日食を肉眼で見てはいけないのは、なぜ?
― 太陽が9割欠けても、残った光の強さは変わりません
日食のとき、空は少し暗くなり、太陽を見てもまぶしく感じにくくなります。けれども、細く残った太陽の光は、ふだんの太陽と同じ強さのままです。目の中のレンズはその光を一点に集め、しかも網膜は傷ついても痛みを出しません。
今日は部分日食の日です。昼なのに、外が夕方のように少しだけ薄暗くなってきました。
見上げると、いつもは目を開けていられない太陽が、なんとなく見つめられそうな気がします。手元には、色の濃いサングラスもあります。
「これだけ暗いなら、少しくらい見ても平気だろう」。そう思ったときこそ、いちばん危ない瞬間です。
危ない理由は2つだけ
月が隠すのは太陽の「面積」だけです。細い三日月の形に残った部分は、ふだんの太陽とまったく同じ明るさで光っています。
目は虫眼鏡と同じように、太陽の光を網膜の小さな点に集めます。網膜には痛みを感じる神経がないので、傷んでいても気づけません。
この2つが重なると、「暗く感じるのに、目の奥では強い光が当たり続けている」という、ずれが生まれます。順に見ていきましょう。
欠けた太陽は、なぜ「暗くなった」ように感じるのか
図1のつまみを動かして、太陽を欠けさせてみてください。上の帯が示す「地上に届く光の総量」は、欠けるほど短くなります。空が暗くなったように感じるのは、このためです。
ところが、下の帯はまったく変わりません。月は太陽の前に「ふた」をしているだけで、残った部分の光を弱めているわけではないからです。
網膜に映る太陽の像も同じです。満月のような丸い像が、細い三日月の像に変わるだけです。三日月の部分に当たる光の強さは、欠ける前と変わりません。焼けるのは網膜の「面」ではなく、光が当たっている一つひとつの「点」です。
さらに困ったことに、空が暗くなると、瞳は光を取りこもうとして大きく開きます。まぶしさが減って見つめやすくなるうえに、入る光はかえって増えます。日食は、ふだんより太陽を長く見つめてしまいやすい条件がそろうのです。
目の中で、光はどこまで集められるのか
目の前のほうには、水晶体というレンズがあります。図2を見てください。瞳から入った太陽の光は、このレンズで曲げられ、目の奥の網膜に小さな太陽の像を結びます。
瞳の直径はおよそ3ミリ、網膜にできる太陽の像はおよそ0.16ミリです。直径が約19分の1になるので、面積はその2乗で約350分の1になります。つまり、外の日光を面積あたりで約350倍に濃くした光が、網膜の小さな点に当たり続けます。虫眼鏡で黒い紙をこがす遊びと、同じことが目の中で起きているのです。
網膜の細胞は、とくに青っぽい強い光を浴び続けると、化学反応で傷んでいくとされています。熱でこげる前に、光そのものが細胞をこわすのです。しかも網膜には痛みを感じる神経がありません。見ているあいだは何も感じず、数時間後から翌日にかけて「見ようとした真ん中がぼやける」「まっすぐな線がゆがむ」といった症状で気づくことが多いとされています。
いちばん手軽なのは「ピンホール」です。厚紙に小さな穴をあけ、太陽を背にして地面に光を映すと、欠けた太陽の形が映ります。木漏れ日でも同じことが起こり、日食の日には、地面の光の粒がすべて三日月形になります。くわしくは「木漏れ日の光の粒は、なぜぜんぶ丸いの?」で解説しています。
じゃあ、どうすればいいの?
