空気の1%を占めるアルゴンは、
なぜ100年以上も見つからなかったの? ― 窒素の重さが、0.5%だけ合いませんでした
アルゴンは、何ともくっつかない気体です。だから化学の検査にまったく引っかかりませんでした。見つけるきっかけになったのは、同じはずの窒素の重さが、わずか200分の1ほど食い違っていたことでした。
学校で「空気は窒素が約8割、酸素が約2割」と習いました。足すと、ほぼ100%です。なんとなく、それで全部のような気がします。
ところが、ニュースでよく聞く二酸化炭素は、空気の0.04%ほどしかありません。では、残りの約1%は何でしょう。答えは、アルゴンという気体です。二酸化炭素の20倍以上も、いま吸っている息に入っています。
これほど身近にあるのに、見つかったのは1894年のことです。空気の研究は、それより100年以上前から盛んでした。なぜ誰も気づかなかったのでしょうか。
見つからなかった理由は、2つだけ
当時、気体を調べる方法は「ほかの物質と反応させて、何ができるか見る」ことでした。アルゴンは燃えず、何とも結びつきません。化学の網に、そもそもかからなかったのです。
空気から酸素や水分を取り除くと、残りは「窒素」とされていました。アルゴンはその中に1%ほど混ざったままでした。見分ける手がかりは、ほんのわずかな重さの違いだけでした。
この2つを突破したのが、イギリスのレイリー卿という物理学者の、しつこいほど丁寧な重さの測定でした。順番に見ていきます。
化学の検査は、なぜアルゴンを素通りしたの?
18世紀から19世紀の化学者は、気体を「何と反応するか」で見分けていました。酸素は物を燃やします。二酸化炭素は石灰水をにごらせます。反応のしかたが、その気体の名札でした。
アルゴンには、この名札がありません。原子のいちばん外側に、電子がちょうど満員の状態で並んでいるためです。ほかの原子と電子をやりとりする必要がなく、化合物をほとんど作りません。反応で調べる限り、アルゴンは「そこに無い」のと同じでした。
実は、手がかりはもっと前にありました。1785年、イギリスのキャベンディッシュは、空気中の窒素に電気の火花を飛ばして酸素と反応させ、取り除く実験をしました。どうしても最後に小さな泡が残り、その量は元の120分の1以下だったと記録されています。けれど、その泡の正体は追いかけられないまま、100年以上が過ぎました。
重さを量ると、なぜ見つかったの?
1890年ごろ、レイリー卿は、気体の重さをできるだけ正確に量る研究をしていました。そこで、窒素を2つの方法で用意しました。1つは空気から酸素や水分などを取り除いたもの。もう1つは、アンモニアなどの化合物を分解して作ったものです。
どちらも「純粋な窒素」のはずです。ところが、同じ体積で比べると、空気から取った窒素のほうが、いつも0.5%ほど重くなりました(図1の左)。量り方を変えても、化合物の種類を変えても、差は消えませんでした。
200分の1の差なら、測りまちがいとして片づけることもできました。レイリー卿はそうせず、1892年に科学雑誌へ「この差の理由を知っている人はいないか」と投稿しました。これに応じたのが、化学者のラムゼーです。
2人は、空気から取った窒素を、熱したマグネシウムや電気の火花で徹底的に反応させて取り除きました。すると、どうしても反応しない気体が1%ほど残りました。光に分けて調べると、どの既知の元素とも違う光の線が出ました。1894年、2人は新しい元素として発表し、ギリシャ語で「怠け者」を意味する名前を付けました。
アルゴンの発見で、「反応しない気体のなかま」が周期表にまるごと抜けていたとわかりました。ラムゼーはその後、ヘリウムを地上の鉱物から取り出し、1898年には液体にした空気を少しずつ蒸発させて、ネオン・クリプトン・キセノンを見つけました。1904年、レイリー卿はノーベル物理学賞、ラムゼーはノーベル化学賞を受けています。
空気中のアルゴンのほとんどは、岩石にふくまれる放射性のカリウムが、何十億年もかけて少しずつ変わってできたものと考えられています。地球の内部から火山などを通してしみ出し、たまってきたわけです。何とも反応しないので、一度空気に出ると消えずに残り続けます。
まとめ
アルゴンは、何とも反応しないため、化学の検査を100年以上すり抜けました。見つけたのは、同じはずの窒素の重さが0.5%だけ合わないことを見逃さなかった測定でした。小さな食い違いを「誤差」で片づけなかったことが、周期表の1列ぶんの発見につながりました。
いま吸っている息の1%は、名札を持たない気体。
それを見つけたのは、化学反応ではなく「はかり」でした。
空気のわずかな成分が大きな働きをする例は、空気の0.04%しかない二酸化炭素で、なぜ気温が変わるの?で紹介しています。常識を疑う証拠が集まって定説が変わった別の話は、隕石が空から降ってくることを、昔の学者はなぜ信じなかったの?をどうぞ。
- 500ミリリットルのペットボトルに水を満たし、これを「1回に吸う息」の量と見立てます。
- 計量スプーンで、その1%にあたる5ミリリットル(小さじ1杯)の水を別の容器に取ります。これが、1回の息に入っているアルゴンのおおよその量です。
- 次に、スポイトや目薬の容器で水を1滴ずつ落とし、0.2ミリリットルほど(数滴)を取ります。これが二酸化炭素のおおよその量です。2つを並べて見比べます。
小さじ1杯と数滴。どちらも「ほんの少し」に見えますが、20倍以上の開きがあります。これほどの量が、反応しないというだけで長いあいだ見過ごされていたわけです。水の1滴は、およそ0.05ミリリットルが目安です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎・化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(無機化学・地球化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- アルゴン:原子番号18の元素。空気中に約0.93%ふくまれる、色もにおいもない気体。
- 貴ガス(希ガス):ヘリウム・ネオン・アルゴン・クリプトン・キセノンなど、周期表のいちばん右の列の元素。ほとんど化合物を作らない。
- 密度:決まった体積あたりの重さ。同じ温度・同じ圧力の気体なら、粒1つが重い気体ほど密度が大きい。
中学高校式で確かめる:1%のアルゴンで、本当に0.5%重くなる?
