🕷 自然のふしぎ ⚡ 電磁気 予備知識なしでOK 読了 約6分

クモは、羽もないのに、なぜ空を飛べるの?
― 糸を引き上げているのは、風だけではなく「空の電気」かもしれません

生まれたばかりの小さなクモは、お尻から糸を出して空へ舞い上がります。海の上、100km以上沖の船に降りてきた例もあります。長いあいだ「風に乗っているだけ」と考えられてきましたが、晴れた日の空にもある弱い電気が、糸を持ち上げる力になっているらしいことが分かってきました。

公開:2026.09.23 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

秋の晴れた朝、田んぼのあぜや草原が、うっすら銀色に光っていることがあります。近づくと、細い糸が一面に張りついています。

その糸は、網ではありません。小さなクモたちが空へ飛び立った跡、あるいは空から降りてきた跡です。

羽も翼もないクモが、どうやって空を飛ぶのでしょう。しかも風がほとんど無い日にも、飛び立つ姿が見られるのです。

理由は2つあります

1
晴れた日の空にも「電気の坂」がある

地面はマイナス、上空はプラスの電気を帯びています。そのため地面から1m上がるごとに、電気の高さが約100ボルトずつ上がっています。

2
クモは電気を感じ、軽い体を糸で持ち上げる

クモの脚の細い毛は、電気の坂を感じて動きます。電気を帯びた糸は、この坂の中で上向きの力を受けます。体がごく軽いので、その力で足りるのです。

人間が同じことをしようとしても、まったく歯が立ちません。その差がどこから来るのか、順に見ていきましょう。

空には、目に見えない「電気の坂」がある

雨の降っていない穏やかな日でも、空気の中には電気の坂があります。地面はマイナスの電気を帯びています。はるか上空の電気を通しやすい層は、地面より25万ボルトほど高いとされています。

その間をならすと、地面の近くでは1mあたり100〜150ボルトほどの傾きになります。私たちの頭と足の間にも、100ボルト以上の差があることになります。それでも体が電気をよく通すので、何も感じません。

大事なのは、とがった物の先では、この坂が急になることです。図1の左のように、草の先や枝の先には電気の線が集まります。クモが飛び立つとき、わざわざ草の先や柵の上に登るのは、この場所を選んでいるのかもしれません。

上空:プラスの電気 地面:マイナスの電気 糸を上へ 押す電気の力 クモの重さ 草の先に 電気の線が集まる (点線) 晴れた日の「電気の坂」 高さ0m:0ボルト 高さ1m:約100ボルト 高さ2m:約200ボルト 上へ行くほど、電気が高い
図1:左は、草の先に立って糸を出すクモ。点線は電気の線で、とがった草の先に集まっています。糸は扇のように広がり、上向きの矢印の力を受けます。右は、晴れた日の地面近くで、1m上がるごとに約100ボルトずつ上がる「電気の坂」の目盛りです。

クモは電気を感じて飛び立ち、軽さで勝つ

2018年、イギリスの研究者が実験をしました。風が入らない箱の中にクモを入れ、晴れた日の空と同じくらいの電気の坂を作ったのです。

電気を入れると、クモは脚をつっぱってお尻を高く上げ、糸を出しました。飛び立つ前の決まった姿勢です。そして風が無いのに、ふわりと浮き上がりました。電気を切ると、クモは下がってきました。

クモの脚には、ごく細い感覚の毛が生えています。この毛が、電気の坂の中で起き上がるように動くことも確かめられました。クモは風だけでなく、空の電気の具合も「脚で」感じ取っていると考えられています。

もう一つの決め手が、体の軽さです。飛ぶクモの多くは、体重が1ミリグラム前後の子グモです。これほど軽ければ、糸に乗ったわずかな電気でも、重さとつり合えます。体重60kgの人間なら、同じ条件で6千万倍の電気が要ります。これは現実には不可能な量です。

💡 糸が扇のように開くのは、電気のしるし?

飛び立つクモは、1本ではなく何本もの糸を出します。その糸がからまず、扇のように開いて広がる様子が観察されています。同じ種類の電気どうしは反発し合うので、糸が電気を帯びている手がかりだと考えられています。

💡 空の電気を感じる生き物は、ほかにもいる

マルハナバチは、花のまわりの弱い電気を体の毛で感じ取り、蜜のある花を見分けることが実験で示されています。人間には何も感じられない空気中の電気を、小さな生き物たちは情報として使っているのです。

まとめ

空にはいつも、1mあたり100ボルトほどの電気の坂があります。子グモは脚の毛でそれを感じ、草の先に登って糸を出します。電気を帯びた糸は上向きの力を受け、1ミリグラムほどの体なら持ち上がります。風と電気の両方を使って、クモは何百kmもの旅をすると考えられています。

クモの飛行を支えるのは、羽ではなく軽さ。
体が小さいほど、空の弱い電気でも「翼」になります。

電気を感じるほかの生き物として、砂の下の獲物を電気で見つけるサメの話もどうぞ。電気のため方については冬の静電気の記事にもまとめています。長い旅をする生き物の道案内は渡り鳥の記事で紹介しています。

