足の小指をぶつけると、痛みが少し遅れて「ジーン」とくるのは、なぜ?
― 痛みを運ぶ神経には、速い線と遅い線があります
タンスの角に小指をぶつけた瞬間、「あ、やった」と分かるのに、本当につらい痛みは一拍おいてからやってきます。気のせいではありません。痛みの知らせは、速さのまったく違う2種類の神経を通って、別々に脳へ届いているのです。
夜、暗い部屋を歩いていて、足の小指をタンスの角にガツンとぶつけます。
最初に来るのは「ズキッ」という鋭い感じです。そして「来るぞ、来るぞ」と身構えるわずかな間のあとに、じわーっと広がる重い痛みが押し寄せてきます。
指先を紙で切ったときや、手をぶつけたときは、この「間」はあまり感じません。足の小指のときだけ、なぜあんなにはっきり2回に分かれるのでしょうか。
理由は2つだけ
鋭い痛みを運ぶ神経は、1秒に十数メートル進みます。重い痛みを運ぶ神経は、1秒に1メートルほど。人が歩く速さとあまり変わりません。
足の指から脳までは、大人でおよそ1.5メートル。遅い線だと、脳に届くまでに1秒以上かかります。距離が長いほど、2つの痛みの到着時刻の差は広がります。
つまり「ズキッ」と「ジーン」は、同じ一撃の知らせが、足の速さの違う2人の使者に分かれて運ばれた結果です。順に見ていきます。
速い線と遅い線は、何が違うの?
神経は、細長い電線のような細胞です。知らせは電気の変化として、線の上を次々と伝わっていきます。ただし金属の電線とは違い、電気がそのまま走るのではありません。線の表面にある小さな門が順に開き、電気の変化を少しずつ隣へ受け渡していきます。
ここで差がつくのが、線の「巻き物」です。速い線には、脂肪でできた絶縁のさやが、ソーセージのように区切って巻かれています。さやのある部分では門を開けなくてよく、知らせはさやの切れ目から切れ目へと飛び移るように進みます。図1の上を見てください。
遅い線には、このさやがありません。しかもとても細い線です。図1の下のように、門を1つずつ全部開けながら、端から順に進むしかありません。だから遅いのです。
鋭い痛みの線は、1秒におよそ5〜30メートルとされています。重い痛みの線は、1秒に0.5〜2メートルほどとされています。10倍以上の差です。
なぜ足の小指だと、はっきり2回に分かれるの?
知らせが届くまでの時間は「距離 ÷ 速さ」で決まります。足の指から脳までを1.5メートルとして、図2のように時間の目盛りに並べてみます。
速い線なら、およそ0.1秒で届きます。これが「ズキッ」です。遅い線だと、1.5秒ほどかかります。これが一拍おいて来る「ジーン」です。この1秒あまりの空白が、「来るぞ、来るぞ」の正体です。
手の指から脳までは、足よりずっと近い距離です。そのぶん2つの痛みの差が縮まり、1回の痛みのように感じやすくなります。足の小指で「2回来る」がはっきり分かるのは、体の中でいちばん遠い場所だからです。
ぶつけた瞬間、思わず足を引いていませんか。あれは脳が命じたのではありません。知らせが背骨の中の神経まで届いたところで、そこから直接「引け」という命令が折り返します。脳で「痛い」と感じるより先に、体は危険から離れ始めているのです。
さすったときの「触られた」という知らせは、痛みより速い線で運ばれます。背骨の中で、この知らせが痛みの知らせの通り道を一部ふさぐ、という考え方があります。1965年に提案された説で、細部はいまも研究が続いていますが、さすると少し楽になる体験とよく合います。
まとめ
痛みは、1つの一撃から2つの知らせとして運ばれます。絶縁のさやを巻いた速い線が「ズキッ」を、さやのない細い線が「ジーン」を運びます。足の指は脳から遠いので、到着の差が1秒以上に広がり、痛みが2回に分かれて感じられるのです。
「ズキッ」と「ジーン」は、同じ痛みの、速い便と遅い便。
足の小指は、その差がいちばん見える場所です。
寒いと神経の知らせそのものが遅くなる話は、寒い日に手がかじかむと、なぜボタンひとつ留められなくなるの?で。神経の電気がどう見つかったかは、カエルの脚は、なぜ金属に触れただけでピクッと動いたの?で読めます。
- 次に何かにぶつけてしまったら、「ズキッ」から「ジーン」までを、心の中で「いち、に」と数えてみましょう。足の指と、手の甲とで比べると差が分かります。
- 2人で試せる実験です。1人が相手の足首と肩に、軽く同時に触れます。触れられた人は、どちらが先に感じたかを答えます。多くの人は、ほぼ同時か、肩が先だと感じるとされています。
- 冷たい水で手を1分ほど冷やしてから、指先を軽くつねってみます。痛みがぼんやり、遅れて届く感じがしたら、冷えで神経の知らせが遅くなっている証拠です。
※わざと強くぶつけたり、強くつねったりしないでください。冷やすのも短い時間だけにしましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(神経生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 一次痛と二次痛:先に来る鋭い痛みを一次痛、遅れて来る重く広がる痛みを二次痛と呼びます。
- 有髄神経と無髄神経:絶縁のさや(髄鞘)が巻かれた神経が有髄神経、巻かれていない神経が無髄神経です。
- 反射:脳を通らず、背骨の中の神経(脊髄)で折り返して起きる、とっさの体の動きです。
中学高校式で確かめる:痛みが脳に届くまでの時間
足の小指から脳までの距離を、2種類の神経の速さで割って、到着の時刻の差を出してみます。
| 記号で書くと | t = L ÷ v Δt = L ÷ v遅 − L ÷ v速 |
