海水から塩を作るには、どれくらいの海水がいるの?
― 1キロの塩にバケツ3杯。大変なのは、水を飛ばす熱のほうです
塩1キロを作るのに必要な海水は、およそ30リットルです。バケツ3杯なら、思ったより少ないと感じるかもしれません。ところが本当の大仕事は、そのうち29キロ近くを占める水を、湯気にして飛ばすことのほうにあります。
海水浴の帰り道。乾いた腕を指でこすると、白い粉がぽろぽろ落ちます。海の水には、たしかに塩が入っています。
では、家の台所で海水を煮詰めたら、塩はどれくらい取れるのでしょう。鍋いっぱいの海水を、何十分もぐつぐつ煮立てたとします。
鍋の底に残るのは、小さじ数杯ほどの白い粒だけです。ガス代を考えると、ちょっと割に合わない気がしてきます。
なぜ、海水から塩を取るのはこんなに大変なの? 理由は2つだけ
海水にとけている塩分は、重さにして3.4%ほどです。塩1キロを得るには、約29キロの海水が必要になります。つまり、手元に残したい物の約28倍の水を捨てることになります。
水を捨てる方法は、湯気にして飛ばすことです。水1キロを湯気にする熱は、20℃の水を100℃まで温める熱の約6.7倍もかかります。塩を作るとは、実は「水を飛ばす作業」なのです。
この2つをかけ合わせると、塩1キロに必要な熱の量が見えてきます。そして、昔の人が浜辺で何をしていたのかも分かります。
塩1キロのために、どれだけの水を飛ばすの?
海水29キロのうち、残したい塩は1キロだけです。残りの約28キロの水を、すべて湯気にしなければなりません。バケツ3杯の水を、鍋で煮立てて空にするのに近い作業です。
これをガスや電気で全部やると、熱は約64メガジュールになります。電気に直すと約18キロワット時で、ふつうの家庭が使う電気のおよそ2日分とされています。塩1キロは、スーパーでは百円ほどで買えます。海水をそのまま煮詰めるやり方では、とても採算が合いません。
そこで昔から、海辺の塩作りは「2段階」で行われてきました。まず日光と風に水を飛ばしてもらい、濃い塩水(鹹水=かんすい)を作ります。火にかけるのは、そのあとです。図1のつまみで、鹹水の濃さを変えてみてください。
塩田(えんでん)は、この「タダの熱」を集める装置です。砂の上に海水をまいて乾かし、塩のついた砂を集めて、海水で洗い流します。こうすると、海水の何倍も濃い鹹水ができます。燃料を使うのは、この鹹水を煮詰める最後の段階だけです。
煮詰めていくと、鍋の中で何が起きるの?
海水にとけているのは、食塩だけではありません。苦い味のマグネシウムの塩や、石膏(せっこう)のもとになるカルシウムの塩もまざっています。煮詰めていくと、これらは決まった順番で出てきます(図2)。
量が5分の1ほどになると、まず石膏が白くにごるように出てくるとされています。10分の1ほどまで減ると、ようやく食塩の結晶が現れます。最後まで液に残る苦い成分が、豆腐を固めるのに使う「にがり」です。
塩作りの職人は、鍋を最後までからからにしません。食塩が十分に出たところで結晶をすくい上げ、にがりの多い液は残します。全部を乾かすと、苦みの強い塩になってしまうからです。
大人が1日にとる塩は、10グラム前後とされています。これを海水に直すと約290グラム、コップ1杯半ほどです。私たちは毎日、それだけの海水を太陽や燃料で干し上げた結果を食べていることになります。
日本は雨が多く、広い塩田に向かない気候です。現在の国内の製塩は、電気を使って海水から塩分だけを膜で集め、濃い鹹水を作る方法が主流とされています。煮詰める前に濃くする、という考え方は塩田と同じです。
まとめ
塩1キロには、海水およそ30リットルが必要です。そのうち28キロ以上は、湯気にして飛ばすしかない水です。水を湯気にする熱は大きいので、全部を燃料でまかなうと家庭の電気の2日分ほどになります。だから人は、日光と風に先に働いてもらってきました。
塩作りとは、塩を集める仕事ではなく、水を追い出す仕事。
その熱の大半を、昔から太陽と風が払ってきました。
水を湯気にする熱の大きさは、鍋にふたをすると早く沸く理由でも主役です。そもそも海がなぜしょっぱいのかは海の水はなぜしょっぱいのかで、塩が湿気で固まるしくみは砂糖と塩が固まる理由で解説しています。
- 海水が手に入らなければ、水100グラムに食塩3.4グラムをとかして代わりにします。
- 平たい皿に薄く広げ、日の当たる窓辺に置きます。同じ量を小鍋で弱火にかけたものとくらべます。
- 白い結晶が出るまでの時間と、最後に残った塩の量を見ます。どちらも3グラムあまりしか残らないはずです。
本物の海水なら、乾ききる直前に少し湿った苦い部分が残ります。これがにがりです。火を使うときは、空だきにならないよう必ずそばで見ていてください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(化学工学・海洋化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 質量パーセント濃度:とけている物の重さが、液全体の重さの何%かを表す数。海水の塩分はおよそ3.4%です。
- 蒸発熱(気化熱):液体を同じ温度の気体に変えるのに必要な熱。水では1キロあたり約2.26メガジュールです。
- 再結晶:とけきれなくなった物が、液から結晶として出てくること。海水を煮詰めて塩が出るのも、これです。
中学高校式で確かめる:塩1キロに、海水と熱はどれだけいる?
