綱引きは、力の強いチームが勝つの?
― 綱を引く力は両チームいつも同じ。勝負を決めるのは足の裏です
秋の運動会の花形、綱引き。「力の強いほうが勝つ」と思いがちですが、じつは綱が両チームを引っぱる力は、試合中ずっと同じ大きさです。では何が勝ち負けを分けるのか。答えは綱ではなく、足もとの地面にあります。
校庭に白いラインが引かれ、太い綱の両側に子どもたちが並びます。ピストルの音と同時に、全員が顔を真っ赤にして引っぱります。
しばらくは綱の真ん中の赤い印が、行ったり来たりするだけ。ところが、ある瞬間に片方のチームが前へずるずると引きずられ、あっという間に勝負がつきます。
あのとき負けたチームは、急に力が抜けたのでしょうか。じつはそうではありません。くずれたのは腕の力ではなく、足もとのほうです。
勝ち負けを決めるのは、この2つ
綱の力はどちらのチームにも同じだけかかります。差が出るのは、地面が足を押し返してくれる力の上限です。先に足がすべったほうが負けます。
綱に引かれると、体は前へ倒れようとします。体を後ろへ倒して重さで対抗し、綱を低く持つほど、倒されにくくなります。
まずは「綱の力は同じ」という、いちばん意外なところから見ていきましょう。
綱が引く力は、両チームでいつも同じ
綱の端を持つあなたが、綱を強く引いたとします。すると綱は、同じ強さであなたを引き返します。押したら押し返される、というのは力の基本的な性質です。
綱はとても軽いので、綱の中でも力はそのまま伝わります。つまり、左のチームが綱を引く力と、右のチームが綱を引く力は、どの瞬間でも同じ大きさです。片方だけが強く引く、ということは起こりません。
図1を見てください。上の2本の矢印が、綱が両チームを引く力です。長さは同じです。これに逆らって各チームをその場にとどめているのが、足もとの矢印、つまり地面が足を押し返す力(摩擦)です。この力には上限があります。上限が小さいほうのチームの足が先にすべり、綱ごと前へ引きずられます。
地面が足を押し返せる力の上限は、おもに2つで決まります。ひとつは、足が地面を押しつける重さです。体重の重いチームほど、上限は大きくなります。もうひとつは、靴の底と地面のすべりにくさです。同じ体重でも、すべりやすい靴や、ぬれた芝生の上では上限が小さくなります。
だから綱引きは「腕力の勝負」というより、「足もとの勝負」です。公式の競技では、チームの合計体重で階級が分けられています。重さがそのまま強さに結びつくからです。
体を後ろへ倒すのは、倒されないため
足がすべらなくても、まだ負け方があります。綱に引かれて、体ごと前へつんのめることです。
綱は手の高さで体を前へ引きます。体は足の裏を支点にして、前へ回ろうとします。これに逆らえるのは、体の重さだけです。体の重心を足より後ろへずらすと、重さが体を後ろへ回そうとします。この2つの回す力がつり合えば、体は倒れません。
図2を見てください。綱を持つ高さが低いほど、前へ回す力は小さくなります。そのぶん体を倒す量も少なくて済みます。熟練したチームが、腰を落とし、綱をわきの下あたりで低く抱えて、ほとんど寝るような姿勢になるのはこのためです。
負けたチームが、一気にくずれるのはなぜ?
