月は、なぜ地球に落ちてこないの?
― 本当は、1秒に1.4ミリずつ落ち続けています
手を離したリンゴは落ちます。それなら、空に浮かぶ月はなぜ落ちてこないのでしょう。答えは少し意外です。月はちゃんと落ちています。ただ、落ちる先の地面が、いつまでたっても来ないのです。
夜の帰り道、子どもが空を指さして聞きます。「ねえ、月はどうして落ちてこないの?」
「宇宙には重力がないから」と答えたくなります。でも、それは違います。月が地球のまわりを回っているのは、地球の重力に引っぱられているからです。
引っぱられているのに、落ちてこない。この矛盾に見える話を、ほどいていきましょう。
理由は2つだけです
月は1秒に約1キロメートルの速さで横へ進んでいます。そのあいだに地球へ約1.4ミリ落ちます。地球は丸いので、落ちたぶんだけ地面も向こうへ逃げていきます。
月までの距離は、地球の半径の約60倍です。重力は遠いほど弱まり、月の位置では地上の約3600分の1です。この弱い力と横の速さが、ちょうど釣り合っています。
つまり「落ちない」のではありません。「落ちながら、地球を外れ続けている」のです。順に見ていきましょう。
月は、本当に落ちているの?
ボールを横へ投げると、放物線をえがいて地面に落ちます。強く投げるほど、遠くへ落ちます。では、とんでもなく強く投げたらどうなるでしょう。
地球は丸いので、地面は遠くへ行くほど下へ曲がっていきます。ボールが速すぎると、落ちていくボールより先に、地面のほうが下へ曲がってしまいます。するとボールは、落ち続けているのに地面に届きません。地球をぐるりと一周して、元の場所へ戻ってきます。
月はまさにこの状態です。図1を見てください。つまみで月の横向きの速さを変えられます。
速さがゼロなら、月はまっすぐ地球へ落ちます。少し速いと、ななめに落ちて地球にぶつかります。秒速1.02キロメートルのとき、落ちる曲がり方と地球の丸みがぴったり重なり、きれいな円になります。今の月は、ちょうどこの速さで回っています。
ニュートンは、リンゴと月を比べた
この考え方を最初に数字で確かめたのは、17世紀のイギリスの科学者ニュートンだとされています。彼は「リンゴを落とす力と、月を引っぱる力は同じものではないか」と考えました。
地面の近くでは、物は最初の1秒で約4.9メートル落ちます。月までの距離は地球の半径の約60倍です。もし重力が距離の2乗に反比例して弱まるなら、月の位置では60×60で3600分の1になるはずです。図2を見てください。
次に、月の動きから「1秒で落ちている量」を求めます。月は約27.3日で地球を1周します。その円の大きさと日数から計算すると、1秒あたり約1.4ミリ、円の内側へ曲がっていることが分かります。4.9メートルの3600分の1も、約1.4ミリです。2つの数字が一致しました。
リンゴを落とす力と月を回す力は、同じ1つの重力だったのです。この発見が、のちの万有引力の法則につながったとされています。
横向きの速さがゼロになれば、月はまっすぐ地球へ落ちてきます。計算上は、およそ5日でぶつかるとされています。月を守っているのは、高さではなく横の速さなのです。
月は落ちてくるどころか、1年に約3.8センチずつ地球から離れています。アポロ計画で月面に置かれた鏡にレーザー光を当て、はね返る時間を測って分かりました。海の満ち引きを通じて、地球の回転の勢いが少しずつ月へ渡っているためと考えられています。
まとめ
月は地球の重力に引かれて、1秒に約1.4ミリずつ落ちています。けれども横へ秒速約1キロメートルで進んでいるので、地球の丸みに沿って落ち続け、地面に届きません。遅すぎれば落ち、速すぎれば飛び去ります。今の月は、そのちょうど真ん中の速さで回っています。
月は、落ちていないのではない。
落ちながら、地球を外れ続けているのです。
宇宙ステーションの中で体が浮く理由も、同じ「落ち続ける」しくみです(宇宙ステーションで体が浮くのは、重力がないからって本当?)。月までの本当の遠さは月って、どれくらい遠いの?で、月の重力が海を動かす話は潮の満ち引きは、なぜ1日に2回もあるの?で紹介しています。
- 50センチほどのひもの先に、消しゴムをしっかり結びます。まわりに人や割れ物がない、広い場所で行います。
- ひもの端を持って、頭の上でゆっくり回します。ひもが消しゴムを内側へ引く役目で、月にとっての重力です。
- 回す速さを落とすと、消しゴムは円を保てずに内側へ垂れ下がります。速く回すほど、ひもを引く手に強い力が要ります。
円を回り続けるには、横の速さと内向きの力の釣り合いが必要だと手で感じられます。勢いよく回したまま手を離すのは危ないので、やめましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理(円運動・万有引力)」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(力学・天体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 公転:ある天体が、別の天体のまわりを回ること。月は約27.3日で地球のまわりを1周します。
- 重力(万有引力):質量をもつものどうしが引き合う力。リンゴを落とす力も、月を引く力も同じものです。
- 向心力:円を回り続けるために必要な、円の中心へ向かう力。月の場合は地球の重力がこの役目をしています。
中学高校式で確かめる:月は1秒に何ミリ落ちているのか
月が円を回るのに必要な「内向きの加速度」と、地上の重力を距離で弱めた値を、それぞれ求めて比べます。これがニュートンの「月の検証」と呼ばれる計算です。
| 記号で書くと | v² ÷ r = g × ( R ÷ r )² |
| 言葉で書くと | (月の速さの2乗)÷(月までの距離)= 地上の重力加速度 ×(地球の半径 ÷ 月までの距離)の2乗 |
