自然のふしぎ 波動 予備知識なしでOK 読了 約7分

海の中に、高さ100メートルをこえる波があるって本当?
― 水面はほとんど揺れないまま、海の中で巨大な波がうねっています

本当です。海の中には、水面ではなく「軽い水と重い水の境目」を伝わる波があります。南シナ海では、高さ170メートルに達するものが観測されています。それほど大きいのに、船の上からはほとんど見えません。カギは、上と下の水の重さが「ほんの少ししか違わない」ことにあります。

公開:2026.10.26 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

ドレッシングのびんを、そっと横に揺らしてみます。上の油と下の酢の境目が、ゆったりと大きく波打ちます。ところが、いちばん上の油の表面は、ほとんど平らなままです。

同じことが、海でも起きています。海の水は、上のほうがあたたかくて軽く、深いところは冷たくて重いのが普通です。この境目が、ゆっくりと大きくうねっているのです。

しかもその高さは、高層ビルに匹敵します。海の中の「見えない大波」は、なぜそんなに大きくなれるのでしょうか。

海の中の波が巨大になる理由は、2つだけ

1
引き戻す力が、とても弱い

上と下の水の重さの差は、わずか0.2%ほどです。もち上げても「重くて落ちる」力がほとんど働かないので、少しの力で大きく揺れます。

2
潮の流れが、海底の山で波を押し上げる

満ち引きのたびに、海全体の水が行き来します。その流れが海底の山脈を乗り越えるとき、境目を何十メートルも押し上げ、巨大な波を送り出します。

1つ目は「同じ力でどれだけ揺れるか」、2つ目は「その力がどこから来るか」の話です。順番に見ていきましょう。

理由1:重さの差がわずかだと、同じ力で20倍以上揺れる

海面の波を考えてみます。水の上にあるのは空気です。空気は水の約800分の1しか重さがありません。だから海面をもち上げると、水はすぐに重みで落ちてきます。海面の波が、せいぜい数メートルにとどまるのはこのためです。

海の中の境目では、事情がまったく違います。上にあるのも水だからです。上の水と下の水の重さの差は、1リットルあたり2グラムほどしかないとされます。境目をもち上げても、下の水は「まわりより少しだけ重い」だけです。落ちようとする力は、海面の数百分の1になります。

引き戻す力が弱いと、波は同じエネルギーで大きく揺れます。計算すると、海面で高さ1メートルの波と同じエネルギーで、境目は約23メートルも揺れます。図1のつまみで、重さの差を変えてみてください。差が小さいほど、境目の揺れは大きくなります。

海面(揺れの高さ 1 m:ほぼ平ら) 上:軽い水(あたたかい) 下:重い水(冷たい) 上下の水の境目 進む速さ 約1.4 m/秒 境目の揺れ 約23 m
つまみを動かすと、同じエネルギーでの境目の揺れと、波の速さが変わります
図1:同じエネルギーを与えたときの、海面(上の水色の線)と、軽い水と重い水の境目(黄色の線)の揺れ方。点線の矢印が境目のくぼみの深さです。つまみで重さの差を小さくすると、くぼみは深くなり、右上に出る波の速さは遅くなります。

もう1つ、海の中の波は「とてもゆっくり」進みます。引き戻す力が弱いので、揺れが隣へ伝わるのにも時間がかかるからです。海面の長い波が秒速30メートルで進む場面でも、境目の波は秒速1〜3メートルほどとされます。人が歩く速さに近い大波が、海の中を何日もかけて渡っていくのです。

理由2:潮の満ち引きが、海底の山で波を生む

では、その大波を起こす力はどこから来るのでしょうか。主な源は、潮の満ち引きです。満ち潮と引き潮のたびに、海の水は大きく行き来します。

この流れが海底の山脈にぶつかると、山の斜面にそって境目がぐっと押し上げられます。流れが向きを変えると、もち上がった境目は波になって外へ広がっていきます。台湾とフィリピンのあいだのルソン海峡は、その代表的な場所です。ここの海底には2列の山脈があり、そこで生まれた波が南シナ海を西へ渡ります。観測では、高さが最大170メートルに達したと報告されています。

