自然のふしぎ 波動 予備知識なしでOK 読了 約8分

形を変えずにどこまでも進む波は、なぜくずれないの?
― 運河で、波を馬で追いかけた技師がいました

ふつうの波は、進むうちに平たく広がるか、前がきり立ってくずれます。ところが、ひとつだけの水の山が、形も速さも変えずに何キロも進むことがあります。1834年にそれを馬で追いかけた技師がいて、その「ありえない波」の正体が分かるまでには、130年かかりました。

公開:2026.10.04 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

1834年の8月、スコットランドのエディンバラ近くの運河です。2頭の馬が、細長い船を岸から引いていました。若い造船技師のジョン・スコット・ラッセルは、船の形と水の抵抗を調べるために、その様子を見ていました。

船が急に止まったとき、船首の前に押し出されていた水が、ひとかたまりの丸い山になって前へ飛び出しました。山は船を置き去りにし、運河をまっすぐ進んでいきます。

ラッセルは馬に飛び乗って追いかけました。山は時速13〜14kmほどで進み、1.5〜3kmほど追ったあたりで、運河の曲がり角の中に見失ったと書き残されています。そのあいだ、山の形はほとんど変わらなかったといいます。

なぜ、この波は形を保てたのか。理由は2つだけ

1
高いところほど、速く進もうとする

浅い水の波は、水が深いところほど速く進みます。山の頂上は、ふもとより水が深いのと同じです。だから頂上は前へ追いつこうとし、山の前側はだんだんきり立っていきます。放っておけば、浜の波のように前へくずれる方向です。

2
細い山ほど、広がって平たくなろうとする

一方で、幅のせまい山は、ほうっておくと横に広がって低くなっていきます。細かい波ほど進む速さがばらつくためです。こちらは、山をなだらかにする方向に働きます。

「前がきり立つ」と「横に広がる」。正反対の2つの傾向が、ちょうどつり合ったとき、山はくずれも広がりもせずに進み続けます。ラッセルが見たのは、そのつり合いがたまたま成立した波でした。

高い山ほど速く、そして細い

ラッセルは見た波を忘れられず、自宅の庭に長さ9mほどの水槽を作って、この山を何度も再現したとされています。そして、山の進む速さは「水深+山の高さ」で決まることを、実験から突き止めました。山が高いほど、速く進むのです。

図1を見てください。水深を1.2mに固定して、山の高さをつまみで変えられるようにしてあります。高くすると、速さが上がると同時に、山の幅がせまくなります。高さと幅と速さは、ばらばらには決まりません。「この高さの孤立波なら、幅と速さはこれ」と、ひと組で決まっています。

水路の底 点線:もとの水面 水深 1.2 m(固定。図の深さは縮めて描いています) 右へ進む 進む速さ(m/秒): 3.96 山の半分の幅(m): 2.4 山がとても低いときの速さ:3.43 m/秒 高い山ほど、これより速くなる
つまみを動かすと、山の幅と進む速さが変わります
図1:浅い水路を横から見た図です。中央の盛り上がりがひとつだけの水の山(孤立波)で、上の黄色い矢印の向き、つまり右へ進みます。横の点線はもとの水面です。つまみで山を高くすると、山は細くなり、左上の速さの数字が大きくなります。

130年かかった「正体」の確認

ラッセルは1844年、この波を「並進の大波」と名づけて報告しました。しかし、当時の一流の学者たちは、すぐには受け入れませんでした。波は進むうちに形を変えるもの、というのが常識だったからです。

流れが変わったのは1895年です。オランダのコルトヴェーグとド・フリースが、浅い水の波を表す方程式を作りました。その式には、形を変えずに進む山の解が、ちゃんと含まれていました。ラッセルの観察は、理論の上でも正しかったのです。ただ、ラッセルはその13年前に亡くなっていました。

さらに70年後の1965年、アメリカのザブスキーとクラスカルが、計算機でこの方程式を解きました。すると、2つの山が衝突しても、すり抜けたあとに元の形のまま進み続けることが分かりました。まるで粒のようにふるまうので、2人はこれを「ソリトン」と名づけました。

① 前がきり立つ 頂上ほど速く進み、 前側が急になる ② 横に広がる 細い山(点線)は、 低く広い山になる ③ つり合うと保たれる ①と②が打ち消し合い、 同じ形のまま進む
図2:左は、頂上が右向きの矢印のように前へ追いつき、点線の山が実線のように前側の急な形へ変わるようす。中央は、点線の細い山が、左右の矢印のように広がって実線の低い山になるようす。右は、2つが打ち消し合い、形を保ったまま右へ進む孤立波です。

図2が、この記事の要点です。左の傾向だけなら波はくずれ、中央の傾向だけなら波は平たく消えていきます。高さと幅がちょうどよい組み合わせのときだけ、右のように両方が打ち消し合います。図1で高さを変えると幅も変わったのは、このつり合いを保つためです。

💡 空にも、海の中にも、同じ波がいます

オーストラリア北部では、毎年9〜10月ごろ、長さ数百kmにもなる筒状の雲が、朝の空を一列で進んでくることがあります。「モーニング・グローリー」と呼ばれるこの雲は、空気の中を進む孤立波が雲の形で見えているものと考えられています。海の中でも、重さの違う水の層の境目を、巨大な孤立波が進むことが分かっています。宇宙から見た海面に、その筋が写ることもあります。

