凍った道は、なぜあんなに滑るの?
― 氷の表面には、いつも水がのっています
氷がよく滑るのは、あなたの体重で氷が溶けているからではありません。氷の表面には、氷点下でも「動きやすい水の層」がのっています。私たちは氷の上ではなく、その薄い水の上を歩いているのです。
冬の朝、いつもの歩道が黒くつやつやと光っています。ふつうの濡れた路面に見えて、足をのせたとたん、体がすうっと前へ持っていかれます。
不思議なのは、ガラスやツルツルの金属板の上では、ここまで滑らないことです。どちらも氷よりよほど平らなのに、氷ほど足を取られません。
つまり氷の滑りやすさは、「表面が平ら」だけでは説明がつきません。氷にだけある事情があります。
理由は、大きく2つです
氷の内部の分子はまわりをぎっしり囲まれていますが、いちばん外側の分子は上に相手がいません。結びつきが少ないぶん、氷点下でも動くことができます。この層が、氷の上の薄い水のはたらきをします。
いったん滑ると、こすれた場所に熱が生まれます。その熱で表面がさらに溶け、水の層が厚くなります。滑るほど滑りやすくなる、という後戻りしにくい流れが起きます。
そして昔からよく言われてきた「体重で押されて氷が溶ける」という説明は、実際に計算してみると、ほとんど効いていないことがわかります。順に見ていきましょう。
氷の表面は、なぜ氷点下でもゆるんでいるの?
氷は、水の分子が規則正しく手をつないで並んだものです。内部の分子は上下左右を仲間に囲まれ、四方から引っぱられています。だから氷点下では、びくとも動けません。
ところが、いちばん外側の分子は事情が違います。上には空気しかなく、つないでいる手の数が足りません。引きとめる力が弱いので、まわりが氷点下でも、外側の分子は位置を入れかえながら動き回れるのです。
この「表面だけがゆるんでいる状態」を、表面融解と呼びます。厚さは温度によりますが、氷点下の道路では分子が数個から数十個ぶん、目に見えないほど薄いとされています。それでも、足の裏と氷とのあいだに入りこむには十分な厚みです。図1の左側が、その状態です。
「体重で氷が溶ける」は、なぜ足りないの?
氷は、強く押されると溶ける温度がわずかに下がる、めずらしい性質を持っています。だから「スケートや靴で押された氷が溶けて、その水で滑る」と説明されてきました。
ところが、この下がり方はとても小さいのです。折りたたみの中で計算していますが、体重60キログラムの人が靴で立ったとき、溶ける温度は千分の数度しか下がりません。気温が氷点下5度の道路では、まったく足りません。
スケートの刃のように接する面積が小さくても、この説明だけでは、氷点下10度のリンクで滑れることを説明しきれないと考えられています。押して溶かすのではなく、もともと表面にある水の層のほうが主役だ、ということです。
氷はいつも同じだけ滑るわけではありません。0度に近い氷ほど表面の水の層が厚く、よく滑ります。逆に、うんと冷えた氷では層が薄くなり、滑りにくくなるとされています。冬の道でとくに危ないのが、日が差して少し溶けた午後や、その水がまた凍る夕方なのは、このためです。
薄く張った氷は、下の路面の色が透けて黒く見えます。濡れているだけの路面と区別がつきません。橋の上、トンネルの出口、日陰のカーブは、地面から熱が伝わりにくいため、まわりが乾いていても凍っていることがあります。
滑りはじめると、なぜ止まりにくいの?
足が動きはじめると、こすれた場所で熱が生まれます。氷は0度で溶けるので、その熱はすぐ、表面を溶かすことに使われます。
水の層が厚くなると、くつ底と氷は直接ふれ合わなくなり、抵抗はさらに小さくなります。すると足はもっと速く動き、熱がもっと生まれます。図1の右側が、この状態です。踏ん張ろうとしてもききにくいのは、気のせいではありません。
だから凍った道では、「滑りはじめてから止める」のはとても難しいのです。滑らせないことのほうが、はるかに簡単です。
じゃあ、どうすればいいの?
