🔎 発見のドラマ 🌍 環境・生態 予備知識なしでOK 読了 約7分

オゾンホールは、なぜ人工衛星より先に
南極の小さな観測所で見つかったの?
― 「異常すぎる値」は、機械のせいにされてしまいます

私たちの頭の上、高さ20キロメートルあたりには、強い紫外線を吸収してくれるオゾンの層があります。その層に南極上空で大きな穴が開いていると世界が知ったのは、1985年のことでした。見つけたのは、地球全体を毎日ながめていた人工衛星ではありません。南極で同じ測定をただ続けていた、数人の観測隊でした。しかも彼らは最初、自分たちの測定器が壊れたのだと思っていました。

公開:2026.09.06 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

南極の観測基地。1982年の春です。研究者が、頭上の空の色を分けて測る装置の数字を読み上げます。オゾンの量が、これまでの記録よりずっと低いのです。

装置は1950年代から使っている古いものでした。「壊れたか、ずれたのだろう」。誰でもそう思います。そこで彼らは新しい装置をイギリスから運びました。

次の年の春。新しい装置も、まったく同じ低い値を示しました。壊れていたのは装置ではなく、空のほうだったのです。

なぜ、地上の小屋が衛星に勝てたのか ― 理由は2つ

1
同じ場所を、同じ道具で、30年近く測り続けていたから

南極のハレー基地では1957年から、頭上のオゾンの総量が毎年測られていました。長い物差しがあるからこそ、「今年はおかしい」と言えます。当時の衛星の記録は、まだ数年分しかありませんでした。

2
機械は「ありえない値」をより分けるように作られていたから

衛星のデータ処理には、極端すぎる値をそのまま採用せず、いったんより分けるしくみが入っていました。本物の異常が、機械の故障と同じ引き出しに入れられてしまったのです。

1985年、イギリスの観測隊は南極の春(9〜10月)にオゾンが大きく減っていることを論文で発表しました。それを受けて衛星のデータを見直したところ、宇宙からの記録にも同じ穴がはっきり写っていました。データはずっとそこにあったのに、誰も「本当だ」と思っていなかったのです。

減り方は、じわじわではなく坂道だった

ハレー基地の記録では、南極の10月のオゾン全量は1970年代までおよそ300ドブソン単位(この単位は下の折りたたみで説明します)でした。それが1980年前後から下がりはじめ、1984年にはおよそ200まで落ちていたとされています。10年ほどで3分の1が消えた計算になります。図1を見てください。折れ線が右へ行くほど下がっているのが、そのときの記録です。

南極・ハレー基地で測られた10月のオゾン全量 縦軸:オゾン全量(ドブソン単位) 横軸:年 300 200 100 0 1957 1970 1980 1987 1984年 約200 (右下の丸印) 1970年代までは、ほぼ横ばい 同じ低い値は宇宙からも記録されていましたが、低すぎる値としてより分けられていました。
図1:南極ハレー基地の10月のオゾン全量。左から右へ年が進みます。左半分の折れ線はほぼ水平ですが、右側の1980年ごろから急な下り坂になり、右下の丸印(1984年)でおよそ200ドブソン単位まで落ちています。横に走る点線は目盛りです。

なぜ「南極の」「春だけ」なのか

オゾンを壊す犯人は、冷蔵庫やスプレーに使われていた塩素を含むガスでした。ただ、そのガスは世界中で使われていたのに、穴が開くのは南極の上空、それも春だけです。この不公平さには、南極の冬がつくる特別な舞台が関わっています。

南極の冬は太陽が昇りません。上空の空気は冷えきって、まわりから切り離された巨大な渦になります。温度はマイナス80度近くまで下がり、ふつうは雲などできない高さに、氷や酸の粒でできた雲が生まれます。この粒の表面で、おとなしい形で漂っていた塩素の化合物が、壊れやすい形に作り変えられます。あとは春の光を待つだけです。図2の順番で進みます。

南極の春だけにオゾンが減る、4つの段取り(左から右へ) ① 冬・太陽が昇らない 上空の空気が 閉じた渦になる マイナス80度近くへ ② 高い空の雲 氷と酸の粒ができ その表面で塩素が 壊れやすい形に ③ 春の光 9〜10月、太陽が 戻って光が当たり 塩素が動き出す ④ 繰り返し 塩素は使われても 元にもどるので 何度もオゾンを壊す ④がこの話のこわいところです。塩素は消耗品ではなく、道具のように使い回されます。 だから、ごくわずかな量でも、たくさんのオゾンを減らすことができてしまいます。 夏になると渦がくずれ、まわりの空気が混ざって、オゾンはいったん回復します。
図2:左から右へ、①冬に閉じた渦ができる→②高い空の雲の粒の表面で塩素が壊れやすい形に変わる→③春の光が当たる→④塩素が何度も使い回されてオゾンを壊す、という順番です。3本の矢印は時間の流れを表します。右端の枠だけ線の色が違うのは、そこが繰り返しの段だからです。
💡 「穴」といっても、空いているわけではありません

オゾンホールは、オゾンが完全になくなった空洞ではありません。オゾンの濃さが大きく下がった領域を地図に色で描くと、穴のように見えるので、そう呼ばれています。宇宙から見て、空が抜けているわけではないのです。

💡 その後、世界はめずらしく素早く動きました

論文が出た2年後の1987年、原因となるガスを減らす国際的な取り決め(モントリオール議定書)がまとまりました。オゾン層は今も完全には戻っていませんが、南極の穴は今世紀の半ばごろまでに1980年ごろの状態へ近づくと見込まれています。

