海の水はなぜしょっぱいの?
― 塩を運んできたのは、しょっぱくないはずの川です
海で泳いでいて、うっかり口に入った海水の塩辛さに驚いた経験は、多くの人にあると思います。ところが、その海に流れ込んでいる川の水をすくって舐めても、しょっぱくはありません。しょっぱくない水がいくら流れ込んでも、海はしょっぱいままです。この不思議なつじつまの合わなさに、答えのかぎがあります。
夏の海辺。波打ちぎわで転んで、思いきり海水を飲んでしまいました。しばらく口の中がしょっぱく、砂までじゃりじゃりします。
その日の帰り道、山あいの川に寄って手をひたします。冷たくて、澄んでいて、当然ですが、しょっぱさはまったくありません。
その川は、まっすぐ海へ向かっています。しょっぱくない水が、毎日ずっと注ぎ込まれているのに、海はうすまってくれません。なぜでしょうか。
理由は、大きく2つだけです
川の水にも、岩から溶け出した成分がごくわずかに入っています。舌で感じられないほど薄いのですが、それが何億年も注ぎ込まれてきました。
海面から蒸発するのは水であって、溶けた成分は置き去りにされます。水は空へ戻れても、塩は戻れません。だから海に残り続けます。
言いかえると、海は「うすい塩水が入ってきて、真水だけが出ていく入れ物」です。この出入りが長く続けば、中身は少しずつ濃くなります。順に見ていきます。
1.川は、目に見えない塩を運んでいます
雨は、降ってくる途中で空気中の二酸化炭素を少し溶かし込みます。そのため雨水はごくわずかに酸性で、岩を溶かす力を持っています。地面にしみこんだ雨水は、長い時間をかけて岩の成分を少しずつ溶かし出します。これを風化といいます。
溶け出した成分は、地下水となり、やがて川になって海へ向かいます。川の水に含まれる溶けた成分の量は、場所によりますが、水1リットルあたり0.1グラム前後のことが多いとされています。海水のおよそ100分の1以下ですから、舌ではまず感じ取れません。
けれども、川は止まりません。日本だけでも、雨のたびに膨大な量の水が海へ流れ込んでいます。世界中の川が、何億年ものあいだ、この「薄すぎて気づかない塩」を運び続けてきました。図1を見てください。陸から海へ向かう一方通行の流れが、この話の中心です。
2.海から出ていくのは、水だけです
海面からは、たえず水が蒸発しています。このとき空へ舞い上がるのは水の分子だけで、溶けている塩の成分は海に取り残されます。塩は、蒸発という出口を通れないのです。
台所でも同じことが起きます。うすい塩水を鍋で煮つめると、湯気は真水ですから、鍋の中の塩水はどんどん濃くなり、最後に白い結晶が残ります。海で起きているのも、これとまったく同じことです。ただ、規模と時間の桁が違うだけです。
もうひとつ大事なのは、海が「行き止まり」だという点です。川は必ず低いほうへ流れ、いちばん低いところが海です。海から先へ流れ出す川はありません。入ってくるけれど、水のかたちでしか出ていけない。だから、溶けた成分は行き場を失って、そこにとどまります。
意外にも、そうではないと考えられています。海の塩分は、少なくとも数億年の単位ではほぼ一定に保たれてきたとされています。溶けた成分は、海底で泥や生き物の殻に取り込まれたり、浅い内海が干上がって岩塩の層になったり、海底のすきまにしみこんで岩と反応したりして、少しずつ海から抜けているためです。入る量と抜ける量が、長い目で見るとつり合っている、という見方です。
海水に溶けている成分のうち、食塩と同じ塩化ナトリウムはおよそ8割弱とされ、残りはマグネシウムやカルシウム、硫酸の成分などです。海水から食塩をとったあとに残る「にがり」の苦さは、このマグネシウムの成分が主だとされています。海水がただしょっぱいだけでなく、どこか苦く感じるのは、そのためです。
まとめ
海がしょっぱいのは、しょっぱくない川が運び続けた、ごく薄い成分の積み重ねです。水は蒸発して空へ戻れますが、溶けた成分は戻れません。海は、大地が少しずつ溶けた分を受け取り続けてきた、水のめぐりの終着点なのです。
川がうすい塩を運び、太陽が水だけを持ち去る。
残されたものが、いまの海の味です。
同じ海の水でも、色の理由はまったく別のしくみです。海の水はなぜ青いの?もあわせてどうぞ。塩が水にどう効くかについては氷に塩をかけると、なぜ0℃より冷たくなるの?が、雨水が岩を溶かす話については鍾乳洞の鍾乳石は、なぜ何千年もかけてゆっくり伸びるの?が近い内容です。
- コップの水200ミリリットルに、食塩を小さじ1杯半(約7グラム)ほど溶かします。これで海水に近い濃さになります。
- その水を黒っぽい皿に小さじ1杯だけ広げ、水道水も別の皿に同じだけ広げて、日なたに半日置きます。
- 乾いたあとを見比べます。塩水の皿には白い結晶がはっきり残り、水道水の皿にはうっすらとした跡しか残りません。出ていったのは水だけだった、ということが目で確かめられます。
できあがった結晶は、味見をせずに捨ててください。皿のよごれが混ざります。塩分をとりすぎないよう、作った塩水を飲むのもやめておきましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎・地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(地球化学・海洋学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 塩分:海水1キログラムに溶けている物質の量のこと。外洋の平均はおよそ35グラムで、割合にすると約3.5パーセントにあたるとされています。