- 歩はばを、いつもの半分にする足を前に投げ出すほど、体は後ろに取り残されます
- 足の裏全体で、そっと置くように歩くかかとから着くと、いちばん滑りやすい向きに力がかかります
- 手はポケットから出しておくころんだときに体をかばえます。荷物は片手にまとめましょう
路面にごく薄く張った氷は、遠目にはただの水たまりに見えます。橋の上や日陰では、凍っていることを前提に速度を落としてください。頭を打った、立ち上がれないというときは、無理に動かず、119番や周囲の人に助けを求めてください。
まとめ
氷が滑るのは、押されて溶けるからではありません。氷の表面には、氷点下でも動きやすい水の層がもとから乗っていて、私たちはその上を歩いています。そして滑りはじめると、こすれた熱がその層を厚くし、いっそう滑りやすくします。
私たちが滑っているのは、氷の上ではありません。
氷がいつも身にまとっている、薄い水の上です。
氷にまつわる話は、ほかにもあります。氷に塩をかけると0度より冷たくなる理由や、氷が水に浮く理由、透明な氷なのに雪が白く見える理由も、同じ「水の分子の並び方」から出てきた話です。
- 製氷皿の氷を1個取り出し、すぐに乾いた皿の上を指ではじいてみます。あまり滑らず、指や皿にくっつくことがあります。
- そのまま1〜2分置いてから、もう一度はじいてみます。今度はよく滑ります。氷の温度が上がり、表面の水の層が厚くなったためです。
- もう1個を冷凍庫に戻して十分冷やし、1と同じことをします。取り出したては滑りにくい、という差が繰り返し出るか見てみましょう。
冷たい氷を素手で長くつかむと、皮ふがくっついて傷つくことがあります。短い時間で行い、氷は口に入れずに片づけてください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(表面科学・摩擦の科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 表面融解:溶ける温度より低いのに、表面のごく薄い部分だけが液体のようにふるまう現象。氷でとくによく知られています。
- 準液体層:表面融解でできる、液体と固体の中間のような薄い層のこと。氷の滑りやすさの主役と考えられています。
- 融点降下:押す力を強めたり、ものを溶かしこんだりすると、溶ける温度が下がること。氷は押されると融点が下がる、めずらしい物質です。
中学高校式で確かめる:体重で氷はどれだけ溶けやすくなるのか
「体重で押された氷が溶けて滑る」という説明で足りるかどうかを、数字で確かめます。氷は押されると融点が下がりますが、その下がり方は1気圧ぶんの圧力あたり約0.0074度とされています。
| 人の体重 | 60 キログラム |
| 重力加速度 | 9.8 メートル毎秒毎秒 |
| くつ底が地面に接する面積(両足) | 0.02 平方メートル |
| 大気圧(1気圧) | 101300 パスカル |
| 1気圧ぶんの圧力で下がる融点 | 0.0074 度とされる |
| 体を支える力(単位はニュートン) | 60 × 9.8 = 588 |
| くつ底が氷を押す圧力(単位はパスカル) | 588 ÷ 0.02 = 29400 |
| それは何気圧ぶんか | 29400 ÷ 101300 ≒ 0.29 |
| 下がる融点(単位は度) | 0.0074 × 0.29 ≒ 0.0021 |
下がるのは、およそ0.002度です。氷点下5度の道路を溶かすには、まるで足りません。スケートの刃のように接する面積が100分の1になったとしても、下がるのは0.2度ほどです。押して溶かすという説明だけでは、氷点下での滑りやすさは説明できないことがわかります。
高校高校+分子の「手の数」から考える
高校水の分子どうしは、水素結合というやや強い引き合いでつながっています。氷の中では1つの分子が4本の手を使い、すきまの多い規則正しい形に組み上がります。この「すきまの多さ」が、氷が水に浮く理由でもあります。
高校+表面の分子は、上向きの手の相手がいません。結びつきで得をするぶんが足りないので、熱で動き回るほうがつり合いとして有利になります。だから融点より低い温度でも、表面だけが液体のようにふるまいます。温度が融点に近づくほど、この層は厚くなっていきます。
大学摩擦は「見かけの面積」では決まらない
固体どうしの摩擦は、見かけの接触面積ではなく、微小な突起が実際に触れ合っている面積で決まると考えられています。氷の場合、その突起のあいだに準液体層が入りこむと、固体と固体の接触から、薄い液体を挟んだ状態へ変わります。すべる速さが上がるほど摩擦で生じる熱が増え、層はさらに厚くなります。速さ・温度・荷重によって効く要因が入れかわるため、氷の摩擦は一つの式では書けません。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 層の厚さが、条件ごとにどれだけ変わるのか。 測り方によって報告される厚さに幅があり、温度との関係も完全には一致していません。
- 表面融解とこすれた熱、どちらがどれだけ効くのか。 歩く速さとスケートの速さでは寄与の比が違うと考えられていますが、その境目ははっきりしていません。
- 準液体層は、ふつうの水と同じものなのか。 ふつうの水より粘り気が強いという報告もあり、性質の理解は進行中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。毎冬これだけ多くの人が滑っているのに、その理由の細部は、まだ決着していません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・状態変化と粒子 | 氷の表面がゆるんでいる話 |
| 高校 | 化学基礎・水素結合/物理基礎・摩擦 | 分子の手の数、こすれて熱が出る話 |
| 高校+ | 化学・状態図と融点降下 | 体重で下がる融点の計算 |
| 大学 | 表面科学・摩擦の科学 | 本当に触れている面積の話 |
| 研究 | 低温科学(未解決) | 層の厚さと、寄与の割合 |
| ― | 生活とのつながり | 凍った道の歩き方、橋の上や日陰での注意 |
- 中谷宇吉郎『雪』岩波文庫(氷と雪の基礎的な性質についての古典的解説)
- ロバート・ローゼンバーグ「なぜ氷は滑るのか」フィジックス・トゥデイ 第58巻12号(2005年)
- マイケル・ファラデー 王立研究所での講演(1859年)― 氷の表面に液体の層があるという初期の指摘
- 日本雪氷学会編『雪と氷の事典』(表面融解と氷の摩擦に関する項目)
- 気象庁『冬期の気象と路面凍結に関する解説資料』(路面が凍結しやすい条件について)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。凍結した路面での移動は無理をせず、気象情報や道路管理者、消防・自治体等の指示に従ってください。