冒頭の場面を思い出してください。印が行ったり来たりしたあと、急に勝負がつきました。これも足の裏で説明できます。
止まっている足と地面のあいだでは、すべり出すまで大きな力に耐えられます。ところが、いったんすべり始めると、押し返す力はひとまわり小さくなります。重い家具を押すと、動き出した瞬間に急に軽くなるのと同じです。
つまり、一度すべった足は、すべる前より弱い状態になります。綱の力は変わらないので、すべりは止まらず、チームごと引きずられていきます。勝負が「じわじわ」ではなく「あっという間」につくのは、このためです。
チーム全員の力が1本の綱に集まると、数百キログラムの物をつるすのと同じくらいの力になります(下の折りたたみで計算しています)。綱を手首や腕に巻きつけていると、急に引かれたときや綱が切れたときに逃げられず、大けがにつながった例が報告されています。綱は手のひらで握るだけにしましょう。
綱引きは、1900年から1920年までの夏のオリンピックで正式な競技として行われていました。いまも国際大会があり、チームの合計体重ごとの階級で争われています。
まとめ
綱が両チームを引く力は、いつも同じ大きさです。勝敗を分けるのは、足の裏が地面から受けられる力の上限と、前へ倒されないための体の傾きです。重いチーム、すべりにくい足もと、低い綱の持ち方が有利になります。そして一度すべった足は弱くなるので、勝負は一気につきます。
綱引きは、腕で引き合う勝負ではない。
足の裏で、地面をつかみ合う勝負です。
支点のまわりで「力 × 距離」をつり合わせる考え方は、荷物を体から離して持つと腰がきつくなる理由でも同じ形で出てきます。
- タオルの両端を2人で持ち、床の上で軽く引き合います。1人は靴下、もう1人は素足にします。
- 同じくらいの力で引いたとき、どちらの足が先にすべるかを見ます。次に、すべったほうが腰を落とし、タオルを低く持って同じことをします。
- 最後に、体重の軽い人が素足、重い人が靴下で試します。体重と足もとのどちらが効くかをくらべましょう。
強く引きすぎず、転んでもけがをしない広い場所で、ゆっくり行ってください。タオルは手に巻きつけないこと。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(力学・トライボロジー)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 作用・反作用:ある物を押したり引いたりすると、同じ大きさで逆向きの力を必ず受け返すこと。綱の力が両チームで同じになる理由です。
- 摩擦力:ふれ合っている面どうしが、すべりを止めようとする力。綱引きで各チームをその場にとどめている力です。
- 張力:ぴんと張った綱やひもが、両端の物を引く力。軽い綱なら、どこでも同じ大きさになります。
中学高校式で確かめる:チームが耐えられる力の上限
10人のチームが、すべらずに耐えられる綱の力の上限を見積もります。次に、1人が前へ倒されないためには、重心をどれだけ後ろへずらす必要があるかを求めます。
| 記号で書くと | F = μ × M × g (倒れない条件:T × h = m × g × d) |
| 言葉で書くと | すべらずに耐えられる力の上限 = すべりにくさ(静止摩擦係数)× チームの体重の合計 × 重力加速度。倒れない条件は、綱の力 × 綱の高さ = 1人の体重 × 重心の後ろへのずれ |
| どこから来る式か | 上の式は、最大の摩擦力は面を押しつける力に比例するという「静止摩擦の法則」から来ます。下の式は、足の裏を中心に体を回そうとする2つの力のはたらき(力のモーメント)のつり合いです。綱の力が両チームで同じなのは、作用・反作用の法則によります。 |
| F | チームがすべらずに耐えられる力の上限(単位はニュートン) |
| μ | 靴底と地面の静止摩擦係数(単位なし) |
| M | チーム全員の体重の合計(単位はキログラム) |
| g | 重力加速度(約9.8、単位はメートル毎秒毎秒) |
| T、h | 1人が受ける綱の力(ニュートン)と、綱を持つ高さ(メートル) |
| m、d | 1人の体重(キログラム)と、重心が足より後ろにずれている距離(メートル) |
| チームの人数と体重の合計 | 10人、合計500kg(1人50kg) |
| 重力加速度 | 9.8 メートル毎秒毎秒 |
| 運動靴と乾いた土の静止摩擦係数 | 0.6 程度とされる(地面や靴で大きく変わる) |
| すべりやすい条件(ぬれた芝など)の静止摩擦係数 | 0.4 程度と仮定 |
| 綱を持つ高さ | 腰のあたりで約1.0m |
| チームの重さ(ニュートン) | 500 × 9.8 = 4900 |
| 乾いた土での上限 F | 4900 × 0.6 = 2940 |
| 何キログラムの物をつるす力と同じか | 2940 ÷ 9.8 = 300 |
| すべりやすい条件での上限 F | 4900 × 0.4 = 1960 |
