川の水は、どこから来るの?
― 「雨だけでは足りない」という2000年近い常識を、ひとりの役人が雨量計でくつがえしました
晴れの日が何日続いても、川は止まらずに流れています。昔の学者たちは、これを雨では説明できないと考えました。答えを出したのは、たった1本の筒で雨を測り続けた人の、紙の上の計算でした。
秋晴れが1週間も続いた日、近所の川をのぞきこみます。水は少し減ってはいますが、変わらずさらさらと流れています。
最後に雨が降ったのは、もう何日も前です。この水は、いったいどこから出てきているのでしょう。
山の奥に、尽きない水の泉でもあるのでしょうか。じつは、ほんの350年ほど前まで、多くの学者が本気でそう考えていました。
雨だけで川が流れ続けられる理由は、2つあります
1回の雨は、深さにすれば数ミリから数十ミリです。ところが川に集まる土地は、何十・何百平方キロもあります。薄い水の層も、広い面積をかけると、川の何倍もの量になります。
降った雨の多くは、すぐには川へ流れません。いったん土や岩のすき間にしみこみ、何日も何か月もかけて、湧き水として出てきます。晴れの日の川を支えているのは、この「たくわえ」です。
いまでは当たり前に聞こえる話です。でも、これを数字で確かめた人が現れるまで、2000年近くかかりました。
昔の学者は、なぜ「雨では足りない」と考えたの?
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、山の中の洞くつで空気が冷えて水に変わり、それが川になると考えました。ほかにも、海の水が地下の水路を通って山の上まで上がり、泉からわき出す、という説が長く信じられていました。図1の左がその考えです。
雨では足りないと考えた理由もありました。地面を掘ってみると、雨がしみこんでいるのは表面から数十センチほどに見えたのです。それに、雨の日より晴れの日のほうがずっと多いのに、川は休まず流れます。降ったり止んだりする雨に、絶え間ない流れを支える力があるとは思えなかったのです。
雨を3年間測り続けた役人がいた
この考えに数字で挑んだのが、フランスのピエール・ペローです。ペローは学者ではなく、税の仕事をしていた役人だったとされます。
ペローは、セーヌ川の源流に近い土地で、3年間にわたって雨の量を測りました。1年の雨は、深さにしておよそ520ミリだったとされます。次に、その川へ水が集まってくる土地の広さを、地図から見積もりました。そして「雨の深さ × 土地の広さ」で、1年に降る雨の体積を出しました。
さらに、川を流れる水の量も見積もって、両者を比べました。結果は、降った雨が川の水のおよそ6倍とされます。足りないどころか、雨は川をまかなっても大きく余っていたのです。ペローは1674年に、この計算を本にまとめました。
余った雨は、どこへ行ったの?
図2のつまみを動かすと分かるとおり、雨が川をまかなえなくなるのは、砂漠に近いほど雨が少ないときだけです。では、川にならなかった残りの6分の5は、どこへ消えたのでしょう。
答えは空です。地面や水面から蒸発したり、植物が根で吸って葉から出したりして、水蒸気に戻ります。それがまた雲になり、雨として降ってきます。同じころ、イギリスのハレーは地中海で水の蒸発を測りました。そして、蒸発する量が川や雨をまかなえるほど大きいことを示したとされます。こうして、海と空と陸をめぐる「水のめぐり」の考えが、数字で組み立てられていきました。
理由の2つ目が、晴れの日の川の正体です。土にしみこんだ雨は、ゆっくりと低いほうへ動き、谷の底や川べりからにじみ出ます。だから最後の雨から何日たっても、川は流れ続けます。昔の人が「尽きない泉」だと思ったものは、じつは過去の雨のたくわえだったのです。
ピエール・ペローの弟の一人は、『シンデレラ』や『長靴をはいた猫』をまとめたシャルル・ペローです。もう一人の弟クロードは、パリのルーブル宮殿の設計に関わった建築家とされます。兄弟のうち、いちばん地味な仕事をしていた兄が、自然科学の大きな扉を開けたことになります。
日本の1年の雨量は、平均でおよそ1700ミリとされます。国土全体に降る水は、約6500億立方メートルと見積もられています。琵琶湖の水の量はおよそ275億立方メートルとされるので、その約24杯ぶんです。そのうち3分の1ほどは、蒸発などで空へ戻るとされます。
まとめ
川の水は、地下の秘密の水路ではなく、空から来ていました。雨は薄くても広い土地に降るので、全部集めると川の何倍にもなります。そして土がその雨をためて、晴れの日にも少しずつ川へ送り出しています。この当たり前を確かめたのは、ひらめきではなく、3年間の地道な測定と1つのかけ算でした。
晴れの日の川は、何日も前の雨でできている。
「足りないはず」は、測ってみるまで分からない。
流れこんだ水が海でどうなるかは「川の水は毎日海へ流れこむのに、なぜ海はあふれないの?」で、土の中の水の温度は「井戸水や湧き水は、なぜ夏は冷たく、冬は温かく感じるの?」で解説しています。土のない街では雨がどうなるかは「同じ雨なのに、街ではなぜすぐ道路が川になるの?」をどうぞ。
- 底が平らで、まっすぐな筒形のコップやびんを、まわりに屋根や木のない場所に置きます。
- 雨がやんだら、たまった水の深さを定規で測ります。これがその雨の「雨量」です。1ミリの雨は、1平方メートルあたり1リットルの水になります。
- ベランダや庭の広さ(平方メートル)をかけてみましょう。たった10ミリの雨でも、思った以上の量が降っていることが分かります。
雨の数日後に近くの小川や側溝をのぞき、まだ水が出ているかも見てみましょう。それが、土にたくわえられた雨です。雨の日や雨のあとの川や水路には近づかず、安全な場所から見てください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(水文学・地下水学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 降水量(雨量):降った雨や雪を、地面にたまった水の深さで表したもの。単位はミリメートルです。
