためです。

また二酸化炭素は、温度が上がるほど水に溶けにくくなります。生地の水に溶けていたぶんが、加熱で追い出されて泡に加わります。これも最後の伸びに効いています。圧力鍋の記事と同じで、溶けていられる量は条件で変わるという話です。

大学生地は、固体でも液体でもありません

パン生地は、押せば形が変わり(液体のよう)、離すと少し戻る(固体のよう)という、中間の性質を持っています。こうした性質を扱う分野があり、「どれくらい伸びるか」と「どれくらい戻るか」を別々に測って、生地の良し悪しを数値にします。

難しいのは、この性質が時間とともに変わることです。こねた直後と、寝かせたあとでは別物になります。しかも変化の速さが、温度・水の量・粉の種類で変わります。「同じ配合」でも「同じ生地」にはなりません。

泡の側にも問題があります。大きな泡は小さな泡を吸収して育ちます。放っておくと泡の大きさがそろわず、すが入ったパンになります。適度なタイミングで生地をたたんでガスを抜く作業には、泡の大きさをそろえ直すという意味があります。

研究同じ配合でも、同じパンにはなりません

パンは人類が数千年作り続けてきた食べものです。それでも「なぜこの粉はうまく膨らむのか」を、分子から予測することはまだできません。長く作られてきたことと、よくわかっていることは、別です。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・生物と微生物/気体酵母のはたらき、二酸化炭素
高校化学基礎・化学反応式と物質量砂糖10 g からできる気体の計算
高校生物基礎・呼吸と発酵アルコール発酵
高校+化学・気体の法則/たんぱく質の変性温度による膨張、網が固まる順番
大学食品科学・レオロジー生地の粘弾性、泡の粗大化
研究穀物科学(未解決)グルテン形成、再現性、微生物のつり合い
食の安全生の生地を食べないこと
参考・出典
  1. 日本食品科学工学会および製パン関連の教科書による、製パン工程の解説。
  2. Cauvain, S. P. & Young, L. S., Technology of Breadmaking(製パン技術の標準的な教科書)。
  3. Shewry, P. R. ほか、小麦たんぱく質とグルテン形成に関する一連の研究。
  4. De Vuyst, L. ほか、サワードウ微生物叢に関する研究。
  5. 厚生労働省および消費者庁による、加熱不十分な小麦粉・卵に関する注意喚起。

※ 発生する気体の量、蒸発する水の割合、各段階の温度は、配合と条件で大きく変わります。本記事では一般に引用される目安を示しました。

※本記事は一般向けの科学解説です。食品の取り扱いについては、厚生労働省・消費者庁などが示す情報に従ってください。食物アレルギーや食事制限に関する判断は、自己判断せず医療機関にご相談ください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安です。