| 1人あたりが受ける綱の力 T | 2940 ÷ 10 = 294 |
| 1人の重さ(ニュートン) | 50 × 9.8 = 490 |
| 綱が前へ回すはたらき(高さ1.0m) | 294 × 1.0 = 294 |
| 必要な重心の後ろへのずれ d(メートル) | 294 ÷ 490 = 0.6 |
| 綱を0.5mの高さで持つと | 294 × 0.5 = 147 |
| そのときの d(メートル) | 147 ÷ 490 = 0.3 |
乾いた土なら、10人で約300kgの物をつるすのと同じ力まで耐えられます。足もとがすべりやすいと、同じ体重でも上限は3分の2ほどに下がります。また綱の高さを半分にすると、体を後ろへずらす量も半分の30cmで済みます。低く構えるのが有利な理由が、数字で確かめられます。
高校高校+すべり出すと弱くなる、の正体
高校物理基礎では、静止摩擦力の上限(最大摩擦力)が「静止摩擦係数 × 垂直抗力」、すべっているときの動摩擦力が「動摩擦係数 × 垂直抗力」で表されると習います。多くの組み合わせで、動摩擦係数は静止摩擦係数より小さくなります。負けたチームが一気にくずれるのは、この差のためです。
高校+綱を引く姿勢では、足が受ける地面からの力(垂直抗力と摩擦力を合わせたもの)が、体の重心の近くを通るように体を傾けると安定します。その傾きは静止摩擦係数と関係し、係数0.6なら鉛直から約31度とされます。すべりにくい地面ほど、深く体を倒せるわけです。
大学摩擦係数は「定数」ではない
高校で習う「摩擦力は押しつける力に比例し、接触面積によらない」という関係は、アモントン・クーロンの摩擦法則と呼ばれる経験則です。実際の靴底はゴムでできていて、ゴムの摩擦は粘弾性による変形のくり返し(ヒステリシス摩擦)と、表面どうしの凝着の両方から生まれます。そのため摩擦係数は、すべる速さや温度、地面の細かな凹凸によって変わります。摩擦を扱う学問はトライボロジーと呼ばれます。体の傾きの条件は、剛体の静力学で扱う力のモーメントのつり合いそのものです。
📖 式の導出や、さらに先の内容:摩擦(ウィキペディア) / 力のモーメント(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 人数が増えると、1人あたりの力は減る? 1910年代にフランスのリンゲルマンが、綱を引く人数を増やすと1人あたりの力が下がることを測定したとされます。力のタイミングのずれと、やる気の低下(社会的手抜き)がどれだけずつ効くのかは、今も議論があります。
- ゴムの摩擦を、原理から予測できるか。 靴底やタイヤのゴムの摩擦係数を、材料の性質だけから正確に計算する理論はまだ完成していないとされます。実用では、実際に測るのが基本です。
- リズムをそろえると本当に強くなるか。 掛け声で力のタイミングをそろえる効果は経験的に知られていますが、足がすべるかどうかにどれだけ効くのかを、試合の中で詳しく測った例は多くありません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに摩擦係数の値は、地面と靴しだいで大きく変わる目安と考えてください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「力のはたらき」「作用・反作用」 | 綱の力が両チームで同じになる理由 |
| 高校 | 物理基礎「摩擦力」「力のつり合い」 | 足がすべらない上限、動摩擦で一気にくずれる理由 |
| 高校+ | 物理「剛体のつり合い(力のモーメント)」 | 体を後ろへ倒す量と、綱を持つ高さの関係 |
| 大学 | 力学・トライボロジー(ゴムの摩擦) | 摩擦係数が一定ではない理由 |
| 研究 | 集団の力の発揮、ゴム摩擦の理論 | 人数と1人あたりの力、摩擦の予測 |
| ― | 生活とのつながり | 運動会の作戦、すべりやすい床で重い物を引くときの姿勢 |
- 高等学校 物理基礎 教科書(力のつり合い・摩擦力の単元)
- ウィキペディア「摩擦」(静止摩擦係数・動摩擦係数、アモントン・クーロンの法則)
- ウィキペディア「力のモーメント」
- Kravitz, D. A. & Martin, B. (1986) Ringelmann rediscovered: The original article. Journal of Personality and Social Psychology 50(5)
- Persson, B. N. J. 『Sliding Friction: Physical Principles and Applications』 Springer
- 国際綱引連盟(TWIF)・日本綱引連盟 競技規則(体重別の階級)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。摩擦係数は地面・靴・天候で大きく変わります。綱引きは指導者の指示に従い、綱を体に巻きつけずに行ってください。