| 言葉で書くと | 届くまでの時間 = 神経の長さ ÷ 知らせが進む速さ。2つの痛みの時間差は、遅い線の時間から速い線の時間を引いたもの |
| どこから来る式か | 「速さ = 道のり ÷ 時間」を時間について解いたもの。知らせが線の上をほぼ一定の速さで進む、とみなしています |
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| L | 足の指から脳までの神経の長さ(m)。大人でおよそ1.5m |
| v速 | 鋭い痛みを運ぶ有髄の細い線の速さ(m/秒) |
| v遅 | 重い痛みを運ぶ無髄の線の速さ(m/秒) |
| t、Δt | 届くまでの時間と、2つの痛みの時間差(秒) |
| 足の指から脳までの長さ | およそ1.5m(大人の目安) |
| 鋭い痛みの線の速さ | 1秒に5〜30mとされ、ここでは15m/秒とする |
| 重い痛みの線の速さ | 1秒に0.5〜2mとされ、ここでは1m/秒とする |
| 手の指から脳までの長さ | およそ1m(大人の目安) |
| 鋭い痛みが届くまで(秒) | 1.5 ÷ 15 = 0.1 |
| 重い痛みが届くまで(秒) | 1.5 ÷ 1 = 1.5 |
| 足の小指での時間差(秒) | 1.5 − 0.1 = 1.4 |
| 手の指で重い痛みが届くまで(秒) | 1 ÷ 1 = 1 |
| 2種類の線の速さの比 | 15 ÷ 1 = 15 |
足の小指では、2つの痛みの到着が約1.4秒ずれます。「いち、に」と数えられるほどの長さです。手の指では距離が短いぶん差も縮みます。ただし脳の中で痛みとして感じるまでの時間も加わるので、実際の体感はこれより少し長めになります。
高校高校+なぜ、さやがあると速くなるのか
高校神経の知らせの正体は、膜の内と外の電位が一瞬だけ逆転する「活動電位」です。ナトリウムの通り道が開いて電位が変わり、その変化が隣の部分の通り道を開かせる、という連鎖で進みます。有髄神経では、髄鞘のすき間(ランビエ絞輪)だけで活動電位が起き、知らせは絞輪から絞輪へ飛ぶように伝わります。これを跳躍伝導と呼びます。
高校+跳躍伝導は、1938年に日本の生理学者、田崎一二が実験で示したことで知られています。また、神経の知らせに速さがあること自体を初めて測ったのは、1850年のヘルムホルツです。カエルの神経で、1秒に数十メートルほどという値を得たと伝えられています。それまでは、知らせは一瞬で伝わると考えられていました。
大学神経線維の分類と、伝導速度を決めるもの
神経生理学では、神経線維を太さと髄鞘の有無で分類します。鋭い痛みは細い有髄線維のAδ線維、重い痛みは無髄のC線維が運びます。伝導速度は、無髄線維ではおおむね直径の平方根に、有髄線維ではおおむね直径に比例するとされます。これは膜の電気容量と、線の内部の電気抵抗から考えるケーブル理論で説明されます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:活動電位(ウィキペディア) / 跳躍伝導(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- さすると痛みが和らぐしくみ。 1965年のゲートコントロール説は、触覚の知らせが脊髄で痛みの通り道を抑えると考えました。大筋は支持されていますが、元の説のままの回路は細部で修正が重ねられています。
- 「ジーン」がなぜあれほどつらく感じられるのか。 二次痛は、感情や記憶にかかわる脳の領域と強く結びつくと考えられています。しかし痛みの「つらさ」がどこで生まれるかは、まだ研究が続いています。
- 慢性の痛みで、線の働きがどう変わるか。 長く続く痛みでは、神経や脊髄の感じやすさが変わるとされます。どの変化が痛みを長引かせるのかは、治療法とも関わる大きな課題です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。痛みを「感じる」のは脳であり、神経の速さだけで痛みのすべてが決まるわけではありません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「刺激と反応」、理科1年「速さ」 | 反射、距離 ÷ 速さの計算 |
| 高校 | 生物「神経系・興奮の伝導」 | 活動電位、有髄神経と跳躍伝導 |
| 高校+ | 生物(発展・科学史のコラム) | 田崎一二、ヘルムホルツの測定 |
| 大学 | 神経生理学 | Aδ線維とC線維、ケーブル理論 |
| 研究 | 痛みの研究(疼痛学) | ゲートコントロール説、慢性の痛み |
| ― | 生活とのつながり | ぶつけたらさする、冷えると感覚が鈍る |
- Melzack R., Wall P. D. (1965) Pain Mechanisms: A New Theory. Science 150, 971–979.
- 跳躍伝導(ウィキペディア日本語版)
- 活動電位(ウィキペディア日本語版)
- Kandel E. R. ほか『Principles of Neural Science』McGraw-Hill(痛覚の伝導と神経線維の分類)
- 高等学校『生物』教科書(神経系・興奮の伝導と伝達の単元)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。神経の速さや距離には個人差があります。ぶつけたあと強い痛みや腫れが続くときは、骨折のこともあるので医療機関を受診してください。