カエルの脚は、なぜ金属に触れただけでピクッと動いたの?
― 200年前の論争から、電池と「神経の電気」が生まれました
いまから200年あまり前、イタリアの解剖学者が、机の上のカエルの脚が金属に触れたとたんに動くのを見ました。電気はどこから来たのか。この小さな謎をめぐって、2人の学者が激しく言い争います。結末は意外でした。2人とも、半分ずつ正しかったのです。
ひじの内側を机の角にぶつけて、小指の先までジーンとしびれたことはありませんか。ぶつけたのはひじなのに、しびれは指先まで一瞬で走ります。
このとき腕の中を走っているのは、ごく小さな電気の信号です。いまでは理科の教科書に載っている話ですが、人類がこれに気づくまでには長い時間がかかりました。
きっかけは、1780年代のイタリア・ボローニャの実験室にあった、カエルの脚でした。
分かったことは、2つだけ
銅と鉄のように種類のちがう金属を、湿ったものでつなぐと電気が流れます。これを見抜いたボルタは、のちに電池を発明しました。
一方で、カエルの神経と筋肉そのものも、電気を使って動いていました。ガルヴァーニが言いたかったのは、こちらのほうでした。
2人は「電気はどちらから来たのか」を争いました。けれど実際には、脚をピクッと動かすのに両方がそろっていたのです。順番に見ていきましょう。
ガルヴァーニは「脚の中に電気がある」と考えた
ルイージ・ガルヴァーニは、ボローニャ大学で解剖学を教える医師でした。当時の実験室には、こすって火花を出す静電気の装置がありました。その近くで、助手がメスの先をカエルの脚の神経に当てたとき、脚が大きく跳ねたと伝えられています。
ガルヴァーニはさらに実験を重ねます。真ちゅうのかぎで脚を吊るし、鉄の手すりに触れさせると、火花の装置がなくても脚が動きました。そこで彼は、生き物の体の中にもともと電気がたまっていると考えました。そして金属は、その電気を流す通り道になっただけだと結論します。1791年に発表したこの考えは「動物電気」と呼ばれ、ヨーロッパ中で話題になりました。
ボルタは「電気は金属から生まれる」と反論した
これに異をとなえたのが、パヴィア大学の物理学者アレッサンドロ・ボルタです。ボルタは、脚が動くのは2種類のちがう金属を使ったときによく起きることに気づきました。図1の左右を見比べてください。左がガルヴァーニ、右がボルタの考え方です。
ボルタの考えでは、電気を生んでいるのは金属のつなぎ目です。脚は電気を作っているのではなく、わずかな電気に反応して動く、とても敏感な「計器」にすぎません。
ボルタはこの考えを確かめるため、カエルを使わない装置を作りました。銅と亜鉛の円板を、塩水でぬらした布をはさんで何十段も積み重ねたのです。1800年に報告されたこの装置は、つないでいるあいだ電気を流し続けました。人類が初めて手にした、電池です。電圧の単位「ボルト」は、彼の名前からつけられました。
それでも、ガルヴァーニも正しかった
電池の成功で、論争はボルタの勝ちに見えました。ところがガルヴァーニの側も、金属をまったく使わずに脚を動かす実験を示していたとされています。切り口の神経を筋肉に直接触れさせるだけで、脚が縮んだのです。これは、体の中にも電気のもとがあることを示していました。
ガルヴァーニは1798年に亡くなり、決着を見届けられませんでした。そのあと50年ほどかけて、測る道具が進歩します。1840年代には、神経や筋肉に弱い電流が流れていることが計器で確かめられました。1850年ごろには、カエルの神経を信号が伝わる速さも測られています。図2は、その流れを年表にしたものです。
決定打になったのは1952年です。イギリスの研究者たちが、イカの太い神経に細い電極を差しこんで測りました。そして神経の膜が、塩の粒の出入りで電気を生み、信号を次々と送っていることを明らかにしました。この仕事には1963年のノーベル賞が贈られています。
電圧の単位「ボルト」はボルタから。鉄にさびにくい亜鉛をかぶせた「ガルバリウム鋼板」や、弱い電流を測る「検流計(ガルバノメーター)」は、ガルヴァーニの名前に由来します。論争の相手どうしが、並んで言葉に残ったわけです。
まとめ
カエルの脚が動いたのは、2種類の金属が生んだ電気が、もともと電気で動くしくみを持つ神経を刺激したからでした。ボルタは「電気を作る側」を、ガルヴァーニは「電気で動く側」を見ていたのです。どちらか一方だけを正解にしていたら、電池か神経の科学か、どちらかの発見が遅れていたかもしれません。
脚を動かした電気は、金属からも、体の中からも来ていた。
ひとつの論争が、電池と神経の科学を同時に生みました。
体の中の電気の話は心臓はなぜ自分から動き続けられるのかで、生き物が電気を感じとる話はサメが砂に隠れた獲物を見つけるしくみで読めます。
- キッチンペーパーを塩水でしめらせ、10円玉とアルミホイルではさみます。電気の量を測る道具(テスター)があれば、2つの金属に当ててみましょう。わずかな電圧が表示されるはずです。同じ金属どうしでは、ほとんど出ません。
- 次に、10円玉を2枚にして同じことをします。1で数字が出たのは「ちがう金属」のおかげだと確かめられます。
- ひじを曲げ、内側のでっぱりのすぐ横を、指先で軽くトントンと押してみます。小指や薬指のほうに、かすかなジーンとした感じが走ることがあります。そこを通る神経の信号です。
ひじは強くたたかないでください。軽く押すだけで十分です。テスターの数字は、金属の汚れや塩水の濃さでかなり変わります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(電気化学・神経生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 動物電気:ガルヴァーニが名づけた、生き物の体の中にあると考えた電気。いまの言葉では、神経や筋肉の細胞がつくる電気の信号にあたります。
- ボルタ電池:2種類の金属と、電気を通す液体でつくる電池。金属によって電子の手ばなしやすさがちがうことを利用します。
- 活動電位:神経の膜の内と外で、電気のかたよりが一瞬だけ入れかわる現象。これが次々と隣へ伝わることで、信号が運ばれます。
中学高校式で確かめる:神経の電気は、どれくらい小さく、どれくらい速い?
