サメは、なぜ砂に隠れた獲物を見つけられるの?
― 目でも鼻でもなく、皮膚で「電気」を感じるしくみ
サメが、暗く濁った水の中や、砂の中にすっかり隠れて動かない獲物を、迷わずまっすぐ襲う映像を見たことがあるでしょうか。においも流れておらず、音も立てていない、目でも見えないはずの獲物の位置を、サメはどうやって知るのでしょうか。
静かな海底の砂の中に、平たいヒラメが完全にもぐり込んで、じっとしています。目に見える手がかりはなく、においも流れていません。物音も立てていません。
それなのに、近くを泳いできたサメは、迷うそぶりも見せずに、その砂の一点へまっすぐ向かっていきます。ヒラメは、何を「発して」しまっていたのでしょうか。
呼吸やえらの動き、心臓の鼓動など、生きているだけで体のまわりにごくわずかな電気(生体電流)が生じているとされています。
サメの顔まわりの無数の小さな穴(ロレンチーニ器官)が、この極めて小さな電気を感じ取っていると考えられています。
この「生き物が発する電気」と「それを感じ取るしくみ」を、順番に見ていきます。
生き物は、じっとしていても「電気」を発している
心臓が動く、筋肉が収縮する、神経に信号が伝わる――こうした体の中のはたらきは、すべてごくわずかな電気のやりとりによって起きています。海水はイオンを含んでいて電気を通しやすいため、この体内の電気のごく一部が、体のまわりの海水にまで、極めて小さな電位差として広がっているとされています。
砂に隠れて完全に動きを止めた魚でも、呼吸のためにえらだけは動かし続けなければなりません。つまり、どれだけ上手に隠れても、「生きている」というそのこと自体が、消すことのできない電気の手がかりを漏らし続けているのです。
ロレンチーニ器官という、ゼリーで満ちた「電気のアンテナ」
サメやエイの顔まわり、特に吻(ふん、鼻先)には、ロレンチーニ器官と呼ばれる小さな穴が無数に開いています。それぞれの穴は、皮膚の下へ向かって伸びる細い管になっていて、電気をよく通すゼリー状の物質で満たされています。管の奥、皮膚の下深くには、電気の変化を感じ取る感覚細胞が集まっています。
この管が電気をとても通しやすいため、皮膚の表面(穴の開口部)と、皮膚の下深くにある感覚細胞のあいだの電位差が、ほとんど失われずに伝わるとしくみだと考えられています。管そのものが、外の海水のごくわずかな電位差を、感覚細胞まで運ぶ「電気の配線」としてはたらいているというわけです。
研究でよく引用される値では、一部のサメやエイは1cmあたり5ナノボルト(10億分の5ボルト)ほどの、極めて小さな電位差の差まで感じ取れるとされています。これは、これまでに知られている動物の感覚のなかでも、もっとも感度の高い部類だと考えられています。
獲物が「生きている」という、消せない電気の気配を読み取っているのです。
自分で確かめられること
- 塩を溶かした水を入れた容器と、簡易テスター(電圧計)を用意する
- 2本の金属棒(スプーンなど)を電極にして、間隔を狭くしたときと、広くしたときで、テスターの読み取りやすさを比べる
- 同じ強さの電気の広がりでも、電極の間隔が広いほうが、電位差をとらえやすくなる様子を確かめる
ロレンチーニ器官の管が長いことにも、これと似た「間隔を広くとって、わずかな電位差をとらえやすくする」意味があると考えられています。
まとめ
サメが砂に隠れた獲物を見つけられるのは、特別な超能力ではありません。生き物は生きているだけで、ごくわずかな電気を周囲に漏らしてしまうという事実。そしてその電気をゼリー状の管で感覚細胞まで届けるロレンチーニ器官。この2つのしくみの組み合わせによるものだと考えられています。
隠れることはできても、生きていることそのものは、隠しきれないのです。
目に見えない手がかりで獲物の位置を知る生き物としては、音の反射(エコー)で暗闇を「見る」コウモリの記事もあわせてどうぞ。生き物が発する電気については、デンキウナギの記事で、電気を「つくる」側のしくみを説明しています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生物物理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:電気を感じる感覚をめぐる言葉
- 生体電流:心臓や筋肉、神経のはたらきにともなって、生き物の体に生じるごくわずかな電気の流れ。
