地球でいちばん寒い場所の下に、なぜ凍らない湖があるの?
― 南極の氷の底は、厚い毛布と重いふたで温められています
南極には、マイナス89℃という、地上の観測でもっとも低い気温を記録した場所があります。その真下、厚さ4km近い氷の底に、琵琶湖の20倍近い広さの「液体の水の湖」が眠っています。凍らせているはずの氷そのものが、じつは湖を守っているのです。
雪国の畑では、雪がたっぷり積もった年のほうが、土が凍りにくいといわれます。上は氷点下なのに、雪の下の土は0℃近くで保たれるのです。
南極のボストーク基地では、1983年にマイナス89.2℃が観測されました。地上の気象観測で記録された、地球でいちばん低い気温とされています。
ところが、その基地の足もとを約3700m掘り下げると、氷の下に液体の水があります。「ボストーク湖」と呼ばれる、南極で最大の氷の下の湖です。なぜ、凍りつかないのでしょうか。
凍らない理由は2つだけ
地面の下からは、地球の中の熱がわずかずつ上がってきます。4km近い氷は、この熱を外へ逃がしにくい分厚い毛布です。熱がこもり、底ほど温かくなります。
氷は、強く押されると0℃より低い温度でも溶けます。底には約330気圧がかかり、溶ける温度はマイナス2℃台まで下がります。
つまり、底の温度は「上がる」方向へ押され、溶ける温度は「下がる」方向へ押されています。両方が出会ったところで、氷は水に変わるのです。順に見ていきましょう。
地球の熱は、氷の毛布にこもる
地球の内部は、今も数千℃の熱をもっています。その熱は、地面から1平方メートルあたり0.05ワットほどの、ごくわずかな量で漏れ出しているとされます。手のひらで感じられる量ではありません。
ふつうの地面なら、この熱はすぐ空気へ逃げます。ところが南極では、その上に氷が4km近く積み重なっています。氷1cmは大した断熱材ではありません。しかし何千mも重なると、熱はなかなか表面まで届きません。
熱が通り抜けるには、上と下に温度の差が必要です。わずかな熱でも、4kmの氷を通すには大きな温度差がいります。その結果、表面がマイナス55℃でも、底のほうは溶ける温度まで温まってしまいます。
図1の右側を見てください。点線を素直に伸ばすと、底は+34℃になる計算です。もちろん、実際にそうはなりません。溶ける温度に達した時点で、余った熱は氷を溶かすのに使われるからです。実際の氷床では、上から降り積もる冷たい雪が冷たさを下へ運ぶため、温度の上がり方はこの点線よりゆるやかです。それでも、底が溶ける温度に届く場所は多いのです。
氷の重さが、溶ける温度を下げる
ふつうの物質は、押し固めると固体になりやすくなります。ところが水は、液体より氷のほうがかさばる、変わり者です。そのため強く押すと、かさの小さい液体の水のほうへ傾きます。つまり、押された氷は0℃より低い温度で溶けます。
効き目はわずかです。1気圧増えるごとに、溶ける温度は0.0075℃ほどしか下がらないとされます。スケートの刃で押した程度では、ほとんど効きません。しかし4km近い氷の重さは、約330気圧にもなります。すると溶ける温度は、マイナス2.4℃ほどまで下がります。
ボストーク湖の水温は、マイナス3℃前後と見積もられています。0℃より冷たいのに液体でいられるのは、この重いふたのおかげです。
氷の下の湖は、上空から氷を通す電波を当てて見つけます。湖の水面は電波を強く跳ね返し、平らに写るからです。2012年の目録では、南極で約380個が数えられました。湖どうしが川でつながり、数年のうちに水が抜けたり満ちたりする例も、人工衛星の測定で見つかっています。
まとめ
南極の氷の底が凍らないのは、厚い氷が地球の熱を閉じ込める毛布になり、同時に氷の重さが溶ける温度を下げるふたになっているからです。極寒の地表と液体の湖は、同じ氷の上と下の姿です。
氷は、厚くなるほど自分の底を溶かす。
地球でいちばん寒い場所の下で、湖は温められている。
氷の底の水は、氷河が動くしくみにも関わります。氷河は、なぜ固い氷なのに川のように流れるの?もあわせてどうぞ。0℃より冷たい水の話はマイナス20℃でも凍らない水、押しても溶けない氷の話は凍った道は、なぜあんなに滑るの?で紹介しています。