- 風化:岩が、水や空気や温度の変化によって少しずつくずれ、成分が溶け出していく現象のことです。
- 滞留時間:ある成分が、海に入ってから抜けていくまでに平均でどれくらいとどまるかを表す目安の時間です。
中学高校式で確かめる:お風呂いっぱいの海水に、塩は何キログラム入っているのか
「3.5パーセント」と言われても濃さの実感はわきません。身近な入れ物に置きかえると、はっきりした数字が出ます。使うのは、かけ算とわり算だけです。
| 記号と単位について | 重さはキログラム、塩の量はグラム、体積はリットルで表します |
| 海水1キログラムに溶けている塩分 | およそ35グラムとされる |
| 海水1リットルの重さ | およそ1.03キログラムとされる |
| 家庭のお風呂の湯量 | およそ200リットルが目安 |
| お風呂を海水で満たしたときの重さ(キログラム) | 200 × 1.03 = 206 |
| そこに溶けている塩分(グラム) | 206 × 35 = 7210 |
| キログラムに直す | 7210 ÷ 1000 = 7.21 |
お風呂1杯を海水にすると、溶けている塩分はおよそ7キログラムという計算になります。
スーパーで売っている食卓塩の袋が1キログラム入りだとすると、7袋分がお風呂1杯に溶けていることになります。持ち上げれば、ずっしり重い量です。海が透明に見えていても、その中身はこれだけの塩を抱えています。しかも川は、この濃さになるまで塩を運ぶのに、何億年という時間をかけました。
高校高校+溶けているのは「塩の粒」ではなく、ばらばらになったイオンです
高校食塩が水に溶けると、ナトリウムイオンと塩化物イオンに分かれて、それぞれが水の分子に取り囲まれた状態になります。海水の中に「塩のつぶ」が浮かんでいるわけではありません。海水を蒸発させて水が減っていくと、イオンどうしが再び出会える濃さになり、結晶として現れます。塩田や、干上がった塩湖で起きているのはこれです。
高校+蒸発で出ていくのが水だけである理由は、イオンが水の分子と強く結びついていて、水の分子1個だけのように気体へ飛び出すことができないためです。イオンを気体にするには、けた違いに大きなエネルギーが要ります。だからこそ、海面という広大な出口は、水にとってだけ開いています。
大学海の塩分を決めているのは「入る量」ではなく「収支」です
地球化学では、海をひとつの入れ物とみなし、成分ごとに入る量と出る量を数え上げます。この考え方を物質収支といいます。ナトリウムのように抜けにくい成分は滞留時間が非常に長く、数千万年から1億年程度と見積もられることが多いとされています。一方でアルミニウムのように、すぐ沈んでしまう成分の滞留時間はごく短くなります。海水の組成が場所によらずほぼ同じなのは、海全体がかき混ぜられるのにかかる時間よりも、これらの成分の滞留時間のほうがはるかに長いためだと説明されています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 大昔の海はどれくらいしょっぱかったのか。 生まれたばかりのころの海は、いまよりかなり濃かったという見方がありますが、その値には研究者のあいだで幅があります。当時の海水そのものは残っていないため、岩に閉じ込められた液体などから間接的に推定するしかありません。
- 海底のすきまで、どれだけの塩分がやりとりされているのか。 海底の岩のすきまを海水がめぐる過程は、外から量を測るのが難しく、収支の見積もりに大きな不確かさが残っているとされています。
- 塩分の変化が、気候にどう返ってくるのか。 塩分は海水の重さを左右し、深い海の流れの原動力の一部になっています。氷が解けて塩分が薄まったとき、この流れがどう変わるのかは、いま活発に調べられているテーマです。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。海の味という身近な話題の奥に、まだ測りきれていない地球規模の出入りが隠れています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・水溶液/自然界のつり合い | 蒸発では水だけが出ていく、という前半の説明 |
| 高校 | 化学基礎・地学基礎(溶解とイオン、水の循環) | イオンとして溶けている、という節 |
| 高校+ | 化学(蒸気と溶液の性質) | イオンが気体になれない理由の説明 |
| 大学 | 地球化学・海洋学(物質収支と滞留時間) | 海の塩分が一定に保たれるしくみ |
| 研究 | 古海洋学・海洋循環の研究 | 大昔の塩分と、気候とのつながり |
| ― | 生活とのつながり | にがりと豆腐、塩田での製塩、海辺の金属がさびやすいこと |
- 気象庁「海洋の観測・診断情報」(海面水温・塩分などの解説ページ)
- 日本化学会編『化学便覧 基礎編』丸善出版(海水の主要成分の組成について)
- W. S. Broecker and T.-H. Peng, "Tracers in the Sea", Lamont-Doherty Geological Observatory, 1982.
- J. I. Drever, "The Geochemistry of Natural Waters", Prentice Hall.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。海水の塩分は場所や季節によって変わります。海辺で活動するときは、現地の掲示や、消防・自治体等の指示に従ってください。