オゾンホールは、なぜ人工衛星より先に
南極の小さな観測所で見つかったの?
― 「異常すぎる値」は、機械のせいにされてしまいます
私たちの頭の上、高さ20キロメートルあたりには、強い紫外線を吸収してくれるオゾンの層があります。その層に南極上空で大きな穴が開いていると世界が知ったのは、1985年のことでした。見つけたのは、地球全体を毎日ながめていた人工衛星ではありません。南極で同じ測定をただ続けていた、数人の観測隊でした。しかも彼らは最初、自分たちの測定器が壊れたのだと思っていました。
南極の観測基地。1982年の春です。研究者が、頭上の空の色を分けて測る装置の数字を読み上げます。オゾンの量が、これまでの記録よりずっと低いのです。
装置は1950年代から使っている古いものでした。「壊れたか、ずれたのだろう」。誰でもそう思います。そこで彼らは新しい装置をイギリスから運びました。
次の年の春。新しい装置も、まったく同じ低い値を示しました。壊れていたのは装置ではなく、空のほうだったのです。
なぜ、地上の小屋が衛星に勝てたのか ― 理由は2つ
南極のハレー基地では1957年から、頭上のオゾンの総量が毎年測られていました。長い物差しがあるからこそ、「今年はおかしい」と言えます。当時の衛星の記録は、まだ数年分しかありませんでした。
衛星のデータ処理には、極端すぎる値をそのまま採用せず、いったんより分けるしくみが入っていました。本物の異常が、機械の故障と同じ引き出しに入れられてしまったのです。
1985年、イギリスの観測隊は南極の春(9〜10月)にオゾンが大きく減っていることを論文で発表しました。それを受けて衛星のデータを見直したところ、宇宙からの記録にも同じ穴がはっきり写っていました。データはずっとそこにあったのに、誰も「本当だ」と思っていなかったのです。
減り方は、じわじわではなく坂道だった
ハレー基地の記録では、南極の10月のオゾン全量は1970年代までおよそ300ドブソン単位(この単位は下の折りたたみで説明します)でした。それが1980年前後から下がりはじめ、1984年にはおよそ200まで落ちていたとされています。10年ほどで3分の1が消えた計算になります。図1を見てください。折れ線が右へ行くほど下がっているのが、そのときの記録です。
なぜ「南極の」「春だけ」なのか
オゾンを壊す犯人は、冷蔵庫やスプレーに使われていた塩素を含むガスでした。ただ、そのガスは世界中で使われていたのに、穴が開くのは南極の上空、それも春だけです。この不公平さには、南極の冬がつくる特別な舞台が関わっています。
南極の冬は太陽が昇りません。上空の空気は冷えきって、まわりから切り離された巨大な渦になります。温度はマイナス80度近くまで下がり、ふつうは雲などできない高さに、氷や酸の粒でできた雲が生まれます。この粒の表面で、おとなしい形で漂っていた塩素の化合物が、壊れやすい形に作り変えられます。あとは春の光を待つだけです。図2の順番で進みます。
オゾンホールは、オゾンが完全になくなった空洞ではありません。オゾンの濃さが大きく下がった領域を地図に色で描くと、穴のように見えるので、そう呼ばれています。宇宙から見て、空が抜けているわけではないのです。
論文が出た2年後の1987年、原因となるガスを減らす国際的な取り決め(モントリオール議定書)がまとまりました。オゾン層は今も完全には戻っていませんが、南極の穴は今世紀の半ばごろまでに1980年ごろの状態へ近づくと見込まれています。
まとめ
発見の決め手は、新しい技術でも、鋭いひらめきでもありませんでした。誰も注目しない場所で、同じ測定を30年近く続けた記録があったこと。そして「装置の故障だろう」という当たり前の疑いを、確かめるまで手放さなかったことです。異常な値をより分けるしくみは、ふだんは正しく働きます。けれど、本物の異常が来たときには、それがそのまま見落としになります。
見つけたのは、いちばん高い目ではなく、
いちばん長く見ていた目でした。
空と紫外線の話は、曇りの日でも日焼けするのはなぜ?や空はなぜ青いの?でも取り上げています。長い記録が意味を持つ話としては、雪の下がなぜ0度のままなのかもあわせてどうぞ。
- 気象庁の「オゾン層・紫外線」のページで、南極の昭和基地のオゾン全量のグラフを見てみましょう。毎年、春(9〜11月)にだけ深い谷ができています。
- 同じページで、日本上空(札幌・つくば・那覇)の値と比べてみましょう。谷の深さがまるで違うことが、南極の特別さを示しています。
- 天気予報の紫外線情報(紫外線インデックス)を1週間書き留め、雲の量と見比べてみましょう。曇りでも値がそれほど下がらない日があるはずです。
3つめは、オゾン層と雲がまったく別の役割を持っていることを、身近な数字で感じるための観察です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(大気化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- オゾン:酸素の仲間で、酸素の原子が3つつながった気体。上空にうすく広がり、生き物に有害な波長の紫外線を吸収します。
- ドブソン単位:頭上の空気の柱に含まれるオゾンを全部集め、地上の気圧と0度の温度にそろえたときの厚さを表す単位。100ドブソン単位が、厚さ1ミリメートルにあたります。
- 成層圏:高さおよそ10キロメートルから50キロメートルの層。上に行くほど暖かく、空気が上下に混ざりにくい層です。オゾンの大半はここにあります。
- 触媒:反応を助けながら、自分自身は使い切られずに残る物質。塩素はオゾンを壊す触媒としてふるまいます。
中学高校式で確かめる:3分の1減ると、紫外線はどれだけ増えるのか
オゾン全量の減り方と、地上に届く紫外線の増え方を、目安の数値でつないでみます。
| 1970年代の南極10月の平均 | およそ300ドブソン単位とされる |