海面の様子はどうでしょうか。境目が100メートル以上動いても、海面の高さの変化はごくわずかとされます。ただし、波の上では水の流れが集まる帯と、離れていく帯ができます。そのため、海面には「さざ波の立つ帯」と「なめらかな帯」が縞になって並びます。人工衛星の写真には、この縞が何十キロメートルも続く様子が写っています。

💡 船が「見えない手」に引き止められた ― 北極探検家ナンセンの記録

1893年、ノルウェーの探検家ナンセンの船フラム号は、北極の海で急に進まなくなりました。風もエンジンも十分なのに、まるで何かに捕まったようだったと記録されています。そこでは、川や氷から来た軽い水が、重い海水の上に薄く乗っていました。船の力が、海の中の境目に波を立てることに吸い取られていたのです。のちにスウェーデンの研究者エクマンが、水槽の実験でこのしくみを確かめました。船乗りたちはこの現象を「死に水」と呼んでいました。

💡 見えない波は、海の生き物を養っている

海の中の大波は、くずれるときに深い冷たい水と上の水をかき混ぜます。深い水には栄養が多く含まれています。そのため、内部の波がよく当たる場所では、プランクトンや魚が集まりやすいと考えられています。暑い夏に、サンゴ礁へ冷たい水を運んで守る働きも報告されています。

まとめ

海の水は、上が軽く下が重い「二階建て」になっています。その境目では、重さの差がわずかなため、引き戻す力がとても弱くなります。だから同じエネルギーで海面の20倍以上も揺れ、ゆっくりと進みます。そこへ潮の流れが海底の山を越えると、高さ100メートルをこえる波が生まれます。

波の大きさを決めるのは、水の量ではなく「重さの差」。
差がわずかな境目ほど、波は大きく、静かに、ゆっくりうねります。

海面の波がどこまで高くなれるかは「海の波は、どこまで高くなれるの?」で、形を変えずに進む波については「形を変えずにどこまでも進む波は、なぜくずれないの?」で解説しています。海の中の大波の多くも、この「くずれない波」の仲間です。

🧪 びんの中に「海の中の波」をつくってみよう
  1. 透明なペットボトルに、食塩をよく溶かした水を半分入れます。
  2. その上に、食紅で色をつけた水を、スプーンの背に当てながらそっと注ぎます。上下2つの層に分かれれば成功です。
  3. ふたをしてボトルを寝かせ、ゆっくり傾けて戻します。境目が大きく、ゆったりと揺れ続けるのに、水面との違いを見てください。

食塩を減らして重さの差を小さくすると、境目の揺れはさらにゆっくりになります。水と油でも試せますが、混ざらない分、波の形がはっきり見えます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「地学」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(海洋物理学・地球流体力学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:同じエネルギーで、境目はどれだけ大きく揺れるか

波のエネルギーのうち、もち上げられた水の位置エネルギーを比べます。海面では「水と空気」、境目では「重い水と軽い水」の重さの差が、もち上げにくさを決めます。

⓪ もとになる式
記号で書くと½ × Δρ × g × a² = ½ × ρ × g × a₀² より a = a₀ × √( ρ ÷ Δρ )
言葉で書くと境目の揺れ = 海面の揺れ × (水の密度 ÷ 上下の密度の差)の平方根
どこから来る式か面を高さ a だけ動かすのに必要な位置エネルギーは、上下の密度の差に比例します。海面と境目に同じエネルギーを与えたとして、その2つを等しいとおいたつり合いの式です。進む速さも同じ理由で、c = √( g × (Δρ ÷ ρ) × h ) と遅くなります。
記号意味と単位
ρ海水の密度(kg/m³)
Δρ上の水と下の水の密度の差(kg/m³)
g重力加速度(m/s²)
a₀, a海面の揺れ、境目の揺れ(m)
h上の軽い層の厚さ(m)。下の層が十分に深いときの近似
① もとになる数値
海水の密度約 1025 kg/m³
上下の水の密度の差(典型的な値とされる)約 2 kg/m³
重力加速度9.8 m/s²
上の軽い層の厚さ100 m
海面の波の揺れ(比べる基準)1 m
② 計算してみる
密度の比1025 ÷ 2 = 512.5
その平方根512.5 の平方根は およそ 22.6
境目の揺れ(海面1mと同じエネルギー)1 × 22.6 = 22.6 m
重さの差の割合2 ÷ 1025 ≒ 0.00195
境目にとっての「重力」9.8 × 0.00195 ≒ 0.0191 m/s²
速さの2乗0.0191 × 100 = 1.91
境目の波の速さ1.91 の平方根は およそ 1.38 m/秒
比較:海面の長い波(深さ100m)9.8 × 100 = 980 → 平方根は およそ 31.3 m/秒
速さの比31.3 ÷ 1.38 ≒ 22.7