- 太陽は、どれだけ欠けても目で直接見ない9割欠けても、残った光の強さは同じです。
- 見るなら日食専用のめがねか、地面に映して見るサングラス・下敷き・黒いフィルムは代わりになりません。
- 双眼鏡や望遠鏡は、専用のフィルターなしで太陽に向けない光をさらに集めるので、一瞬で目を傷めます。
網膜は傷んでも痛みを出しません。日食を見たあと、見たいところの真ん中が暗い、線がゆがむ、と感じたら、すぐに眼科を受診してください。日食専用のめがねも、傷や穴があるものは使わないでください。専用めがねをかけたまま、双眼鏡やカメラのファインダーをのぞくのも危険です。
まとめ
日食で空が暗くなっても、残った太陽の光は、ふだんと同じ強さです。目のレンズはその光を網膜の小さな点に集め、面積あたりの強さは外の日光の数百倍になります。網膜は痛みを出さないので、傷んでいることにその場では気づけません。
月が隠すのは、太陽の面積だけ。
残った光の強さは、少しも減っていません。
同じ太陽と月の並びでも、月のほうが影に入るのが月食です。「皆既月食のとき、月はなぜ消えずに赤く見えるの?」もあわせてどうぞ。雲があっても届く光については「曇りの日でも日焼けするのは、なぜ?」で扱っています。
- 厚紙の真ん中に、つまようじで直径1〜2ミリの丸い穴をあけます。
- 太陽に背中を向けて立ち、厚紙ごしの光を、1メートルほど離れた白い紙に映します。太陽そのものは見ません。
- 映った小さな丸が太陽の像です。厚紙と白い紙を離すほど、像は大きく、暗くなります。
像が大きくなると暗くなるのは、同じ量の光が広い面積に散らばるからです。目の中ではこの逆で、光が0.16ミリの点に集められています。日食の日にやれば、丸が三日月形に欠けていくのが見られます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(光学・眼科学・光生物学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 凸レンズと焦点:平行な光を一点に集めるレンズ。目の水晶体と角膜は、まとめて凸レンズとしてはたらきます。
- 網膜:目の奥にある、光を感じる細胞が並んだ薄い膜。カメラでいえば撮像素子にあたります。
- 日食網膜症(日光網膜症):太陽を見つめたことで網膜の中心部が傷つく病気。見たいところの真ん中が見えにくくなります。
中学高校式で確かめる:網膜の上で、光は何倍に濃くなるか
太陽の像の大きさを求め、瞳から入る光がその小さな像に集まったときの、面積あたりの強さを見積もります。目の中での光の吸収や散らばりは無視した、大まかな見積もりです。
| 記号で書くと | E網 = E × ( D ÷ d )² 、 d = f × θ |
| 言葉で書くと | 網膜の上の光の強さ = 外の日光の強さ ×(瞳の直径 ÷ 像の直径)の2乗。像の直径 = 目の焦点距離 × 太陽の見かけの大きさ(角度) |
| どこから来る式か | 瞳を通った光の量は、像の上でも同じ(光のエネルギーの保存)。同じ量が小さな面積に集まるので、強さは面積の比、つまり直径の比の2乗だけ大きくなる。像の大きさはレンズの結像の関係から決まる |
| 記号 | 意味と単位 |
| E | 地上に届く日光の強さ(ワット毎平方メートル) |
| D | 瞳の直径(ミリメートル) |
| d | 網膜にできる太陽の像の直径(ミリメートル) |
| f | 目の焦点距離(ミリメートル) |
| θ | 太陽の見かけの直径(ラジアン。角度の単位) |
| 晴れた日の地上の日光の強さ | 約1000 ワット毎平方メートル |
| 明るいところでの瞳の直径 | 約3 mm(暗いと7 mm ほどまで開く) |
| 目の焦点距離 | 約17 mm |
| 太陽の見かけの直径 | 約0.53度 = 約0.0093 ラジアン |
| 日食専用めがねが通す光 | 約10万分の1 とされる |
| 網膜の上の太陽の像の直径 | 17 × 0.0093 ≒ 0.16 mm |
| 瞳の直径と像の直径の比 | 3 ÷ 0.16 ≒ 18.8 |
| 面積の比(直径の比の2乗) | 18.8 × 18.8 ≒ 353 |
| 網膜の上の光の強さ | 1000 × 353 = 353000 ワット毎平方メートル |
| 日食専用めがねをかけたとき | 353000 ÷ 100000 ≒ 3.5 ワット毎平方メートル |