- 冷凍庫で大きめの氷のかたまりをつくり、コップ2つの上に橋のように渡します。
- 細い針金の両はしに、水を入れたペットボトルを1本ずつ結びます。針金を氷の真ん中にかけて、ぶら下げます。
- 冷えた場所で数十分〜数時間待つと、針金が氷の中へ沈んでいきます。それなのに、通ったあとの氷はくっついたままです。
針金の真下の氷は押されて溶け、水は針金の上へ回って、押されなくなると再び凍ります。この現象は「復氷」と呼ばれます。ただし針金が周りの熱を伝える効果も混ざるので、純粋な圧力だけの実験ではありません。刃物や重いものの扱いに注意し、大人と一緒に行ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱力学・雪氷学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 氷床下湖(ひょうしょうかこ):南極やグリーンランドの厚い氷(氷床)の底にたまった、液体の水の湖。
- 地殻熱流量:地球の内部から地表へ漏れ出す熱の量。1平方メートルあたりのワット数で表します。
- 圧力融解:圧力が高いほど、氷の溶ける温度が下がる現象。押されて溶け、戻って凍る現象は「復氷」と呼ばれます。
中学高校式で確かめる:氷の底の「溶ける温度」と「温度」
主題は2つの量です。底で氷が溶ける温度(融点)と、熱が伝わるだけなら底が何℃になるか。前者は圧力の式、後者は熱の伝わり方の式から出します。
| 記号で書くと(圧力) | P = ρ × g × h |
| 記号で書くと(融点) | 融点の下がり ΔT = β × P |
| 記号で書くと(熱) | q = k × ΔT熱 ÷ h → 温度差 ΔT熱 = q × h ÷ k |
| 言葉で書くと | 底の圧力 = 氷の密度 × 重力加速度 × 厚さ。融点の下がり = 係数 × 圧力。氷を通る熱 = 熱の通しやすさ × 上下の温度差 ÷ 厚さ |
| どこから来る式か | 1つ目は、上に載った氷の重さを面積で割ったもの(力のつり合い)。2つ目は、氷と水が共存できる温度と圧力の関係(クラウジウス・クラペイロンの式)を、狭い範囲で直線とみたもの。3つ目は、熱は温度の高い側から低い側へ、温度差に比例して流れるという熱伝導の法則(フーリエの法則)です。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| ρ | 氷の密度(kg/m³) |
| g | 重力加速度(m/s²) |
| h | 氷の厚さ(m) |
| β | 圧力1メガパスカルあたりの融点の下がり(℃/メガパスカル) |
| q | 地殻熱流量(ワット/m²) |
| k | 氷の熱伝導率(ワット/m/℃) |
| 氷の厚さ(ボストーク湖の上) | 約3700m |
| 氷1mぶんの圧力(密度917kg/m³、重力加速度9.8) | 約0.009メガパスカル |
| 融点の下がり β | 1メガパスカルあたり 約0.074℃ とされる |
| 1気圧 | 約0.1メガパスカル |
| 地殻熱流量 q | 1m²あたり 約0.05ワット とされる |
| 氷の熱伝導率 k | 約2.1 とされる |
| 表面の年平均気温 | 約−55℃ |
| 底の圧力(メガパスカル) | 0.009 × 3700 ≒ 33 |
| 気圧に直すと | 33 ÷ 0.1 = 330 |
| 融点の下がり(℃) | 33 × 0.074 ≒ 2.4 |
| 熱を通すのに要る、1mあたりの温度差(℃) | 0.05 ÷ 2.1 ≒ 0.024 |
| 氷全体の上下の温度差(℃) | 0.024 × 3700 ≒ 89 |
| 熱が伝わるだけの場合の底の温度(℃) | 89 − 55 = 34 |
底の融点はマイナス2.4℃ほど。一方、熱が伝わるだけなら底は+34℃になる計算で、融点をはるかに越えます。実際には、降り積もる雪が冷たさを下へ運ぶので温度差はこれより小さく、場所によっては底が凍りついたままです。それでも、このおおまかな見積もりで「氷が厚いほど底は溶けやすい」ことが分かります。