境目の波は、海面の波より約23倍大きく揺れ、約23倍ゆっくり進みます。どちらも同じ「√(ρ ÷ Δρ)」から来ているので、倍率がそろいます。

③ 実感に直す
南シナ海で観測された最大の高さ約 170 m
海面の波に置きかえると170 ÷ 22.6 ≒ 7.5 m

おおまかには、高さ170メートルの境目の波は、海面の高さ7.5メートルの大波と同じくらいのエネルギーです(実際の海は二層ではなく、なめらかに密度が変わるので目安です)。歩く速さの大波は、こうした荒波並みのエネルギーを運んでいます。

高校高校+波の速さは「復元力」と「慣性」のつり合いで決まる

高校高校物理では、弦を伝わる波の速さが「張力 ÷ 線密度」の平方根で決まることを習います。引き戻す力が強いほど速く、動かす重さが大きいほど遅い、という関係です。内部波も同じで、引き戻す力が Δρ に比例して弱くなるのに、動かす水の重さは変わらないため、遅くなります。

高校+浅い水の波の速さ √(g × 深さ) の g を、「換算重力」g × (Δρ ÷ ρ) に置きかえたものが内部波の速さです。アルキメデスの原理(浮力)から、まわりより少しだけ重い水には、重さの差の分だけの下向きの力しか働かないことが分かります。

大学浮力振動数と、内部孤立波

連続的に密度が変わる海では、上下に動かされた水がもとの深さを中心に振動します。その振動数をブラント・バイサラ振動数(浮力振動数)と呼び、内部波はこれより低い振動数でしか存在できません。また、南シナ海の大波のように振幅の大きなものは、非線形性と分散がつり合った内部孤立波(内部ソリトン)として、コルテヴェーク・ド・フリース方程式などで近似されます。潮の流れから内部波へのエネルギーの受け渡しは「内部潮汐の生成」として研究されています。

📖 式の導出や、さらに先の内容:内部波(ウィキペディア) / ソリトン(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。海の中の大波は、人工衛星と深海の観測機器が増えたここ数十年で、ようやく姿が見えてきたばかりです。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科:密度、浮力、波の伝わり方上が軽く下が重い海の「二階建て」
高校物理:波の速さ、位置エネルギー/地学:海洋の層構造式で確かめる(エネルギーのつり合い)
高校+浅い水の波の速さ、換算重力境目の波が約23倍遅い理由
大学海洋物理学・地球流体力学浮力振動数、内部孤立波、内部潮汐
研究海洋の混合、気候大波のくずれ方と深層の水の入れかわり
―生活とのつながり漁場の栄養、サンゴ礁の冷却、船や海洋構造物への影響
参考・出典
  1. Alford, M. H. ほか (2015) The formation and fate of internal waves in the South China Sea. Nature 521
  2. 内部波 ― ウィキペディア日本語版
  3. Nansen, F. (1897) Farthest North(フラム号の航海記。死水の記録を含む)
  4. Ekman, V. W. (1904) On dead water. The Norwegian North Polar Expedition 1893–1896, Scientific Results
  5. Gill, A. E. (1982) Atmosphere-Ocean Dynamics. Academic Press

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の海は密度がなめらかに変わるため、二層の計算は大きさの見当をつけるためのものです。