🧪 自分で確かめてみよう:秋の朝の「糸の原っぱ」
  1. 秋の晴れた風の弱い朝、日の出の少し後に、草原や田んぼのあぜを斜めから眺めます。日の光に糸がきらきら光って見えることがあります。
  2. 草の先や柵の杭のてっぺんを、よく見てみます。お尻を上に向けた小さなクモがいたら、飛び立つ直前の姿勢です。
  3. 下じきをティッシュでこすって電気をため、細くさいたティッシュの束に近づけます。細い紙が扇のように開いたり、引き寄せられたりする様子から、軽いものほど電気の力で動きやすいことを確かめられます。

クモはつかまえずに、見るだけにしましょう。飛び立つ瞬間は数秒で終わることが多いので、根気よく待つのがコツです。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎」「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(大気電気学・感覚生理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:クモを浮かせるのに、どれだけの電気が要る?

糸に乗った電気が受ける上向きの力が、クモの重さと等しくなれば、クモは浮きます。そのとき必要な電気の量を求めます。

⓪ もとになる式
記号で書くとq × E = m × g (だから q = m × g ÷ E)
言葉で書くと電気の量 × 電気の坂の強さ = 質量 × 重力加速度
どこから来る式か電場の中の電気が受ける力(高校物理の「力 = 電気量 × 電場」)と、重力のつり合い
q糸とクモが帯びる電気の量(単位はクーロン)
E電気の坂の強さ=電場(単位はボルト毎メートル)
mクモの質量(単位はキログラム)
g重力加速度(約9.8、単位はメートル毎秒毎秒)
① もとになる数値
飛ぶ子グモの質量の例1ミリグラム = 0.000001 kg
地面近くの電場(晴れた日)約100 ボルト毎メートル とされる
草の先で強まった電場の例1000 ボルト毎メートル(実験で使われた強さと同じくらい)
比べる人間の体重60 kg
② 計算してみる
クモの重さ(N)0.000001 × 9.8 = 0.0000098
地面近くで必要な電気(C)0.0000098 ÷ 100 = 0.000000098
草の先で必要な電気(C)0.0000098 ÷ 1000 = 0.0000000098
人間の重さ(N)60 × 9.8 = 588
人間が草の先で必要な電気(C)588 ÷ 1000 = 0.588
人間はクモの何倍の電気が要るか0.588 ÷ 0.0000000098 = 60000000

草の先のクモなら、約0.00000001クーロン(10ナノクーロン)で浮きます。冬にドアノブでパチッとくるときの人の体の電気は、これより数十倍ほど多いとされます。つまり、クモには手の届く量です。一方の人間は6千万倍が必要で、とても無理です。必要な電気は体重に比例するので、飛べるのは小さな生き物だけなのです。

高校高校+電場と、とがった先の効果

高校電場の中に置いた電気には、電気量と電場の積の大きさの力がはたらきます。これはクーロンの法則から導かれる関係です。地面がマイナス、上空がプラスなので、電場は下向きです。マイナスの電気を帯びた糸は、その逆の上向きに押されます。

高校+電気を通す物のとがった先では、電気の線が集中して電場が強まります。草や枝も地面とつながって電気を通すので、その先端では電場が何倍にも強まると考えられています。

大学大気電気学と、クモの感覚毛

晴天時の電場は晴天静電場(大気電場)と呼ばれ、大気電気学で扱われます。世界中の雷雨が電離層と地面の間に電気を送り続け、それが晴れた地域でゆっくり下向きに流れ戻る、という「全地球電気回路」の考え方で説明されます。クモの脚の毛状感覚子(トリコボスリア)は非常に軽く、空気の動きだけでなく電場でも向きを変えることが、レーザーで毛の動きを測る方法で確かめられました。

📖 式の導出や、さらに先の内容:ウィキペディア「大気電気学」ウィキペディア「クーロンの法則」

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。電気の役割は2018年に実験で示されたばかりで、今後の野外観測で見方が変わる可能性があります。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科2年・静電気と電流同じ種類の電気は反発する、糸が扇のように開く
高校物理・電場と電位力 = 電気量 × 電場、重さとのつり合い
高校+物理・導体のとがった先の電場草の先で電場が強まる理由
大学大気電気学・感覚生理学晴天静電場、全地球電気回路、毛状感覚子
研究行動生態学・生物物理学風と電気の役割分担、糸が帯びる電気の量
生活とのつながり秋の朝の草原の糸、小さな生き物の分布の広がり方
参考・出典
  1. Morley, E. L. & Robert, D. (2018) Electric Fields Elicit Ballooning in Spiders. Current Biology 28
  2. ウィキペディア「大気電気学」
  3. チャールズ・ダーウィン『ビーグル号航海記』(1839年。沖合の船に降りてきたクモの記録)
  4. Clarke, D. et al. (2013) Detection and learning of floral electric fields by bumblebees. Science 340
  5. Gorham, P. W. (2013) Ballooning spiders: the case for electrostatic flight.(プレプリント)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。クモの質量や電場の強さは、種類・場所・天気によって大きく変わります。