| 光を1割通す濃いサングラスのとき | 353000 × 0.1 ≒ 35300 ワット毎平方メートル |
裸の目では、網膜の一点に、外の日光の約350倍の強さの光が当たります。濃いサングラスでも約35倍で、外で日光を浴びるよりずっと強いままです。専用めがねなら、外の日光の数百分の1まで下がります。そして、99%欠けた日食でも、残った三日月の像が受ける光の強さは、この353000という値のままです。
高校高校+熱ではなく「光の化学反応」で傷む
高校レンズの公式(写像公式)では、遠くの物体の像は焦点距離の位置にでき、その大きさは「焦点距離 × 見かけの角度」で決まります。上の d の式はこの関係です。光の粒(光子)1個のエネルギーは波長が短いほど大きく、青や紫の光ほど分子をこわす力が強くなります。
高校+日光網膜症の主な原因は、温度上昇によるやけどではなく、青い光による光化学的な傷害だと考えられています。網膜の温度上昇は数度ほどにとどまるとされますが、強い青い光は細胞の中で活性酸素を生み、視細胞やその裏の色素上皮を傷めます。このため「熱くないから大丈夫」とは言えません。
大学光学濃度と、日食めがねの規格
フィルターが光をどれだけ弱めるかは、光学濃度(透過率の常用対数にマイナスをつけた値)で表します。日食観察用のフィルターは国際規格 ISO 12312-2 で基準が決められていて、目に見える光の透過率は光学濃度でおよそ5、つまり10万分の1程度まで下げることが求められるとされています。目に見えない紫外線と赤外線も、あわせて基準内に下げる必要があります。眼科学では、日光網膜症は中心窩(網膜の中心の、ものを見る力がもっとも高い部分)の障害として扱われ、光干渉断層計(OCT)で層の乱れとして確認されます。
📖 安全な観察方法と、日食めがねの規格の詳しい説明:NASA Science「Eclipse Viewing Safety」
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 何秒見たら傷むのか。 傷みはじめる時間は、瞳の大きさ・年齢・水晶体の透明さ・その日の空気の澄み具合で大きく変わり、人ごとの安全な時間は決められていません。
- どこまで回復するのか。 数か月で視力が戻る人もいれば、中心の小さな暗点が一生残る人もいます。何が回復を分けるのかは、まだ詳しく分かっていません。
- 子どもは、より傷みやすいのか。 子どもの水晶体は透明度が高く、青い光を多く通すため、傷みやすいと考えられています。ただし、どれくらい差があるかを示すデータは限られています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。分からないことが残っているからこそ、「少しなら平気」という線を自分で引かないことが大切です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「光の性質(凸レンズ)」、理科3年「月と金星の見え方」 | 目のレンズが光を一点に集める/日食のしくみ |
| 高校 | 物理「レンズと像」、生物「視覚器(網膜と視細胞)」 | 像の大きさの式/網膜のはたらき |
| 高校+ | 物理「光子のエネルギー」 | 青い光による光化学的な傷害 |
| 大学 | 光学・眼科学(光学濃度、中心窩の障害) | 日食めがねの規格と、日光網膜症の診断 |
| 研究 | 光生物学・眼科学 | 安全な時間の個人差と、回復を分けるもの |
| ― | 生活とのつながり | 日食の日の観察のしかた、子どもへの声かけ |
- NASA Science「Eclipse Viewing Safety」
- NASA Science「Sun: Facts」
- 国立天文台「日食を観察するときの注意」(日食の観察方法に関する解説)
- ISO 12312-2:2015「Eye and face protection — Sunglasses and related eyewear — Part 2: Filters for direct observation of the sun」
- 日本眼科学会「目の病気」(日光網膜症・黄斑の病気の解説)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。日食の観察は、国立天文台・自治体・学校などが案内する方法に従ってください。目に異常を感じたときは、自己判断せず眼科を受診してください。