日常のふしぎ 電磁気 予備知識なしでOK 読了 約6分

足の小指をぶつけると、痛みが少し遅れて「ジーン」とくるのは、なぜ?
― 痛みを運ぶ神経には、速い線と遅い線があります

タンスの角に小指をぶつけた瞬間、「あ、やった」と分かるのに、本当につらい痛みは一拍おいてからやってきます。気のせいではありません。痛みの知らせは、速さのまったく違う2種類の神経を通って、別々に脳へ届いているのです。

公開:2026.09.26 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

夜、暗い部屋を歩いていて、足の小指をタンスの角にガツンとぶつけます。

最初に来るのは「ズキッ」という鋭い感じです。そして「来るぞ、来るぞ」と身構えるわずかな間のあとに、じわーっと広がる重い痛みが押し寄せてきます。

指先を紙で切ったときや、手をぶつけたときは、この「間」はあまり感じません。足の小指のときだけ、なぜあんなにはっきり2回に分かれるのでしょうか。

理由は2つだけ

1
痛みの神経は、速い線と遅い線の2種類

鋭い痛みを運ぶ神経は、1秒に十数メートル進みます。重い痛みを運ぶ神経は、1秒に1メートルほど。人が歩く速さとあまり変わりません。

2
足の指は、脳からいちばん遠い

足の指から脳までは、大人でおよそ1.5メートル。遅い線だと、脳に届くまでに1秒以上かかります。距離が長いほど、2つの痛みの到着時刻の差は広がります。

つまり「ズキッ」と「ジーン」は、同じ一撃の知らせが、足の速さの違う2人の使者に分かれて運ばれた結果です。順に見ていきます。

速い線と遅い線は、何が違うの?

神経は、細長い電線のような細胞です。知らせは電気の変化として、線の上を次々と伝わっていきます。ただし金属の電線とは違い、電気がそのまま走るのではありません。線の表面にある小さな門が順に開き、電気の変化を少しずつ隣へ受け渡していきます。

ここで差がつくのが、線の「巻き物」です。速い線には、脂肪でできた絶縁のさやが、ソーセージのように区切って巻かれています。さやのある部分では門を開けなくてよく、知らせはさやの切れ目から切れ目へと飛び移るように進みます。図1の上を見てください。

遅い線には、このさやがありません。しかもとても細い線です。図1の下のように、門を1つずつ全部開けながら、端から順に進むしかありません。だから遅いのです。

上:さやのある速い線(鋭い「ズキッ」を運ぶ) さやの切れ目から切れ目へ、飛び移る 1秒に十数m 下:さやのない細い線(重い「ジーン」を運ぶ) 門を1つずつ開けながら、じわじわ進む 1秒に約1m
図1:上の速い線は、白いさや(絶縁の巻き物)の切れ目から切れ目へ、弧の矢印のように知らせが飛び移ります。下の細い線にはさやがなく、波の矢印のように端から少しずつ進みます。

鋭い痛みの線は、1秒におよそ5〜30メートルとされています。重い痛みの線は、1秒に0.5〜2メートルほどとされています。10倍以上の差です。

なぜ足の小指だと、はっきり2回に分かれるの?

知らせが届くまでの時間は「距離 ÷ 速さ」で決まります。足の指から脳までを1.5メートルとして、図2のように時間の目盛りに並べてみます。

速い線なら、およそ0.1秒で届きます。これが「ズキッ」です。遅い線だと、1.5秒ほどかかります。これが一拍おいて来る「ジーン」です。この1秒あまりの空白が、「来るぞ、来るぞ」の正体です。

足の指から脳まで約1.5m。届くまでの時間 0秒 0.5秒 1秒 1.5秒 2秒 ぶつけた瞬間 速い線:0.1秒で到着 →「ズキッ」 遅い線:1.5秒 →「ジーン」 約1.4秒の「来るぞ、来るぞ」
図2:左の縦の点線がぶつけた瞬間です。上の短い矢印(速い線)は0.1秒で脳に着き、下の長い矢印(遅い線)は1.5秒かけてようやく着きます。あいだの横の点線が、痛みを待つ空白の時間です。

手の指から脳までは、足よりずっと近い距離です。そのぶん2つの痛みの差が縮まり、1回の痛みのように感じやすくなります。足の小指で「2回来る」がはっきり分かるのは、体の中でいちばん遠い場所だからです。

💡 痛いと感じる前に、足はもう引っこんでいます

ぶつけた瞬間、思わず足を引いていませんか。あれは脳が命じたのではありません。知らせが背骨の中の神経まで届いたところで、そこから直接「引け」という命令が折り返します。脳で「痛い」と感じるより先に、体は危険から離れ始めているのです。

💡 ぶつけたところを思わずさするのは、理にかなっている

さすったときの「触られた」という知らせは、痛みより速い線で運ばれます。背骨の中で、この知らせが痛みの知らせの通り道を一部ふさぐ、という考え方があります。1965年に提案された説で、細部はいまも研究が続いていますが、さすると少し楽になる体験とよく合います。

まとめ

痛みは、1つの一撃から2つの知らせとして運ばれます。絶縁のさやを巻いた速い線が「ズキッ」を、さやのない細い線が「ジーン」を運びます。足の指は脳から遠いので、到着の差が1秒以上に広がり、痛みが2回に分かれて感じられるのです。

