高い山の上では、なぜ木が生えなくなるの?
― 光合成はできても、寒さで「体を作る工事」が止まります
高い山を登っていくと、ある高さを境に森がふっと消えて、背の低い木と草花だけの世界になります。これを森林限界といいます。意外なことに、木は光合成ができなくなって消えるのではありません。材料の糖はあるのに、寒すぎて「体を作る工事」が進まない。しかも背が高いほど、その寒さをまともに受けてしまうのです。
夏の北アルプスを登っています。はじめは背の高い針葉樹の森の中で、日ざしも木の葉にさえぎられています。
登るにつれて木がだんだん低くなり、幹がねじれ、枝が片側にだけ伸びた木が増えてきます。やがて視界がぱっと開けます。足もとには、ひざの高さもない低い木が地面をはうように広がっていました。
日ざしはむしろ強くなっています。雨も降ります。それなのに、ここから上には森がありません。何が木を止めているのでしょうか。
理由は2つだけです
葉は0度近くでも光合成を続けられます。ところが、その糖を使って新しい細胞を作り、幹や根を太らせる工事のほうが、先に寒さで止まります。材料はあるのに、使えないのです。
地面すれすれの植物は、日に温められた地面の熱に包まれています。背の高い木の枝先は、風にさらされて気温とほぼ同じ冷たさです。しかも自分の葉の影で、根もとの土まで冷やしてしまいます。
この2つが重なると、「低い植物なら生きられるが、高い木は育ちきれない」高さが生まれます。それが森林限界です。順に見ていきます。
光合成ができるのに、なぜ育たないの?
長いあいだ、森林限界は「寒くて光合成が足りず、糖が不足するから」だと考えられてきました。ところが、森林限界の木を調べると、幹や枝にためてある糖はむしろ余っていることが分かってきました。
植物が大きくなるには、糖をつくるだけでは足りません。細胞を分裂させ、細胞の壁を組み立て、木の幹の材を積み上げる必要があります。この工事は、光合成よりずっと寒さに弱いのです。およそ5度前後を下回ると、組み立てがほとんど進まなくなるとされています。
たとえるなら、倉庫に木材は山積みなのに、寒すぎて大工さんが働けない状態です。スイスの植物学者クリスティアン・ケルナーらは、世界各地の森林限界で根もとの土の温度を測りました。すると、木が育つ季節の平均がどこでもおよそ6〜7度にそろっていたと報告しています。熱帯の高い山でも、北国の低い山でも、同じ数字に落ち着くのです。
図1の左側を見てください。森の上限を示す点線は、この「育つ季節の平均がおよそ6〜7度」になる高さにあたります。
背が低いと、なぜあたたかいの?
晴れた日に地面を触ると、空気よりずっと熱くなっていることがあります。日ざしを受けた地面は、そのすぐ上に薄いあたたかい空気の層を作ります。風は地面の近くでは弱まるので、この層は吹き飛ばされにくいのです。
高山の草花やクッションのように丸く茂る植物は、この層の中にすっぽり収まっています。晴れた日の昼には、葉の温度が気温より10度以上高くなることもあると報告されています。
一方、高い木の枝先は、風がそのまま吹き抜ける高さにあります。どれだけ日が当たっても、熱はすぐ風に持ち去られます。だから枝先の温度は気温とほとんど変わりません。さらに、木が茂ると自分の影で根もとの土が日に当たらなくなり、土まで冷えてしまいます。
つまり、同じ山の同じ高さにいても、「低い植物が感じている気候」と「高い木が感じている気候」は別物です。森林限界より上で低い植物だけが生き残るのは、彼らが地面の近くにある、少しだけ暖かい別の気候に住んでいるからなのです。
日本の高山で森林限界の上に広がるハイマツは、名前のとおり地面をはうように育ちます。冬は雪に埋もれることで、厳しい寒風と乾燥から枝を守っていると考えられています。雪の上に突き出た枝は冬の間に傷みやすく、枯れてしまうことがあります。風の強い尾根では、風上側の枝が枯れて旗のような形になった木も見られます。
熱帯の山では、森林限界はおよそ3500〜4000メートルの高さにあるとされています。北へ行くほど低くなり、北極圏ではついに平地まで下りてきます。平地で森が終わる線は、北極圏の森林限界として知られています。日本の山は雪と風が強いため、同じ緯度の大陸の山より森林限界が低めになるとされています。
まとめ
高い山で木が消えるのは、光が足りないからでも、糖が作れないからでもありません。寒さで新しい細胞を組み立てる工事が止まり、しかも背の高い木ほど冷たい風にさらされるからです。森林限界は、世界のどこでも「木が育つ季節の平均がおよそ6〜7度」という、同じ温度の線に沿っています。
木を止めているのは、光でも糖でもなく、
「組み立てられないほどの寒さ」と「背の高さ」です。
山の斜面の向きで木の種類が変わる理由は「同じ山なのに、北向きの斜面と南向きの斜面で木がちがうのは、なぜ?」に、雪が地面の下を守るしくみは「外がマイナス20度でも、雪の下はなぜ0度のままなの?」に書きました。高い山で人の体に起きることは「高山病」の記事、山の天気が変わりやすい理由は「山の天気」の記事にまとめています。
- よく晴れた風のある日に、芝生や草地へ行きます。温度計を2本用意します。
- 1本は地面の草の間に、もう1本は胸の高さの日かげに置き、数分待って読みます。温度計には直接日が当たらないよう、白い紙で軽く覆ってください。
- 高い山や丘へ行く機会があれば、登りながら木の高さと形を観察します。木が低くなり、枝が片側に偏りはじめる高さをメモしておきます。
地面近くのほうが数度あたたかければ、それが高山植物の住んでいる「低いところの気候」です。山に登る場合は、天候と装備に十分注意してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(植物生理生態学・微気象学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 森林限界:まとまった森が成り立つ上限の高さ(または緯度)です。これより上では、高い木が集まって林を作れなくなります。