- ロレンチーニ器官:サメやエイの吻に分布する、微弱な電気を感じ取る感覚器官。発見した解剖学者の名にちなむ。
- 電場(電界):電気を帯びたものの周囲に生じる、電気の力がはたらく空間の広がり。
高校式で確かめる:1.5Vの乾電池は、理論上どこまで感じ取れるか
「1cmあたり5ナノボルト」という感度が、実際にはどれほど途方もない数字なのか、身近な乾電池と比べて確かめてみます。
感じ取れる距離 ≒ 電池の電圧 ÷ 感度(1cmあたりの電位差)
| 電池の電圧 | 1.5 V(一般的な乾電池1本) |
| 感度 | 5ナノボルト毎センチメートル(5×10⁻⁹ V/cm) |
※ 電池の電圧が、周囲の水に均一に薄まって広がると仮定した、単純化したモデルでの概算です。実際の海水中での広がり方はもっと複雑だとされています。
| 感じ取れる距離(cm) | 1.5 ÷ (5 × 10⁻⁹) = 3 × 10⁸ |
| kmに直す | 3 × 10⁸ cm = 3 × 10⁶ m = 3,000 km |
| 結果 | 単純化したモデルでは、理論上およそ3,000km先まで |
3,000kmは、日本列島の端から端よりもずっと長い距離です。もちろん実際の海では、電気は距離とともに複雑に弱まり、雑音も多いため、こんな遠くまで感じ取れるわけではありません。それでも、この計算は「1cmあたり5ナノボルト」という感度の桁違いの小ささを実感するのに役立ちます。
高校+なぜ、管が長いと感じ取りやすくなるのか
電場の強さ(1cmあたりの電位差)が同じでも、電位差そのものを測る2点間の距離が長いほど、実際に生じる電位差の大きさは大きくなります。ロレンチーニ器官の管が、皮膚の表面から体の奥深くまで、比較的長く伸びていることには、この「間隔を広げて、わずかな電位差を測定しやすくする」効果があると考えられています。頭部が大きく左右に張り出したシュモクザメの仲間で、この間隔がさらに広くとれることが、電気を感じ取る能力に関係しているのではないか、という説もあります。
大学生物物理学が扱う、感覚細胞での電気信号の変換
生物物理学の分野では、ロレンチーニ器官の感覚細胞が、電位差の変化をどのようにして神経の電気信号に変換しているかが研究されています。細胞膜にある特殊なタンパク質(イオンチャネル)が、電位の変化に応じて開閉し、それが神経へ伝わる信号のもとになっていると考えられています。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 感覚細胞での電気信号への変換の、詳しい分子レベルのしくみは、いまも研究が続けられているテーマです。
- ロレンチーニ器官が、獲物の生体電流だけでなく、海流が地球の磁場を横切ることで生じるわずかな電気を感じ取り、方角や位置の手がかりに利用している可能性も指摘されていますが、詳しいしくみは議論が続いています。
- 種によって感度がどれほど異なるのか、その違いが生活のしかたとどう関係しているのかについても、調査が進められている途中です。
サメの吻にある小さな穴1つにも、生物学と物理学が交わる、いまも研究が続く豊かなテーマが詰まっています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物のからだのはたらき/電流 | 生体電流、ロレンチーニ器官の基本用語 |
| 高校 | 物理基礎・電位差 | 乾電池と感度の比較計算 |
| 高校+ | 物理・電場(発展) | 管の長さと電位差の測定しやすさの関係 |
| 大学 | 生物物理学 | 感覚細胞でのイオンチャネルによる信号変換 |
| 研究 | 感覚生理学・行動生態学(研究中) | 信号変換の分子機構、地磁気利用の可能性、種間比較 |
- Kalmijn, A. J. による、サメ・エイ類の電気受容に関する古典的な研究。
- 海洋生物学関連の教科書における、ロレンチーニ器官の構造と機能に関する解説。
- 感覚生理学関連の資料における、生体電流と電気受容器の感度に関する解説。
- 行動生態学関連の資料における、サメ類の採餌行動と電気受容の関係に関する解説。
※ 感度の数値(1cmあたり5ナノボルト)は、よく引用される目安の値です。実際の感度は種や条件によって幅があるとされています。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための概算・目安です。実際の値は種や研究によって幅があるとされています。