まとめ

発見の決め手は、新しい技術でも、鋭いひらめきでもありませんでした。誰も注目しない場所で、同じ測定を30年近く続けた記録があったこと。そして「装置の故障だろう」という当たり前の疑いを、確かめるまで手放さなかったことです。異常な値をより分けるしくみは、ふだんは正しく働きます。けれど、本物の異常が来たときには、それがそのまま見落としになります。

見つけたのは、いちばん高い目ではなく、
いちばん長く見ていた目でした。

空と紫外線の話は、曇りの日でも日焼けするのはなぜ?空はなぜ青いの?でも取り上げています。長い記録が意味を持つ話としては、雪の下がなぜ0度のままなのかもあわせてどうぞ。

🧪 自分で確かめてみる
  1. 気象庁の「オゾン層・紫外線」のページで、南極の昭和基地のオゾン全量のグラフを見てみましょう。毎年、春(9〜11月)にだけ深い谷ができています。
  2. 同じページで、日本上空(札幌・つくば・那覇)の値と比べてみましょう。谷の深さがまるで違うことが、南極の特別さを示しています。
  3. 天気予報の紫外線情報(紫外線インデックス)を1週間書き留め、雲の量と見比べてみましょう。曇りでも値がそれほど下がらない日があるはずです。

3つめは、オゾン層と雲がまったく別の役割を持っていることを、身近な数字で感じるための観察です。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「化学」「地学」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(大気化学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:3分の1減ると、紫外線はどれだけ増えるのか

オゾン全量の減り方と、地上に届く紫外線の増え方を、目安の数値でつないでみます。

① もとになる数値
1970年代の南極10月の平均およそ300ドブソン単位とされる
1984年の南極10月の値およそ200ドブソン単位とされる
100ドブソン単位の厚さ1ミリメートルにあたる
オゾンが1%減ったときの日焼け紫外線の増え方およそ1.2%とされる
② 計算してみる
減った量(ドブソン単位)300 - 200 = 100
減った割合100 ÷ 300 ≒ 0.33
百分率になおす0.33 × 100 = 33
紫外線の増え方(%)33 × 1.2 = 39.6

オゾンが3分の1減ると、地上で肌に届く紫外線はおよそ4割増える計算になります。もとの厚さも確かめておきましょう。

③ 実感に直す
1970年代の厚さ(ミリメートル)300 ÷ 100 = 3
1984年の厚さ(ミリメートル)200 ÷ 100 = 2

私たちを守っているオゾンは、全部集めても厚さ3ミリメートルほどの膜でしかありません。それが2ミリメートルになった、というのがオゾンホールの正体です。1円玉の厚さがおよそ1.5ミリメートルなので、2枚分が1枚分強に減ったと考えると、心細さが伝わるかもしれません。

高校高校+なぜ塩素は「使い切られない」のか

高校化学で習う触媒と同じ考え方です。塩素の原子はオゾンから酸素の原子を1つ受け取って別の形になりますが、その形がさらに別の相手と反応して、もとの塩素の原子にもどります。もどった塩素は、また次のオゾンに向かいます。1つの塩素の原子が大気から取り除かれるまでに、数万個の規模でオゾンを壊しうるとされています。

高校+ただし、ふつうの成層圏では塩素の大半は反応しにくい形(塩化水素や硝酸塩素)で漂っており、この連鎖はあまり進みません。南極の冬にできる雲の粒は、この「おとなしい形」を「動きやすい形」に作り変える場を与えます。気体どうしではめったに起こらない反応が、粒の表面という場所を得ることで一気に進む。これを不均一反応と呼びます。

大学渦の内側は、独立した実験室になっている

南極の冬の成層圏では、極を取り巻く強い西風の帯ができ、内側の空気が中緯度の空気と混ざりにくくなります。この閉じ込めがあるため冷却は極端に進み、できた物質も逃げずにたまります。北極でも同じ化学は起こりますが、北半球は陸地と山脈の分布のせいで大気の波が強く、渦がしばしば乱れて暖まります。そのため北極のオゾンの減り方は年ごとの差が大きく、南極ほど深い穴にはなりません。同じ化学でも、大気の流れのほうが結果を決めているという、よい例になっています。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。発見の経緯についても、当時の衛星のデータがどう扱われたかの細部は、関係者の証言によって語り口に違いがあります。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・大気と気象/身のまわりの物質オゾン、成層圏、単位のなりたち
高校化学(触媒・反応の速さ)/地学(大気の構造)塩素が使い切られない理由
高校+化学の発展(不均一反応)雲の粒の表面で起こる作り変え
大学大気化学・大気力学極を取り巻く渦と、南北の違い
研究オゾン層の監視と将来の予測回復時期の幅、気候変動との関係
生活とのつながり紫外線への備え、長い記録を残すことの意味
参考・出典
  1. Farman, J. C., Gardiner, B. G., Shanklin, J. D., Large losses of total ozone in Antarctica reveal seasonal ClOx/NOx interaction, Nature 315, 207–210, 1985(南極上空のオゾン減少を最初に報告した論文)。
  2. Molina, M. J., Rowland, F. S., Stratospheric sink for chlorofluoromethanes: chlorine atom-catalysed destruction of ozone, Nature 249, 810–812, 1974(塩素による連鎖的なオゾン破壊の予測)。
  3. アメリカ航空宇宙局(NASA)オゾンウォッチ ― 南極のオゾンホールの観測
  4. 国連環境計画(UNEP)オゾン事務局 ― モントリオール議定書
  5. 気象庁「オゾン層・紫外線の年のまとめ」(国内および昭和基地のオゾン全量の観測データ)。
  6. 環境省「オゾン層等の監視結果に関する年次報告書」。

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。紫外線への備えについては、気象庁や自治体の発表する紫外線情報に従ってください。