濃さの定義から必要な海水の量を出し、そこから飛ばす水の量と、そのための熱を順に求めます。最後に、先に濃くした鹹水から始めた場合とくらべます。
| 記号で書くと | m = M ÷ s 、 mw = m − M 、 Q = L × mw |
| 言葉で書くと | 必要な海水 = 作る塩 ÷ 塩分の濃さ。飛ばす水 = 海水 − 塩。必要な熱 = 蒸発熱 × 飛ばす水 |
| どこから来る式か | 1つ目は濃さの定義そのもの。2つ目は「塩は蒸発せず、水だけが出ていく」という質量の保存。3つ目は、水1キロを湯気にするごとに決まった熱がいるという、熱の出入りの帳じり(エネルギー保存)です。 |
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| M | 作りたい塩の重さ(kg) |
| s | 塩分の濃さ(重さの割合。3.4%なら 0.034) |
| m | 必要な海水(または鹹水)の重さ(kg) |
| mw | 湯気にして飛ばす水の重さ(kg) |
| L | 水の蒸発熱(MJ/kg)。100℃で約2.26 |
| Q | 水を飛ばすのに必要な熱(MJ) |
| 作る塩 M | 1 kg |
| 海水の塩分の濃さ s | 0.034(3.4%) |
| 水の蒸発熱 L | 2.26 MJ/kg |
| 電気との換算 | 1 kWh は 3.6 MJ |
| 塩田で濃くした鹹水の濃さ(例) | 0.2(20%) |
| 必要な海水 m(kg) | 1 ÷ 0.034 ≒ 29.4 |
| 飛ばす水 mw(kg) | 29.4 − 1 = 28.4 |
| 必要な熱 Q(MJ) | 28.4 × 2.26 ≒ 64.2 |
| 電気に直す(kWh) | 64.2 ÷ 3.6 ≒ 17.8 |
| 鹹水20%のときの量(kg) | 1 ÷ 0.2 = 5 |
| 鹹水20%のとき飛ばす水(kg) | 5 − 1 = 4 |
| 鹹水20%のときの熱(MJ) | 4 × 2.26 ≒ 9.04 |
| 燃料は何分の1になるか | 64.2 ÷ 9.04 ≒ 7.1 |
| 1日の塩10gにあたる海水(g) | 10 ÷ 0.034 ≒ 294 |
海水のままでは、塩1キロに約64メガジュール(約18キロワット時)の熱がいります。先に20%まで濃くしておけば、燃料は約7分の1で済みます。ここでは、水を100℃まで温める熱や鍋から逃げる熱は省いています。実際の燃料は、これより多くなります。
高校高校+なぜ「順番に」結晶が出てくるのか
高校物質ごとに、一定量の水にとけられる上限(溶解度)が決まっています。食塩は20℃で水100グラムに約36グラムまでとけるとされ、海水を10分の1ほどに煮詰めると、この上限に達します。石膏(硫酸カルシウム)は溶解度がずっと小さいため、先に上限に届いて出てきます。
高校+にがりの主成分である塩化マグネシウムは、溶解度がとても大きい物質です。そのため最後まで液に残ります。溶解度の差を利用して物質を分ける方法は、分別結晶(再結晶による精製)と呼ばれます。食塩の溶解度は温度でほとんど変わらないので、冷やしても多くは出てこず、水を飛ばすしか取り出す方法がありません。
大学塩田は「太陽熱の蒸発装置」として設計されている
化学工学では、水を飛ばす装置の効率を「蒸発潜熱」をどれだけ節約できるかで評価します。工場の製塩では、一度出た湯気の熱を次の釜の加熱に使い回す多重効用缶(多重効用蒸発)が使われ、燃料を数分の1に抑えるとされています。塩田の蒸発量は、日射・風速・湿度で決まり、気象学の蒸発量の式(ペンマン式など)で見積もられます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:蒸発熱(ウィキペディア) / 塩田(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- にがり成分は、味をどこまで変えるのか。 塩に少し残るマグネシウムやカリウムが「まろやかさ」をつくるという説がありますが、どの程度の量から人が違いを感じ取れるかは、個人差も大きく、決着していません。
- 海の塩分は、温暖化で変わっていくのか。 蒸発の多い海域はより塩辛く、雨の多い海域はより薄くなる傾向が観測されているとされます。その変化が海流や気候にどう返ってくるかは、研究が続いています。
- 結晶の形は、何で決まるのか。 静かな水面では、中が空洞のピラミッド形の塩の結晶ができることがあります。蒸発の速さや液の流れがどう形を決めるのか、細かい条件は今も調べられています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数字は代表的な値で、海域や季節で少しずつ変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「水溶液」(質量パーセント濃度・再結晶) | 海水の3.4%、煮詰めると塩が出ること |
| 高校 | 物理基礎「熱」、化学基礎「溶解度」 | 蒸発熱の大きさ、結晶が出る順番 |
| 高校+ | 化学「固体の溶解度と分別結晶」 | にがりが最後に残る理由 |
| 大学 | 化学工学(蒸発操作)、気象学(蒸発量) | 多重効用缶、塩田の蒸発量の見積もり |
| 研究 | 海洋化学、食品科学 | 海の塩分の変化、塩の味の違い |
| ― | 生活とのつながり | にがりと豆腐、天日塩と精製塩、家庭の光熱費の感覚 |
- 公益財団法人塩事業センター「塩百科」
- 海水 - ウィキペディア
- 塩田 - ウィキペディア
- 塩事業法(1996年制定。国内の塩の製造・流通のしくみを定めた法律)
- 国立天文台編『理科年表』丸善出版(水の蒸発熱・物質の溶解度)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。海水の濃さは海域や季節で変わります。実験で火を使うときは大人がそばにつき、海水を採るときは岸の安全を確かめてください。