💡 光ファイバーの中にもソリトン

光の信号も、細いファイバーの中を進むうちに広がってぼやけます。1973年、日本の長谷川晃らが、光でもソリトンが作れることを理論で示しました。運河の水の山と同じく、「ぼやける傾向」と「縮まる傾向」をつり合わせる発想です。

まとめ

ふつうの波は、前がきり立ってくずれるか、横に広がって消えていきます。浅い水では、この2つの傾向が正反対に働きます。高さと幅がちょうどよく組み合わさると、両方が打ち消し合い、ひとつだけの山が形を保ったまま進み続けます。運河の波を馬で追ったラッセルの観察は、130年後に、物理学の新しい一分野の出発点になりました。

くずれない波は、強いのではない。
くずれる力と、ぼやける力が、ちょうど引き分けているだけ。

波が前へくずれる側の話は、海の波は、どこまで高くなれるの?で、水の深さで波の速さが変わる話は、海の波は、なぜいつも岸とほぼ平行に打ち寄せるの?で詳しく扱っています。

🧪 お風呂や長い容器で、ひとつだけの山を作ってみよう
  1. 細長い容器(衣装ケースや、お風呂の長いほう)に、水を3〜5cmほどの浅さで張ります。
  2. 端に下じきか板を立て、すばやく一度だけ前へ押し出して止めます。ひとつだけの盛り上がりが、反対側へ進んでいくのが見えます。
  3. 次は強めに押して、高い山を作ります。反対の壁に着くまでの時間をくらべると、高い山のほうが少し早く着くはずです。

水を深く張ると、山は速くなり、差が見えにくくなります。浅いほど観察しやすくなります。床がぬれないよう、お風呂場で試すのがおすすめです。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・非線形物理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:ラッセルの波は、どれくらいの速さだったのか

ラッセルが水槽の実験から見つけた、孤立波の速さの式を使います。運河の深さは正確には分からないので、ここでは水深を1.2mと仮定し、記録に残る山の高さ(約0.4m)を入れて、馬で追った速さと合うかを確かめます。

⓪ もとになる式
記号で書くとc = √( g × ( h + a ) )
言葉で書くと孤立波の速さ = 重力加速度 ×(水深 + 山の高さ)の平方根
どこから来る式かラッセルが水槽の実験で見つけた経験式です。浅い水の波の速さ √( g × h ) の「水深」を、「山の頂上までの深さ」に置きかえた形をしています。あとにKdV方程式からも、山が低いときの近似として導かれました。
記号意味と単位
c孤立波の進む速さ(m/秒)
g重力加速度(m/秒²)
h山がないときの水深(m)
aもとの水面から測った山の高さ(m)
① もとになる数値
重力加速度 g9.8 m/秒²
水深 h(仮定)1.2 m
山の高さ a約 0.4 m(30〜45cmと記録されています)
ラッセルが追った速さ時速 13〜14 km ほどとされています
② 計算してみる
山の頂上までの深さ1.2 + 0.4 = 1.6 m
重力加速度をかける9.8 × 1.6 = 15.68
その平方根が孤立波の速さ15.68 の平方根は およそ 3.96 m/秒 です
時速に直す3.96 × 3.6 ≒ 14.3 km
比較:山がとても低い波9.8 × 1.2 = 11.76
その平方根11.76 の平方根は およそ 3.43 m/秒 です
高さによる速さの増え方3.96 ÷ 3.43 ≒ 1.15

孤立波の速さは時速約14kmとなり、ラッセルが馬で追った時速13〜14kmとよく合います。同じ水路でも、高さ0.4mの山は、低い波より約15%速く進みます。この「高いほど速い」性質が、図2の①、つまり前がきり立つ傾向のもとになっています。

高校高校+波の速さは何で決まるのか

高校高校物理では、波の速さ = 振動数 × 波長、と習います。ふつうの波では、山の高さ(振幅)は速さに関係しないものとして扱います。孤立波は、その前提が成り立たない、少し特別な波です。

高校+速さが振幅で変わる性質を「非線形性」、波長で変わる性質を「分散」と呼びます。非線形性は山をきり立たせ、分散は山を広げます。孤立波は、この2つがつり合った波です。そのため、高さ a と幅の目安 L のあいだには、L = √( 4h³ ÷ 3a ) という関係があります。図1のつまみも、この関係で幅を描いています。

大学KdV方程式と逆散乱法

浅い水の弱い非線形波は、KdV方程式(コルトヴェーグ・ド・フリース方程式)で表されます。非線形項と分散項がひとつずつ入った偏微分方程式で、孤立波の解は双曲線関数を使った sech² 型の形をしています。1967年には、ガードナーらがこの方程式を厳密に解く逆散乱法を見つけ、可積分系と呼ばれる分野が大きく広がりました。光ファイバーの中の光のソリトンは、非線形シュレーディンガー方程式で扱われます。

📖 式の導出や、さらに先の内容:ウィキペディア「KdV方程式」 / ウィキペディア「ソリトン」

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。運河の一つの波から始まった問いは、いまも海や空や光の中で続いています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・音や波の伝わり方山が形を変えずに進む、という観察
高校物理・波の性質、平方根の計算「式で確かめる」の速さの計算
高校+物理・波の発展(分散と非線形)図2の、きり立つ傾向と広がる傾向
大学流体力学・非線形物理学KdV方程式・逆散乱法
研究海洋物理学・気象学海中の孤立波、モーニング・グローリー
―生活とのつながり光ファイバー通信、川をさかのぼる潮の波の見物

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ラッセルの観察の数値は本人の記録にもとづく概数で、運河の水深は仮定の値です。