- 高山帯:森林限界より上の区域です。日本ではハイマツの低木林や、高山植物の草原・岩場が広がります。
- 気温減率:高さが上がるにつれて気温が下がる割合です。平均的には、100メートル上がるごとにおよそ0.6度下がるとされています。
中学高校式で確かめる:森林限界はどれくらいの高さになるか
木が育つ季節の平均気温が、ふもとで何度かが分かれば、何メートル登ればおよそ6.5度まで下がるかを計算できます。ここでは、海の高さでの平均気温を22度と仮に置きます。
| 海の高さでの、木が育つ季節の平均気温(仮の設定) | 22度 |
| 森林限界に共通する、育つ季節の平均温度の目安 | 6.5度 |
| 100メートル上がるごとに下がる気温 | 0.6度 |
| T0 | 海の高さでの平均気温(単位は度) |
| Tc | 森林限界の温度の目安(単位は度) |
| h | 森林限界の高さ(単位はメートル) |
| 下がる必要のある温度 | 22 - 6.5 = 15.5 |
| 100メートル単位で何段ぶん登るか | 15.5 ÷ 0.6 ≒ 25.8 |
| メートルに直す | 25.8 × 100 = 2580 |
約2600メートルです。本州中部の山で森林限界がおよそ2500メートル前後とされるのと、おおむね合います。ふもとの気温を2度下げて20度にすると、同じ計算で約2250メートルまで下がります。
| ふもとが2度寒い土地では | 森林限界が300メートル以上低くなる |
| 逆に、気温が1度上がると | 森林限界は計算上170メートルほど上がりうる |
わずか数度の違いが、山の景色を数百メートル単位で動かします。ただし実際の木は種が運ばれ、育つまでに何十年もかかるので、気温の変化にすぐ追いつくわけではありません。
高校高校+バイオームの垂直分布とのつながり
高校生物基礎では、標高によって植生が丘陵帯・山地帯・亜高山帯・高山帯と入れかわる「垂直分布」を習います。亜高山帯と高山帯の境目が、この記事の森林限界です。高くなるほど気温が下がるのは、上昇した空気が膨らんで冷えるためです。
高校+日本の山では、冬の季節風が強い日本海側の山を中心に、森林限界が気温から期待されるより低い位置に現れることがあります。大量の雪、強い風、雪の上に出た枝の冬の乾燥などが重なるためとされ、こうした場所は「偽高山帯」と呼ばれることがあります。
大学「材料不足」ではなく「使い道不足」
植物生理生態学では、成長の制限を「糖を作る側(光合成)」と「糖を使う側(細胞の分裂・伸長・壁の合成)」に分けて考えます。森林限界の木では、幹や枝の非構造性炭水化物(でんぷんや糖)の蓄えが低地の木より少なくないことが多く報告されました。このことから、糖を使う側の低温制限こそが主因だとする「成長制限説」が有力になっています。背の高さの効果は、植物の周囲にできる境界層の厚さと、風による熱の交換の強さで説明されます。低い植物は地表の境界層の中で空気との熱交換が弱く、日射で温まりやすいのです。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 温暖化で森林限界はどこまで上がるか。 気温は上がっているのに、森林限界の上昇は場所によって速かったり、ほとんど動かなかったりします。芽生えの定着、動物による食害、霜の害などがどう効くのか、各地で調べられています。
- なぜ6〜7度という値にそろうのか。 細胞の組み立てが止まる温度との関係が考えられていますが、どの過程が決め手なのかは完全には決着していません。
- 冬の害と夏の成長不足、どちらが重要か。 雪の上に出た枝の冬の乾燥や、若い芽生えの凍結害が、場所によっては森林限界を決めているとも考えられています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。森林限界の上昇は、気候の変化を見張る目印としても注目されています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科 植物のつくりとはたらき/気象 | 光合成、高いところほど寒くなること |
| 高校 | 生物基礎 バイオームの垂直分布 | 亜高山帯と高山帯の境目 |
| 高校+ | 地学基礎 大気の温度構造 | 気温減率を使った高さの計算、偽高山帯 |
| 大学 | 植物生理生態学・微気象学 | 成長制限説、境界層と植物の温度 |
| 研究 | 高山生態学・気候変動研究 | 森林限界の上昇速度、6〜7度の理由 |
| ― | 生活とのつながり | 登山での景色の読み方、温暖化の影響の目印 |
- Körner, C. & Paulsen, J. (2004) A world-wide study of high altitude treeline temperatures. Journal of Biogeography 31: 713–732.
- Körner, C. (2012) Alpine Treelines: Functional Ecology of the Global High Elevation Tree Limits. Springer.
- Körner, C. (2003) Alpine Plant Life: Functional Plant Ecology of High Mountain Ecosystems, 2nd ed. Springer.
- Holtmeier, F.-K. (2009) Mountain Timberlines: Ecology, Patchiness, and Dynamics, 2nd ed. Springer.
- 環境省 自然環境局 生物多様性センター
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。森林限界の高さは山の地形・雪・風によって大きく変わります。