高校高校+水が「変わり者」である理由
高校水の分子は水素結合で手をつなぎ、氷になるとすき間の多い六角形の骨組みをつくります。そのため氷は水より約9%かさばり、水に浮きます。押されると、かさの小さい液体の側へ変化が進みます。これは「状態図」の固体と液体の境目が、左へ傾いていることとして表されます。
高校+ボストーク湖の上では、氷の底が湖の北側では溶け、南側では湖の水が再び凍りついていると考えられています。氷の厚さが場所によって違い、融点も違うためです。湖の上に張りついた「再凍結した氷」は、ボーリングで採取され、湖の水の手がかりとして調べられました。
大学氷床の熱収支と、移流の効き目
氷の融点と圧力の関係は、クラウジウス・クラペイロンの式で、融解熱と体積変化から導かれます。氷床の温度分布は、フーリエの法則による熱伝導に、雪の積もる速さによる移流(冷たい氷が下へ運ばれる効果)と、氷が流れるときの摩擦熱を加えた熱収支の式で求めます。積雪の多い場所ほど底は冷え、氷の厚い内陸ほど底は溶けやすくなります。
📖 式の導出や、さらに先の内容:クラウジウス・クラペイロンの式(ウィキペディア) / ボストーク湖(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 湖に生き物はいるのか。 西南極のウィランズ湖では、2013年の掘削で水の中から微生物が見つかりました。より深く孤立したボストーク湖に何が住むかは、掘削時の汚染の問題もあり、はっきりしていません。
- 地熱はどこでどれだけ出ているのか。 南極の地殻熱流量は直接測れる場所がほとんどなく、場所ごとの値には大きな幅があります。どこの底が溶けているかの予測も、それに左右されます。
- 底の水は、氷の流れをどう変えるのか。 氷の下の水は潤滑油になり、氷を海へ滑らせやすくすると考えられています。湖の水が一気に抜ける現象が、氷の流れの速さにどう響くかは研究が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。湖の水温や地熱の値は、見積もりの方法によって変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「状態変化」「圧力」 | 氷と水、重さによる圧力 |
| 高校 | 物理「熱」、地学「地球の内部」 | 熱の伝わり方、地殻熱流量 |
| 高校+ | 化学「状態図」 | 押すと溶ける水の性質 |
| 大学 | 熱力学・雪氷学 | クラウジウス・クラペイロンの式、氷床の熱収支 |
| 研究 | 極地科学・宇宙生物学 | 氷の下の生き物、地熱の分布 |
| ― | 生活とのつながり | 雪の多い年に畑の土が凍りにくいのも、厚い層が地面の熱を逃がさないため |
- Wright, A. and Siegert, M. (2012) A fourth inventory of Antarctic subglacial lakes. Antarctic Science
- ウィキペディア「ボストーク湖」
- Kapitsa, A. P. et al. (1996) A large deep freshwater lake beneath the ice of central East Antarctica. Nature 381
- Christner, B. C. et al. (2014) A microbial ecosystem beneath the West Antarctic ice sheet. Nature 512
- Cuffey, K. M. and Paterson, W. S. B. (2010) The Physics of Glaciers, 4th ed. Elsevier
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。南極の観測値は、測定方法や年代によって異なる値が報告されています。