| 1984年の南極10月の値 | およそ200ドブソン単位とされる |
| 100ドブソン単位の厚さ | 1ミリメートルにあたる |
| オゾンが1%減ったときの日焼け紫外線の増え方 | およそ1.2%とされる |
| 減った量(ドブソン単位) | 300 - 200 = 100 |
| 減った割合 | 100 ÷ 300 ≒ 0.33 |
| 百分率になおす | 0.33 × 100 = 33 |
| 紫外線の増え方(%) | 33 × 1.2 = 39.6 |
オゾンが3分の1減ると、地上で肌に届く紫外線はおよそ4割増える計算になります。もとの厚さも確かめておきましょう。
| 1970年代の厚さ(ミリメートル) | 300 ÷ 100 = 3 |
| 1984年の厚さ(ミリメートル) | 200 ÷ 100 = 2 |
私たちを守っているオゾンは、全部集めても厚さ3ミリメートルほどの膜でしかありません。それが2ミリメートルになった、というのがオゾンホールの正体です。1円玉の厚さがおよそ1.5ミリメートルなので、2枚分が1枚分強に減ったと考えると、心細さが伝わるかもしれません。
高校高校+なぜ塩素は「使い切られない」のか
高校化学で習う触媒と同じ考え方です。塩素の原子はオゾンから酸素の原子を1つ受け取って別の形になりますが、その形がさらに別の相手と反応して、もとの塩素の原子にもどります。もどった塩素は、また次のオゾンに向かいます。1つの塩素の原子が大気から取り除かれるまでに、数万個の規模でオゾンを壊しうるとされています。
高校+ただし、ふつうの成層圏では塩素の大半は反応しにくい形(塩化水素や硝酸塩素)で漂っており、この連鎖はあまり進みません。南極の冬にできる雲の粒は、この「おとなしい形」を「動きやすい形」に作り変える場を与えます。気体どうしではめったに起こらない反応が、粒の表面という場所を得ることで一気に進む。これを不均一反応と呼びます。
大学渦の内側は、独立した実験室になっている
南極の冬の成層圏では、極を取り巻く強い西風の帯ができ、内側の空気が中緯度の空気と混ざりにくくなります。この閉じ込めがあるため冷却は極端に進み、できた物質も逃げずにたまります。北極でも同じ化学は起こりますが、北半球は陸地と山脈の分布のせいで大気の波が強く、渦がしばしば乱れて暖まります。そのため北極のオゾンの減り方は年ごとの差が大きく、南極ほど深い穴にはなりません。同じ化学でも、大気の流れのほうが結果を決めているという、よい例になっています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 回復の時期は、まだ幅をもってしか言えません。 規制のあとも回復のペースは年ごとの気象条件に強く左右され、南極の穴が1980年ごろの状態に戻る時期の見積もりには、数十年の幅が残っています。
- 規制されたはずのガスの排出が、観測から見つかることがあります。 大気中の濃度の減り方が予想より遅い時期があり、どこで排出が続いているのかを大気の観測から突き止める研究が進められています。
- 気候変動とオゾン層は、互いに影響し合います。 地表の近くが暖まる一方で成層圏は冷える傾向があり、冷えれば雲の粒はできやすくなります。温暖化がオゾン層の回復を早めるのか遅らせるのかは、高さや地域によって答えが分かれ、議論が続いています。
- 大きな火山の噴火や、大気中の微粒子の影響も評価の途中です。 粒の表面で進む反応は、噴火などで放出された微粒子によっても左右されうると指摘されています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。発見の経緯についても、当時の衛星のデータがどう扱われたかの細部は、関係者の証言によって語り口に違いがあります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・大気と気象/身のまわりの物質 | オゾン、成層圏、単位のなりたち |
| 高校 | 化学(触媒・反応の速さ)/地学(大気の構造) | 塩素が使い切られない理由 |
| 高校+ | 化学の発展(不均一反応) | 雲の粒の表面で起こる作り変え |
| 大学 | 大気化学・大気力学 | 極を取り巻く渦と、南北の違い |
| 研究 | オゾン層の監視と将来の予測 | 回復時期の幅、気候変動との関係 |
| ― | 生活とのつながり | 紫外線への備え、長い記録を残すことの意味 |
- Farman, J. C., Gardiner, B. G., Shanklin, J. D., Large losses of total ozone in Antarctica reveal seasonal ClOx/NOx interaction, Nature 315, 207–210, 1985(南極上空のオゾン減少を最初に報告した論文)。
- Molina, M. J., Rowland, F. S., Stratospheric sink for chlorofluoromethanes: chlorine atom-catalysed destruction of ozone, Nature 249, 810–812, 1974(塩素による連鎖的なオゾン破壊の予測)。
- アメリカ航空宇宙局(NASA)オゾンウォッチ ― 南極のオゾンホールの観測
- 国連環境計画(UNEP)オゾン事務局 ― モントリオール議定書
- 気象庁「オゾン層・紫外線の年のまとめ」(国内および昭和基地のオゾン全量の観測データ)。
- 環境省「オゾン層等の監視結果に関する年次報告書」。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。紫外線への備えについては、気象庁や自治体の発表する紫外線情報に従ってください。