「ズキッ」と「ジーン」は、同じ痛みの、速い便と遅い便。
足の小指は、その差がいちばん見える場所です。

寒いと神経の知らせそのものが遅くなる話は、寒い日に手がかじかむと、なぜボタンひとつ留められなくなるの?で。神経の電気がどう見つかったかは、カエルの脚は、なぜ金属に触れただけでピクッと動いたの?で読めます。

🧪 自分の神経の「遅さ」を感じてみる
  1. 次に何かにぶつけてしまったら、「ズキッ」から「ジーン」までを、心の中で「いち、に」と数えてみましょう。足の指と、手の甲とで比べると差が分かります。
  2. 2人で試せる実験です。1人が相手の足首と肩に、軽く同時に触れます。触れられた人は、どちらが先に感じたかを答えます。多くの人は、ほぼ同時か、肩が先だと感じるとされています。
  3. 冷たい水で手を1分ほど冷やしてから、指先を軽くつねってみます。痛みがぼんやり、遅れて届く感じがしたら、冷えで神経の知らせが遅くなっている証拠です。

※わざと強くぶつけたり、強くつねったりしないでください。冷やすのも短い時間だけにしましょう。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(神経生理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:痛みが脳に届くまでの時間

足の小指から脳までの距離を、2種類の神経の速さで割って、到着の時刻の差を出してみます。

⓪ もとになる式
記号で書くとt = L ÷ v  Δt = L ÷ v遅 − L ÷ v速
言葉で書くと届くまでの時間 = 神経の長さ ÷ 知らせが進む速さ。2つの痛みの時間差は、遅い線の時間から速い線の時間を引いたもの
どこから来る式か「速さ = 道のり ÷ 時間」を時間について解いたもの。知らせが線の上をほぼ一定の速さで進む、とみなしています
記号意味と単位
L足の指から脳までの神経の長さ(m)。大人でおよそ1.5m
v速鋭い痛みを運ぶ有髄の細い線の速さ(m/秒)
v遅重い痛みを運ぶ無髄の線の速さ(m/秒)
t、Δt届くまでの時間と、2つの痛みの時間差(秒)
① もとになる数値
足の指から脳までの長さおよそ1.5m(大人の目安)
鋭い痛みの線の速さ1秒に5〜30mとされ、ここでは15m/秒とする
重い痛みの線の速さ1秒に0.5〜2mとされ、ここでは1m/秒とする
手の指から脳までの長さおよそ1m(大人の目安)
② 計算してみる
鋭い痛みが届くまで(秒)1.5 ÷ 15 = 0.1
重い痛みが届くまで(秒)1.5 ÷ 1 = 1.5
足の小指での時間差(秒)1.5 − 0.1 = 1.4
手の指で重い痛みが届くまで(秒)1 ÷ 1 = 1
2種類の線の速さの比15 ÷ 1 = 15

足の小指では、2つの痛みの到着が約1.4秒ずれます。「いち、に」と数えられるほどの長さです。手の指では距離が短いぶん差も縮みます。ただし脳の中で痛みとして感じるまでの時間も加わるので、実際の体感はこれより少し長めになります。

高校高校+なぜ、さやがあると速くなるのか

高校神経の知らせの正体は、膜の内と外の電位が一瞬だけ逆転する「活動電位」です。ナトリウムの通り道が開いて電位が変わり、その変化が隣の部分の通り道を開かせる、という連鎖で進みます。有髄神経では、髄鞘のすき間(ランビエ絞輪)だけで活動電位が起き、知らせは絞輪から絞輪へ飛ぶように伝わります。これを跳躍伝導と呼びます。

高校+跳躍伝導は、1938年に日本の生理学者、田崎一二が実験で示したことで知られています。また、神経の知らせに速さがあること自体を初めて測ったのは、1850年のヘルムホルツです。カエルの神経で、1秒に数十メートルほどという値を得たと伝えられています。それまでは、知らせは一瞬で伝わると考えられていました。

大学神経線維の分類と、伝導速度を決めるもの

神経生理学では、神経線維を太さと髄鞘の有無で分類します。鋭い痛みは細い有髄線維のAδ線維、重い痛みは無髄のC線維が運びます。伝導速度は、無髄線維ではおおむね直径の平方根に、有髄線維ではおおむね直径に比例するとされます。これは膜の電気容量と、線の内部の電気抵抗から考えるケーブル理論で説明されます。

📖 式の導出や、さらに先の内容:活動電位(ウィキペディア) / 跳躍伝導(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。痛みを「感じる」のは脳であり、神経の速さだけで痛みのすべてが決まるわけではありません。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科2年「刺激と反応」、理科1年「速さ」反射、距離 ÷ 速さの計算
高校生物「神経系・興奮の伝導」活動電位、有髄神経と跳躍伝導
高校+生物(発展・科学史のコラム)田崎一二、ヘルムホルツの測定
大学神経生理学Aδ線維とC線維、ケーブル理論
研究痛みの研究(疼痛学)ゲートコントロール説、慢性の痛み
―生活とのつながりぶつけたらさする、冷えると感覚が鈍る
参考・出典
  1. Melzack R., Wall P. D. (1965) Pain Mechanisms: A New Theory. Science 150, 971–979.
  2. 跳躍伝導(ウィキペディア日本語版)
  3. 活動電位(ウィキペディア日本語版)
  4. Kandel E. R. ほか『Principles of Neural Science』McGraw-Hill(痛覚の伝導と神経線維の分類)
  5. 高等学校『生物』教科書(神経系・興奮の伝導と伝達の単元)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。神経の速さや距離には個人差があります。ぶつけたあと強い痛みや腫れが続くときは、骨折のこともあるので医療機関を受診してください。