| どこから来る式か | 左辺は円を回るのに必要な内向きの加速度(向心加速度)。右辺は、重力が距離の2乗に反比例して弱まるという万有引力の法則。両者が等しいとき、月は円を回り続けます。 |
| v | 月の公転の速さ(単位は m/s) |
| r | 地球の中心から月までの距離(単位は m) |
| R | 地球の半径(単位は m) |
| g | 地上の重力加速度(単位は m/s²) |
| 地球の中心から月までの平均距離 | 約 384000 km |
| 地球の半径 | 約 6370 km |
| 月の公転周期(星に対して1周) | 約 27.3 日 |
| 地上の重力加速度 | 約 9.8 m/s² |
| 軌道の直径 | 384000 × 2 = 768000 km |
| 軌道1周の長さ(円周率 3.14) | 768000 × 3.14 ≒ 2411520 km |
| 1周にかかる秒数 | 27.3 × 86400 ≒ 2358720 秒 |
| 月の速さ(秒速) | 2411520 ÷ 2358720 ≒ 1.02 km |
| 速さの2乗(秒速1020 m として) | 1020 × 1020 = 1040400 |
| 向心加速度(左辺) | 1040400 ÷ 384000000 ≒ 0.00271 m/s² |
| 距離は地球の半径の何倍か | 384000 ÷ 6370 ≒ 60.3 |
| その2乗(60倍として) | 60 × 60 = 3600 |
| 月の位置での重力(右辺) | 9.8 ÷ 3600 ≒ 0.00272 m/s² |
| 1秒で落ちる距離(加速度の半分) | 0.00271 ÷ 2 ≒ 0.00136 m |
左辺の 0.00271 と右辺の 0.00272 がほぼ一致しました。月は1秒に約1.4ミリ、地球へ向かって落ちています。同じ1秒で横へは約1キロメートル進むので、落ちる量は進む距離の約70万分の1です。この小さな曲がり方を積み重ねると、ちょうど円になります。
高校高校+速さが変わると、通り道はどうなる?
高校円軌道を回る速さは、向心力と万有引力が等しいという条件から決まります。これを地表すれすれで求めたものが、秒速約7.9キロメートルの第一宇宙速度です。月の位置では距離が遠いため、秒速約1.02キロメートルで足ります。
高校+速さが円軌道の速さの √2 倍(約1.41倍)を超えると、運動エネルギーが重力に引き戻される分を上回り、二度と戻ってきません。これが脱出速度です。図1で秒速1.44キロメートルあたりから月が飛び去るのは、このためです。それより遅い速さでは、通り道はだ円になります(ケプラーの第一法則)。
大学二体問題と、月が遠ざかるしくみ
地球と月のように2つの天体が引き合う運動は二体問題と呼ばれ、万有引力の法則と運動方程式から、軌道が円・だ円・放物線・双曲線のいずれかになることが導かれます。実際の月は、太陽の引力による摂動を受けて軌道が複雑に揺れます。また、潮汐による潮の盛り上がりが地球の自転で前へずらされ、その引力が月を前へ押すため、地球の自転の角運動量が月の公転へ移っていきます。月レーザー測距で測られる年約3.8センチの後退は、この潮汐加速の結果と考えられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:万有引力(ウィキペディア) / 月レーザー測距実験(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 月はどうやって、ちょうどよい速さを得たのか。 生まれたばかりの地球に火星ほどの天体がぶつかり、飛び散ったかけらから月ができたという説が有力です。ただし、月と地球の岩石の成分が似すぎている点など、細部はまだ議論が続いています。
- 遠ざかる速さは、昔から同じだったのか。 今の後退の速さで過去へさかのぼると、月の年齢と合わないとされています。海の形や深さによって潮の効き方が変わるため、昔はもっと遅かったと考えられていますが、その歴史は研究の途中です。
- 重力そのものの正体。 万有引力の法則は月の動きを見事に説明しますが、重力がなぜ生じるのかという問いには、一般相対性理論でもまだ量子の世界と結びつけた答えが出ていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。月の「落ち方」は300年以上前に解けましたが、月の生い立ちと重力の正体は、いまも問いのまま残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「地球と宇宙」(月の公転) | 月が約27.3日で地球を回ること |
| 高校 | 物理「円運動」「万有引力」 | 向心加速度と、逆二乗で弱まる重力の比較 |
| 高校+ | 物理(発展)第一宇宙速度・脱出速度 | 図1で速さを変えたときの通り道 |
| 大学 | 力学・天体力学(二体問題、潮汐加速) | 軌道の分類と、月が遠ざかるしくみ |
| 研究 | 惑星科学・重力理論 | 月の起源、後退の歴史、重力の正体 |
| ― | 生活とのつながり | 人工衛星や宇宙ステーションも、同じしくみで落ち続けながら回っています |
- NASA NSSDCA|Moon Fact Sheet(月の距離・公転周期・公転速度)
- 月レーザー測距実験(月が年に約3.8センチ遠ざかる測定)
- アメリカ国立標準技術研究所・基礎物理定数(万有引力定数の推奨値と不確かさ)
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(地球・月の諸量)
- アイザック・ニュートン『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』第3編(月の検証)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。月の距離や速さは軌道上の位置によって数パーセント変わります。