肉の表面を強火で焼くと、肉汁が閉じ込められるって本当?
― ジュージューという音は、水が逃げていく音です
「最初に強火で表面を焼き固めると、肉汁が中に閉じ込められる」。料理の本でも家庭でもよく聞く言い方です。ところが、焼き方をくらべて肉の重さを量ると、表面を焼いた肉も同じように汁を失っています。こげ目は「ふた」ではありません。肉汁の量を決めているのは、肉の中の温度のほうです。
熱くしたフライパンにステーキを置くと、ジュージューと大きな音がして、白い湯気が立ちのぼります。
「まず強火で表面を固めて、うまみを閉じ込めるんだ」と言われながら、裏返して両面にこげ目をつけます。
でも、焼き上がった肉をお皿にのせると、まわりに赤っぽい汁がにじんできます。閉じ込めたはずの汁は、どこから出てきたのでしょう。
閉じ込められない理由は、2つだけ
焼き面は、乾いて縮んだ肉の層です。細かいひびや穴が無数にあり、水も湯気も通り抜けます。焼いているあいだ音が鳴りやまないのは、水が逃げ続けている証拠です。
肉は熱くなると、中のタンパク質が縮みます。ぬれたスポンジを手でしぼるように、肉自身が水を押し出します。どれだけしぼられるかは、中心が何度になったかで決まります。
つまり、表面に何をしても、中が熱くなれば汁は出ていきます。順番に見ていきましょう。
こげ目は、なぜ「ふた」にならないの?
肉の表面が百数十度になると、水分が飛んで乾き、茶色く色づきます。この層は固く見えますが、ラップのように水を止める膜ではありません。乾いて縮むときに細かくひび割れ、すき間がたくさんできます。
図1を見てください。肉の中の水は温まると、上の焼き面のすき間や、むき出しの側面から外へ出ていきます。フライパンに触れた下の面では、出てきた水がすぐに湯気に変わります。あの「ジュージュー」は、まさにその音です。もし焼き面が本当に汁を閉じ込めていたら、表面を焼き固めたあとは音が静かになるはずです。実際には、焼いているあいだずっと鳴り続けます。
「表面を高温で固めると汁が閉じ込められる」と唱えたのは、1850年ごろのドイツの化学者ユストゥス・フォン・リービッヒだとされています。高名な学者の説として料理書に広まり、いまも言い伝えとして残っています。焼き方をくらべて重さを量る実験は1930年代には行われ、表面を焼いても汁の減り方は変わらない、むしろ多いこともある、という結果だったとされています。
肉汁を押し出しているのは、何なの?
肉は、細長い筋肉の繊維がたばになったものです。繊維のすき間と内側に、水がたっぷり保たれています。肉が温まると、繊維をつくるタンパク質が形を変えて縮みます。これを「変性」といいます。
縮み方は温度でおおよそ段階的に進みます。中心が50℃台なら、繊維は少し縮むだけです。60℃をこえると縮み方が強くなります。繊維を包む膜も縮んで、外から締めつけるように水を押し出すとされています。
図2のつまみで、肉の中心の温度を変えてみてください。中心が熱くなるほど、しぼり出される汁が増えていきます。表面を焼いたかどうかは、この線にほとんど影響しません。
表面を強火で焼く意味が無いわけではありません。こげ目には、焼いた肉ならではの香ばしい香りと味が生まれます。強火の目的は「汁を閉じ込める」ことではなく、「おいしい焼き色をつける」ことなのです。
いちばん効くのは、中心を熱くしすぎないことです。火を止めたあとも中の温度はしばらく上がるので、少し手前で火から下ろします。焼いた直後に切ると汁が流れ出やすいため、数分休ませてから切る方法もよく使われます。
まとめ
強火で表面を焼き固めても、肉汁は閉じ込められません。こげ目の層はすき間だらけで、焼いているあいだのジュージューという音は、水が逃げ続けている音です。汁の量を決めているのは、中心が何度になったか。熱で縮んだ肉が、自分で汁をしぼり出しているからです。
こげ目は、ふたではなく香りのため。
肉汁を守るのは、中心の温度です。
焼き色の香りが生まれるしくみは「焼いた食べ物は、なぜあんなにいい匂いがするの?」で、焼いたあとに休ませる理由は「ステーキを焼いたあと、なぜ休ませるの?」で解説しています。
- 同じ厚さ・同じくらいの重さの肉を2枚用意し、焼く前の重さを量ってメモします。
- 1枚は最初に強火で両面にこげ目をつけてから弱火に、もう1枚ははじめから中火くらいで焼きます。どちらも中まで火が通るまで焼きます。
- 焼き上がったら皿の汁をふかずに肉だけを量り、何グラム減ったかをくらべます。
焼き時間や厚さで結果は変わりますが、「表面を焼いた肉だけが減らない」ということは起きないはずです。料理用の温度計があれば、中心の温度をそろえるとくらべやすくなります。鶏肉や豚肉は、中心までしっかり火を通してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(食品科学・食肉科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- タンパク質の変性:熱などでタンパク質の形が変わること。肉の色が変わり、縮んで固くなるのはこのためです。
- 状態変化(蒸発):液体の水が水蒸気になること。フライパンの上のジュージューという音と湯気の正体です。
- メイラード反応:糖とアミノ酸が高温で反応し、茶色い色と香ばしい香りが生まれること。こげ目の役目はこちらです。
中学高校式で確かめる:ステーキ1枚から、どれだけ汁が出ていく?