空気から取った「窒素」には、アルゴンが混ざっています。その混ざり具合から、窒素の重さがどれだけ増えるかを計算し、レイリー卿の測定と比べます。表の分子量は、粒1つの相対的な重さを表す数で、単位はありません。
| 窒素の分子量 | 約28.0 |
| アルゴンの原子量 | 約39.9 |
| 乾いた空気中の窒素の割合 | 約78.1% |
| 乾いた空気中のアルゴンの割合 | 約0.93% |
| 空気から取った窒素の密度(レイリー卿の測定) | 1リットルあたり約1.2572グラムとされる |
| 化合物から作った窒素の密度(同) | 1リットルあたり約1.2505グラムとされる |
| 「窒素」として残る気体の割合(%) | 78.1 + 0.93 = 79.03 |
| その中のアルゴンの割合 | 0.93 ÷ 79.03 ≒ 0.0118 |
| アルゴン1つが窒素より重いぶん | 39.9 − 28.0 = 11.9 |
| 混ざったことで増える平均の重さ | 11.9 × 0.0118 ≒ 0.14 |
| 窒素に対して増えた割合 | 0.14 ÷ 28.0 = 0.005 |
| 測定での重さの比 | 1.2572 ÷ 1.2505 ≒ 1.0054 |
| アルゴンは二酸化炭素の何倍か | 0.93 ÷ 0.04 ≒ 23 |
| 1回の息(500ミリリットル)中のアルゴン | 500 × 0.0093 ≒ 4.7 |
計算では0.5%、測定では0.54%ほど重くなり、ほぼ一致します。1%の混ざりものが、重さでは0.5%の差にしかならない。この小ささが、発見を遅らせた理由でもあります。
| 記号・語 | 意味と単位 |
| 分子量・原子量 | 炭素原子を12としたときの、粒1つの相対的な重さ(単位なし) |
| % | 体積の割合(気体では粒の数の割合とほぼ同じ) |
| 密度 | 1リットルあたりのグラム数(0℃・1気圧で比べたもの) |
高校高校+なぜ貴ガスは反応しないのか
高校原子は、いちばん外側の電子の数が決まった数(多くの場合8個)になると安定します。ナトリウムや塩素は、電子を渡したり受け取ったりしてこの状態に近づこうとするため、よく反応します。アルゴンは初めから外側の電子が8個そろっているので、ほかの原子と電子をやりとりする理由がありません。
高校+気体の密度が粒1つの重さに比例するのは、「同じ温度・同じ圧力・同じ体積の気体には、種類によらず同じ数の粒が入っている」というアボガドロの法則によります。レイリー卿の方法は、この法則を使って、見えない粒の平均の重さを量っていたことになります。
大学アルゴンの由来と、「反応しない」の限界
空気中のアルゴンの大部分は質量数40のもので、岩石中のカリウム40が放射性崩壊してできたと考えられています。宇宙全体では質量数36のアルゴンのほうが多いとされ、地球の空気の成分が地球内部の歴史を記録していることがわかります。この崩壊を利用して、火山岩の年代を測る方法もあります。一方、「まったく反応しない」は言いすぎで、1962年にキセノンの化合物が作られて以降、重い貴ガスには化合物が知られています。アルゴンでは、ごく低温でだけ保てる不安定な化合物が報告されている程度です。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 地球内部からアルゴンがどれだけ出てきたのか。 地球が生まれた直後に一気に出たぶんと、その後ゆっくり出たぶんの割合は、マントルの混ざり方のモデルによって見積もりが分かれています。
- ほかの惑星の貴ガスはなぜ地球と違うのか。 金星や火星の大気の貴ガスの割合は地球と異なり、惑星が大気を得たり失ったりした歴史の手がかりとして研究されています。
- アルゴンの安定な化合物は作れるのか。 高い圧力の下で、ほかの元素と結びつく可能性が計算で示されていますが、実験での確認は限られています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに地球の空気がいつ、どのようにできたかは、貴ガスを手がかりに今も書き換えが続いています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・気体の性質、空気の成分 | 窒素・酸素・アルゴンの割合、密度 |
| 高校 | 化学基礎・周期表と電子配置 | 貴ガスが反応しない理由 |
| 高校+ | 化学・気体の法則 | アボガドロの法則と密度の比較 |
| 大学 | 無機化学・地球化学 | カリウム40の崩壊、貴ガス化合物 |
| 研究 | 惑星科学・地球内部のガス放出 | 空気のアルゴンの由来、惑星ごとの違い |
| ― | 生活とのつながり | 吸っている空気の中身、小さな食い違いを見逃さない姿勢 |
- ノーベル財団 1904年ノーベル物理学賞(レイリー卿)
- ノーベル財団 1904年ノーベル化学賞(ラムゼー)
- Rayleigh, Lord and Ramsay, W. (1895) Argon, a New Constituent of the Atmosphere. Philosophical Transactions of the Royal Society of London A 186
- 国立天文台 編『理科年表』 大気の組成
- 高等学校「化学基礎」教科書 周期表・電子配置、気体の性質
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の測定値は資料によって表記に多少の違いがあります。