- 流域:ある川に雨水が集まってくる土地の範囲。山の尾根が境目になります。
- 水の循環:海や陸の水が蒸発して雲になり、雨や雪として降り、川や地下水として海へ戻るめぐり。
中学高校式で確かめる:雨は川の何倍降っているか
ペローの計算を、きりのよい数にして追ってみます。流域の面積は約120平方キロと見積もられたとされます。
| 記号で書くと | V = P × A / 川が運ぶ割合 = Q ÷ V |
| 言葉で書くと | 1年に降る雨の体積 = 雨量(深さ)× 流域の面積。川が運ぶ割合 = 川の1年の流量 ÷ 雨の体積 |
| どこから来る式か | 水の収支(水は消えも増えもしない)。流域に入る水は雨だけで、出ていく水は「川 + 蒸発 + たくわえの変化」に分かれます。数年ならせば、たくわえの変化はほぼ0になります |
| 記号 | 意味と単位 |
| P | 1年間の雨量(深さ)。単位はメートル |
| A | 流域の面積。単位は平方メートル |
| V | 1年に流域へ降る雨の体積。単位は立方メートル |
| Q | 川が1年に運ぶ水の体積。単位は立方メートル |
| 1年の雨量(ペローの3年平均とされる値) | 約520 mm = 0.52 m |
| 流域の面積 | 約120 km² = 120,000,000 m² |
| 川の流量と雨の比(ペローの見積もり) | 川は雨のおよそ6分の1とされる |
| 1年の秒数 | 31,536,000 秒 |
| 1年に降る雨の体積 | 0.52 × 120,000,000 = 62,400,000 m³ |
| 川が運ぶ水 | 62,400,000 ÷ 6 = 10,400,000 m³ |
| 空へ戻るなどした残り | 62,400,000 − 10,400,000 = 52,000,000 m³ |
| 川の流れを1秒あたりに | 10,400,000 ÷ 31,536,000 ≒ 0.33 m³ |
| リットルに直す | 0.33 × 1000 = 330 L |
| 雨で川をまかなえる最小の雨量 | 520 ÷ 6 ≒ 87 mm |
源流の川は、1秒におよそ330リットルが流れる計算です。家庭の浴槽(約200リットル)の1杯半ほどにあたります。それでも降った雨の6分の1にすぎません。1年の雨が87ミリより多ければ、雨だけで川をまかなえます。図2で、棒が点線を下回るのがおよそ90ミリ以下だったのは、この値です。
高校高校+水のめぐりを、量で見る
高校地学基礎では、地球全体の水の循環を、蒸発・降水・流出の量で表した図を学びます。陸地では、降る量が蒸発する量より多く、その差が川や地下水として海へ流れます。海ではその逆で、蒸発が降水より多くなります。ペローの計算は、この図の「陸」の部分を、1本の川で初めて量ったものといえます。
高校+雨のうち川へ出ていく割合を「流出率」と呼びます。森におおわれた土地では低く、舗装された街では高くなります。ペローの見積もりは約6分の1、つまり2割に届きません。のちにマリオットがパリのセーヌ川で測り直し、近い結果を得たとされます。マリオットは、雨水が地下のどこまでしみこむかも調べました。
大学水文学と、地下水の流れ
雨・川・地下水・蒸発の量を扱う学問を「水文学」と呼び、ペローはその出発点の一人とされます。流域に入る水と出る水の差を書いたものを「水収支式」といい、降水 = 流出 + 蒸発散 + 貯留変化、の形をとります。晴れの日の川を支える流れは「基底流出」と呼ばれます。地下水が土の中を動く速さは「ダルシーの法則」で表され、水の通りやすさ(透水係数)と、水面の傾きに比例します。雨のあと川の水かさがどう変わるかは、「単位図法」などの流出解析で予測します。
📖 式の導出や、さらに先の内容:水文学(ウィキペディア) / 水循環(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 川の水は、何年前の雨なのか 水に含まれる同位体を手がかりに、川の水の「年齢」を調べる研究があります。何十年も前の雨が混じっている川もあるとされ、場所ごとの違いはまだよく分かっていません。
- 蒸発散の正確な量 地面からの蒸発と植物からの水の放出を合わせた量は、直接測るのが難しく、推定の幅が大きいとされます。
- 温暖化で流出はどう変わるか 気温が上がると蒸発が増える一方、雨の降り方も変わります。どの地域で川の水が増え、どこで減るのかは、まだ予測の幅が大きい分野です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ペローの数字も、当時の道具での見積もりであり、細かな値には不確かさがあります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「天気とその変化」水の循環 | 雨が蒸発して空へ戻るめぐり |
| 高校 | 地学基礎「大気と海洋」水の循環 | 陸で降る量と蒸発する量の差 |
| 高校+ | 流出率 | 雨の6分の1が川になる |
| 大学 | 水文学・地下水学 | 水収支式、基底流出、ダルシーの法則 |
| 研究 | 同位体水文学・気候変動 | 川の水の年齢、流出の将来 |
| ― | 生活とのつながり | 水道の水源、渇水への備え |
- Pierre Perrault, De l'origine des fontaines, Paris, 1674.
- Asit K. Biswas, History of Hydrology, North-Holland, 1970.
- 国土交通省 水管理・国土保全局「日本の水資源の現況」(各年版)
- 水循環(ウィキペディア)
- 降水量(ウィキペディア)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の測定値は文献によって換算や数え方が異なり、ここでは代表的な値を丸めて示しています。