200グラムのステーキを、中心が70℃になるまで焼いたときに出ていく肉汁を見積もります。記号は、W が失う肉汁(グラム)、M が肉の重さ(グラム)、w が肉にふくまれる水の割合、f がそのうちしぼり出される割合です。
| 記号で書くと | W = M × w × f |
| 言葉で書くと | 失う肉汁 = 肉の重さ × 水の割合 × しぼり出される割合 |
| どこから来る式か | 水の量の収支(質量の保存)。肉の中の水は消えず、肉に残るか外へ出るかのどちらかです。f は中心の温度で決まり、表面を焼いたかどうかは入っていません。 |
| ステーキの重さ M | 200 g |
| 牛肉の水の割合 w(部位で差がある目安) | およそ 0.7 |
| 中心70℃でしぼり出される割合 f(目安) | およそ 0.2 |
| 大さじ1杯の量 | 15 mL(汁はほぼ水として 15 g) |
| 肉にふくまれる水 | 200 × 0.7 = 140 g |
| しぼり出される肉汁 W | 140 × 0.2 = 28 g |
| 肉の重さに対する割合 | 28 ÷ 200 = 0.14 |
| 大さじに直すと | 28 ÷ 15 ≒ 1.9 杯 |
ステーキ1枚から、大さじ2杯近い汁が出ていく計算です。重さにすると1割を少しこえます。中心を60℃でとめると、図2の目安では f がおよそ半分になり、出ていく汁も半分ほどになります。強火で表面を焼いても、この式のどの数字も小さくなりません。
高校高校+縮むのは、どのタンパク質?
高校筋肉の繊維の中には、ミオシンとアクチンという2種類のタンパク質が並んでいます。生物で習う「筋収縮」の主役です。加熱すると、この2つがそれぞれ違う温度で変性して固まり、繊維が縮みます。
高校+一般に、ミオシンはより低い温度で、アクチンはより高い温度で変性するとされます。繊維を包む膜の主成分であるコラーゲンも、60℃台で縮むとされています。中心の温度が上がるにつれて縮む部品が増えるので、汁が出る量も段階的に増えていきます。
大学保水性と加熱損失
食肉科学では、肉が水を抱えておく力を保水性、加熱で失われる重さを加熱損失(クッキングロス)と呼びます。保水性は、筋原線維のすき間の広さで大きく変わります。熟成の具合や部位、酸性度によっても変わることが知られています。焼き色をつけるメイラード反応は表面の100℃をこえる部分でしか進まず、中の保水性とは別の現象です。
📖 式の導出や、さらに先の内容:変性(ウィキペディア) / メイラード反応(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 「ジューシー」と感じるしくみ。 口の中で感じる肉汁らしさには、水の量だけでなく脂や、かんだときに出るつばも関わるとされます。どれがどれだけ効いているかは、まだ調べられている途中です。
- 焼き面の細かいつくり。 こげ目の層のひびや穴が、湯気の逃げ方をどれだけ変えるのか。表面の乾き方と中の汁の動きを同時に測るのは難しく、詳しい研究が続いています。
- 熟成で保水性が変わるしくみ。 熟成させた肉は汁を保ちやすいといわれます。そのときタンパク質のどの部分が変わるのかは、肉の種類によっても違い、まだ整理されていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。図2の線や式の割合 f は、しくみを見るための目安で、肉の種類や切り方で変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・状態変化 | ジュージューの音は水が水蒸気になる音 |
| 高校 | 生物・筋収縮/化学・タンパク質 | ミオシンとアクチンの熱による変性 |
| 高校+ | 化学・高分子(発展) | 温度ごとに縮む部品が増える |
| 大学 | 食品科学・食肉科学 | 保水性と加熱損失 |
| 研究 | 食品物性・官能評価 | ジューシーさの感じ方、熟成の効果 |
| ― | 生活とのつながり | 強火は香りのため。汁を守るなら中心の温度に気を配る |
- ハロルド・マギー『マギー キッチンサイエンス ―食材から食卓まで』共立出版
- 文部科学省・日本食品標準成分表(肉類の水分量)
- ウィキペディア「変性」
- ウィキペディア「メイラード反応」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。肉の種類・厚さ・焼き方で結果は変わります。加熱の目安は、食品安全に関する公的機関の情報もあわせてご確認ください。