神経の信号は、乾電池とくらべてどれくらい小さな電圧なのでしょう。また、足の先から背骨まで、どれくらいの時間で届くのでしょう。おおよその値で計算してみます。
| 信号のときの膜の電圧の振れ幅 | 約100ミリボルトとされる |
| 単3乾電池1本の電圧 | 1.5ボルト |
| 人の速い運動神経を信号が伝わる速さ | 毎秒60メートル前後とされる |
| 足の指から背骨までの神経の長さ(大人の目安) | 約1メートル |
| ミリボルトをボルトに直す | 100 ÷ 1000 = 0.1 |
| 乾電池は信号の何倍か | 1.5 ÷ 0.1 = 15 |
| 1メートル進むのにかかる秒数 | 1 ÷ 60 ≒ 0.017 |
| ミリ秒(1000分の1秒)に直す | 0.017 × 1000 = 17 |
神経の信号は、乾電池1本の15分の1ほどの電圧です。それでも足の先から背骨まで、まばたきよりずっと短い約17ミリ秒で届きます。ガルヴァーニの時代の計器では、この小さく速い電気をとらえられませんでした。論争が50年以上決着しなかった理由のひとつです。
| 記号 | 意味と単位 |
| V | ボルト。電圧の単位 |
| mV | ミリボルト。1000分の1ボルト |
| m/s | 1秒あたりに進むメートル数。速さの単位 |
高校高校+金属のつなぎ目と、神経の膜で起きていること
高校亜鉛や鉄は、銅よりも電子を手ばなしやすい金属です。2つを電気を通す液体でつなぐと、手ばなしやすい側から電子が出て、導線を通って反対側へ流れます。これがボルタ電池のしくみで、カエルの脚の体液が「電気を通す液体」の役をしていました。
高校+神経の細胞の膜の内側は、ふだん外側より少しマイナスに保たれています。刺激を受けると、膜にある小さな門が開いてナトリウムの粒が一気に流れこみ、内側が一瞬プラスになります。すぐにカリウムの粒が外へ出て元に戻ります。この入れかわりが隣の場所の門を開き、信号がドミノ倒しのように伝わります。
大学ホジキンとハクスリーの模型
1952年、ホジキンとハクスリーは、イカの太い神経で膜の電流を細かく測りました。そしてナトリウムとカリウムの通りやすさが、電圧と時間によってどう変わるかを式で表しました。この式は、神経の信号の形や伝わる速さをよく再現します。いまも神経の模型の基本とされています。のちに、膜の門の正体がたんぱく質でできた「イオンチャネル」であることも確かめられました。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- ガルヴァーニの実験の細部。 最初にどんな条件で脚が動いたのか、残された記録やノートの読み方をめぐって、科学史の研究者のあいだで今も検討が続いているとされています。
- 神経の信号は、電気だけなのか。 信号が伝わるとき、神経がわずかにふくらんだり熱が出入りしたりすることも観察されています。こうした力学的な変化がどんな役割を持つのかは、議論が続いています。
- 体の電気を、どこまで治療に使えるか。 神経を電気で刺激して、痛みやまひを和らげる試みが広がっています。どの神経にどんな刺激が効くのかは、まだ調べている最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。200年前の2人のように、今の定説も新しい測り方で書きかえられる可能性があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・化学変化とイオン(電池) | 2種類の金属と塩水で電気が生まれる |
| 高校 | 化学・電池/生物・神経の興奮 | 金属の電子の手ばなしやすさ、神経の信号 |
| 高校+ | 生物・活動電位とイオンの出入り | ナトリウムとカリウムの入れかわり |
| 大学 | 神経生理学・電気化学 | ホジキンとハクスリーの模型 |
| 研究 | 科学史・神経科学 | 実験記録の再検討、神経の力学的な変化 |
| ― | 生活とのつながり | 電池、ひじをぶつけたときのしびれ |
- Encyclopaedia Britannica「Luigi Galvani」
- Volta, A. (1800) On the Electricity excited by the mere Contact of conducting Substances of different Kinds. Philosophical Transactions of the Royal Society of London, 90.
- Hodgkin, A. L. & Huxley, A. F. (1952) A quantitative description of membrane current and its application to conduction and excitation in nerve. The Journal of Physiology, 117.
- The Nobel Prize「The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1963」
- Piccolino, M. (1997) Luigi Galvani and animal electricity: two centuries after the foundation of electrophysiology. Trends in Neurosciences, 20.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の出来事の細部には諸説があります。家庭用のコンセントなど、電池以外の電気で実験をしないでください。